雨
雨で濁る川にやってきた俺達は、片っ端から魔法を発動させた。魚に直接当てる魔法――空気の刃〈エアリアルカター〉や光の矢〈ライトニングアッロ〉等――はそもそも魚影が見えないので、当たらず失敗に終わった。〈蔦地獄〉で網の作成を試みたが、蔦が四方八方に伸びて絡まりただの塊になった。〈ヘイドローボンム〉という魔法を発動したら、川の中で大きな爆発が起きて高くまで水しぶきが上がった。これはやったと思ったが、水面に浮かんだ魚の死体がただ川下へ流されただけだった。無益な殺生をしてしまった。
唯一効果的だったのは〈グラードカッパー〉という地面を隆起させる魔法だ。一定の面積の川底を、一瞬で水面より高く隆起させる。すると魚が大量の泥と共に、俺の回りに降り注いだ。お陰で俺は魚を獲得すると同時に、どろにんぎょうに変身できた。嬉しくはない。
散々イルーに笑われた俺は、明かりを頼りに戻って来た。手には紐で一括りにした、一食分としては余りある魚達が握られている。するともう葉で覆われたテントが完成しているではないか。元からある巨木を中心に十数本の骨組みが放射状に立てかけられ、円錐状に葉っぱがくまなく敷き詰められて屋根を作っている。傘を少しだけ開いた状態と言えばわかりやすい。中は五、六人が寝転がれそうな程広く作られている。
「立派なものですね。ゴホッ!ゴホッ!……しかし、この煙はなんです?」
立ったままだともろに煙を吸ってしまう。腰を少し折って涙目を堪えながら、背を向けるロアに尋ねた。
「おう、おかえり。これは――……ぷ!わははははっ!なんだその格好!!??」
ロアに大笑いされてしまった。水の魔法を使うまでもなく、いくらか雨で落とされるかと思ったが、そうは問屋が卸さなかったか……。
「おかえりなさい。あら、意外とたくさん取れましたね」
後ろからハルの声がした。褒めてもらえるかと期待して振り向く。俺の動作と同時に光った稲光が、ハルの背中を照らした。
「よくやりましたね」
そこには胸から下を鮮血で染めたハルの姿があった。両手は真っ赤で片方の手にはナイフが、もう片方の手には光沢を帯びたピンク色のゼラチン質の塊が握られていた。ハルがニヤリと俺に微笑みかける。
「ぃんやぁーーーっ!」
イルーがスプラッター映画ばりの叫び声を上げてひっくり返った。俺はそのようにはならなかった――が、危うく小便を漏らしそうなぐらいの恐怖にかられて、その場にへなへなとへたり込んでしまった。
「……私何かしましたか?」
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「これを完成させたら早速授業を開始しようかと思ってたんだが……気付いたらもう寝ててさ――」
このテントはロアの自信作だ。ちゃんと雨風を凌いでいるし、換気を気をつけているので中で火を扱っても平気だという。魔法があるとはいえ、ノウハウなしには作れまい。それとさっきから充満しているこの煙は、虫除けだという。テントの中は明るく温かいので、煙で燻さないと自然と虫が寄ってきてしまうのだそうだ。
セイカはこれまた葉っぱで作られた仕切りの向こうで、すやすやと寝息を立てている。食事もせずに寝てしまったのだ。余程疲れていたのだろう。丁度雨が降り出して良かったのかもしれない。鍋が煮立つまでまだ時間がある。
ホイネ村の騒動だが、ハルから一向に質問が飛んでこない。朝の会話の流れからしても、既に昨日のうちにムンノット衛兵長から顛末を聞いているのかもしれない。俺はセイカの方に目線を落としたまま尋ねた。
「あの……正直な話、どこまで聞きましたか?」
ハルは全員の服に例の乾燥の魔法をかけている。
「……何のことでしょう?私はドリトンさんから商売についてしか伺っていませんが?」
「商売……ですか?」
「ドリトンさん、村の人達から物を買う時、かなり大盤振る舞いをしていたんです。それで気になって聞いてみたら――」
