元の世界
――――――喧騒。
人々が交差する足音、車のタイヤが擦れる乾いた道路。
(この陸橋から身を乗り出せたら……)
――――――喧騒。
けたたましく響き渡るアナウンス、せわしなく停止まっては発車する電車。
(このホームから一歩足を踏み出せたら……)
――――――喧騒。
曇天を通り過ぎる飛行機、ボールを追いかける子ども達の声。
(あの大木の枝に一本の縄を巻き付けられたら……)
寝坊をした。起きれなかった。
何かの拍子で目を覚ました俺は、着信通知でいっぱいになったスマホの画面に目を落とした。飛び起きて毎日のルーティンから外れてしまった自分に動転する。怒り狂う上司の前で何と許しを請うか……。沸騰しそうな頭で考えつつも、体は驚くほど冷静に社会へ出ていく装いを仕上げていく。
ひっそりとした六畳一間の部屋を出て電車に乗る。一駅一駅開いては閉まる電車のドアを、心の中で急かす自分がいる。生きた心地がしない。駆け足だ。会社まであと数分という場所には小学校がある。そこを通り過ぎた時、持病の薬を家に置いて来てしまったことに気付いた。俺は踵を返してその辺のガードパイプに腰を下ろす。会社に常備している分が切れたので、今日持ってくる筈だったのだ。
後悔でいっぱいになった俺の頭は、記憶の逆再生を始める。さっき玄関を出る前、起床の瞬間。昨日薬を下駄箱の上に置いたこと。仕事が終わらず残業で遅くまで残ったこと。同僚からの誹謗中傷。投資での失敗。ソーシャルゲームで金を注ぎ込んだこと。一世一代の愛の告白が実を結ばなかったこと。親父が酔っ払って家で暴れたこと……
ふと俺は我に返り、喧騒の外側に自分を見出す。
「死のう」
それからは只々ぼんやりとしていた。景色がスローモーションに流れる。俺は驚くほど自然に、雑居ビルの小さい玄関に吸い込まれていた。狭いエレベーターの最上階のボタンを押す。そういえばこのビルには、同僚達がよく利用する居酒屋が入っているんだっけか……。光っては消えた階数表示。その上に貼られた店のロゴを目にしながらそんなことを思った。
エレベーターの扉が再び開いた。目の前にある階段の踊り場を、照明が冷たく照らしている。俺のお目当ての扉はエレベーターを降りてすぐ横にあった。俺は気だるく怠惰なその扉を精一杯の力で押した。下品な音が階段に響き渡る。非常階段とは名ばかりの喫煙所――その手すりでは、タバコの吸い殻が落ちるか落ちまいかの瀬戸際に立たされていた。
風が冷たい。
後悔なのか、憎悪なのか、諦めなのか……説明が追いつかない感情があふれる。もはや涙なのか、鼻水なのか、何だか解らない液体がペリペリになって顔中に張り付く。顔はもうぐちゃぐちゃなのだろう。しかしそんなことはもう、どうでもいい。
下は見たくなかった。
静かにビルとビルとの暗闇へ、その身を落とすのだ。こんなときに下を見てはいけない。そう思った。好都合なことに、ここの手すりは上が平らで乗りやすい。よっこらせと手すりに跨がり、足を空に投げ出した。
ビルとビルの狭間から見上げた空は、額に入れられた絵のようだった。どんより曇り空だが、ここよりは明るい。
ぞぞぞぞぞぞ――
何だろう?宙ぶらりんの足から、不気味な何かを感じる。こういうのを動物の本能というのだろうか?俺は下は見ないという先程の決心を反故にして、ゆっくりと違和感の元へ目をやった。するとどうだ。
そこには――俺の足下には、黒い塊があった。塊というには平面的であるが、そのくせ奥行きがあるようにも感じた。おかしな話だが、それはまるで宙に浮かぶ穴のようであった。その丸い穴はまるでお腹でもすかせているかのように――獲物を丸呑みにするワニのように、俺の足を吸い込もうとしている。
俺は正直狼狽した。これまたおかしな話だ。今死のうとしているのだから、何が起きようと命など惜しくはないはずなのだ。それにも関わらず俺は、手に力を込めて反射的に体を仰け反らせた。手すりより元来た方へ戻ろうと必死になる。
しかしその努力も空しく、俺の体はすっぽりとその穴へ引き寄せられた。そして本来の目的の通り、落下させられてしまったのだった。
視界が宙を巡る。穴へ落ちたはずなのに、落ちている感覚はない。それよりも酷い吐き気だ。二日酔いとはまた違う。そもそも昨日から一滴も呑んでいない。目眩で呼吸がおぼつかない。なんだこれは?意識が朦朧とする。
眼の前が暗い。どこからともなくうめき声のような、叫び声のような、断末魔のような振動が伝わってくる。しかもそれはどんどん数と勢いを増していく。途切れることなく、俺を押し潰そうとする。一体全体何がどうなっているのだ?まさかここが地獄という所なのだろうか。
「こっちだよ」
突如澄んだ声が響いた。そして目映い虹色の光が、俺の目に届いた。実際どれくらいだかわからない。しかしとても長い間、恐ろしい音を聞かされていたように感じる。そんな俺にとっては、本当に久方ぶりの意味のわかる声だった。
ガクンっ!
階段を踏み外したような感覚の後、事態が一変した。
皮膚を撫でるのは灼熱の熱風――
鼓膜には火薬が一斉に爆発した様な爆音と鬼気迫る人々の檄――
上半身の体重がかかった右手には、仄かに熱を帯びたゴツゴツとした岩肌が――
顔を上げて額に当てていた左手を下ろす。すると眼前には、数本の人影が巨大なドクロと対峙している光景が広がっていた。
目眩が収まらず、朦朧とした意識の中で周囲を見渡す。血を流しながら救護を受けている人が何人も見て取れる。ドクロに最も近い一人がドクロに斬りかかった。ドクロは軽々とその一人を払い除け、空いた方の腕で空を切る動作をする。次の瞬間地面から炎が湧き立ち、人影達に襲いかかった。
ああ、これは戦いなのだなと朧気ながら理解した。俺は朦朧としながらも、このドクロが倒されればいいなと考えた。
光
ご愛読ありがとうございます。この場面の伏線の多くは、暫く読み進めてもまるで回収されません(笑)。ですので、流し読みで結構です。気軽に気軽に……。また、悪文のせいで状況描写や場面設定、人物や小物の位置関係等が充分に伝わらないことがあるかと存じます。都度説明や修正をして参りますので、ご指摘ご指導よろしくお願いします。
これから長い長い旅が始まります。どうか末永くお付き合いよろしくお願いします♪
追記
ご愛読ありがとうございます!
なんとブックマークに追加すると2PTが!
下の★↓の数×2PTが!
評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
どうかブックマークと★評価よろしくお願いします!!!




