学びの園 Part3
『おおーっ!』
周囲からどよめきが起こった。
「ちょっ……」
スカートが際どいところまでめくれ上がる。後もう少しで――。
――ピカッ!
閃光が俺の両目を襲った。視界が真っ白になり、俺は目潰しをくらったことに気付いた。まずは防御だ。大至急三百六十度のシールドを張って視力の回復を待つ。そうしている間に、〈足掬いの池〉が壊されている感覚がある。ハルさんは魔法を破壊する魔法、もしくは解除魔法を使って〈足掬いの池〉を無効化しながら、徐々に俺のところまで近づいているのだろう。俺がハルさんの間合いに入った時、シールドを貫通できるほどの高出力の魔法を放ってくるに違いない。俺は〈足掬いの池〉が徐々になくなっていく方向を警戒した。
段々と視界が元に戻ってきて俺の頭には別の考えが浮かんでいた。その時、右斜め後ろの仕込みから反応を感じた。俺は瞬時にそちらへありったけの防御魔法を発動させて、四層のシールドを形成した。一層目は発動とともに散り、火花を散らしながら二層目が砕かれ、ハルさんの剣が三層目を貫通して四層目にヒビが入った。
同時に俺は剣を下から斬り上げた。強い水圧で相手を押しのける水属性魔法〈アケアガン〉を、弧を描くように発動する。剣こそは空を切ったが、〈アケアガン〉の先端はハルさんの右胴へ命中した。そしてそのままハルさんを場外へ押し出すことに成功した。
ハルさんは片膝突きながら口を開いた。
「参りました。使い魔……精霊の類でしょうか」
俺は間一髪ハルさんの斬撃を凌いだことで息が荒くなっていた。なので答えるのに少しの間を要した。
「……はい。池の中に多数忍ばせておりました。〔虚像魚〕と呼ばれる小精霊です」
俺の〈足掬いの池〉は特別製だ。足を踏み入れた者のみならず、周囲の魔法も感知するようにできている。ハルさんは〈足掬いの池〉の無効化を囮に俺の注意をそらして、意識の死角である全く別の方角から必殺の一撃を放ったのだ。保険が上手く機能した。
周囲から惜しみない拍手が送られて、俺とハルさんは握手を交わした。
「お手合わせありがとうございました」
「もう少し強いところを見せられればよかったのですが。残念です」
ハルさんは少し悔しそうに照れ笑いを見せた。俺は確かな手応えを感じて打ち震えた。あのレガン・ダ・ワーヴァンの騎士に勝ったのだ。しかも王室付きの近衛兵にだ。今すぐにでも大声で勝鬨を上げたい気持ちだったが、腹に引っ込めて授業の続きを粛々と受けた。
午前の授業が終わり昼休憩になった。俺はハルさんを探して校庭や職員室を回った。だが姿が見えない。精々図書室の片隅の椅子に、一人で座るセイカを見つけただけだった。俺は近くまで寄って行き、ハルさんの居場所を尋ねる。
「ミストの様子を見に行った。また戻ってくると言ってた」
なんだ。昨日言ってた倒れてる奴のところに行ったのか。一言言っといてくれても良かったのに……。
「いい本は見つかったのか?」
俺はセイカが目を落とす大きな本を見て話を振ってみた。
「……よくわからない。なんとなくこれが目に入って」
それは色鮮やかな絵の具で描かれた絵本だった。仲間は皆同じ色なのに、一羽だけ皆と違う様々な色の羽根を持つ鳥が主人公だ。小さい子供向けの本で当然字も少なく、話の内容も難しいものではない。
「お前は何でハルさん達と一緒に旅をしている?」
「…………わからない……」
「――わからない訳ないだろう?……さては口止めされているんだな?」
「……始めは荷物を運ぶように言われていた。けど、持たなくて良くなった」
「きっと何か重要な任務なんだろう。あの王都の騎士が理由なくこんな寂れた炭鉱町に来るはずなんてないんだ。教えてくれないか?俺はハルさんと師弟関係を結び、ハルさんと行動を共にしたいんだ」
俺は前から考えていたことを実行に移すつもりでいた。
