6−19 最後の一家団欒
入浴を済ませ、部屋に戻った私はすぐに明日出発する準備を始めた。…と言っても持ってきた荷物はトランクケースの中からまだ出してはいない。持参してきた読みかけの本に、洗濯して畳んだ衣類をしまえば後は何も片付けるものは無かった。
「…もう寮に戻るしかないわね…」
ベッドに座リ、ポツリと呟いた。
結局、私は唯一の心の拠り所すら失ってしまった。これでダミアンに好きな女性や恋人が現れれば私もこの家に戻ってこれるのだろうけど…それは不可能だ。
だって本来であれば、私はこの家に戻ってくる事は出来ないはずだったのだから。
長期休み期間中はユーグ様の公国へ行き、そこで后となる教育を受けることになっている。今回だけは入学後、初の長期休暇なので特別に里帰りさせてもらっただけなのだから…。
「私には…もう何処にも居場所が無いのね…」
窓の外から月を眺めているうちに…知らない内に涙が頬を伝っていた―。
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翌朝5時―
この日はいつもよりも早起きをして、家族の為に朝食の準備を始めていた。今日で私がこの家で食事を作ることが出来るのは…おそらく最後になるだろうから。
仕込んでおいたパイ生地にみじん切りにしたひき肉を炒めてパイ生地で包んで窯に入れたところでフレディが台所にやってきた。
「おはよう、フレディ」
「おはよう、姉ちゃん。…って言うか、何?朝っぱらからすごいご馳走じゃないか?クリスマスまでまだ先だよ?」
フレディが目を見開いてテーブルに並べられた料理を見ている。
「うん、久しぶりに料理をしたものだから…色々作りたくなっちゃって」
「そうなんだ…」
今…フレディには本当の事は言えない。私が今日この家を出ると言うことを。もし知られたら当然ダミアンにまで知られてしまう。そうなったら絶対ダミアンは反対して父と口論になってしまうだろう。
「どうしたんだ?姉ちゃん。何だか思い詰めた顔してるみたいだけど?」
不意にフレディが話しかけてきた。
「ううん、何でも無いよ。それじゃ残りの食事作るの手伝ってくれる?」
「了解」
フレディは腕まくりしてエプロンをしめると私の隣に立ち、2人で朝食作りの続きを再開した―。
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7時―
父とダミアンが起きてきて家族4人での朝食が始まった。
「朝からすごく豪華だね…姉さんが作ったの?」
ダミアンが笑みを浮かべて私に尋ねてきた。
「ええ、そうよ。でもフレディも手伝ってくれたわ。ね?フレディ」
「ああ、そうさ。このスープは俺が作ったんだからな」
フレディが得意げに言う。
「そうなんだ…姉さんと2人で…」
ダミアンの言葉の端々に意味深な物を感じ取ってしまう。
「…」
そんなダミアンを父はじっと見つめていた。
その後も何気ない家族の会話をしながら、私の心は悲しみで一杯だった。
この一家団欒が…恐らく私にとっては最後となるものだったから―。
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「はい、お父さん。ダミアン。お弁当よ」
2人分のお弁当が入ったバスケットを私は父に手渡した。
「ああ、ありがとう。ロザリー」
ダミアンが直ぐ側にいたので別れの言葉は告げることが出来ない。
代わりに私は2人に笑顔で言った。
「行ってらっしゃい」
と―。




