異世界 Part1
・
・
・
・
――――――――――――――静寂。
――――――――ガタガタガタ。
静寂を破ったのは、悪路を進む車輪の音と背中に伝わる不快な振動だった。
「う……ん……ここは……車の上……か?」
「はっ大変……これは大変っ……!」
その声の主は慌てた声を出しながら、俺から遠ざかっていった。薄暗い空間に一筋の光が差し込んで、その人の息遣いと足音は聞こえなくなった。俺はよいこらせと踏ん張って、なんとか上半身だけを起こした。一番新しい記憶にある目眩や吐き気はなくなっている。だがそのかわり、全身――特に背中に――気だるい痛みを感じる。そして口の中がカラカラだ……。とても長い間寝ていたような気がする。
まだぼんやりとする頭を右に左にと転回させて、周囲の状況の把握に努める。今し方車の上と言ったが、エンジンとは異なるカッポカッポという――何とも旧文明的な動力の音が、この空間に響いていた。ここはトラックの荷台などではない。馬車の上だ。不思議な色を醸し出すランプが、天井から吊るされていた。それは木の床と頭上に巡らされた幌を照らしている。進行方向と逆の方からは、時折外の光が差し込む。
そうしている内に手が何かに当たった。俺はその方へ目をやった。イルカである。もう少し正しく言うのであれば、イルカの人形である。
「よぉ。やっと起きたか。勇者さんょ」
尚のこと正確に言おう。俺の手に当たっていたのは、ちょっと生意気な顔で巻き舌気味に「よぉ。やっと起きたか。勇者様さんょ」と声をかけてくる表情豊かなイルカのぬいぐるみであった。
このイルカのことは見なかったことにしよう。俺は気を取り直して、外の光が入り込む開口へと四つん這いで向かうのであった。するとすかさず後ろから、同じ声が飛んできた。
「おぃ!無視すんなコルァ!」
シュッ!――スタッ!
一瞬の出来事だった。予兆など感じ取れるはずもない。文字通り一瞬にして、その女性は俺の目と鼻の先……むしろ鼻と鼻とが接するかどうかの超至近距離に、突如として現れた。
「どぉぅわぁ!!!――ぃでっ!」
俺は驚き、おののき、まるで“びっくり箱を開けたときに出てくるおもちゃ”の如く、後方へ飛び上がった――何とも無様な奇声を上げながら……。はずみでランプに後頭部を打ち付けた俺は、勢いよく床に倒れのたうっていた。
「驚かせてしまって申し訳ありません!大丈夫ですか?」
「はぁはぁ……この痛み、どうやらあの世ではないようですね……」
俺はズキズキと痛む後頭部を擦りながら、目の前に片膝をついてしゃがみ込む女性を見据えた。
「ここは、あなたが元いた世界とは別の世界です」
「は、はい?」
「私が、あなたをこの世界へと召喚しました。名をハルと申します」
「……」
俺はこの荒唐無稽な話を冷静に受け入れてしまった。というより、ストンと腹に落ちた。なにせこの女性の出で立ちが、まるでゲームの中から出てきたような恰好なのだ。ジョブなら聖騎士だろうか。汚れといい、劣化の具合といい、コスプレと呼ぶには少々手がかかりすぎている。オレンジ色の髪の毛も、偽物感がまるでしない。先程の女性の反応も演技とは思えない。馬車もたまに見える外の景色も、作り物の感じは皆無である。この女性が突然俺の前に現れたのも、異世界だというのなら逆に説明がつく。極めつけは、しゃべるイルカのぬいぐるみだ。いや現代のどんな技術を使っても、こんなに精巧な“ガラの悪い”イルカのぬいぐるみを作れるはずがない。
そして何より、記憶の片隅に残る断末魔と「こっちだよ」という声、ドクロの怪物との戦いといった光景が――何の根拠もないのだが――夢ではなく現実に自分の身に起こったことだと、何故か俺は確信しているのだった。
