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智也、そして巧真が無事に凪名高校の試験に受かり、入学して1ヶ月が過ぎる頃には凪名高校にも慣れてきた。それから、智也にはもう1つ慣れたものがある。それはあのボール――ハルの叫び声だ。ハルは毎日、放課後になると部活が終わる時間まで叫んでいる。その叫び声は、園芸部に入った智也が外で作業をしている時も聞こえている。園芸部は、校庭の片隅といっても校舎に近い場所にある。そこは、ビニールハウスみたいになっていてボールが入ってこない様になっている。だが、ビニールで覆っているだけだから、そこから野球部がキャッチボールやバッティングの練習をしている様子が見える。そこには巧真の姿もある。巧真が言うには、野球部には以前から不思議な事があり、その1つが叫ぶボール。野球部にいる先輩は霊感があるらしく、毎回「うるさくてかなわない!」と嘆いているらしい。それを、野球部に入部して直ぐに聞いた巧真は「ボールの声を聞いてみたい!」と智也に言ってきた事があった。
巧真は不思議な事が大好きだが霊感が無い為に声が聞こえない。だから、霊感がある先輩の事を「羨ましい」と、言っていた事があった。それを、聞いた智也は、毎日叫び声が聞こえていることを言い出せそうな気がして口を開いたが幼い頃の記憶がよみがえり、言えなかった。だから、その時も誤魔化しながら巧真と喋っていたが、こうも毎日ハルの叫び声を聞いていると、なんで叫んでいるのか、ハル自身に理由を聞きたくなってきている。
今日は、ちょうど園芸部が休みだから巧真と一緒に帰ろうと野球部が終わるのを待っている。野球部の邪魔にならないように、校庭の隅にあるベンチに座っている。時々、ボールが転がってくるのを見て、閃いた。そこにいればハルと喋れるかもしれない。そんな淡い期待を込めてそのベンチに座っていると、期待通り、何個かボールが転がってきた。これで3個目だ。ハルが転がってくるのを待っていると、ハルの叫び声が聞こえてきた。どうやら、今、キャッチボールをされているらしく、『やめてー』、『怖い』と言っているのが、聞こえてくる。足元にあるボール達はハルを応援している。
今、ボール達に話しかけたらタイミングが悪い気がして、ハルが転がってくるのを待っていると、足元にハルが転がってきた。
『あー、怖かった……』
智也は、勢いよくハルを拾い、「君だったんだね」と声をかけた。すると、周りにいるボール達、そしてハルが『えっ……』と言ったきり何も喋らなくなった。
「君でしょう? 毎日叫んでるのは」
智也はクルッとベンチの方を向き、ハルにだけ聞こえる小さな声で尋ねた。だけど、いっこうに返事をしないハル。だから智也は「投げちゃおうかな」と言っても、何も反応がない。智也がハルを投げようとした瞬間、弱々しく『……、僕、です』と聞こえた。智也は、これでハルと話せると思うと嬉しくなってきた。
「ハルはなんで叫んでるの?」
『……速いのが、怖いんだ……』
それを聞いた智也は唖然としてしまい、最初、言葉が出てこなかった。だが、実際に苦手と言っているんだから「おかしい」と言うのも変だと思い「……、そっか」と認めていた。
『驚かないの?』
「だって、怖いんだろ? 仕方ないじゃないか」
そう言った智也に、ハルは『ソウみたい……』と言ってきた。
「ソウって?」
『僕の友達。そういえば、なんで僕の名前を知ってるの?』
智也が中学3年生の時、凪名高校の説明会に来た時に他のボール達がハルの名前を言っていたのが聞こえたから知ってるんだと伝えると、ハルは『聞こえて、たんだ……』と小さな声で呟いた。
「うん。その時初めて――」
「智也、何やってるんだ? あっ、こんな所にも、ボールが……。ちょっと片付けてくる」
巧真はいつの間にか部活が終わったようで、話しかけられるまで気が付かなかったが、足元にあるボールに巧真の気がそれて助かった。
智也は一言「ごめんね」とハルに言ってからハルをセカンドバッグの中に入れ、巧真が帰ってくるのを待っていた。数分経つと、巧真が戻ってきた。
巧真は智也に後ろを向いて何をしていたのか聞いた後、直ぐに「あっ! もしかして、噂のボールが見付かったのか?」と言いながら、笑顔になっている。それを見た智也は、多少の罪悪感を抱きながら誤魔化すしかなかった。
巧真に「ハルはこれ」と教えたら、智也に物の声が聞こえているのがバレて、いままで隠して来た事が台無しになってしまう。それに、巧真が「噂のボール」と言ったのがハルにも聞こえていたらしく、先程から『誰にも言わないで』とくぐもった声が聞こえている。だから、智也は「わかんないよ」と、仕方なく嘘をついた。巧真に嘘をつくのはイヤだけど、ハルの事を言ったら騒ぎになりそうだから仕方がない。それにもう少しだけ、ハルと話をしたかった。
「残念……。それじゃあ、帰ろうぜ」
智也は頷き、巧真、そしてハルと一緒に、家に帰ることにした。
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