対赫髑王由来魔物拡散波(通称:波)殲滅作戦 Part8
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「――ああん?言ってることがわからねぇよ」
ロア達との打ち合わせを終えて、馬車に近づく。すると馬車の裏から、休憩中のヨーゾーとシバンの声が聞こえてきた。
「だから二人にも伝わるように、もっと簡単な言葉で話して欲しいんッスよ!」
「んなことは、一丁前に仕事ができるようになってから言え!」
バンッ!と何かが蹴られた音がした。馬車の陰からシバンのしょぼくれた顔が現れ、俺の方をまじまじと見る。俺は仕方なく、川縁までシバンを連れ出すのだった。
「――“一丁前に仕事ができるようになってから言え!”って言われたッス~!」
「ああ……聞こえてました。残念でしたね……」
シバンの交渉は玉砕した。――というか交渉になっていなかった。魔法の扱い方を聞くという話の切り口は悪くなかったと思う。しかし健闘虚しく一蹴された。
「それで魔法の使い方は教えて貰えたのですか?」
「聞くには聞けたんスけど……ヨーゾーさんの話って抽象的過ぎて、あまり……」
そんなとこだろう。俺の上司も仕事は見て覚えろ系だった。
「でもジブン、頑張るッス!兄貴みたいに言いたいことを言える大人になりたいッス!」
誰が兄貴だ。
聞けばシバンやスーヒガン人の二人は入って未だ日が浅く、古株はダヨソン一人なのだそうだ。
「ジブンはこの稼業に就いてまだ二年目なんで、こんなものかと思ってたんスけど……。昨日いた同業者に別の傭兵団への移籍を勧められたッス」
「あー……。はい。全く止めはしないですよ」
「でも、さっき確信したんス!ヨーゾーさんの借魔法の腕はピカイチッス!他にも道具の手入れや段取りや作戦の立て方とか、色々学べるところが沢山あるッス!……実はジブン、お金貯めて自分の傭兵団を作るのが夢なんス。そのときのためにヨーゾーさんから教えてもらいたいって思ってるッス!……けど……」
異国の二人は互いのちびイルーを興味津々に眺めている。シバンはそんな彼らを見て、言葉を詰まらせてしまった。
「ヨーゾーさんは、シバンさんにも酷いことをするんですか?」
「口は悪いッスけど、殴られたり、詰め寄られたりはしないッス。ヨーゾーさんは何でかあの二人にキツく当たるんス」
シバンは意を決したように続けた。
「さっき兄貴が啖呵切ってくれてジブン、目が覚めたッス。ヨーゾーさんはおかしいッス!言葉が通じなくても、仕事ができなくても、暴力を振るっていい訳ないッス!仲間なんスから!」
日が傾き掛けてきた頃、俺の耳にどこからかシャリシャリという音が舞い込んできた。その何かが擦れ合う音の元へ歩み寄ると、聞き覚えのある歌声が聞こえた。音を辿って川縁に来る。するとセイカが、ぷかぷかと宙を漂う木箱の横でそれをスポンジのようなもので洗っているではないか。
「セイカさん?何をしておいでで?」
セイカは口と手を止めて顔を上げた。
「なんだ、ミストか……丁度いいところに……こいつを洗っているところだ」
「はい。それはわかります」
「『いいですか、セイカ。弘法筆を選ばずという言葉があるにはありますが、それでも一流を冠する人はまず道具を大事にします』――」
「ぷはっ!なんですか、それは――」
俺はつい吹き出してしまった。セイカが面白おかしく崩した声真似をするものだから。それがとても可笑しく聞こえたのだ。
「――『一流の騎士であれば剣を、一流の鍛冶師であれば槌を、一流の軍師であれば書を重んじるのです。一流の運送員であれば、荷車と積荷を大事にしなければなりません』――だそうだ」
「あはははは――言いそう、言いそうです」
「ふっふっふっ……そうだろう、そうだろう」
セイカは自慢気である。俺は笑いを堪えるのに苦労してから言った――
「そういえば、まだ指は痛みますか?」
――ゴツゴツした石を磨く小さい手のことだ。それをまだ出たての幻灯虫が照らしていた。
「ん?まあ、少しは……だけど、平気だよ。ハルもちゃんと診てくれるし」
