対赫髑王由来魔物拡散波(通称:波)殲滅作戦 Part2
「――共に国を出て、諸国を歴訪したあの頃が懐かしいよ。また君が作った料理をご馳走になりたいな。なんて言ったかな?あの料理は――」
ロアを先頭にセイカと俺は光の柱を離れた。より近付いてみるとわかるが、竜は体中に様々な装備を身に着けている。コレンが跨がっていた鞍を始め、頭や胴回り、尻尾の先に至るまで人工物だらけである。特に兜に付けられた灯火を放つ火の玉のような装飾品が、俺の目を釘付けにした。真昼の日の下でも、ゆらゆらと不思議な明かりを放っているのだ。
思えばこの世界に来て、初めて目にしたもののひとつがこの竜だ。あの花びらが舞い散る湖畔で、俺の頭上を掠めるように飛び越して行った。そしてあっという間に空の彼方に消えてしまった竜が今、目の前にいる。
「セイカも竜は初めてなのですか?」
「飛んでいるのは何度か見たことある。けど……」
大きく膨らんでは、グオーと低い音を立ててしぼむ。それを繰り返している竜の腹は、ちょっとした山のようである。俺とセイカは揃ってその山を見上げていた。
「人に危害を加えることはないから大丈夫だぞ」
ロアに促されてセイカが首元の鱗に触れる。竜は微動だにせず目を閉じ、大きな吐息を発生させていた。セイカは好奇心半分、恐怖心半分といった様子で何とも言えない声を上げる。
俺も真似して手を当ててみる。つるつるとしているが、ほんのり暖かい。見る角度によって複雑に色が変わるその鱗は、なんとも魅力的な光沢を発していた。
「ほら!イルーも触ってみ?」
「ぉぉぉぉぉぉおれはいぃんだょ!今ちょうど虫の居所が悪りぃから、間違って殴ってでもしたらえらぃ事になっちまぅ!ぅん、ぅん、そうだ、そうだ!そぃつのデリケートな鱗が剥がれちまったら、てぇへんだろぉぅ!?」
何と滅茶苦茶な言い訳だな。支離滅裂もいいところだ。
例の湖畔でハルが呪文を唱えようとした時は、口実のために竜の名を口にした。しかし子供の頃に目にした竜と共に冒険に出る主人公は、本当に間違いなく俺の憧れだったのだ。その対象に今こうして触れられているのだから、感慨深いことこの上ない。コレンの様に竜に跨がって空を飛べたら、どんなに気持ち良いだろう。
「随分と大人しいんですね」
「そりゃあ、飼い慣らされた竜だからな。野生の竜はとてもじゃないが、手に負えないと言われてる」
俺は視線を目の前にある竜の首元から、お腹、畳まれた翼へと順に向けていった。すると先程俺達がいた光の柱の方角に、自然と顔が向く形となった。コレンのお目当ては俺だったわけだが、これからどんな無理難題を押しつけられるのだろうかと気がかりになる。
壮齢の女性――ヒネイル副議長と対峙するハルの姿勢、動作は必死でもがき抗う姿に他ならなかった。俺はそれを心配そうに遠くから眺めるしかできない。ハルの握りしめた拳が力なくだらんと垂れ下がる。その時、俺の真横にあった竜の瞼が豁然と開いた。
「どわっ!」
視界の端にそれを察知した俺は、腰を抜かしてその場に尻餅をついてしまった。もしもこの世界にレベルという概念があるのなら、一番レベルが上がっているのは間違いなく俺の尻だろう。ケラケラと笑うロアとセイカを尻目に、竜はその大きな瞳をゆっくりと閉じた。尻についた土を払いながら再びハルの方を向くと、既に魔法陣の光は消えている。……というか、ハルの姿も消えている。
「申し訳ありません」
「だぁっーーー!」
慣れない。人の気配がないパーソナルスペースから突然声が聞こえるのが、何度やられても慣れない。今回は流石に腰を抜かしはしなかったが、俺は全身をビクッとさせてロアとセイカをまた笑わせた。
「……参りました。抵抗はしてみたのですが、申し訳ありません」
竜がまた翼を広げるため俺達は少し遠ざけられた。ハルはため息をついてから肩をすぼめてそう言った。伏し目がちな表情から笑顔が消える。
「ミスト様、私からのお願いです。これよりゼマロス川へ赴き、波を退けるため王国に力をお貸しください」
まあ、正直覚悟してました。
「今度は魔物退治ですか。望むところです!」
俺はハルからの申し出を二つ返事で了承した。誰かを助けるのに理由がいるかい?……なんてどこぞの主人公が言いそうなのは建前だ。ここで武勲でも上げておけば、この世界に居続けられる可能性が上がるのでは?などという打算があっての返答だった。ハルがとても悲しそうな顔をしていたからでもあったが。
「そう言ってくれると思っていました。よろしくお願い致します」
ハルは微笑んだが、その笑みは間違っても満面の笑みとは言えない代物であった。しかし波とは一体どの程度の規模なのだろう。俺一人の力で何とかなるものなのか……?
