ハゲ男とカリン
俺は気を遣える良い男だ。
道を歩く時は帽子を被るし、店で飯を食う時はなるべく光の当たらない所に座るし、夜道を歩く時はなるべく月光が当たるところを歩く。
そんな気を遣える俺は、女にモテまくるに違いない。ない……。
なのに、俺には彼女が居ない。
やっぱりハゲ……いや、原因はわかってる。
「ダンク、ね、ダンク」
このうろちょろと付いて回ってくる悪魔のせいだ。
長い銀髪を揺らしながら右に左に動き回っては、表情に乏しいその顔をミリ単位に変化させながら付いてくる。
今なんて俺の人差し指をバレない様にしているのかそーっとゆっくり握り込んで歩いている。
そう、これだ。
コイツの存在のせいで俺は子連れハゲだと周囲に勘違いされているんだ!
ちくしょう!
「おい、カリン。店は見つかったのか?」
さっき偶然出会ってしまったせいで付き纏ってきていたコイツは、どうやら店を探していたらしく俺にちょっかいをかけてくるのと同時に周囲の探索も行っていた。
「ううん、見つからない」
首を横に振って指を少しだけ強く握ってくる悪魔。
パキポキ、と何かが折れる音が俺の体、具体的に言うと悪魔に握られている人差し指から聞こえてきた。
ドッと汗が噴き出してくる。
おかしい。今は戦闘中じゃないはずだ。なのに、何で俺は指を負傷してるんだ。
もしかして俺は気づかないうちに凶暴な魔物と戦っていたとでも言うのか?
……ハッ!?
「なに?」
「いや……なんでもない」
そっと人差し指を小さな手から抜き取り、逆に俺が悪魔の手を包み込む。
決して握らせはせず、自由に動かせもしない。
流れる動作で自然と悪魔の行動を制限する。
俺はいずれ悪魔殺しの異名を授かるハゲだからな。
「よし、俺もその店が見つかるのを手伝ってやるよ」
「……ほんと?」
悪魔の問いに頷き返す。
今ここでこの悪魔を自由にすることは俺の人生と周囲の善良な人間たちの平和に関わる。
ここは俺一人が犠牲になることで後の書物に伝説を残すとしよう。
『その無毛の男、たった一人で悪魔を取り押さえし―――』
さあ、頑張ろう。
「で、大体どの辺りなんだ?」
「えっとね……」
掴まれた手を使って悪魔が引っ張った先は商業が盛んな区画。
武器や食料も買ったりする俺にとっては馴染みのある場所だ。
此処に探してる店があるってんならすぐに見つかりそうだな。
右に左にキョロキョロと視線を向けながなら道を歩く悪魔の身長は低い。
それに歩き方も俺に合わせるためか少し急ぎ気味に歩いているためより子供っぽさを際立たせている。
で、そんな悪魔と見た限りでは手を繋いでいるようにも見える俺たちが周囲にどういった反応をされるのかというと……
「お、ダンク! 今日も子守かい?」
「ダンクくん、しっかりカリンちゃんのの手、持っとくんだよ!」
「カリンちゃん! 迷子にならないようにな!」
完全に子供とのお出かけだ。
この商業区画の人たちは元気がありすぎてめちゃくちゃ声をかけてくる。
やれ子守だ、やれ親子だ。
悪魔と俺との変な関係が周囲の声によって勝手に出来上がっていく。
しかも、商業を行なっているだけあって声がでかい。
さっき通り過ぎた女性たちにもその声が聞こえてるからか「良いお父さんだね」なんて言われてるのが聞こえた。
まだ独身だよぉ! ちくしょう!
「あったのか、店は」
「多分、あれ」
黙りこくっていた悪魔に聞いてみると意外にも見つけていたのか、少し先にある小洒落たお店を指さした。
そこは商業と飲食店の立ち並ぶ区画の境目とも言えそうな場所。
どうやら商業区画はただの通り道だったらしい。
「良かったな。見つかって」
「うん」
少し早足になった悪魔がお店の入り口に着くと、握っていた手を離す。
ここからは別行動だ。
店が見つかるまでの道程は周囲への危険性も考えて共に行動してきた。
もう十分、後の書物に伝説として記されてもおかしくない働きをしただろう。
きっと犠牲になった指もあの世で自慢しているはずだ。
さあ、行きな。そして出来ればその店を気に入って住み込みという名の封印をされてくれ。
お前ならそういった横暴も許してもらえる。
「……どうした?」
せめて店に入るまでは見張っておこうと待っているのに、一向に入る気配がない。
それどころか此方を見つめて微動だにしない。
なんでだ、この店が探してた目的の店なんじゃないのか?
「来ないの?」
「いや、は?」
来ないの? って、俺は別に行きたいなんて言ってないだろ。
もしかしてコイツの中では、一緒に探してくれるってことは一緒にその店に行きたいってことだ! とでもなってたのか?
