ホイネ村 Part3
シュッ!――スタッ!
俺は咄嗟に自分の足元を見た。何故って?そこから自分のものではない足音が聞こえたからである。すると「ぬっ」という擬態語が丁度当てはまる具合に、人の顔が急浮上してきた。
「どぅわぁ゛っ!!」
俺は性懲りもなく、奇声を上げながら体を翻した。大地に座した俺に、俺をこうした主がひょこっと顔を出して言った。
「ミスト様!お風呂へ行きましょう!」
ハルの瞳が満天の星空のように煌めく。お風呂……?
「お風呂があるんですか!?」
どうやら川辺に公衆浴場があり、日が落ちてもしばらくは営業しているという。俺が魔力の型取りをしている最中に、ハルが衛兵から聞いていたようだ。俺が「お風呂に行くぞー!」と大声でイルーを呼ぶと、イルーも大慌てで飛んできた。それから二人と一匹は駆け足でその場所に向かった。しばらく行くと川のせせらぎが聞こえてくる。暗がりの中にもくもくと湯気を発する石造りの建物が現れた。入れ代わり立ち代わり、その建物に人が出入りしている。
戸の前まで行くとちゃんと入り口が男女で分かれていた。混浴じゃないことにホッとしながら中へ入る。中は非常に混んでいる。男女を隔てる間仕切りしかないので、脱衣所も洗い場も湯船も入り口から丸見えである。イルーが入り口で何やら止まっているので声をかけた。
「あれ?入らないのか?」
「入るよっ!馬鹿言うなっ!」
「おや、あんた旅の人?」
係の人が訪ねてくる。するとどうだ。ほぼ全ての客の視線が俺を注目しだした。
「どれ。俺が見てやる」
洗い場で体を洗っていた裸の男が一人近づいてくる。まつ毛がぱっちりした目鼻立ちのはっきりしたその男は、何をするかと思えば俺の服を脱がし始めた。
「やめてください!何するんですか!?私にその趣味はありませんっ!」
ジタバタ暴れて抵抗するが、他にも二、三人で押さえられて為す術がない。瞬く間に俺はすっぽんぽんにされてしまった。男は鼻息荒く強い眼力で俺の体を隅から隅まで舐め回すように見まくった。
「――どこ触ってんですかっ!」
俺はあられもない姿に泣きそうになる。
「よし、変な病気は持ってねーな。いいぞっ」
俺は開放された。
「銅貨五枚ね」
番頭らしきお爺さんが、既に俺の手荷物から入浴料を引っ張り出していた。俺は起き上がると気を取り直して風呂桶を手に取った。湯船からお湯を掬おうと湯船を覗く。するとどうだ。お湯がない。いや、少しはあるのだ。皆その少しを掬っては体をちまちま洗っている。番頭さんがそばに寄ってきて話す。
「実は湯船の底が陥没してな、汲んであった水は全て流れてしまって。底を直してから汲み直したんじゃが、これが限界じゃったんよ。すまんな」
はっはっはっと風呂場の客が皆で笑う。
「え゛え゛っー!何でお湯がないのぉーっ!?」
ハルだ。風呂場全体を二等分している仕切り板の向こうからハルの叫びが聞こえる。
「俺は……俺は……湯 に 浸 か り に 来 た ん だ ぁ ―― っ ! ! ! 」
怒りで我を忘れた俺はイルーに頼んで水の魔法を発動してもらった。
「ハルぅ!聞けぇぇ!湯に浸かりたければ た ぎ ら せ ろ ぉ ……っ!」
湯船にどんどん水が足されていく。仕切り板の向こうもドタドタと騒がしい。
「そう!その石入れて!どーんと!」
すると仕切り板の向こうから大量の水蒸気が立ち昇り始める。ハルが本気でお湯を沸かしている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!!!!」
俺とハルが瞬間、心、重ねてお湯が満ち満ちていく。
・
・
いい湯だった。ついつい長風呂になってしまった俺は、涼しい風を求めて浴場から出てきた。湯気が立つ顔を川に向けると、提灯のような灯火が見えた。ハルの魔法だ。近寄ると川で洗濯をしている。
