熱と煙と土埃
太陽が真上に昇った頃合いに、俺達は山々に囲まれたその町に到着した。重厚な壁に囲まれた城塞都市だ。町の真ん中には川が流れており、町の至るところから黒い煙がもくもくと立ち上っている。壁の外に畑が広がっているが、それほど広くはない。町を守る高い壁に近づくと、木か何かを燃やしたような臭いが鼻につく。おそらくこの臭いと煙はこの町に滞在する以上、付き合っていかなくてはならない代物だろう。
大きな門の前には、町に入る手続きをするための長い列ができていた。多くが荷馬車を連れた商人だ。手続きとはつまり、例の魔力の型取りというやつだ。俺達はハルの職権乱用――もとい、権限の行使をして列の最前列に並ばせてもらった。背中をこれでもかと睨みつけられたが……。
大勢の顰蹙にめげずに街の中に入ると、漂うススだろう――肌に纏わり付いてくる熱風を不快に感じる。ホイネ村に比べると背の高い建物が多い。煙を吐く煙突もそうだが、大きな時計がくっついたのっぽの塔も数本目につく。
「どうやら先生は、ヤテ抗口という鉱山の麓にいるそうです。町の一番外側です。まだ結構歩きます……」
情報収集から戻ってきたハルが地獄のようなことを言う。何せ俺の体は全身筋肉痛でバキバキ音が鳴りそうなのだ。
ここ町の入口付近には、温泉街を思わせる露店が立ち並んでいる。食べ物屋も多く、商人達が出店の前で料理を口に運ぶ姿を嫌でも見せつけられる。セイカとイルーのよだれを止めるため、俺達は手早く出店で昼食を取った。
町の中心には一際高くそびえる時計塔が建っていた。それを眺めながら大小の工場と木造の集合住宅が立ち並ぶ居住区を抜けて、とうとう山の麓までやってきた。そして何人かに道を聞きながら、ヤテ抗口なる場所へ到着した。作業員の一人に声をかけて呼んできてもらい、やっとその人物にお目にかかることができたのだった。
「先生!」
ハルがその人のもとに駆け寄り、飛びつこうとした。先生と呼ばれた男はそれを察知して、手を前に出してハルを制止した。ハルは意図を察して立ち止まり言った。
「ご無沙汰しております。お元気でしたでしょうか!?」
「本当にハルなのですか!?いや~随分立派になりましたね!活躍は聞いていますよ。教え子に恵まれて、私も鼻高々です」
「こんにちは。ハルの同僚で騎士のロアディードです。こちらは一緒に旅をしているセイカ」
「……」
「これはこれは、よろしく」
「はじめまして。騎士見習いのミストとモフモフ専用機のイルーです」
「なんでゃねん!」
「はっはっはっ!よろしく!」
先生は満面の笑みを浮かべながら俺達を迎えて、休憩小屋まで案内した。その姿は他の作業員の例に漏れず、汚れとホコリまみれだ。手と顔を濡らした布で拭い、奥から小さな紙を持ってきて俺達一人ひとりに配り始めた。
「私はこういう者です」
俺は咄嗟に両手でそのカードを受け取る。そして小さく何度か頭を下げながら言った。
「あっ、申し訳ありません。名刺を切らしておりまして……」
あ、やばい。条件反射だ。
「はっはっはっ!そのような反応をする方は初めてですよ。どこかで同じことをやられてる方がいらっしゃるのですか?」
そのカードには紛れもなく先生の名前と所属が書いてあった。ロアが訪ねる。
「これは?」
「自己紹介カードです。初対面の方には配るようにしているんです。私のことを覚えてもらうために」
ムムトセラート襲領リルン町リルン鉱山ヤテ方面採掘総括責任者
ティクス・サンザー襲 襲元
ユガイン・オムレア
「この、襲元というの――」
「あーあーあー!言い忘れてましたー!先生は襲元なんですー!失礼のないようにしないといけませんよー!見習いのミスト君!」
ハルが慌てて答えた。そしてロアが世間話を持ち掛けた隙に、ユガインさんに背を向けて耳打ちしてきた。
「襲元とは襲を束ねる者、襲派の代表という意味ですっ!」
「うぉぃ、それって……結構偉ぃんじゃねぇの……!?」