「……一緒に来るの?」
「ああ、そうさ!こんな町にいたって何の役に立つ?くだらない授業に怠慢を地でゆく生徒達。学校を出れば山と煙。家では仕事の手伝いと子供のオモリだ。時間の無駄さ!俺はハルさんの元で自分を磨く。もっと強くなったら、魔王にやられたティクス・サンザーだってすぐに復興できるんだ」
「……」
「親父を見てみろ。ここの生活にすっかり馴染んでしまって、来る日も来る日も坑に潜ってばかりだ!あれで襲元と言えるのか?親父があんなだから人も集まらず復興も進まないんだ。三大襲派の襲元に必要なのは力だ!権威だ!俺は力をつけて民を従えて、強いティクス・サンザーをもう一度復活させたいんだ」
「……そう。じゃああたしと交代しましょう」
「……?」
「あたしがこの町に残って、あなたがハルに付いていく」
「はっ……。やめとけよ!こんな町に残ったって何にもならないぞ!?みすみすチャンスを溝に捨てるようなものだぜ?」
「あなたはあたしが欲しいものを沢山持ってる」
「嘘だろ?俺なんか何も持ってない」
「ううん。持ってる」
「持ってないから俺はハルさんと――」
「――持ってるわ!お父さんとお母さんと沢山の兄弟!毎日困らない食事と温かい寝床!働かなくても勉強できるし!ここに来れば……こんな素敵な本が…………読めるっ……!!」
セイカは居ても立っても居られなくなったのか、走って図書室を出ていった。本を置き去りにしたまま――。
訳がわからない……。
理解を超えている。俺は気が散漫なままで午後の授業を受ける羽目になった。あいつの声が頭の中でぐるぐる渦を巻く。それもこれもあいつのせいだ。あいつは何なんだ?急に怒鳴ったかと思えば、中途半端に言うだけ言ってどこかへ行ってしまった。俺の主張は間違ってなどいない。それにあいつの案も今思えば中々だ。あいつがこの町に残って、俺がハルさんと旅をする。それで万事解決だ。もう少し粘って俺と話をしていれば、自分の目的も達成できたかもしれないのに馬鹿なやつだ……。
その日の授業が全て終わり、俺は修練場に向かった。校舎を出たところでハルさんと再会した。
「ユゼルさん、丁度良かった。セイカと一緒ではないですか?」
「いいえ、一緒ではありません。昼休みの時は図書室にいましたが」
ハルさんの旅に同行させてほしい。そう話を切り出そうと口を動かした瞬間、後ろから声がした。
「おい、キザ野郎!今日こそはサボるなよ!」
またあの男子生徒だ。良いところで邪魔をする。
「なんですか?何か当番のようなものがあるのですか?」
「いいんです。ハルさんには関係のないことです」
「そこのあなた、よかったら案内してもらえますか?」
興味を持たれてしまった……。
男子生徒を先頭に、例の像の前までやってきた。彼はハルさんに懇切丁寧に当番の詳細を説明している。
「大変興味深いです!」
「何がですか?」
「ユゼルさん、この像を魔法で掃除したことは?」
「ありませんが?」
そもそも最初の一度掃除に参加したきりで、それ以降一度たりとて近付いてさえもいない。
「ちょっとやってみますね」
ハルさんは抜刀して小さな水の玉――水属性魔法〈アケアボール〉だろう――を放って像に命中させた。そう、俺がこの当番をやりたくない理由の一つが、魔法でやれば一瞬で片が付いてしまうという点だ。一度でも手伝えば、怠惰な生徒達から毎日やってやってとせがまれるに決まっているのだ。
「どうですか?綺麗になってますか?」
綺麗になっているに決まっている。ハルさんの魔法だぞ?
ところが男子生徒は首を縦に振らない。俺はそんな馬鹿なと、像に近寄り表面を確認する。紛うことない。魔法が直撃したところに、未だ埃が付いている。おかしい。
「どういうことです?」
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