誰がために Part1
俺は人であふれる大通りへ来た。ドリトンは相変わらずの調子で、村人が持ち込む品を鑑定しては村人に報酬を渡していた。ドリトンの隣では、子供が数人で売る方専門の店番をしている。実に賑やかである。
「ぅおう!ぅおう!ぅおう!ドリトンの旦那ぁ!ちょっと話がぁんのさぁ~ちょっくら面貸してくれねぇかぁん!?」
「……」
「ドリトンさん、こんにちは」
「おやまあ!これはこれは!ミスト様ではありませぬか!昨日は大変お世話になりました!本日出発と伺っておりましたのに、再会できるとは僥倖に恵まれましたな」
「探しものがあります」
「他ならぬミスト様の頼みとあれば、このドリトン最大限にご協力させていただきます」
「旬の話題です。宿屋のそばの牢獄の情報――」
ドリトンの目が静かに光る。ドリトンは子供達に店番を任せて、しとしとと歩き始めた。
「こちらへ」
ドリトンは道を挟んで向かいの民家に入っていった。そして椅子に腰掛けていた老婆に「ちょっと休ませてもらいます」と声をかけて、階段を上がっていった。俺も老婆に会釈をして後に続く。階段の壁には、色鮮やかな織物が綺麗に並べて掛けてあった。階段を上がりきってUターンすると、突き当りの窓辺に小さなテーブルと椅子が置いてある。ドリトンは隣の部屋からもうひとつ椅子を持ってきて、テーブルのもう片方に置いた。
座るように促されたので、椅子に腰掛ける。すると窓の外からは、子供達が元気に商品を売りさばく声が聞こえた。
「どこから始めましょうか……。ミスト様はこの国のご出身であられますか?」
ドリトンからこんな大人しい声が出るとは思いもしなかった。そのくらい落ち着いた口調でドリトンは語り始めた。
「いえ、私は別の国から来ました」
「……この国はつい数年前まで、奴隷売買が盛んでした」
やはり睨んだ通りだ。
「歴史的に見れば、古くから奴隷の取引はされていました。凶悪犯や孤児など身寄りのない者、破産者など経済的弱者の受け皿として機能していたのです。当時は奴隷への暴力は一般的にはありませんでしたし、賃金も低い水準でしたが支払われていました。それが劇的に変わったのが東方の大国、ゾルギラーゼ帝国による魔大陸への進行です。奴隷の需要が急激に増加したことで、各国はこぞって奴隷貿易競争を始めたのです」
「魔大陸……?」
すかさず頭の上から聞き慣れた甲高い声が飛んできた。
「魔大陸ってのはその名の通り、魔王と魔物が支配する大陸のことだぜぃ。数世紀に渡って前人未踏の秘境となってぃたらしぃ。その分、魔力が蓄積された魔石、未知の効力をもたらす植物、特有の進化を遂げた生物エトセトラ。無数の貴重な資源やお宝がザックザクの大陸って話だ」
「記憶喪失の癖にやけに詳しいな?」
「全部新陽の雷霆の面々の受け売りだょ」
「帝国はその資源と土地を求めて、大量の奴隷を盾に進行していったのです。領地を広げるにも、採掘をするにも奴隷は欠かせませんでした。魔物が襲ってきても奴隷ならば替えがきくからです」
階段を上がって来る者がいた。ドリトンの手伝いをしていた子供の一人だ。まだ湯気の立つ青く透き通るコップを三つテーブルに置いてくれた。これにはイルーも嬉しかったらしく、「ありがとなー」と声を出した。ドリトンがチップを渡すと子供は駆け足で戻っていった。
新陽の雷霆の面々から俺が倒した以外にも魔王がいるのは聞いていた。ひょっとしたら、俺以外にも勇者がいて魔大陸で活躍しているのかもしれない。
「人は弱きものです――ある商人の男も、その商売に手を出しました。当時それ程稼げる商売は他になかったのです。魔法使いを護衛に雇える程でした。始めは犯罪者を専門に扱っていましたが、それが尽きてくると子供や老人、病人や被差別民など、立場の弱い者に手を出すようになります。買われた商品は船で川を下り港町に集められ、大型の船舶に積み替えられて魔大陸へ送られます。魔大陸から帰ってきた船には、貴重な資源や他国で買い付けした武器や装飾品が山のように積まれていました。それによってこの国は富と軍事力を手に入れたのです」
まさに世界史で習った奴隷貿易だ。俺は震える手を堪えつつ、コップから水分を補給した。レモンティーのようなすっとするお湯が喉をつたった。
