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ハゲ男と悪魔たち

 夏の日差しがジリジリと毛髪のない頭を焼いているのを感じながら、俺ことダンクは倒れた他の奴らを守る様にして魔物たちに囲まれていた。


 「あ゛ー!! くそ! ただでさえ暑いってのに!」


 額に巻いている布が汗で気持ち悪いほど濡れているのを感じながら拳を振るう。

 メキャ、と腕につけた籠手によって魔物の頭蓋骨がかち割れる音が鼓膜を刺激する。

 何度聞いても不快なその音が消える頃、頭を潰された魔物は遠く離れた地面へとその体を打ち付けていた。


 「はっはー! どんなもんよ!」


 威勢よく笑ってはみるものの魔物たちに怯えた様子は見られない。

 そりゃそうだ。

 すでにこっちの倒れてる仲間が向こうさんの群れを九割ほど殺しきってるんだ。

 残されたこいつらは逃げるか戦うかの選択肢の中で、こちらの残虐な悪魔の希望に応えるために戦うということを選ばされた。

 その結果、死ぬことを恐れない戦闘マシーンが出来上がったのだ。


 なのに、その件の悪魔といえば……


「この野郎、寝てんじゃねえ!!」


 頭を吹き飛ばす勢いで蹴り上げてみても全く動く気配のない華奢な体。

 そうだ、コイツはこういうやつだ。

 見た目は可憐な少女のようで、すれ違う男の庇護浴を刺激するような雰囲気まで纏ってるってのに、その実、体は聖剣でも傷がつかないと思えるほど硬く、重く、伝説のフェンリルさえも弄ぶと思えるほどの身体能力を有している化け物。

 名をカリン。

 戦闘にだっけ特化しすぎた本物の戦闘マシーンだ。


 「いっでぇ〜!!」


 カリンの頭を蹴った足を抑えて転がり回る。

 なんでだ、なんでなんだよ!! こっちの靴には魔物の頭をかち割るための鉄板が入ってるんだぞ!

 土も血も気にしないで転がり回る俺を、死を恐れぬ戦闘マシーンと化した魔物たちが怯えた目で見てくる。

 いや、正確には俺の足とカリンの頭を交互にだ。

 あいつらもわかってるんだ。

 さっきまで仲間たちの腹を貫通させたりしていた俺の足が、あんな小せえ頭に逆に返り討ちにされている異常を。

 そして再確認させられたはずだ。

 この化物が想像以上にやべえ奴だってことを。


 もし、近くを他の冒険者が通り掛かったなら、この光景を仲間を守るために戦うスキンヘッドの男と命の危険に晒されている女の子たち、という風に見えるだろう。

 けれど、違う。

 この光景の真実を言うなら、少女に脅された魔物たちとその群れから寝起きが悪くて暴れる可能性のある少女を起こされないために戦っているハゲの男だ。

 ここには何の物語もない。

 死にに来る魔物と汗だくのハゲ男、そして眠る悪魔。

 それだけだ、くそったれ。




 ◆




 「はーっ、はーっ……!」


 やっと終わった。

 この真夏のあっつい中で戦わせやがって……見てみろよ、この汗の量!

 ベチャ、と気持ちの悪い音を立てながら地面に叩きつけられたのは、返り血と汗で汚れまくった再利用不可の布。

 これで一体何枚の布を無駄にしてきたんだろうか。

 馬鹿な悪魔たちと一緒に行動していると出費から目を背けることができない。

 一回の戦闘で失うものが多すぎるんだ。

 食費、移動費、武器費……。

 それだけの費用をかけて戦いに臨んでも悪魔どもが跡形もなく武器も魔物も消し去るもんだから何にも儲けがねえ。

 最後に残るのは悪魔どもが飽きた後の残党分の報酬と消費されて軽くなった財布だけ。

 なんでこんなことしてるんだか……。


 「……おい、起きろ。……おい! カリン、メロ、テトラ!!」


 日差しに焼かれて赤くなっているだろう頭皮に思いを馳せながら、今なおぐーすか寝こけてる悪魔どもを呼び起こす。

 こんな暑い日差しの下で汗一つ流さず寝られるって、こいつら死んでるんじゃねえか。

 ……え、嘘。本当に死んでるのか?

 もしかして俺が気づかなかっただけで奇跡的に魔物たちの攻撃が当たっていてポックリ逝ったとかか?

 高鳴る鼓動を必死に抑えつつ手近にいたカリンの首へと手を伸ばす。

 頸動脈にそっと触れられた指先には、トクン、トクン……と、その生命の脈動を感じさせる反応が返ってきた。


 ゆっくりと離れて蹲る。


 「ちくしょーーー!!!」


 小さな声での大絶叫。

 やっと、やっとこの地獄みたいな生活から終われると思ったのに!!

 くそ、くそ、くそぉ!! やっぱりだ! ああ、わかってたよ! 死んでるわけねえよな!

 最初の乱戦とも言えない一方的な虐殺の中で、コイツに近づけた奴なんていなかったしなぁ!!


