ホイネ村 Part4
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下腹部に重みを感じる。衣擦れがへその上辺りから聞こえる。俺は眠気まなこで薄目を開け、事態の確認を急ぐ。暗がりで顔が見えない。しかし誰かが仰向けに寝転ぶ俺に跨がっている。
体が動かない。そいつは自身の手を、密着している俺とそいつの体との間に潜り込ませてくる。
声も出せない。その手はおもむろに俺を撫で回した。
雲が晴れたのか、窓から月明かりがそいつの顔を照らす。
「ハルっ!!」
俺は飛び起きた。
部屋は静まり返っている。隣のベッドで寝ているロアの、静かな鼾だけが拍子を刻んだ。
「よぉ。どうした相棒?悪夢でも見たのかょ?」
「誰か女の人がこの部屋に入ってこなかったか?」
「はぁ?寝ぼけてんのかぁ?」
俺は一応部屋の四隅を漁って誰もいないことを確認した。そしてこっ恥ずかしくなって、顔を洗いに水瓶のある庭へ出た。
そばにある朽ちた椅子。そこから小さな庭一面に、好き勝手に伸びる雑草達……ありとあらゆるものの中で、天高くぽつりと浮かんだ雲の縁だけが月明かりに照らされている。しかし俺のそばでは、幻灯虫が水桶を照らしてくれている。暗さは感じない。
……欲求不満なのか?俺。
心を落ち着かせてから部屋に戻ると、イルーが俺のベッドの上にいた。例のウインドウを開いて何かしている。
「寝ないのか?」
「ん?まぁね」
かく言う俺も、眠気がどこかへ飛んでってしまったようだ。疑念を晴らすには丁度良い機会だろう。
「なあ、イルー。ちょっといいか?」
俺は思うところがあり、イルーを散歩に誘ってみた。二つ返事とはいかなかったが、イルーも暇をもてあましているようだ。嫌な素振りを見せつつも、大人しく同行してくれた。
昼の暖かさとは裏腹に、風が吹くと肌寒く感じる。人っ子一人いない路地に足音が響いた。幻灯虫の明かりがあると言っても、夜中に出歩くのは一般的ではないようだ。石やレンガで作られた家々が作る町並み。それを眺めて、つくづく海外旅行にでも来た非日常感に打ち震える。コンビニにふらっと夜食を買いに行き、ふと店員の存在に人の温もりを感じたり……なんてことを俺は思い出していた。
「……ここか」
「何だってんだょ。何もぁりゃしねぇぞ?」
俺が急に立ち止まるものだから、少し前に行ったイルーは振り向く体勢となった。なるほど。大なり小なり似たような家が建ち並ぶこの村では、円錐型の真っ赤なトンガリ屋根は目印にうってつけだ。
「この家はハジさんの家だ」
「はぁ?誰だそりゃぁ!?」
実は湯船に浸かりながら、横にいる人に場所を教えてもらっていたのだ。“第一村人”の言う目印の家だ。そう言えばイルーはずっと湯船の隅でじっとしていたから、聞いていなかったんだっけか。
「次に行くか」
「おぃ!訳がわからねぇぞぉ!?なんなんだょ一体……」
そして程なくしてお目当てのものに行き着いた。間口に取り付けられた大きな看板が目を引く、趣ある建物だ。しかしその看板は布で目隠しされていて、何が書いてあるのかはわからない。窓があるものの、内側から一面に目貼りがされていて中を窺い知ることはできなかった。
「なぁ、どぅぃうことだょ!?」
「うーん、ちょっと気になってなー」
「ちげぇょ!なんで後をっけられてるんだって訊ぃてんの!」
「――っ!?つけられてる?本当か!?」
「あぁ、今俺達が来た道の角にぃるぜぇ」
「なんでわかる?」
「そうぃぅ魔法がぁんの。暇だから色々試してんだょ」
「……お手柄だイルー。……俺を屋根の上まで飛ばしてくれ」
イルーは例の《人間ロケット》で俺を飛ばした。今度は着地も完璧だ。巨人が来ても確実にうなじを狙える。
