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三大襲派

 陽の光とともに目を覚ました俺は、例の如く横で鼾をかくロアを見ながら立ち上がった。一晩中降った雨は一面の空から雲を一切合切奪っていったようだ。きれいな朝焼けが俺を出迎える。テントの外では例の如く、ハルとイルーが調理に勤しんでいた。俺は近くまで行き声をかける。


「おはようございます。セイカは大丈夫でしたか?」


 ハルは顔だけこちらを向けて言った。


「おはようございます。起こしてしまいましたか?」


「はい」


「無理もねぇょなぁ。ずっと泣いてたからなぁ」


「やっぱり聞こえていましたか……」


「はは。でも、すぐに寝てしまって……気付いたら朝でした」


 ハルは申し訳なさそうな顔で続けた。


「……私も子供の頃寂しくて、一人で寝られないことがありました。よく姉さまのベッドに潜り込んで、物語を聞かせてもらったのを覚えています。私、セイカの気持ちがとてもよくわかるんです。まるで、昔の自分を見ているみたいに……」


 やけに含みをもたせた言い方だな。言わぬが花というから、俺はそれ以上訊かないようにした。


「何か手伝いましょうか?」


「お願いできますか?……ではそこの葉に、これを包んでください」


 できあがった熱々の肉団子を葉で包むよう指示された。葉は微かに、すっとミントのような香りがする。おそらく除菌効果でもあるのだろう。俺が悪戦苦闘していると、まごつく俺を見かねたのか、「ぶきっちょさんですねー」とハルがお手本を見せてくれた。お陰で葉で包んだ団子を紐で縛ったものがいくつもできた。端午の節句みたいだ。


 朝食の準備が整うのを待っていたかのように、ロアとセイカが起きてきた。セイカのお腹がぐぅぐぅ鳴ると、ロアのお腹も呼応してぐぅぐぅ鳴いた。ロアは晩御飯食べただろっ?

 ハルがセイカに“いただきます”を教えて、四人と一匹で一緒に手を合わせた。俺が昨日獲った魚の丸焼きと、ハルがさっき採ってきたという山菜と肉団子の炒めものだ。

 セイカはイルーに負けず劣らずの大食らいだった。足りないと言うので、三人から少しずつ分けてもらってようやく腹が落ち着いたようだ。


「ミスト様、お伝えせねばならない事があります」


「な、何でしょう?改まって……」


「本日は川に沿っては歩きません!」


「……ええ。それがどうしたのでしょう?」


 ハルが川の方を”どうぞご覧ください”と手で示して、俺に顔を向けさせる。俺は視界にそれが入ってピンときた。ハルが笑顔で応援する。


「重労働、頑張ってくださいね!」


「ロアさん、やっぱりハルさん楽しんでます」


「だから言ったろ?」



 ぬかるんだ地面が一層体力を奪っていく。セイカに手荷物を持ってもらったりしながら、俺は汗だくになって歩き続けた。遥か彼方にうっすら見えていた山々が、やっと近くまで迫ってきた。


「ロツァッド・ネコリラ領っていや、ワインの産地だよな?」


「さあ?よく知らない。本当にそこで生まれたって聞いているだけだから」


「ハルも討魔戦に行ってたんだよな?」


「言わずもがなです。忘れもしません。私の初陣ですから。被害も大きくなかったので、今頃浄化が一段落ついて、人が住めるようになっているのではないでしょうか」


「どうせだったら故郷に帰りたいとかあるのか?」


「わからない。覚えてることもないし、そこが故郷だと思ったこともない。物心ついた頃には、どこだかわからない所でパン屋の窯に薪をくべる生活だった。そこもすぐに追い出された。その後は色んな所に行った」


 俺の歩くペースに合わせているお陰で、雑談の機会を得た皆の話題はセイカの出自についてになった。ロアとハルですらセイカの生まれ故郷である、北方の山岳地帯での暮らしぶりには詳しくないらしい。なのでセイカに色々質問をぶつけては、話に花を咲かせていた。


