鳥 Part3(≠学びの園)
目の前のハルはまだまだやる気のようだが、そろそろ宴もたけなわだ。悪いが台本にない方法で幕引きとさせてもらおう。
俺は揺動としてセイカを崖の上から降ろすため、風魔法を二度発動した。更にそれとは別に、ショートカットアイコンを二度押した。一つは光の格子を球体に加工して相手を閉じ込める《光球獄》という魔法。もう一つはイルーになるべく使うなと言われていたとっておきの魔法だ。
既の所で《光球獄》は防がれたが、とっておきは間に合ったようだ。そのとっておきの魔法とは使い魔の召喚。召喚された使い魔は触手をハルに絡めて宙吊りにした。ファンタジーラブコメのお約束展開だ。まさしく男性向け漫画や同アニメで、お色気シーンに使われるアレに酷似している。動きを封じる使い魔だと聞いていたが、まさかこれだとは……。
俺は上がった息を整えた。心拍を始めとした体の機能は、徐々に平静を取り戻しつつあった。しかしその反面、心の中では未だモヤモヤが抜けない。喉に小骨が引っかかったかの如く、気になって仕方ない。
「セイカ、この者達が例の――」
俺は近くまで来たセイカに声をかけた。声がバレるとまずいので、〈ウインドロ〉を口元で発動させて声を変えている。
「はい。あたしを牢から出した人の仲間です」
「いかにも某は奴隷商を生業とする者。セイカが世話になった縁にあやかり、命までは取らぬ。だが、しばしの眠りについてもらおう」
「セイカをどうするつもりだ!?」
中々威勢がいい。うまく挑発に乗ってくれそうだ。
「どうするつもり……とな?ふふふ、それは――」
「――あたしはこの人に付いていく」
セイカは俺の言葉を遮るように前に出て言った。またもや台本と違う。アドリブ大会か!と声に出ないツッコミを入れる。
ふと視界の端にユガインさんとユガインさんが引き連れてきた人達が、コソコソ隠れながらこちらを見ている姿が映る。更に良く辺りを見回すと、宙でジタバタするハルを草むらから困った様子で見つめるロアの姿も発見できた。セイカの今までの沈黙が嘘かのような力強い宣言は、当然皆の耳にも届いているだろう。
「これはあたしが自分で決めたこと。あたしがこの人に付いて行くと自分で決めた」
「そんな……。本当にそれでいいのか?」
「いいかどうかなんてわからない。良くなくてもいい。ただ、今まで自分の道を選んで来なかったあたしがやっと決めたこと。」
頃合いを見計らったのか、ユガインさんが動いた。
「ユゼル!怪我はないかー!?」
「俺は大丈夫だ!それよりも、この奴隷商の男をなんとかしてくれ!」
「そこの奴隷商の人!!ご覧の通りあなたの姿は!大衆の目に晒されました!!ここにいる皆が町中に!あなたという存在を広めるでしょう!!この町での商売が上手く行かないことは!火を見るよりも明らかです!!私達に危害を加えることなく!即刻町を立ち去りなさい!!」
やっとこれで決着だ。俺は安堵の気持ちで、なるべくそれっぽく言ってみる。
「自明の理のようだ。行くぞ、セイカ――」
「行くなぁっ!セイカ!…………俺だって同じなんだ!ここは俺の居場所じゃない。本当の居場所じゃないって、ずっと思いながら暮らしてきた!けど、お前達に会ってその考えはおこがましい考えだと知った。セイカ!お前の言う通り俺は恵まれている――。それに気付けなかった俺は……弱い……!」
俺達は背後から聞こえる叫びに構うことなく、《人間ロケット》でピョンピョンと木々の間を進み続けた。
「俺は決めたぞ!セイカ!俺はもっと強くなる!強くなって一人前の騎士になって!ティクス・サンザーを復興する。そして、沢山の人の居場所を作る。俺が築くティクス・サンザーには、セイカ!お前の居場所だってあるんだ!」
ユゼルの声はかなり小さくなったが、セイカにちゃんと届いているのだろうか。振り返ると町人達の持つ明かりはもう届いていない。俺は仮面を急いで剥ぎ取り、セイカに声をかけた。
「セイカ。いまのは……?」
「ダメか?」
「ああ言ったのは、お芝居ではないんですね?でもいいんですか?セイカが望めば、この町で暮らすことも――」
「ミストを利用させてもらう」
「え?」
「ミストもハルも相当強い。二人のそばにいればまず死ぬことはないし、美味いご飯も出てくる。ハルに良い仕事を紹介してもらえるかも知れない。あたしはそれまでミストの下で働く。この際ミストの内心なんてどうでも良い」
鼻息荒く話すセイカに俺は唖然とした。それと同時に喉に引っかかった小骨――心の中のモヤモヤはどこかに吹き飛んでしまった。
「あはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
俺は笑わずにはいられなかった。心のモヤがいとも簡単に晴らされたことが、年端も行かない子供に晴らされたことが、悩みがいかにちっぽけなものであるか、といった様々な可笑しなことが湧いて出てきたからだ。
「気でもふれた?」
「すみません。そういうことなら、私もセイカを利用させてもらいます。ある理由で、私にはあなたが必要なのです」
「な!?だから、それを知りたいってさっきから言っている」
「では、落ち着いたところで――」
「うぉぃ……何か、ゃべぇのが来るぞ」
イルーがそう言い終わるか否かのタイミングで、俺も高速で接近するそれを感知した。咄嗟にシールドを張るが既に遅く、それの攻撃をモロに受けた俺は、しばらく立ち上がることができないほど負傷した。
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「ここを宿屋かなんかと思っとりゃせんか?」
白髭の医者は目をこすりながら、皮肉を漏らした。ハルが何度も頭を下げて中に入れてもらい、俺は数時間前と同じベッドに横になった。ハルの治癒魔法の処置が終わり、後は経過観察となった。
翌朝俺は病院のベッドで、セイカの出す物音に起こされた。窓の外はまだ白んだばかりのようだ。えらい早起きだな……。ひとりで来たのかと問うと、ハルは朝食の支度中だという。
「ハルさんには謝らなくてはいけません。昨夜台本にない方法で決着をつけてしまいました。腹を立てるのも当然でしょう」
「あたしには仲の良い子供同士が、じゃれ合ってるように見えた」
「文字も読めないくせに、なかなか鋭いことを言いますね」
「悪かったな。子供のオモリは嫌いじゃないんだ」
ぐっ。中々口が回るな。
「確かに私も子供でした。イライラしていて、ハルさんにあたってしまったんです。甘えがあったのかな……」
「……それで?」
俺はセイカに全てを打ち明けた。ハルに召喚された勇者であること。ダースラー・ドットへ行くのは時間稼ぎの口実でしかないこと。実は元いた世界では公私ともにパッとしてなかったこと。そのため元の世界には戻りたくないこと。そのことをハルに話せていないことをだ。セイカは特に反応を示さなかった。
「ふ~ん、ミストは“綺麗な羽根の鳥”のフリをしてる訳か」
「え?綺麗な羽根の鳥……ですか?」
「綺麗な羽根の鳥が普通の鳥の中にいれば物語になる。けどあたしは、普通の羽根すら持っていない。羽根も持たない鳥が、普通の鳥達に混ざればどうなる?」
「……私だったら、自分が嫌になるでしょう」
「あたしは怖いんだ。羽根を持たない自分が、飛び方を知らない自分が、普通の鳥達に囲まれて……“信じ合えると信じること”すらできなくなってしまうんじゃないかと。だから、あたしはミストと行く。せめて普通の羽根を手に入れるまでは――」
「きっと、すぐになれます」
「よし!改めて契約だ。あたしの要望は、良い仕事に就くまで面倒見ろ。だ」
「随分と図々しいですね……私の要望は何でしょうか?」
「元の世界に戻らなくてよくなるように協力してくれ……とかじゃないか?」
俺はため息を漏らしてセイカに拳を差し出した。
「?」
「こうして、拳を突き合わせるんです。」
俺は自分の両手を使って説明した。
「ミストもきっと元の世界に戻らなくて良くなるよ。綺麗な鳥のフリだって、し続けていたら、それは本物の綺麗な鳥だ」
俺達は拳同士をぶつけ合った。
ご愛読ありがとうございます。Twitterでもつぶやきましたが、“様々な色の羽根を持つ鳥の絵本”のモチーフは「ぞうのエルマー」という絵本です。群れの中で一頭だけカラフルな像、エルマーが主人公です。みんなと違うことに悩むエルマーが、みんなと違ってていいんだと気付くというあらすじです。
これを読んだ私は、「えっ?でもエルマーってカラフルで綺麗じゃん!?もしもエルマーが茶色と紫の汚いまだら模様だったら、こうはなってないでしょ?」という感想を抱きました。それが発想の起点だったりします。
追記
ご愛読ありがとうございます!
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評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
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