9-15 これからの生きがい
「ルペルト様…楽しい時間をありがとうございました」
私は彼の後ろ姿に向かってお礼を述べて頭を下げた。恐らく、もうこの先会うことは無いだろうけれど、彼のお陰で私は1つの楽しみを見つけることが出来た。
この先、学園を卒業すれば私はユーグ様の元へ嫁ぎ…籠の中の鳥になってしまうだろう。
これまでの私はユーグ様との婚姻後は牢獄に閉じ込められるような生活になるに違いないと覚悟していた。
何の希望も見いだせず…ただただ、時が経つのを待つだけの…そんな生活を。
けれど、私は絵を描く楽しさを知った。
絵を描くぐらいなら…きっとユーグ様も許してくださるだろう。
嫁ぎ先で絵を描いて暮らそう。そうすれば生活に少しは楽しみが見いだせるに違いない。
「…私も…ホテルに戻りましょう」
ベンチの上に置いた色鉛筆やスケッチブックをカバンにしまうと、私は港を後にした―。
ガラガラガラガラ…
「…」
町中を走る辻馬車に乗り、私は窓から外の景色を眺めていた。
…本当に…何て美しい場所なのだろう。
綺麗に敷き詰められた石畳の道…左右に立ち並ぶ建物は全て城で統一され、屋根は青で統一されている。
その風景が青い空によく似合った。
「そうだわ…明日は町の風景画を描くことにしようかしら…?」
どうせ、私は町を観光するだけのお金は無い。それなら自分の足で歩き、美しい景色を見つけたら、写生をするのも悪くないだろう。
決めた…。
明日からはこの国を出るまでの間、色々な風景をスケッチして過ごそう…。
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ホテルに到着し、フロントで部屋の鍵を受け取っていると、突然背後からイアソン王子に声を掛けられた。
「ロザリー。一体何処へ行っていたんだ?」
「え?!イアソン王子っ?!な、何故ここにっ?!」
思わず狼狽えて大きな声が出てしまった。
「…ふ〜ん…おしとやかだと思っていたが…ロザリーはそんな声を出すこともあるんだな?」
イアソン王子は腕組みをした。
「そ、それは…。突然背後から声を掛けられれば…驚きますよ」
「そうか?それは悪かったな」
大して悪びれる素振りも無く、私を見る。
「それで…本日はどのようなご用向で?」
「ああ、実はロザリーに給金を持って来たんだ」
「え…?給金…?」
一体何の事だろう?すると王子は呆れたようにため息をついた。
「何言ってるんだ?昨夜はクリスマスパーティーでメイドの仕事をしただろう?その賃金を支払いに来たのだ」
「そ、そんな…。お給金なんていりません。あれは私がイアソン王子に頼み込んでメイドとして一時的に雇って頂いただけですから」
「何を言う?王家ともあろうものが無給で働かせたなんてことが知れたらそれこそ恥だろう?いいから受け取れ」
イアソン王子は封筒をジャケットから取り出すと差し出してきた。
「…はい。ありがとうございます…」
ここはイアソン王子の好意としてありがたく受け取って置くことにしよう。
けれど…お金を渡すぐらいならわざわざイアソン王子が自ら来ることでは無いのに…。
「それで?ロザリー。お前は…今迄一体何処へ行っていたんだ?」
「え…?」
イアソン王子の追求は止まらない―。