竜の翼を広げ終わったコレンは続いて、竜の腹一面に取り付けられている荷袋――人間で言えば、リュックサックを背腹逆に身に着けている格好――の整備をし始めた。どうやら念願の、竜に乗っての空の旅が叶うようだ。ただし竜の背ではなく、竜の腹に抱えられてだ。
「人の運送用には作られていませんから、不自由には目をつむってください。ほんの短い間ですからね」
コレンは仄暗い広い荷袋の中――といっても中腰を余儀なくされるので、体感としては狭いのだが――で俺達に寝転ぶ位置を示しては、帯で足の付根と両肩を固定していった。言われるがまま仰向けになり、腰に帯を回される。竜の腹との間にいるコレンの汗が頬にかかった。支度が終わったコレンは、中腰のまま外へ出ていった。
「低空を飛びますのでそこまでではないと思いますが、寒くてたまらなくなりましたらハルさん、お願いしますね」
荷袋が閉じられて、ハルの魔法の灯火だけが俺達を照らす。外とは隔絶された世界だ。
「セイカ、怖くはないですか?」
「平気。藁を積んだ馬車にはよく潜り込んだことがある」
俺の隣に寝転ぶハルが、反対側にいるセイカに色々声をかけている。それにしてもホコリ臭いし、息苦しい。子供の頃かくれんぼした押し入れの中を彷彿とさせる。
荷袋の側面が激しく揺れて音を立てた。同時にバサッバサッと翼を羽ばたかせる音が聞こえる。垂直方向の衝撃があった後、体が傾く。周囲に固定されている物が重力に則り暴れまわって、様々な音を立て始めた。翼の羽ばたきが繰り返される。暫く経つと体が水平に戻り、絶えず空を切る音で荷袋が包まれるようになった。翼の羽ばたきはいつの間にか聞こえなくなっている。外が見えないのでわからないが、もうここは空の只中だろう。
「こんなことになってしまって、申し訳ありません。」
肩の横辺りから声が聞こえる。真上を向いていた俺は顔をその方に倒した。するとどうだ。ハルの顔が視界一面に広がる程、近くにあった。上目遣いになった透き通る両の眼が、確かに俺を見据えている。俺はさっと咄嗟に天を仰いだ。正しくは天ではなく竜の腹だが。
「ど……ゴホン!どいうことでしょう?」
「ミスト様は強大な力を持っていると言っても、身分は民間人です。そのような方に軍事協力をお願いしなければならないというのは、私どもの力不足に他なりません」
またハルの生真面目が出てしまっているようである。
「それはハルさん一人の責任ではないでしょう。ムンノットさん発案ということですし……。それに人助けができて私も光栄です。せっかく勇者の能力を授かったのですから、有意義に使わなくては」
「そう言っていただけると、心が軽くなります。セイカにもごめんなさい。怖い思いをさせるかもしれないけど、必ず守るから――」
「平気だよ。ミストはともかく、ハルのことは信用してるから」
「あーはいはい。どうせイルーがいないと何もできませんよー」
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