鳥 Part2(≠学びの園)
「……」
「なら、もう一度奴隷商に戻りたいですか?」
セイカは首をぶんぶんと横に振った。俺は意を決して明かしたくはない選択肢を提示した。
「では、この町に残るというのはどうですか?」
セイカの表情に変化の色が見えた。俺は少し悲しいような気がしたが、続けた。
「聞くところによると、ユガインさんの家は大所帯で賑やかです。セイカ一人増えたところで、どうということはないでしょう。何しろユガインさんはハルさんの恩師で、とても信頼の置ける人です。事情を話せばわかってくれるはずです。セイカも自分の過去を気にすることなく、暮らせると思うのです」
「……契約はどうなる……?」
「ロアさんに聞きませんでしたか?あの契約書の最後の一節に“乙――つまりセイカ――が新たな自筆の契約書を二部持参し、甲――私――の仲間がこの内容に同意した場合、何度でも更新することができる。”とあります。つまりハルさんかロアさんのどちらかの同意を得れば、いくらでも契約を破棄することができるようになっています。元々あってないようなものなのです」
「……」
セイカは無言で壁際に移り、寄りかかって膝を抱えた。俺もその場で足を崩して楽な姿勢を取った。セイカとのやりとりでユゼル対策が頭から消えてしまった。セイカは膝を抱えたまま微動だにしない。顔を両腕に埋めているため、表情をうかがい知ることもできない。
「本当にあるのか?」
しばらくの沈黙の後、セイカはそのままの姿勢で喋った。いつも突然だな。
「えーと……」
「誰もあたしのことを知らない世界――」
今俺はどんな顔をしているだろうか。きっと初恋の子が別の男と手を繋いで歩いているのを見たときのような顔なのだろう。
「ありますよ。私は異世界と呼んでいます。そこでは新しい自分になれるんです。前の世界でどうだったかなんて関係ありません。ちゃんと人もいますし、食べ物もあります」
「……」
「セイカの異世界は……この町にあるのかもしれませんね」
セイカにとってはそれがベストかもしれない。俺はセイカに何もしてやることなどできない。職を紹介することもできなければ、ユガインさんより上手く勉強を教えることもできない。将来を保証してやることなど夢のまた夢。精々ハルに頼み込んで、諸々工面しもらうのが関の山である。
俺は腹を決めて考えることをやめた。立ち上がって横穴の入り口から空を見上げた。
「んんん~んんんん~♪――」
俺は誰もが知っている歌謡曲を口ずさんだ――勿論日本では、だが――それでどうこうしようとかではなく、気分を変えたかっただけだ。選曲は自然と頭に浮かんだ。言葉は自動で翻訳されて相手の耳に届くが、歌はどう聞こえるのだろうか?翻訳が変になったり、メロディーに合わなかったりするだろう。もし日本語のまま聞こえているのなら、意味は伝わらない。
俺は途中で歌詞がわからなくなって歌うのをやめた。夜の静寂が俺達を襲う。
俺は自分の心に醜い打算があることを自覚している。それが嫌でたまらない。セイカを助けようと一歩を踏み出したあの瞬間。あの時はただ、消えゆく命を救うために行動を起こした。しかし今となってはどうだ?
つまるところ俺はセイカに離れてほしくない。――俺自身の手でセイカを幸せにしたい?セイカの成長を見ていたい?手前勝手に助けた責任を取りたい?ティクス・サンザーの復興という、険しい道に向かわせるのが不安?…………どれも本当で、どれも偽りだ。
駒なのだ。セイカはハルに呪文を唱えさせないための――俺がこの世界に居続けるための――ハルが呪文を唱えるその瞬間に「セイカはどうするのですか」と食い下がるための――駒なのだ。
――セイカさえ俺の横にいれば、俺はこの世界に留まり続けられるのだ――
ガサッ
俺は真横からの物音に驚いた。そこには草むらから顔を出したハルがいた。
「お、脅かさないでくださいよ~」
「……ユゼルさんを連れてきますが、準備はよろしいでしょうか?」
気張れ!俺はパチンと自身の両頬を平手打ちした。
「はい。望むところです」
俺はローブと仮面を装着して待った。その間ハルの合図がまだかまだかと落ち着かず、横穴を出たり入ったりしていたら閃光弾が空に上った。
「下だ」
イルーが小声で相手の魔法の発動を教えてくれる。俺は急いで《人間ロケット》のショートカットアイコンを押して、その場を離脱した。着地を上手く決めると光で照らされる。まるで刑事ドラマの犯人が取り押さえられる場面のようだ。ここは役になりきって、剣でもチラつかせておくとしよう……。
ハルの初手の突きを、魔法の盾〈アスシルド〉を使って防ぐ。これまたイルーが用意してくれたショートカットアイコンからの発動だ。某ロボットアニメに登場する“心の壁”のようなそのシールドは、見事にハルの突きをいなした。
「地割れだ」
その後も激しい衝突が繰り返された。剣での防御が自動で発動するのだが、そのたびに腕が勝手に動く。その感覚が何とも気持ち悪い。イルーの指示を聞きながら、絶えず魔法を発動させてなんとか持ちこたえた。
「何か変なことをされたりしてないですか!?」
横穴から顔を出したセイカに向かって、ハルが叫んだ。俺は変態かっ!?セイカは崖の上の観客席に移動だ。戦いに巻き込まれてはいけない。
ユゼルは学生とは思えない太刀さばきを見せつけてくる。〈アスシルド〉と《オトガド》がなければ、とっくに胴を真っ二つにされているに違いない。それにしても仮面のせいで大分視界が悪い。
ハルの掛け声と共にハルの剣の色が変わる。そして次々と紅蓮に染まった剣撃が俺を襲ってくる。どんどん後ろへと追いやられる。ハルの攻撃が速すぎて、〈アスシルド〉での防御は諦めざるを得ない。そればかりか、頼みの綱である《オトガド》も間に合わなくなってきた。遂には体に纏っている《防具不要》の分のシールドで、なんとか攻撃を受け止めるまでに俺は追い詰められてしまう。
ハルは本気で俺と戦っているように見える。手が痺れてくる。戦いになると熱くなるタイプなのか?ユゼルとの激しい打ち合いは覚悟していたが、まさかハルともすることになるとは想定外だ。俺は〈アスシルド〉のショートカットアイコンを連打して抵抗を試みる。しかし俺の前に発生した黄土色の半透明のシールドは、勢いづいたハルの剣にあっという間に砕かれてしまうのだった。
そしてその時が訪れた。全てのシールドを剥がされて無防備状態になった上、体勢を崩されたのだ。ハルがその隙きを見逃すはずもなく、ハルの剣先が俺の横腹目掛けて一直線に飛んできた。
もう駄目かと諦めたその刹那、突如として俺を守るように分厚い魔法障壁が出現した。幻灯虫の光に似たそのシールドは、ハルの渾身の一撃を安々と受け止めると、そのままハルの剣を弾き返した。イルー!ナイスだっ!
それを契機にハルの動きが鈍くなった。そろそろ潮時だ。
「イルー。高速移動でユゼルの後ろに回るぞ」
「ぉ、おぅ……」
俺は咄嗟にハルの真似事をオーダーした。視界が一瞬で変わり、気付けばユゼルの首筋を見下ろせる位置に立っていた。すまん。と心を鬼にしてユゼルを地面へ押さえつけ、〈蔦地獄〉で動きを封じた。
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