 一休みしている最中、ロアが次の休憩まで逢魔石を背負うのを代わってやろうと言い出した。なんていい奴なのだろう。渡りに船と俺はその話に乗った。


「ミストのお陰で余分な水を持ち歩かなくて済んでるからな。おあいこだぜ」


「――といぅょり、俺のお陰だけどなっ!」


「主人を立てようという気概がないのかね、君という使い魔は」


「ふっふっふ~……なぃ!」


 俺はロアと荷物を交換して再び歩きだした。しかしロアの荷物は想像以上に重かった。考えてみたらロアの寝袋の他、皆の分の調理道具やナイフなどの小道具、ポーション等の消耗品は全てロアの荷物の中だ。軽く逢魔石とトントンの重さにはなる。ロアはそれにも増して戦闘に備えて防具や剣を身にまとっているのだから、流石本職の兵隊さんだと感心する。俺自身大して楽にならないまま次の休憩を迎えた。


「それでハルさん。リルン町でしたっけ?私達は何故そこに向かっているのですか?そろそろ教えてくれてもいいのでは……?」


 そろそろ機嫌を直してくれているであろうハルに、恐る恐る伺ってみる。


「学生時代の恩師を訪ねようと思っています」


 肉団子を包んでいた葉を捨てたハルは、水の入ったコップを片手に続けた。


「私達魔法使いは魔法の素質があるとわかると、王都にある王立魔道学校へ集められます。概ね十二歳まで初等教育を受けた後、当人の能力や希望に合わせて、各地を治める襲、又は王国軍へ割り振られます。多くの者はそれから襲や軍の中等学校へ通い進路を決めます。まあ、殆どはそのまま襲魔道士や軍魔道士になるんですが……。私は王都守護襲であるレガン・ダ・ワーヴァンに割り振られ、王都の中等学校へ通っていました」


「因みに俺もそこ出身だ」


 別の岩に腰掛けるロアが口を挟んだ。


「――その時の恩師がリルン町にいるのですか?」


「はい。とある私の我が儘に付き合っていただき、大変お世話になりました。実はミスト様もその恩恵にあずかっているのですよ?」


「……全く身に覚えがありませんが」


 俺はちょっと考えて困り顔で答えた。本当に見当がつかない。


「まあ、その話はよいでしょう――」


 ハルも困り顔で答えた。表情から“要らぬことを言ってすみません”というのが伝わってくる。


「先生はティクス・サンザー襲の役人で、当時王都支所に勤めながら学校で教鞭を執っていました。紆余曲折あり、今はリルン町で暮らしているそうで、前々から尋ねてみたいと思っていたのです」



 ロアが歩きながら、例の蜃気楼のようなモニターを空中に出現させた。映し出されているのは略化された地図である。ロアはセイカのためにそれを出したのだろうが、むしろ興味を持ったのは俺とイルーの方だった。


「王都守護レガン・ダ・ワーヴァン襲、西方国境守護ティクス・サンザー襲、北方国境守護スツァブクォルア襲はグランディオル連襲王国の中でも特に力を持っている襲で、三大襲派と呼ばれてい()


 なるほど。地図にはそれぞれの領地が色分けで表示されている。西の国境に面して南北に縦長のティクス・サンザー領、北の国境に面して東西に横長のスツァブクォルア領、その南方の川を挟んで王都がある。東と南の端は海だ。


「三十四年前の悲劇と言えば何だ?セイカ」


赫髑王(かくどくおう)の顕現」


「そうだ。西の隣国スーヒガン王国との国境付近に顕現した赫髑王は、その強大な魔力で徐々に周辺一帯を魔界化していった。軍の抵抗虚しく最終的には半径二百キロメートルの範囲をその勢力下に置かれ、魔物が蔓延る荒廃した土地とされてしまった。グランディオル連襲王国低迷期の始まりだ」


 半径二百キロメートル!?九州がすっぽり入ってしまうくらいか?俺は思わず口を挟んだ。


「なら、西方守護のティクス・サンザー襲はどうなったんですか?」


 ロアは至って真面目な顔になった。


「お察しの通りただでは済まなかった。五つの襲領が魔界化の影響を受けたが、中でもティクス・サンザーを含めた三つの襲領はその大半が飲み込まれ、領民は土地を追われ散り散りになった。国としても西方の山脈で採れる鉱産資源の流通が絶たれたため、国民の生活や対外貿易に悪影響があった。更に赫髑王への対応に手をこまねいている内に、北の隣国レブンクスからの侵攻を許した他、国内の別の場所で立て続けに別の魔王の顕現を許してしまった」


