学びの園 Part1
「おい!キザ野郎!」
俺は無言で振り向いて顔を上げた。同じ学年の男子生徒だ。二階の窓から大声を上げている――またか。
「今週は俺達の班が当番だからな?勝手に帰るなよ!?」
当番とは、校舎と学生寮の間にある像の清掃当番のことである。なんでもこの町を開拓した偉人の像で、微弱な静電気を帯びる魔石で作られている。そのため放っておくと大気中のホコリを吸い寄せて、あっという間に真っ黒になってしまう。完全に設計ミスだ。
「はぁ……この際言うが、俺はこの町の人間じゃないし、ましてやムムトセラート襲の人間でもないんだ。そんなことに参加する義理はないね」
「決まりは決まりだ!手伝ってもらわなくてもいいが、せめて終わるまでそばに居てもらわにゃ――」
「断る」
くだらない。俺は背後からの罵り声を気にせず、呼び止められる前と同じように家を目指した。
学校は少し坂を登った場所にあった。道の左右の林の向こうでは、何本もの煙がもくもくと空に黒い線を描いている。昼夜途切れることのないその煙は、この町の象徴だ。俺にとっては晴天を汚す、黒い絵の具でしかないのだが。
「おーい。ユゼルー!」
しばらく歩いた先の三叉路の一方から聞き慣れた男の声がする。この声の主も俺にとっては黒い絵の具だ。その男は数人の見知らぬ人達を引き連れてきた。
「丁度良かった。帰るとこだろ?作業場に仕事を置いてきてしまったんだ。ユゼル、お客様を家まで案内してくれないか」
俺は数人の中で一番前にいる小柄な女性に目を向けた。どこかで見覚えがある。
「はじめましてユゼルさん。レガン・ダ・ワーヴァン襲騎士ハルと申します」
頭の先から爪先まで衝撃が走った。
レガン・ダ・ワーヴァン?今レガン・ダ・ワーヴァンと言ったか?ハル?まさかあの閃光の跳躍者の!?
「ティクス・サンザー襲魔道士候補生ユゼル・オムレアです。以後お見知りおきを!」
「はい!――といっても、実はユゼルさんには既にお会いしているんですが――」
「ユゼルがうんと子供の時ですね。――お前は覚えてないだろうが、ハルさんに抱っこしてもらってたんだぞ?」
「私もはじめてではございません。王都の宮殿にて、幾度か遠目から拝見しておりました。閃光の跳躍者ハル様のご高名は、かねがね聞き及んでおります!」
「あーそのように構えないでください。大層な者ではありません。それとこちらが同襲騎士ロアディードと、共に旅をしているセイカです」
「よろしくな!ロアと呼んでくれ!」
「……」
「よろしくお願いします!」
「後もうひとり連れがいるのですが、その……」
「素直に重労働させすぎてぶっ倒れてるって言えよっ」
ロアディードと紹介された男が、口を“ニッ”っとさせて意地悪そうな顔で言った。
「……はい。その通りです。面目ありません」
ハルさんは本当に申し訳なく感じているようで、顔を伏せ気味にして答えた。
「とにかくよろしくお願いします。ユゼルさん」
頼んだぞと言って親父は来た道を戻っていった。俺は高ぶる鼓動を堪えながら、ハルさん達を先導した。まるで嵐だ。黒煙に覆われた空が、王都の風によって綺麗に晴らされていくようだ。
しばらく歩いて、住宅地の一角の共同調理場に到着した。近所の女達と一緒に数世帯分の夕食の拵えをしているであろう母に、皆を紹介するためだ。俺は井戸端会議に集中する母に声をかけた。
「母さん、親父のお客様だよ」
「あら、いつも主人がお世話になっています。妻のフミラです」
「お久しぶりです。ハルです」
「ハルさん?ハルさん、ハルさん……って……あー!主人の教え子だったハルさん!?まぁ!大きくなってー!」
母の口はたちまち止まらなくなった。親父が教師だった頃の同僚や王都の官僚の誰々が今何をしているかといった質問を、次々とハルさんにぶつけ始めた。俺は「あとで家でゆっくり話ができるだろ」と母さんの話を遮って、皆を家まで案内するのだった。
俺の家は共同調理場から目と鼻の先、住宅ひしめく中の一棟だ。うなぎの寝床というやつで、間口は狭く奥行きが広い三階建てだ。玄関から中へ入ると中庭に続くホールと二階への階段がある。