「あの……突然こんな話をされて戸惑うのは当然です。ですが、どうか取り乱すようなことだけはなさらぬようにお願いします。あなたに危害を加えるつもりはありませんから」
俺はそう静かに語る口を遮るように、手のひらを顔の前に出した。
「いえ、大丈夫です。“なろう系”はビデオ・オン・デマンドで何本か視聴済みです」
「は、はあ……?」
「ぉぃ、ぉまぇ!」
イルカのぬいぐるみがぷかぷかと宙に浮かびながら、話しかけてくる。言葉自体は乱暴だが、声が子供のように甲高いのであまり怖くはない。
「――ぉまぇ、この顔に見覚ぇはねぇか?」
「はあ……?この顔って……。この顔のことかぁ?」
「あぁ!この俺の!この顔の!ことだょっ!?なんかぁんだろぅ?」
「……あ!」
そう言われると、何か見たことあるような気がするぞ?そうだ!この青い体と、とぼけた顔はまさにあれじゃないか。
「ゃっぱり知ってるんだな!?教ぇろ!」
「ああ!オフィスのヘルプのイルカだ!……名前なんて言ったっけかな?」
「なんだって……?」
「知らないか……?ああ、異世界だからな。知らなくて当然か……。俺の世界でいるんだよ、そういうキャラクターが」
「……ぃゃぃゃぃゃ、俺はそぅぃうのを言ってるんじゃなくてだな――」
「“お前を消す方法”で有名なんだが……?」
「それ以上しゃべんなっ!」
イルカが俺の頬に平手打ちを食らわせてくる。全く痛くはない。しかしその短い手をいつまで経っても引っ込めないので、俺の口はくの字に歪んでしまっている。
「実はこの精霊、過去の記憶がないようなのです。召喚されたばかりの勇者様の側にいましたし、強力な魔法を使うこともできます。恐らく勇者様の使い魔ではないかと思うのですが……。何かご存知ではないでしょうか……?」
この生意気なイルカが俺の使い魔?……ということは。
「それが私に与えられた能力ってことですか?」
「は、はい……。……驚きました。恐らくその通りですが、まさか“勇者の能力”について見識がおありとは――」
“なろう系あるある”のチート級のステータスや特殊能力はおきまりだからな。
「――召喚された勇者様は、特別な能力をお持ちになっていることが多いのです。それを我々は便宜上、“勇者の能力”と呼んでいます」
「わかりやすいですね。それでその勇者の能力で、私に何をしろと?」
このイルカでどんなことができるのかはわからない。しかしこの世界に召喚されたからには、何か理由があるに違いない……「最強最悪の魔王を倒して」とかだったら億劫だ。面倒極まりない。
「何も。……と言いますか、あなた方は討伐が不可能とされていた最強最悪の魔王、赫髑王デスガイザーを既に倒しています」
俺は耳を疑った。
「……もう倒した?私が?」
念のため聞き返してみたが、目の前で大人しく座っている赤髪の女性――ハルと言ったか?――は確かに「はい」と頷いた。
「けっ!正確にはトドメを刺したのは俺の魔法だからなっ!そこんとこ間違ぇるなょ!」
え?全く記憶にないのだが?まさかあの燃え盛るドクロの怪物のことか?あの怪物を俺が倒した?最強最悪の魔王を?俺が!?まさか……嘘だろ……。それって……。
「ぅわっ!こぃっ聞ぃてねぇ!ちくしょー!!手柄を横取りしゃがってーっ!」
俺ってとてつもなく強いんじゃ……?なろう系ガチャSSRなんじゃ……!?
ガタガタ……ガタ……
馬車が止まった。
「どうぞこちらへ」
ハルが馬車の外へ手招きした。俺はよろけながらもなんとか立ち上がる。まるで初めて自分の足を使うかのような感覚だ。。全身が光に包まれる。
ご愛読ありがとうございます!
なんとブックマークに追加すると2PTが!
下の★↓の数×2PTが!
評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
どうかブックマークと★評価よろしくお願いします!!!