「そうですか……」
俺がほっと胸をなで下ろしていると、セイカは再び手を動かし始めた。歌は始めから歌い直すようだ。
“寝ない子誰だ どこの子だ
人差し指 一招き はよ寝なさい
泣き虫誰だ だれの子だ
人差し指 二招き 笑いなさい
きかん坊誰だ 悪い子だ
人差し指 三つ招き ああ食べら〜れ〜た”
「――よくわからない歌ですよね」
「わからないも何も、そういう歌なんだからとしか言いようがないぞ。そんなことに気を揉んでいるくらいなら、この“いたいけな少女”に手を貸しなさい」
セイカは持っていたスポンジをバケツに景気よく投げ入れた。そして“まっくろくろすけ”のような物体が蠢くその石を、布で軽く拭く。俺はずっしりと重たいその石を両手で持ち上げると、ふわふわと浮かぶ木箱にそっと入れた。やはり結構力がいる。
「うむ、ご苦労」
セイカは布のキレイな面を表にして、俺に差し出した。俺はそいつで手から少しの水と泥を拭った。
「ありがとう」
「作戦の要だからな。綺麗にしてやった分、頑張って働いてもらうぞ~」
セイカはニッと前歯を見せて微笑んだ。頬が下瞼を押し上げて目がニコニコマークのようだ。俺はどうなることやらとため息をついた。
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それは未明――空が白み始める前に執り行われた。ハルはおもむろにその――コレンに託された――袋へ手を入れて、中の物を掴んだ。浮遊台車の真上に来るように握り拳を袋から出すと、手からはキラキラと細かな粒が滑り落ちた。
それまで冥々とその石を照らしていた幻灯虫が、すっと距離を置いたように感じられた。
「これで逢魔石の本領発揮です」
「早ければ三時間後には波のお目見えだ」
ここゼマロス川の遥か北では、既に波と主力部隊が交戦中である。ロアは通信士程ではないが、例の蜃気楼モニターを利用して北の戦場の様子が大凡分かるようにしている。ロアは浮遊台車の手綱を握ると川へ足を向けた。そのまま大きな欠伸をしながら地属性の魔法で足場を作り、川の向こう岸へ難なく渡っていった。
「そんな顔しなくても、これだけですよ?ふわぁ……だからまだ寝てていいと言ったんです」
ハルにつまらなそうにしている顔がバレてしまったらしい。もっと派手な演出があると期待したのだが……。俺は重い瞼を擦りながら、もう一度寝袋にうずくまった。すぐに意識は遠のいて、眠りに落ちていった。
ドシーンという轟音で俺は目を覚ました。急いで飛び起きると、もうそこは戦場であった。ちびイルーを頭に乗せた五人は横一列に並び、川向こうに向かって魔弾系の魔法を放っている。
「ヨーゾーさん!もう三百メートル程射程を伸ばしてください!森林ごと薙ぎ倒して視界を良くします」
「てめぇら!聞こえてるか!?なるべく遠くだ!シバンとペキタは横にも広げろ!!」
「了解ッス!」
「ハ、ハイ。ワカリマシタ!」
こんな大事な時に寝坊とは……我ながら恐ろしい。自身の悠々閑々振りに背筋を凍らせていると、イルーが早速やってきた。
「ゃっと起きたのかょ。見ての通りもぅ始まってるぜ?」
「すまん。寝過ごした」
「まぁ俺達は始めは手を出すなって言ゎれてるから、問題なぃんだけどなぁ」
「そうなのか?」
対岸の森の陰から頭を出した魔物が、次々と魔光弾によって葬られていく。ロアが地属性魔法で守護している逢魔石の地点には、到底到達できない距離である。戦況を見るに、大分俺達側が優勢だ。
「だから違うって言ってるよねぇ!?そうじゃねぇ!!……あーっ!もう!……ちーがーうー!……このっバカっ!強力過ぎる魔法は撃つな!わからない?ねぇ!?」
ヨーゾーはすっかり俺に言われたことを忘れていた。魔法を打つ手を緩めることなく、お説教に熱を上げている。そういうとこは器用だな……ならもっと要領よく指示を出して欲しいものだが。
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