やっぱりコイツは悪魔だ。
「来て、くれない……」
いやいやいやいや、落ち込みすぎだろ。
たかが俺一人来ないからってそこまで……ハッ!?
もしかしてコイツ、一人で小洒落た店に入るのが恥ずかしいのか?
おいおい何だよ、だったら正直にそう言えば良いだろ?
変なところで恥ずかしがりやがって!
でも、これは使えるな。
今度から町を歩くときはとびきりのお洒落をして、この悪魔が一緒に歩くのを申し訳なく感じる程にすれば一人で心置きなく出かけられそうだぜ。
「行くぞ」
先程と同様、手を掴んで自由を奪った上での入店。
よく考えてみるとこの悪魔が店に入った瞬間、探してた店だけど内装が気に入らないからって理由だけで暴れでもされたらこの店の周囲に甚大な被害が出る可能性がある。
それだけは避けないといけない。
この手は、未来を守るための大切な手なんだ。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
入店し声に従うようにして席に着く。
なるほど。ここまでの様子を見るからに内装に不満を抱いたりはしてないようだ。
なら次はメニューと店員の対応に不快感を示すかだ。
「何を頼むんだ?」
壁に書かれたメニューを指差して聞いてみると、ボーッとこちらを見ていた悪魔が壁のメニューへと目を向けて黙り込む。
これは、どっちだ? メニュー内容に不満を感じているのか、どのメニューにしようか悩んでいるのか……。
「あれ、五番目のやつ」
「…….そうか」
良かった。
メニューに悩んでいただけか。
それじゃあ俺も頼むのは決まってることだし注文するか。
「すみませーん」
店員の態度、これも大事だ。
もし此方を舐めているような態度をとれば、その瞬間、消し炭になってこの世から消え去ることになる。
なんとか止める努力はするけど一体どうなる……。
「お待たせしました。ご注文がお決まりでしょうか?」
よし、最初の切り出しは申し分ない。
これなら悪魔も不快感を持つことなく落ち着いていられる。
「はい。十二番目のやつと五番目のやつをお願いします」
「十二番目と五番目ですね。かしこまりました」
一礼してから去っていく。
よーし、これなら悪魔も満足だ。
落ち着いて食事を待っていられる。
「ダンク、喋って」
「……」
無茶振りが過ぎないか?
なんだってんだコイツは。今まで俺が食事が来るまでに場を持たせるような軽快な話をしたことがあったか? いや、俺の記憶が正しいなら全くない。
むしろ俺がしてたのは食事が来るまでの時間で、その日の仕事の中で不満を感じたところを独り言のようにつらつらと述べるくらいだ。
もし、そうもしも! この悪魔がアレを悪魔どもを楽しませるための軽快な話だと感じているのなら、それはもうダメだ。
あの話を聞いて自分たちへの文句と感じずに、自分たちを楽しませてくれてるんだと感じているなら俺はもう文句の一つも通じないと思った方が良さそうだ。
けど、もしその仮定が正しくて、今この悪魔がそれを望んでいるのなら話すしかないだろうな。
仕方ないな、うん、仕方ない。
本人が言って欲しいって言ってるんだから遠慮なく文句を言い連ねるとしよう。
「そういえば、この間の冒険で―――」
「ダンクは、彼女いる?」
……コイツ、俺が強かったらもう殴り飛ばしてるところだったぜ。
良かった、俺が人間で。
知性があって、理性があるから思いとどまることができた。
ここは冷静に行こう。それが最善の選択だ。
「いるわけないだろ。誰かさんのせいで」
「そ」
一文字、一言どころかたった一文字の返答だけで会話を終わらせた悪魔は、その後何も喋ることなく足を揺らしながら窓の外を眺めていた。
なんだコイツ。
興味ねーんじゃねぇか。
◆
カランカラーン、と音を立てながら開いたドアが閉まり腹を満たしたハゲと悪魔が立ち並ぶ。
これにて今日の悪魔の活動はほぼ終了と言ってもいい。
悪魔の1日の活動は訓練か昼寝しかない。
基本、この二つの活動だけで一日を終わらせてしまう悪魔にとって、珍しい小洒落た店での食事なんてのはとんでもない疲労を費やしたことだろう。そうだろう。
だから、ほら。
手を差し出してくるな。
帰っちまえ。そして、昼寝して二度と目覚めないでくれ。
俺の平穏な生活を……
「ん」
俺、俺の……
「ん」
……
「ん」
くそったれ!!
店に入る時と同様、悪魔の自由を制限するために手を掴み歩き始める。
なんだってまたこんな事をさせるんだコイツは。
コイツにとっては屈辱以外の何でもないはずなのに……ハッ!?
自由を制限されているのはこの悪魔ではなく俺の方なんじゃないか!?
今の俺は、手を掴んでいるのではなく、手を掴まされている……?
この悪魔、何も考えていなさそうな顔をしながらも俺の思考をコントロールしていやがったのか!