 そして疲弊した国は、魔大陸から富を運ぶ奴隷貿易を黙認した。いや、むしろ推奨していたのか。国の存亡がかかっている情勢下で、背に腹は代えられなかったというのは想像に難くない。


「その後“新陽の雷霆”の前身である“三〇三部隊”の活躍によって事態は収束へ向かい、そちらにおわす勇者ミスト様のお力添えで三十四年の長きに渡って人々を苦しめた赫髑王を遂に葬ることに成功したのだった」


「――といぅょり、俺のお陰だけどなっ!」


「主人を立てようという気概がないのかね、君という使い魔は」


「ふっふっふ~……なぃ!」


 月明かりの綺麗な夜である。幻灯虫がそこかしこと照らしている草原には時折、肉食動物のキラリと光る目が見えることがある。サファリパークでは柵の向こうだが、ここにそんな物はない。イルーに《防具不要》をかけてもらえていて本当に良かった。

 食事を終えた俺達は、思い思いの時間を過ごしていた。ロアはセイカに必死で文字の読み方を教えている。文となればイルーの翻訳機能で意味がわかるのだが、一文字一文字となると“ユニコードの一覧”にしか見えない。


「そういやイルー、このメモ機能に保存した文書を出力することはできないのか?」


「そんな魔法はねぇよ!俺はプ――」


 突如としてイルーの声が途切れた。


「?……イルー?おい、イルー!!」


 見ればイルーは口から泡を吹いて倒れていた。つい先程までふわふわと浮かびながら、楊枝で口の中をシーシーしていたのに……目前では白目を向いて痙攣している。


「イルー!どうしたんだっ!しっかりしろ!」


 俺は必死でイルーに呼びかけた。頭を打ったときなどは下手に動かしてはいけないと耳にしたことがある。もし何かが喉につかえたのなら、背中を叩いて吐き出させる。呼吸が止まっているのなら心臓マッサージと人工呼吸だ。しかしこいつは精霊である。体の仕組みは俺達哺乳類と同等で良いのだろうか?いや、ダメだ。俺じゃ対処できない。

 俺の思考がギブアップ宣言をした時、横から俺の求める最高の専門家が顔を覗かせた。


「あら、またなってますね」


「ハルさん!イルーが……!イルーがっ!」


「見るの初めてでしたっけ?心配しないでください。たまにこうなるんですよ。ミスト様が目を覚ましてからは、あまりなってなかったと思いますけど」


「え……」


「放っておいたら元に戻りますから……多分」


「多分て!」


「あー……正直、精霊の病気や怪我って聞いたことなくてですね。治療が必要かどうか自体わからないんです……」


 俺はイルーが目を覚ますまで手を握って待つことにした。



「――ええっと、出力(?)ですか?」


「はい。この魔法の文章を紙に写して、私がいなくても見れるようにしたいのです」


 俺はイルーの手を持ったまま、ハルにワープロのウインドウを見せた。余談だが、イルーがこんなになってしまっていても、しっかりとウインドウは起動した。


「生憎ですが、そういった技術は聞いたことがありません。人の視界を盗むような魔法があれば、あるいは応用ができるかもしれませんが……」


「そうですか。やはり手書きで書き写すしかないのですね……」


 ドリトンに雇用契約書の作成を頼んだ時のように、口頭で読み上げたものを書き出してもらうのが良いのかもしれない。


「あの……本当に物書きにでもなるつもりなのですか?」


「はは、違いますよ。そういえばロアさんが本を持っていましたが、本は身近なものなのですか?」


「高級品であることは違いありません。特に紙の供給量が少ないですから。図書の複製法に関しては、専門の魔道技術士が印刷方式を確立していますので、紙の大量生産が叶えばもっと本は身近な存在になるでしょうね。そうなればミスト様の書いたものも、沢山の人に読まれるでしょう」


 俺は物書きになるつもりはないのだが。――それから三十分程経った頃、「ご飯食べたっけ?」と惚けた台詞を吐いてイルーは目を覚ました。何だったんだと聞いてみても、本人にも見当がつかないようだった。

ご愛読ありがとうございます!

なんとブックマークに追加すると2PTが!

下の★↓の数×2PTが!

評価ポイントとして入るようです!!


そして評価ポイントが高いほどランキングに入って

皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)


どうかブックマークと★評価よろしくお願いします!!!

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