==== 以下回想 ====
「この村では今、作物が病害により壊滅的な被害を受けています。人は弱きものです――眼の前に数ヶ月分の安寧な生活が掲示されれば、気の迷いから大切にしてきたものを差し出すことがあります。私はそんな光景を幾度となく見てきました。商売人の私にできることは何でしょうか?それはこの村を周辺の、ひいては国の経済活動に参加させることです。私はこの村の特産品である織物を都市部のお得意様に高く買っていただいております。以前から懇意にしていただいている方ばかりです。外からは有用な技術や商品を安く村人に提供します」
ドリトンは赤い種をハルに見せた。
「これはサトウキビの一種で、外国で品種改良されたものです。潤沢な水が必要ですが、寒さに強く手がかかりません。この地域でも十分な収穫量が期待できる種です。私はこれを、この地域一帯の新しい特産物にしたいのです」
==== 回想ここまで ====
「正直、ドリトンさんでなければ融通を利かせなかったかもしれません。ドリトンさんに感謝ですね」
「そう……ですか――」
「さあ!もう煮えましたよ。いただきましょう」
三人と一匹でいただきますをして食べ始めた。魚とハルが獲ってきた野生動物の肉のごった煮だ。ハルが肉を処理しているのを後ろからそっと見させてもらったが、鹿のような動物だった。しかし相変わらずハルの味付けは絶妙である。ハルは炊事時になると荷物から沢山の筒を出す。筒の中身は調味料だ。さっきもまるで職人のようにぶつぶつ独り言を呟きながら、お玉片手に鍋と格闘していた。そしてハルは食べ物を頬張ると、おたふくのような“にんまり笑顔”になる。顔の回りにクルクル回る花が見える。俺はその顔についつい見惚れてしまうのだ。
「この小さな体のどこに入るんだろうなぁ……」
ロアが、美味しい美味しいと声を上げながら食事を腹に流し込むイルーを眺める。
「ふふ、作り甲斐があります」
「食べるくらいしか楽しみがねぇからなっ。あっ、何でもいいって訳じゃないぜ。ホイネ村のメシは願い下げだぁ」
話を途中で遮られてしまったが、セイカの存在は騎士の二人にとって“しこり”に他ならないだろう。ますますセイカには、出自を公言しないように言い聞かせなくてはならない。
「論を俟たないことですが、決して覗かないようにお願いします」
ご馳走様をした後、至って真面目な顔でそう言ったハルは仕切りの向こうへ隠れた。そんな度胸がある男はここにはいないから安心しろ。
相変わらず雨の音が激しく緑の屋根に打ち付ける。ロアが小声で耳打ちしてくる。
「ハルのやつ、楽しそうだよな」
「ええっ?嘘でしょう?私にはずっと機嫌が悪いように見えますよ?」
俺はどこをどう見たらそんな見方になるのかわからない。――食べてる時は別だが。
「ははっ。まだまだだな。勇者様」
ロアはそう言って寝転んだかと思えば、ボロボロの本を読みだした。それ以上話しをするのを避けた格好だ。俺は頭の上に“?”を浮かばせながら、日課となったメモ帳への文字の打ち込みをしている内に眠りに落ちた。
・
・
すすり泣く声が聞こえる。
「大丈夫だよ。大丈夫――」
こっちの声は……ハルだ。俺は目を開けた。今何時だろう?まだ日の光はなく、雨もやんでいない。
「うん、うん。怖かったの?……平気。平気だよ」
仕切りの向こう側のハルのひそひそ声が、焚き火と雨の音と共にテント中にこそこそと広がる。すすり泣く声が何を言っているのかまでは聞き取れない。もしかしたら、そもそも意味のある言葉ではないのかもしれない。ハルはその泣き声が止むまで真摯に声をかけ続けていた。
「うん、うん。そうだね……わかるよ――――――――」
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