そうとわかったらさっさと離れないと!
「ダンク」
「ッ!?」
このタイミングで名前を呼んでくる、だと?
あの店に入るまでの道程ではこの悪魔から名前を呼んで話しかけてくる事なんてなかった。
なのに、何故このタイミングで?
……わかってる。
コイツは、今このタイミングで俺が疑問を抱いて解決するのがわかっていたんだ。
俺の思考をコントロールしているんだからな。
「さっきのは探してたお店じゃなかった」
「おい、ふざけ……」
待て、考えろ。
今のコイツの発言は俺にどういった思考をさせるためのものだったんだ?
わざわざ店に入って出てから違った事を伝えてきた、ということは、俺が付き合いきれないからもう一人で探せ、といった事を言うように仕向けるためじゃないのか?
ここは人通りの多い場所だ。
そんな所でよく知らない人たちからは親子だと思われている俺たちが、そんな言い合いをしていたら子供だと思われているコイツはいいとして、親だと思われている俺の評価は下がりまくることになる。
その影響は巡り巡って俺の人生が独身で終わることに……。
それは絶対に阻止せねば!
そのためにも、ここではこの悪魔がコントロールしようとしていたものとは別の反応を返すしかない!
コイツの予定では、俺がこの先の探索に付き合わないと言うと思っているからその逆として……
「そうか。それは残念だな。けど、まだ一日は長いんだ。頑張って一緒に探そう」
「……うん」
頷き返してきた悪魔に手を引かれながら歩き始める。
なんていい奴なんだろうか俺は。
幼子の間違いにも寛容に接するこの姿は、きっと周囲の人間に彼氏または旦那としての最有力候補として認識された事だろう!
「はっはっは! そんなに慌てなくても大丈夫だぞー」
「ん」
ぐい、っと少し急ぎ気味になった悪魔が俺の手を掴まれたまま引っ張る。
ブチブチ、カコン。
俺の腕の懸命な努力の果てにちょっとした犠牲で事なきを得ることが出来た。
ふう、よく頑張ってくれたぜ、俺の片腕。
脂汗をびっしょりとかいた顔をなんとか無事な方の手で拭い、ついでに肩もはめておく。
千切れた筋肉の繊維は仕方ねえ。
宿に戻ったら即行でポーション飲んで回復させるしかない、うん。
もう慣れたもんだよ。
だから、俺は名高い聖女様にも勝るとも劣らない微笑みを浮かべて歩き続けることができるんだ。
はっはっは、この悪魔も子供だと思えば広い心で許してやれるってもんだ。
「ダンク、遅い」
殺そう。
◆
雑貨屋、服屋、露店、宝石店……等々、この町中にある色んな店に連れてかれた。
なんなんだコイツ、本当になんなんだ。
寄って入って見て買って満足したと思ったら、やっぱり違った、だけで済ませやがって……!
コイツの頭には思考という機能が無いんじゃないのか!? 入る前に確認しろ! この店が探してる店なのか、合ってるのかを!
くそ! 俺の貴重な休みがコイツのせいで失くなっちまった!
見てみろ、もう太陽は沈みかけてるし、月は顔を出してる、ついでに俺の顔は死相に満ち溢れてる!
この悪魔、俺の体をおもちゃか何かと勘違いしてる節がある。
もう俺の体は限界寸前、足なんてほら、生まれたての小鹿みたいにプルプルしてら……。
誰か俺を助けてくれ。
「着いた」
ビクッ。
ふぅ、思わず体が反応しちまったぜ。
この悪魔がこうして店を見つけた後は俺の体にダメージが来るからな。
まるで躾けられた犬が鈴の音に合わせて涎を垂らすみてーに、俺の体も悪魔の声に合わせて体を震わせるようになっちまったのかもな……。
「ほら、ダンク。これは間違いない」
「もう、絶対に探してた店で合ってるんだよな?」
「うん。見て」
自信溢れる悪魔の返事にゆっくりと俯かせていた顔を上げる。
沈みかけた太陽が照らしたその世界には、今朝、出かける時に一度振り返って見た光景がそのまま映し出されていた。
……いや、俺たちの宿じゃねぇか。
は? え?
「お、お前が探してた店って……。こ、ここ、これ」
宿を指し示す指が震える。
「うん、これ」
やってやったとでも言いたげな悪魔のドヤ顔。
お、俺は、自分たちの借りてる宿を探すために一日中町を歩き回ってたのか……!
「じゃ、ダンクもゆっくり休もう」
そう言って宿の中へと俺を引っ張っていく悪魔。
ああ、ちくしょう。
俺が今、こんなにボロボロでなけりゃ今すぐにでも殴りかかってるってのに。
命拾いしたな、悪魔。
「ダンク、早く」
あ、待って、力を込めないで……。
パキポキ。
あ゛―――
俺は今日、どこかにいる聖女様に誓ったね。
いつか絶対にこの悪魔を殺してやるって。