学びの園 Part5
「レガン・ダ・ワーヴァン襲騎士ハルと申します!人さらいの容疑者を捜索中です。やましいことがないのであれば、大人しく指示に従ってください」
ハルさんが照らしてくれたお陰で、男の詳細な姿が顕になった。といっても男はフードの奥に仮面を被っており、表情をうかがい知ることはできない。情報といえば首に何やら太い物を巻いていることと、体格から男だろうとわかるぐらいだ。
男はローブから片刃の剣を取り出して構えた。正直な奴だ。
「ご理解いただけないのであれば仕方ありません」
ハルさんが先手の“神速突き”を放ったと同時に、俺も広範囲の水属性攻撃魔法〈タイダルウェイブ〉を放った。男は片手でシールドを形成してハルさんのそれを防ぐ。更にもう片方の手で〈グラードブレイケン〉らしき地属性の魔法を放って、地割れを起こした。男の周囲を取り囲んでいた渦巻状の大量の水は、地割れの中に吸い込まれてしまった。
ハルさんは立て続けに男の背後に移動して斬撃を放つ。しかし男は天高く飛び、それをかわしながら牽制の魔光弾を数発、ハルさんに向けて放った。魔光弾が隆起と陥没、更に渦潮で破茶滅茶になっている地面にいくつかの穴を空ける。俺は男の着地地点に〈足掬いの池〉を構築した。遠隔設置なので狭い領域だが、確実にそこに落ちてくるのだから問題はない。更にハルさんはまだ空中にいる男の少し上方に高速移動し、男に向かって追い打ちの剣撃を放つ。
ところが男は〈足掬いの池〉に向かって〈アケアガン〉を放った。更にそのまま身をよじってハルさんの剣を弾き返す。〈足掬いの池〉とハルさんの剣の挟み撃ちは失敗に終わった。更に男はそのまま反動を利用し、回転を続ける。そして元いた横穴の入り口より、更に上の崖にまで飛んで行ってしまった。
なんとも奇天烈な奴だ。ひょっとして魔物が人に化けているのではないだろうか?片手で剣を持っているが、型が定まらない。構えからしても、代表的な襲派の流れを組むものではなさそうだ。もう片方の手は常に拍子を刻むようにせわしなく動かしている。見たことのない戦い方だ。まさかこいつ“胤”だとでもいうのか!?
この最中、横穴からセイカが顔を出した。俺とハルさんは同時に名前を呼んだ。
『セイカ!』
「何か変なことをされたりしてないですか!?」
セイカは黙ってこくりと頷いた。次の瞬間セイカの体が宙に浮いた。男が魔法をかけたのだ。セイカの身は、男がいる崖の更に上の小高い茂みに移された。
「ハルさん、やはり奴隷商の男で間違いないのですか?」
「それは判断しかねますが、どちらにしろかなりの手練れです。拘束して正体を暴くしかないでしょう。幸いセイカに危害を加える気はないようです」
俺は水流が蛇のような形になって敵を襲う〈蛇水鞭〉を発動させた。そして〈水渡りの術〉を使って〈蛇水鞭〉の天辺に乗り、男がいる崖に突進した。〈蛇水鞭〉の威力で崖が音を立てて崩れる中、俺は仮面の男と鍔迫り合いを繰り広げていた。男は風属性魔法を使って〈蛇水鞭〉の上で踏ん張りをきかせている。俺は〈アケアボール〉と剣撃を交互に繰り出した。剣撃を防御されたら、魔法で引き離してまた剣撃を打ち込む。しかし男は魔法の盾と剣をうまく使って、器用に俺の猛攻を防いでいる。
「ユゼルさん!離れてください!」
俺は合図の通り〈蛇水鞭〉の形を変えて、なるべく後方へ退いた。男は空中へ投げ出された形となり、落下する他ない。そこへハルさんの強烈な技が炸裂する。先程からハルさんが武器強化の魔法を唱えていたことを知っていた俺は、時間稼ぎをしていたのだ。ハルさんの手には刀身が製錬所の窯のように、紅蓮に染まった剣が握られている。通常より威力の増した斬撃は赤い残像を暗がりに残し、一撃は轟音と衝撃波を周囲に響かせた。ハルさんの重い一太刀一太刀は男を後ろへ後ろへと追い詰める。男はやっとの様子でそれを凌いでいたが、遂に体勢を崩した。ハルさんはその一瞬を見逃さなかった。昼間の試合で勝負を終わらせようと、俺に放った猛烈な突きをお見舞いしたのだ。
