魔物Ⅱ Part2
そこで俺は異変に気がついた。最後に残ったその魔物だが、他の個体と比べるとやけに大きい。こんな大きい個体が始めからいただろうかと目を凝らすと、厄介の理由が明らかになった。
その魔物は自身の体のいたる所に、仲間の腕を付けていた。それこそ前後左右、上下全身くまなくである。お陰で魔物はぐるりと全方位を盾に囲まれた、まるで手毬のような姿になってしまっていた。魔物は腕を曲げたり伸ばしたりして、盾同士の噛み合わせを確かめているようだ。盾の形を変えているのだろう。盾と盾との隙間がどんどんなくなっていくように見える。
「これでは魔法はおろか、剣すらも通さないのでは……?」
俺がそう言いながらハルを見やると、彼女は鼻をつまみながら俺を見ていた。眉をひそめて。
「ちょっとぉ!ハルさん、ハルさん。この人肥溜めに落ちちゃったんですのょぉ~ゃーねぇ~!」
「最悪ですね……」
だれが井戸端会議をやれと言った!?
「ふぅ……冗談は置いといて。この魔物に効くかわかりませんが、ちょっとやってみます」
ハルは鼻声でそう告げると魔物に向かって行った。そうかと思えば次の瞬間には、魔物の向こう側へ剣を振り下ろした姿勢で現れた。球体になった魔物の表面には、斜めに残る焦げた剣撃の跡がある。それと地面には、魔物を挟んで長く細い溝が残されていた。例にもれず、敵と接触した瞬間のハルの姿を拝むことは叶わなかった。しかしこれらの形跡から、なんとなくどんな技だったのか想像がついた。肝心の魔物には傷一つ付けられていないが。
「ぅわ、見ぇねぇ~こりゃ改善の余地有りだな」
隣でイルーが不穏なことを言う。
「なんかまた企んでいるんじゃないだろうな……?」
ここで魔物がハルに向かって転がって行った。ハルは待ってましたとばかりに、強烈な突きをお見舞いする。ユゼル戦で俺に放ったあの技だ。しかしこれも魔物の装甲には敵わなかったようだ。魔物は軌道を変えて転がり続けている。
ハルはじっと佇んで魔物を見据えている。そうしてため息をつくと、なんと空に向けて剣をブン投げてしまった――いよいよ腹が立って、ヤケになったのだろうか――。……いや、剣を投げたと言うよりは、剣が射出されたと言う方が正しい。眩い光を放ちながら、それはさながらロケット花火のように一直線に飛んでいく。
ハルの剣は魔物の真上に静止した。そして宙に浮かぶ剣からは、次々と剣の形をした光が降り注いだ。それらは転がり続ける魔物の行く手を阻むように、順々に地面に突き刺さっていった。そして今度は剣の光から剣の光へ、半透明の壁が出現する。それが一周すると、あっという間に魔物を取り囲む結界が完成してしまった。
それまでぴたりと上空に浮かんでいたハルの剣が、すーっと落下を始めた。下で待ち構えるハルの手にその剣が戻る。これを合図に魔物を閉じ込めた結界の中に、まばゆい炎が上がった。炎は徐々に勢いを増していく。赤かった炎が青白い閃光を放つようになった。まるで地獄の業火である。
「ぅほぉーっ!かっくぃ~!!」
これは勝負ありかと思った。しかし結界の中の様子が変化したのを、俺とハルは見逃さなかった。
次の瞬間結界は、衝撃波と共に派手な爆発音を立てて破られた。青白い炎は大量の白い煙に姿を変え、結界だった場所の様子は一瞬にしてわからなくなってしまった。
「そっちに行っています!」
俺はハルの叫び声を聞くなり、咄嗟に横へ飛び跳ねた。俺の元いた所を白煙から出てきた巨体が、転がりかすめて行く。危なかった。まあイルーの防御魔法があるから問題ないのだが……あのヌタヌタはもう御免である。
それから魔物は転がり続けて、ロアのシェルターへ向かって行った。地面のマーキングの直上で静止した魔物は、そのままぴくりとも動かなくなってしまった。
「大人しくなってしまいましたね……〈エアリアルカター〉でも打ち込んでみますか?」
「っ……もしかしたら……イルー。ロアに伝達をお願いします」
「いぃぜ。あーロアさん、ロアさん。ぉーとーできますか?ロアさん。どーぞー?」
地下にいるロアとはイルーの使い魔で連絡が取れる。イルーはその蝉のような使い魔に向かって声を張った。
「あぁ、ロアだ。さっきから凄い振動なんだが……!?」
ハルはイルーの側を飛ぶ使い魔に、顔を近づけて告げた。
「ロア!真上に向かって〈ロク・ニドル〉を打ってみてください。なるべく尖ったやつを」
「……上から魔物が降ってくるとかはやめてくれよ~」
少し間が開いた後、魔物がびくりと動いた。すると次第に魔物の体全体を覆っていた盾は、へなへなと重力に従って垂れ下がってしまった。側に寄って見てみれば、地面から突き出た針状の地属性魔法が見事に魔物を貫いている。ハルが地面を指しながら言った。
「やはり穴を掘っていたようです。盾との隙間が命取りでしたね」
ハルの指す先には魔物の胴体から伸びたドリルと、〈ロク・ニドル〉で開けられたものとは別の穴と、盛られた土があった。――あーそういう“使徒”いたわー。5番目だっけ?6番目だっけ?