屋根の上に立つとより寒い風が肌をかすめる。ぐるりとあたりを見回すと幻灯虫ではない松明のような明かりが見えた。
「俺が村の入り口で村の人に話しかけてただろ?あの人が言うには、この村には宿屋が一つしかない。そしてその宿屋は、ハジさんの家のすぐ側だ。さて、俺達の宿の側にはトンガリ屋根の家があっただろうか……?」
「……で、トンガリ屋根の家を探しに来たって訳か。そしたら如何にもな建物を見っけるわ、尾行されるわってことだな」
「イルー、あの明かりのとこまで飛ばしてくれ」
再び俺は宙を舞い、その場所に一足飛びで降り立った。
そこは三百六十度鉄格子が立ち並ぶ、歪な円形の牢獄だった。俺達が入ってきた所だけ屋根がなく、吹き抜けになっている。牢の壁や天井は天然の岩そのものである。まるで鍾乳洞をそのままくり抜いて、牢屋に改築したかのようだ。空からの訪問者に気付いた看守が声を上げる。
「貴様っ!何をしている!?こっちを向け!!」
俺は松明の明かりに照らされたその顔に見覚えがあった。でき過ぎだ。
「先程は宿屋への道案内ありがとうございました」
「何が目的だ!返答によっては拘束する」
抜刀したその男は、さっき屯所の前で立ち話をしていた男達のうちの一人。紛れもなく俺を宿屋まで案内してくれたその人だった。その時は私服だったが、今の身なりからして衛兵の一人だろう。なるほどこの牢獄は、衛兵が管理しているのだ。
「私はただ、私達に火の粉が飛んでこないかを確かめに来ただけです」
「……貴殿らがこちらに要らぬお節介を焼かなければ済む話だ」
「ミスト、奥に人がぃるぞ?」
イルーが小声で話し掛けてきた。俺も微かだが、衛兵のものとは異なる気配を感じていた。
「見たところ、殆どの部屋が空き室のようですね。あなたの後ろの部屋を除いて」
俺はカマをかけてみた。すると奥まった暗がりから、鎖の擦れ合う音が聞こえた。そしてその音に混じって、微かな人の声が鉄格子から漏れ出てくるのがわかった。かろうじてだが。
「 ……して」
俺はその消え入りそうな声を必死で拾おうと努めた。何の明かりも届かない暗闇の中から聞こえる“かすれ声”は、俺の意識を釘付けにした。ふとぼんやりと丸いものが闇に転がっているのに気付く。
「ころ……して」
俺はその瞳を見てしまった。それは確かに声の主のものであった。はっとして後退りする俺に看守は告げた。
「……いいから立ち去れ。貴殿らには関係のないことだ」
俺が視線を逸らすと、もうそこに瞳は見つからなかった。
「どうやら、本当に俺達には関係ないみたいだ……」
「ぉぃ!いぃのかょ?」
「相手が隠したかったものが見れたんだ。充分さ」
俺は黙って《人間ロケット》でぽかりと空いた空へと身を浮かばせた。なるべく人とはすれ違いたくない。屋根から屋根へと忍者のように飛び移って帰路についた。そしてギシギシと鳴る足音に神経を使いながら、再びベッドに横になる。俺の意識は微睡みの中に落ちていった。未だ成熟を知らない丸い瞳は意識の奥底へ沈んでいった。
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「起きろコル゛ァ!」
「起きてください!」
俺はその聞き慣れた声でハッと目を開けた。
「もう、いつまで寝てるんですか。ご飯ですよ」
「メシだ!メシだぁ!」
目をこすりながら横に目を向けると、ロアがまだ気持ちよさそうに寝ていた。窓の外は大分明るくなっている。
「朝から元気だな……」
「うぉきぃる゛ぉ~!」
イルーがロアの頬をペチペチ叩く音。それとパタパタとハルが階段を降りていく音が、同時に俺をベッドから起き上がらせた。
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