これは勝負ありと思ったが、そうではなかった。男はシールドを発動させてハルさんの突きを防ぎきった。俺の時より数倍の威力があるだろう一撃をだ。一体何層のシールドを用意しているのか?流石にハルさんもこれは想定外だったろう。スタミナ切れか、動きが鈍くなる。俺は急いで援護のため〈ベイブルダシア〉を男とハルさんの間に発動させた。ハルさんは下がって体制を立て直す。
男もこれだけ立て続けに魔法を発動しているのだ。息が続かないだろう。畳み掛けようと入れ替わり俺は前に出た。しかし〈ベイブルダシア〉の向こうにいたはずの男の姿がない。次の瞬間、俺は背中に衝撃と痛みを感じた。俺は地面へ叩きつけられ、植物操作系の魔法で身動きと剣を封じられた。男は一瞬のうちに俺の背後に回り込んだのだ。まさかハルさんに引けを取らない速さで動けるとは思わなかった。
ハルさんは俺にまとわりつく植物を焼き払おうと〈フィアーボール〉を放つ。しかし男が間に入って俺には届かない。ハルさんと男が対峙している。ハルさんの背後の地面で何かが動いた。
「ハルさん、後ろ!」
ハルさんは咄嗟に後ろを警戒する。男はそのすきに球状の光の格子をハルさんの周囲に構築し始めた。ハルさんは閉じ込められまいと、防御魔法で光の格子の構築を止めた。間一髪のところで光の格子は半球状のまま膠着したが、ハルさんの背後には巨大な影が現れていた。
巨大な影は無数の触手のようなものを伸ばす。それでハルさんから手足の自由を奪い、その身を空中に吊り上げた。後ろ手に縛られたハルさんは、苦悶の表情を浮かべながら身をくねらせ抵抗を試みている。
「これはっ?使い魔ですか!?こんなものまで――!」
俺の小精霊とは比べ物にならない。正真正銘の使い魔だ。光の格子魔法の発動と同時進行で召喚したのだ。この男、魔力の底が知れない。
「セイカ、この者達が例の――」
いつの間にかセイカが近くまで来ていた。
「はい。あたしを牢から出した人の仲間です」
男は俺たちに向けて、耳につく不思議な声で宣った。小刻みに声帯を震わせているのか、独特な声だ。
「いかにも某は奴隷商を生業とする者。セイカが世話になった縁にあやかり、命までは取らぬ。だが、しばしの眠りについてもらおう」
「セイカをどうするつもりだ!?」
「どうするつもり……とな?ふふふ、それは――」
「――あたしはこの人に付いていく」
セイカが前に出て言った。
「これはあたしが自分で決めたこと。あたしがこの人に付いて行くと自分で決めた」
「そんな……。本当にそれでいいのか?」
「いいかどうかなんてわからない。良くなくてもいい。ただ、今まで自分の道を選んで来なかったあたしがやっと決めたこと」
その時後ろの茂みが一気に騒がしくなった。
「ユゼル!怪我はないかー!?」
親父の声だ。それと大勢の人達の足音や息遣いが一帯に広がった。
「俺は大丈夫だ!それよりも、この奴隷商の男をなんとかしてくれ!」
「そこの奴隷商の人!!ご覧の通りあなたの姿は!大衆の目に晒されました!!ここにいる皆が町中に!あなたという存在を広めるでしょう!!この町での商売が上手く行かないことは!火を見るよりも明らかです!!」
親父は辺り一帯に響く程、声を張り詰めて言った。
「私達に危害を加えることなく!即刻町を立ち去りなさい!!」
それに応えて仮面の男は小声で呟いた。
「自明の理のようだ。行くぞ、セイカ――」
セイカは頷き、暗がりに歩を進める男に続いた。
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