それから水浴びをし終えた俺は、時折現れる盾を持つ魔物を気の向くまま倒していた。しかしさっきから、どうもヨーゾー達の放つ魔光弾の数が減ったような気がする。俺はハルに断りを入れて対岸へ飛んだ。
少し離れたところから様子を伺うと、重々しい空気が彼らを覆っているようだった。
「お前もっと撃てよ~?片っ端からやっつけていいんだよ??……ちょっ!そっちは撃つな!あ゛ーだからいわんこっちゃない。折角固まってたのによ~!?何やってんだよ~……だからぁ!お前はもっと撃っていいって!!ダメだって!!!お前また気絶したいの!!??ねぇ!?」
様々なことを言われ過ぎたせいか、皆完全にヨーゾーの顔色を伺いながら魔法を発動させている。ヨーゾーの指示を待ってから魔法を放っているのだ。……しかも悪いことにヨーゾーの指示は極めて曖昧だ。散々待った挙句の曖昧な指示からの失敗からの叱責という負の連鎖が発動している――発動させてほしいのは、魔物を打ちのめす魔法である。
シバンの“助けてくださいッス~”とでも言いたげな視線が俺に刺さった。
「ヨーゾーさん!魔法のペースが落ちています。改善を要望します」
「これはこれは魔道士様。すみませんね。こいつら盆暗は目を離すと何をするかわかりませんので。逐一指示を出さないとダメなんですよ」
ええっと……なるべく角の立たない言い方は……。
「そんなに難しぃことゃってるとは思ぇねぇけどなっ……」
イルー!それ感じ悪いヤツ~つ!
「ゴホンッ!……では、裁量権の線引きをしておきましょう。ここまでなら、各自の判断でやっていいというのを予め決めておくのです」
「ふぅ~ん……裁量権ねぇ……」
「あ、兄貴ぃ~」
俺はあまり協力的ではないこの男とヒアリングを続けた。聞くとヨーゾーの懸念は、そこまで大したことのないことのように思えた。魔光弾をあらぬ方向に撃って地形を変えてしまうとか、俺達に当ててしまうとか、無駄撃ちすると俺の魔力がすぐに尽きてしまうのではないかとか、そんなことだ。
「ふんっ……!昨日も申しました通り、依頼主様からのご指示であれば従わせていただきますよ」
結局は対岸を四分割して、ヨーゾーを除く四人に割り当てる。状況を見て必要であれば、ヨーゾーがアシストするというやり方に落ち着かせた。ヨーゾーにはなるべく手出し口出しを控えるようにお願いする。ヨーゾーは自分が参加しないことで、討伐速度が落ちるのではと半信半疑だった。しかしそもそもヨーゾーにアシストされないように、各自本気で取り組むだろう。皮肉にも効率は上がるはずだ。
しかしそんな俺の期待も虚しく、徐々にではあるが魔物の数は増えていった。魔法で倒す数より、後方から補充される数の方が上回ってきている。まるでその増え方は、空にかかる黒い雲に呼応するかのようであった。
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