「おかえりなさい。ミスト様も洗うといいですよ」
暗闇の中、僅かな灯りで服を洗う。ハルは先に洗い終わって、何やら服に魔法をかけている。宿を出た時から、ハルは戦闘用の装備を身に纏っていなかった。しかしそれにも増して、風呂から上がったハルはより薄着になっていて少し目のやり場に困る。
「うおっ!体が熱い~!」
見ると、ハルがイルーに魔法をかけているようだ。
「どうですか?乾燥の魔法です。こういうのは本当に魔法が使えてよかっと思います」
イルーをとっ捕まえてモフモフしてみる。
「ぬあー。やめれー」
ほ、ほんとうだ!乾燥機にかけたようにふわふわだ。イルーの魅力値が10上がった。魔道士様様だ。
その後ハルは俺が洗い終わった服も、広げて木に吊るして魔法をかけてくれた。俺達は土手を上がり宿屋に向かって歩いた。
「ん〜っ、お湯に浸かったのは久しぶりでした。やはり気持ちがいいものですね」
同感である。異世界においても風呂の魅力は普遍的だ。幻灯虫がゆらゆらと飛んできて俺達の足元を照らす。
「……今日はありがとうございました」
ハルが唐突に言い出したが、俺にはその見当がつかない。
「え?あー私も湯船に浸かりたかったですから」
「そっちじゃありません。あの魔光弾、ミスト様が撃ったのでしょう?」
「ああ……まあ、老人には席を譲るし、財布が落ちてれば交番に届ける。ほぼ、条件反射みたいなものです」
「ふふ……」
「それに、魔法を発動させたのはイルーですから」
「それなっ!それ!それ!そのことを忘れてもらっちゃぁ困るぜぃ!」
「ふふっ……イルーさん、ありがとうございます」
後ろから小学生くらいの子供が二人、俺達を追い抜いていく。この村は子供も多い。湯船に浸かりながら耳に入ってきた話が頭をよぎる。
「またいなくなったらしい」「これで何人目だ?」「子供だけじゃないんだと」「一体どこに消えちまうんだろうな?」「おー怖い怖い。俺んとこも気ぃつけねぇとな」「おめぇんとこは大丈夫だ。鬼がいるから」「何であんなにおっかねぇんだろうなぁ。俺のおっかぁ……」……
途中ロアとすれ違った。「いい湯入れといたぜ」と勝鬨を上げる。しかし当然よく伝わらず、ロアは首を傾げたまま行ってしまった。
宿屋に着くとすぐ食事をしたが、これがもう残念でならない。塩っ辛いだけの魚に味のしないスープ、やたらスースーする葉っぱのサラダと煎餅のようなパン。あのイルーが一切手を付けなかったぐらいだ。この感想はハルも同じだったらしく、二人して顔をひきつらせながら完食した。
ハルに別れを告げ、自室のギシギシとうるさいツインベッドの片方に寝転ぶ。やっと一息つける。目を瞑ると、まだあの湖での出来事が蘇ってくる。あの竜、あの光景は見事に俺の心を鷲掴みにしてしまったようだ。昨晩ろくに寝ていない俺はあっという間に眠りについた。
ご愛読ありがとうございます!中世ヨーロッパの町は不衛生で悪臭に満ちていた――なんて情報を耳にしたことがありますが、ミスト達がいる国では当たり前に銭湯があります。ですのでハルやロアが悪臭を放ちながら旅しているなんてことはありません(笑)。ただ赫髑王戦からこれまで川や湖での水浴だけだったので、ハルはルンルンな訳です。
追記
ご愛読ありがとうございます!
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評価ポイントとして入るようです!!
そして評価ポイントが高いほどランキングに入って
皆さんに読んでいただけるということで……ぜんぜん知らなかった(;・∀・)
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