学びの園 Part4
「この像の素材である魔石の作用で、魔法が無効化されているのでしょう。恐らく、吸収系の効果だと思いますが」
そんなの初耳だ。魔法で掃除ができないなんて……。ますます設計ミスではないか。
「魔法で掃除しようとすると、複数の魔法を同時に発動させる必要があるでしょう。しかも強い魔法では像を破損させかねません。力加減とそれぞれの魔法のバランスが決め手となりそうです。興味深いですね。私の友人に大の魔法酔狂がおりますが、彼女に見せたいくらいです」
試しに俺も魔法を発動させて洗浄を試みたが、ハルさんと同じ結果に終わった。どうしても手作業で掃除させる気なのか。
「どうしてこの様な像を作ったのでしょうか。そして何故学校という場所に、この像を置いたのでしょうか。そして昔から続いている当番制の掃除の習慣……。不思議ですね。まるで開拓者が私達に挑戦状を叩きつけているようであり、物事の本質を伝えようとしているようでもあります。若しくはこの町の息吹を後世に伝えようとしたのか……。魔法でも敵わないことがあり、数多の人の手がそれに勝る……。そのようなことを問いかけているのでしょうか」
「は、はぁ……?」
ハルさんは俺に何かを伝えようとしているようだ。しかし俺としてはこんな欠陥品の像など、どうでも良いのだ。早く話を切り出したい。俺はハルさんと旅に出たいのだ。
「ユゼルさんは魔法とは何だと思いますか?」
「唐突ですね……。魔王や魔物に対抗する力……でしょうか?人を守る象徴でもあります。外国では世界の創造主が我々に与えてくださる賜物だというそうですが」
「はい。どれも正解です。魔道学校での課程を終えれば、必然的にそういった解釈に帰結するでしょう。……しかし私はですね。意志を持った誰かが、世の理を解明するために獲得した手段だと思うのです」
ハルさんは俺の肩に手を当てた。そこを中心に段々と体が暖かくなる。
「これは乾燥の魔法です。火と水という相反する魔法をかけ合わせて発動させています。件の魔法酔狂が考案した傑作です。先生方からの評判はイマイチでしたが」
「……」
俺は言葉に詰まった。ハルさんの言わんとしていることがまるで掴めなかったからだ。
「魔法は結果ではなく、その先に広がる深淵への入り口でしかないのです。私達はこの得体の知れない力をもっとよく知り、追究していかなければならないと私は常々思うのです。私達はその代償の上に魔法を扱うことを許されているに過ぎない……そう思うのです――」
そこへ駆けてくる足音が聞こえた。ロアディードだ。
「ハル!セイカがいない!どこにもいないんだ!」
俺達は手分けして学校の敷地内をくまなく探した。そのあとで、最後の目撃情報があった方角へ歩を進めた。先生の一人が五限目の終わりに、男と二人きりでいるセイカを見ている。男はローブ姿でフードを被り、人目を気にしているようだったと言う。
「まさか……」
「可能性はかなり低いですが……」
ハルさんとロアディードは、男の正体に思い当たる節があるようだ。
「その男とは何者なのですか?」
二人は顔を見合わせ口を濁らせた。俺は二人に迫った。
「緊急事態です!少しでも情報があった方がいいでしょう?」
ロアディードが重い口を開いた。
「その男はホイネ村で犯行後、逃亡した……奴隷商の可能性がある」
俺達は周辺の人家の扉を叩いては、男の足取りを聞いて回った。どうやら俺の家もある住宅街を抜けた先――山の西側の裾野の方角に向かったらしいことがわかった。セイカの安否が心配された。しかしセイカに嫌がる素振りはなく、男に付き従っていたように見えたという。
「益々奴隷商の線が濃くなってきたな」
「まだ決まったわけではありません。早とちりは禁物です」
「どうする?もし本当に例の奴隷商なら、魔法使いの可能性もある。ホイネ村のムンノット衛兵長と他二人の魔道士から逃げおおせた手練れだ。ミストにも手伝ってもらうか?」
「病み上がりの人の肩を借りるわけにはいかないでしょう」
ハルさんは俺の方を見た。
「丁度こちらに、頼もしい戦力をお持ちの方がいるではありませんか」
ロアディードは一旦衛兵の屯所へ事情を話しに行くため俺達と別れた。俺とハルさんは聞き込みを続ける。俺の頭の中では、図書室でのセイカとのやり取りが繰り返し再生されていた。
俺とあいつでは見てる世界が違った……?俺の当たり前が、あいつの当たり前じゃなかった……。
大分坂を登ってきた。ふと振り返ると、黒い煙と同じぐらいの高さまで登ってきたと錯覚する。家々にポツポツと明かりが灯されていく。この中にセイカを灯す光があれば――
「セイカは奴隷だったのですか?」
「……少々答えにくいです。ただ、奴隷商と面識があるのは確かです」
俺は最後に会ったセイカの様子をハルさんに打ち明けた。
「セイカは普通の生活に憧れているようでした。俺がこの町の暮らしを馬鹿にしたようなことを言ってしまって……今思えば、そのことにとても腹を立てていたように思います」
「セイカはそれからどうしたのですか?」
「私の前から逃げ出しました」
「……何故でしょう?」
「今ならわかる気がします。きっとセイカは辛かったんです。私や私の家族、学校の生徒といった幸福な人の生活を目の当たりにして、嫌でも自分と比べてしまった。ハルさん。もしからしたらあなた達といる時も、ひょっとしたらセイカはそんな心持ちだったのかもしれません」
「そうかもしれません……」
「悲しい話ですが、知らなければよかったのかもしれません。この世にこんな幸せな場所や時間があるなんて、セイカは思いもよらなかったのかもしれない。……だから過去の自分を知るその男に付いて行った。たとえ目の前に幸福な道が用意されていたとしても、自分がそれを前にしてどう振る舞えばいいかわからないから。……だから俺から逃げ出した」
ハルさんは突然俺の方を向いて俺の顔を覗き込んだ。
「な……なんでしょうか?」
真顔のハルさんは俺の虚を突くように顔を近付けてきた。俺はどう反応すれば良いのかわからず狼狽した。するとハルさんはニッコリと微笑んでから、踵を返してまた歩き出した。俺は呆気にとられてちょっとの間、立ちすくんだ。
辺りはすっかり暗くなった。いよいよ家が少なくなってきたところで目撃証言を得られた。どうやら男達は、数年前まで採掘が行われていた廃坑の方角へ向かったらしい。おそらくそこが寝蔵だ。
・
・
「いました」
偵察へ出たハルさんが戻ってきた。数ある横穴のひとつから、明かりで浮かび上がった人影が見えたという。俺達は横穴が見渡せる茂みに身を潜めた。ローブの男は頻りに穴の外に出ては、また中へ入ってを繰り返している。魔法の罠でも張っているのだろうか?
「閃光弾を打ち上げます。ロア達の応援が到着する十数分、私達だけで持ちこたえますよ?」
「はい」
男がまた中へ引っ込んだ。
「今です」
ハルさんの閃光弾と共に、俺は勢いよく飛び出した。男に不意打ちを食らわせるつもりだ。男が穴から出てきて周囲を伺っているうちに、俺は一手目を発動させた。地面から複数の水の柱を立ち上らせる〈ベイブルダシア〉で、相手を囲んで動きを封じる算段だ。しかし男はひらりと宙を舞い、これをかわした。魔法使いだ。男が着地すると同時に、ハルさんが男を魔法の光で照らした。
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