「更に好都合だったのは、赫髑王が勢力を伸ばしたことです。領地を奪われた難民が大量に発生しました。太古から続く歴史の中で隣人とのトラブルはつきものです。元々火種が燻っていたのです。商売は簡単でした。赫髑王が支配地域を広げる中、まだ無事な領地の人々に武器を渡すだけです。それだけで、領地を奪われた難民に対しての奴隷狩りが始まります。数日後には馬車に積みきれない程の商品が勝手に届くのです。武器を無償で配っても十分に利益が出せました」
窓の外の眼下では飲み物を持ってきてくれた子の笑い声が響く。俺は視界をそちらに向けつつも、意識こそはドリトンの声に集中させた。
「港町へ続く川沿いの道には、手かせと鎖で数珠繋ぎの商品の列が長く伸びました。何らかの理由で足並みを乱す者は手首を斬り落とされ、そのまま川に投げ入れられました。あんなに赤く染まった川を見ても、その商人の男は何も思いませんでした。それどころかその好景気が、いつまでも続くことを望んでさえいました。そして……それを打ち破ったのが現王妃が発した御触れです。“何人も人身売買を禁ず。破れば極刑に処す。”という厳しいものです。その商人の男はやっとそこで気付きました。自分がそれまでモノとして扱ってきた命の重さを。自分が少しでも安く仕入れ、高く売ろうと考えあぐねていたのが、紛れもなく人であるという事実を。その商人の男は怖くて仕方なくなりました。今にも天罰が下るのだろうと。自分が行った仕打ちが、そのまま自分に返ってくるのだろうと……。しかしそんなことは起こりませんでした。何故生きているのか不思議でなりません……。その商人の男は今でも生きた心地がしないのでしょう」
「胸クソ悪ぃ話だな」
「あの牢獄は各地から集めてきた奴隷を収容しておくものだった?」
「はい。昔この村は奴隷商達で大変賑わいました。周辺一帯の奴隷狩りの拠点としてです。奴隷の一時的な保管所として多くの牢屋が作られ、今もその痕跡を残しています。あの円形の牢獄は元々は太古の神を祀る神殿でした。しかし必要に迫られて、牢獄に改修されて利用されたのです」
顔を伏せたドリトンは震える声でそう言った。ポタポタと水滴が彼の太腿に落ちる。俺はその様子を見て一つの可能性を捨て去った。
「ぅお。何だあの動物……」
大通りが一段と騒がしくなった。目をやると、巨大なカピバラのような動物が往来を進んで来ているところであった。その象より大きい動物はマイクロバス程あろう幌付きの大きな荷車を牽いて、のっそりのっそりと歩いている。
「私が話せるのはここまでです。人は弱きものです。未だこの村は奴隷狩り時代の因果の中にいるのです」
その動物の首から、衛兵と同じ格好の兵士が地面に降り立った。荷車からも兵士が何人か出てくる。その兵士達は数人がかりで、細長い袋を荷車から降ろし始めた。その二メートルないぐらいの袋は、幅寄せされた小さな荷車に移し替えられていく。その作業の脇から子供が数名出てくると、そばにいた大人達が急いで駆け寄った。父親であろうか?男が子供と強い抱擁を交わしている。俺はその光景を、まるで映画でも見るような気持ちで眺めているのだった。小さな荷車に乗った三つの袋は、どこかへ運搬されていった。
「話してくれてありがとう。……もうひとつ頼まれてはくれませんか」
ご愛読ありがとうございます。まさか――でもないか……の奴隷回でした。なろう系ではお決まりですね。人権という言葉が恐らくまだない時代、多くの国で人の命は軽いものだったのでしょう。上流階級を除いて、余裕なんてなかったのでしょうから。そんな時代背景で“現王妃が発した御触れ”は正に時代の先駆けですね。
追記
ご愛読ありがとうございます!
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評価ポイントとして入るようです!!
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皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
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