誰がために Part5
二人のお陰でセイカは見違えた。どこか良い家柄の令嬢と言われても、遜色ないんじゃないだろうか――片方の瞼の腫れに当てている眼帯と、癒えていない傷痕に目をつぶれば、だが。
「うん。俺んとこの娘もこれくらいの年になったらこういう感じなんだろうな。うん、うん」
知ったことか。この幸せ者め!
落ち着いた俺達はセイカに自己紹介をしてから、大通りを通って村を発つことにした。大通りでは今日もドリトンが店を広げていた。
「これはこれは御一行様!お待ちしておりました!こちらがお約束の品でございます」
そう言うとドリトンは、足元の木箱の蓋を開けた。中には灰色のゴツゴツした岩石に埋もれた、黒い鉱石が入っている。光の加減とかではなく、鉱石の中では黒いモヤモヤした――まるで小さな“まっくろくろすけ”のような――ものが無数に蠢いて見える。
「これが逢魔石ですか……」
「はい。今はハル様から頂いた魔封じの鱗粉で効果を抑えていますが、いつ本来の力を発揮しだすかわからない大変危険な代物でございます」
俺は荷物から僅かしかない硬貨を、手のひらに乗せて差し出した。
「ドリトンさん、すみません!あいにく持ち合わせがなくて、これだけしかないのですが……!」
当然だ。自慢じゃないが、俺は無職だ!全財産は新陽の雷霆から頂いた路銀のみなのだ。
「はてさて、ご冗談を!お代はハル様から頂戴しております」
「へ?そうなんですか?」
俺は驚いてハルの顔へ目をやった。ハルはまだ怒っているのか、ぷいとそっぽを見て目を合わせてくれなかった。金策は全く考えていなかったので、正直に有り難かった。俺は思わずハルの手を握って言った。
「ありがとうございます!感謝してもしきれません!ありがとうございます!」
「あぁ!もう!無い袖は振れないでしょう!?これっきりですからね!勝手に話を進めたこと、反省してください!それと勿論ですが、この石はミスト様自身でお持ちになってくださいね!」
そしてハルはドリトンの顔をじっと見た。
「ドリトンさん、あなたの商売が生涯貫けるように祈っています」
「はい、私の生涯を賭して――」
ドリトンが噛み締めるように発した言葉は、ハルの顔を穏やかにするのだった。
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ハル曰く一日野宿を挟んで次の町を目指す。しかしセイカの体調を考えて、もう一日野宿を挟むかもしれないということだ。
それはそうと俺は背負子で背中にくくりつけているこの大石を、どうにか楽に運搬する方法はないかとイルーと問答を続けている。
「“鉱石を楽に運ぶ魔法”なんてぁりゃしねぇんだからょ。既存の魔法の組み合わせでなんとかするっきゃねぇんだがぁ~う~ん」
「質量を変える魔法があってもいいと思うんだけどなあ……」
逢魔石は二十センチメートル四方で、おそらく二十キログラムはある。一瞬持つだけならそう苦じゃないが、長時間背負って歩いているとズシリと腰にきそうだ。――改めて思うが、鬼になった妹を常時担ぐのは相当に骨が折れることだろう。
最初に考えたのが《人間ロケット》で前方に飛ばしてしまう案だが、これは万が一でも人に当たったらとハルに一蹴された。次に考えたのが《人間ロケット》の強さを調整して、ずっと浮かせたままにする案だ。しかしいざやってみると強さの調整が案外面倒で、風が吹けばバランスを崩してぼとりと落ちてしまうのでボツになった。あとはよく目にする野生動物――鹿に似たやつや、やけに大きなトカゲ、小ぶりなダチョウみたいな鳥――をとっ捕まえて運んでもらうくらいしかない。〈魅了〉という魔法が果たして動物に効くのか疑問だが。こんなことならドリトンに、手押し車の一つでもつけてもらうんだった――とも一瞬思ったが、この悪路ではすぐ壊れて、返って邪魔になってしまいかねない。このような事態を想定していればポカを一頭連れてきたのだが……とか言っても仕方がない。
昼ご飯の携行食を食べ終える。相談したくてハルに目線をやると、ぷいと顔を背けられた。……。そこで痛々しく手と手を擦り合わせるセイカにダメ元で訊いてみた。
「なんだ。そんなことか」
セイカはそこらに生えている、とある木を指定して、数本の丸太を作るように指示してきた。イルーが風の魔法で木を切断して、丸太は直ぐに数が揃った。次にセイカは、丸太と逢魔石を蔦の上に並べて植物操作の魔法をかけるように催促した。イルーが〈蔦地獄〉という魔法を発動させる。すると瞬く間に丸太と逢魔石に蔦が絡まって、逢魔石と一体になった小さな丸太筏が完成した。
『おおーっ!』
俺とイルーは二人して感嘆の声を上げた。
「後は何かしらの魔法で、勝手に流れていかないようにすればいい」
「すごいです!魔法の知恵ですね」
「親方がよくこれで奴隷を運んでたんだ」
俺は慌ててセイカの口を塞いだ。
「待ってください。雇用契約書に書いたとおり、前職に関することは口に出しちゃダメですよ!契約違反です!」
「すまん。あたし、字が読めなくて」
「……」
あちらでロアと話していたハルが近寄ってきた。
「セイカさん。もう答えを教えてしまったんですか?もう少しミスト様には、石の重みを感じていてほしかったんですが……」
すみませんでした。お願いだから機嫌を直してくれ。
「識字率ですか?そうですねーどのくらいなんでしょう?」
俺はハルに気になることを聞いてみた。因みに丸太筏は蔦でイルーに括り付けてある。流れの緩やかな川なら、イルーが操縦できるようだ。さながら船からイルカの風船が伸びているようである。
「確か王都で六割程度って、かみさんが言ってたな。こんな田舎じゃもっと低いだろうけどな」
子育て中のロアの奥さんが、我が子のために調べた情報なら信憑性が高いだろう。国の首都でその数字じゃ、農業地帯のこの辺りではその半分以下でもおかしくない。しかしセイカがまるで読み書きできないのでは、雇用契約書に仕込んだ工夫が意味をなくしてしまう。
「セイカに読み書きを教えてやれませんか?せめて雇用契約書の内容を理解できるぐらいに」
俺が教えてやれればそれに越したことはないのだが、それは到底無理な話だ。イルーの効果なのか、言葉については常に日本語に翻訳されて聞こえる。こちらから話す時も相手の言語に合わせて翻訳されて伝わっているようだ。文字についても日本語が上書きされて見えるので、読むことができる。しかし書くことだけはできない。そこまで親切ではないらしい。そのため、わざわざドリトンに雇用契約書の作成をお願いしたのだ。決して面倒臭かったからではない……と言っておく――ひとつと言っていたお願いがふたつにはなったが。
俺はいかにも教師に向いてそうな、ハルの顔をじっと見つめた。
「他力本願ですね!自分で面倒を見るとおっしゃったのですから、そのようになさったら良いでしょう?」
「しょうがない。それじゃあロア先生の出番だな。こう見えても学科は得意だったんだ!八十点以下は取ったことがない!追試ならな!」
ということでセイカの専属教師は、立候補者であるロアが就任した。
日が暮れ始めるかどうかの頃合いに雨が降り出した。今日は早めに移動をやめて、野宿の手筈を整えることになった。
「ミスト様は魚を可能な限り取ってきてください。あまり期待はしてませんが」
トゲがあるよ?ハルさん!?
「イルー、魚を捕まえる魔法――」
「ぁる訳ねぇだろっ!?」
「……だよな」
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