「ユゼル兄ちゃんおかえりー」
階段を上がっている最中、中庭から同居人の声が聞こえた。恐らく仕事道具の手入れを手伝わされているところだろう。
「その人達だぁーれー?」
中庭からぞろぞろ子供達が出てきた。この棟には俺達オムレア一家の他、親父の同僚の家族と下働き三人が暮らしている。
「親父のお客様だ。失礼のないようにな」
「おじさん達カップル?彼氏の方がちょっと老けてるね!」
「こらっ!ハッカ!」
「やーい、カップル!カップル!カップル!」
最近大人のからかい方を覚えたハッカは、叫びながら外へ駆け出していった。
「申し訳ありません。後で叱っておきます」
「良いのです。子供は元気が一番ですから」
「はぁ、老けてるか……」
俺はハルさん達をこの家で一番上等なテーブルがある居室へ案内した。飲み物でも出そうと、母のいる共同調理場へ熱湯を貰いに向かう。そして戻って茶を煎れている頃に親父が戻ってきた。ハルさん達の元へお茶を届けた頃に母さんが大きな鍋に食べ物を入れて帰ってきた。
いつもは全員揃ってから食べ始めるのだが、今日は来賓がいるお陰で俺達だけで早々に食べてしまおうとなった。戸の外から「ズルーい」というハッカの大きな声が聞こえる。お前達チビはうるさいから、できるだけハルさんから遠ざかっていてくれ。
親父とハルさん達の話は、赫髑王の討伐に成功したことから始まった。三十余年の長きに渡り、人々を苦しめた魔王をこの人達は討ち取った。なんと素晴らしい人達だ。英雄である。親父も母さんも同じ感想で散々褒めちぎるのだが、当のハルさんは少しも偉ぶらない。「皆さんのお力添えあっての偉業です」と繰り返すばかりだ。俺はその謙虚な姿勢のハルさんに益々好感を寄せるのだ。
「――その時の俺の活躍ったらなかったぜ」
ロアディードという奴も腕の立つ騎士なのだろうが、謙虚さはまるでない。
「これからティクス・サンザー襲は忙しくなるのではないですか?」
「そうですねぇ。色々考えているのですが、とりあえずここの鉱山での仕事が一段落したらと考えています」
悠長な話だ。もう魔王がいないのだから、すぐにでも元領地に乗り込んで開墾すればいいのだ。魔物が何だ。親父は魔法が使えないから及び腰なのだ。
次第に話は昔話に花が咲くようになり、俺も若干の退屈さを覚えるようになった。セイカという少女も同じようで、大きなあくびをすることで暇をアピールしているようにも見えた。このセイカという少女は不思議な存在だ。ハルさんとロアディードと釣り合いが取れていない。眼帯で片目が見えないが、顔立ちは整っているようだ。しかし食事の作法といい仏頂面な態度といい品性を感じられない。よって王族や襲の関係者ではないように思う。どのような経緯で行動を共にしているのだろうか。
「ダースラー・ドットに向けて旅をしています」
「ほう。それは公務でですか?」
「まあ、公務でないと言えば嘘になりますが、私用と言えなくもなくて……」
「何やら複雑なようですね。ひょっとして、勇者絡みの……?」
「はい、その通りです……」
親父はそれ以上の問答を避けた。きっと何か事情があるのだろう。
親父がどうか泊まっていってくれと言ってきかない。確かに宿を取れば金がかかるが、こんなボロ家にハルさんを泊めるなどとは気が引ける。しかしハルさんは二言目には親父の申し出を了承した。
夕食を食べ終えた子供達、それと親父達の話に飽きたセイカと一緒に、藁を居室へ運んで寝床を整えた。団欒を楽しんだ皆々は揃って公衆浴場へ出かける。路地を少し歩くだけで、顔が煤だらけになってしまう。そんな町の公衆浴場は常に混んでいて窮屈だ。ハルさんには申し訳ない気持ちでいっぱいである。親父はそんな俺の心持ちなど知る由もないだろう。
客人のせいで興奮気味の子供達をなんとか眠らせて、自分も眠りについた。後で知ったが、親父とロアディードはどこかへ行ったきり戻ってこなかったようだ……。
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