「私が言ってなかったのが全て悪いですが、襲元という言葉を知らない魔道士はいません」
つまりは県知事とか県警本部長とか、そういう役職ということか……そんなの前もって言っててくれ。ハルも大層な人脈の持ち主だ。それにしても魔道士達を統率する組織の代表なのだから、屈強な戦士――それこそ新陽の雷霆のウォッズやホイネ村のムンノット衛兵長のような豪傑をついつい想像してしまう。しかし今目の前にいるおじさんは、腰の低いただのサラリーマンのようだ。この人とだったら旨い酒が呑めるに違いない。
「なるほど。もしやあなた様が勇者様――」
あら、早速正体がバレてしまいましたけど……?……なんだろう。名刺の字が歪む。そういえば心なしか身体が熱い気がする……。先程まで身体の至る所で感じていた痛みがもう感じられない。足から力が抜ける……。
「どぅしたんだょ?」
「ミスト様……?」
「ミスト?どうした?」
こっちの世界に来た時とはまるで違う。目が回る。俺はその場にバタリと倒れてしまった…………。
真っ直ぐ天に向かってそびえ立つ主塔。一流の庭師が趣向を凝らした広大な園庭。壁天井の装飾きらびやかな荘厳なる大広間。清潔な制服を身に纏い椅子机に座して授業を受ける生徒達。古今東西のあらゆる図書が理路整然と並べられた書庫――
今でも脳裏に鮮やかに蘇る王都での暮らし。何不自由ない充実した毎日。行き届いた教育と恵まれた設備。新たな魔法に出会うたびに驚きと興奮の連続だった。友と語らい、切磋琢磨して腕を磨いた。
ここに来て早一年。あの頃描いていた理想が跡形もなく崩れ去るには充分過ぎる時間だ。
学校の敷地の片隅にある修練場で、俺は今ひとり剣の素振りをしている。少し離れると数十の生徒達が、騒がしく剣の試合中である。俺からすればチャンバラだ。魔道士の卵ばかりが集められた王立の初等学校と違い、この襲立の中等学校は魔法が使えない生徒が大半を占める。
ここに来てまずはじめに感じたのは、周りの生徒の意識の低さだ。何故神聖な授業中にあんなにも私語雑談ができるのか。何故定期考査での悪い点数自慢ができるのか。何故剣の試合でコテンパンにされてもあんなにヘラヘラしていられるのか。俺には到底理解できなかった。
特に俺を混乱させたのは、剣の稽古中に楽器を鳴らす風習だ。少なくとも誰かひとりが、演奏担当になって音色を奏でるのだ。入学したての頃は気が散ってしまって仕方なく、剣を振るうのが嫌になったぐらいだ。
王都から同じタイミングでこの学校に入学した、俺と同い年の魔道士候補生が一人いる。そいつがあれよあれよと、そんな地元の者達に馴染んでしまったのを目の当たりにした俺は落胆した。そんな自堕落な者達と決別すべきだ。そう奮い立ち、俺は王都式の鍛錬を続けた。その成果か入学から一年経たずして、上級生含め俺に剣の試合で勝てる生徒はいなくなった。
俺は汗を拭いて道着から学校の制服に着替え、その後で荷物を取りに教室に立ち寄った。小さな二階建ての校舎には、まだ生徒達のくだらない話し声がひしめいている。ムムトセラート襲には中等学校は三校しかない。その内の一つでこの程度なのだから、地方襲官・衛兵とはきっと楽な仕事なのだろう。
帰路につこうと校舎を出ると、後ろから呼び止められた。
ご愛読ありがとうございます。
鉱山町鉱山町……うーん。修学旅行で行った北海道の鉱山跡を必死で思い出しました。……全く参考にならない!!時間があれば図書館にでも行って資料を読み漁るのですが。
結局八割方想像のエセ鉱山町がリルン町です。今後追加の資料が手に入れば、もっと描写を細かくできるかもしれません……(?)
追記
ご愛読ありがとうございます!
なんとブックマークに追加すると2PTが!
下の★↓の数×2PTが!
評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
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