 「うっ、うう……」


 ちくしょう。

 一瞬、もしかして、って思った分ダメージが大きい。

 思わず涙が流れてくる。


 「……ごほんっ」


 「ううぅ……ん?」


 俺が咽び泣いていると、突然誰かの小さな咳払いのようなものが聞こえてきた。

 それに反応して音の聞こえた方を見てみれば、カリン以外の悪魔、メロとテトラが寝ている。

 けど、さっきの下手な咳払いは絶対にテトラのものだ。

 アイツは嘘が下手ければ演技も下手な超が付く正直者だ。

 寝たフリとかの喋らない演技はできてもちょっとでも喋るような演技ならすぐにボロが出る。


 ああ、そうかい。

 俺に泣かれてると煩いから下手な咳で黙らせたいってのかい。


 ゆらり、ゆらりと横になっているテトラへと近づく。

 その手には脱水予防の水筒を持って。


 「ああ、テトラ。倒れてしまって可哀想になぁ……。これだと水を飲むこともできないから脱水になってしまうかもしれない。心配だなぁ」


 演技臭くそう言ってやれば寝ているはずのテトラはコクコクと頷き返してくる。

 なんだコイツ。


 「そうだ! 俺はテトラのことが心配だから水を飲ませてやろう! 丁度、俺の水筒には水が入ってるからな。飲みかけで悪いけど沢山飲ませてやるぞー」


 膝をつき頭を軽く持ち上げる。

 持っていた水筒はすでに喋りながら蓋を取っている。

 そして……


 「ほーら! たーんとお飲みい!!」


 「ッ!? ぶごふが、べぼぉ!」


 勢いよく口の中に水を流し込むと、驚いたのかテトラは半分飲んで半分吹き出して、という様に面白い反応を見せて再び横になった。

 まあ、テトラなら大丈夫だろう。


 「ふぅ。……さて、そろそろ帰る準備でもするかな」


 チラチラと此方を確認してくる最後の悪魔は放置する。

 アイツはやべえ悪魔だ。

 人間と関わらせちゃいけない。

 いつの日か人の味を覚えて人里に降りてくる様になっちまう。

 いや、それを言うなら全員だな。


 ……よし、全員置いて行こう!


 「魔物の素材を取ったら、一旦川で血を洗い流して来よう! 帰るのはそれからだ!」


 全員に聞こえるよう大きな声で言った後に行動を開始した。




 ◆




 ギルド内酒場にて、俺は満面の笑みで酒を飲んでいた。

 この氷の魔法でキンキンに冷えた酒の喉越し、周囲の喧騒、食べるつまみ、全てが最高だ。

 アイツらが居ないというだけでここまで世界が明るく見えるなんて思ってもみなかった。

 ああ、ありがとう。

 世界をこんなにも美しく作ってくれてありがとう、神よ!


 俺が世界を創造したであろう神に対して感謝を述べていると、ポンと肩に優しく手が置かれる。

 誰だ? なんて思う間もなく耳元に顔が近づくのを感じ身構えていると、優しい声色で囁いてきた。


 「それ美味しい?」


 なんだ。

 ただの酔っ払いが絡んできただけか。

 しかも女の酔っ払いが絡んでくるなんて珍しいな。

 ここは返事をして仲良くなっておくか。

 アイツらも居ないことだし!


 「ああ、うま―――」


 待て、なんだこの悪寒は。

 俺の直感が危険信号を鳴らしている。

 考えろ、よく考えてみろ。

 こんなむさ苦しいギルド内の酒場で女が酔っ払ったっからってハゲの俺に絡んでくるか?

 それになんだ、この女の声は。

 色っぽいわけでも可愛らしいわけでもない。

 酔っ払っているのに優しい声色だと? おかしい。そんなの絶対におかしい。


 それに、それにだ。

 酔っ払ってる今の俺の頭が必死に訴えてくる。

 この声はアレだと。

 アレってなんだよ、おい。


 「―――い、訳ないわよね? だって、私たちが居なかったんだから」


 体はすでに戦闘態勢に入っている。

 籠手は装着済み、机を蹴り上げれば逃げ道の確保も可能、攻撃が当たるまでに反撃を受ける可能性は百パーセント、そして肩に手を置かれている。

 死んだ。


 「このおつまみ、美味しいね」


 いつの間にか対面に座っていた悪魔が先ほどまで残っていたつまみを全て平らげている。

 いつだ、いつその席に座った。

 全く、気づかなかった。


 「だ、だくだくだくだくダンックさん。さきさきさっきのうれれ嬉しそうなかっ顔、とつととっても良かっつぁよ!」


 なんだこの噛み噛みの顔が真っ赤な珍獣は。

 俺が知ってる悪魔とは多少見た目が似てるけどこれは間違いなく珍獣だ。

 他の悪魔と俺といる時だけ普通に話せて、他に大勢人がいると緊張して話せなくなるあの悪魔ではないはずだ。

 うん、きっとそうだ。


 「ごめんなさいね、ダンク。貴方が道に迷って命辛々ギルドに帰り着いていたなんて思わなかったかったわ。私たちが居なくて不安だったわよね。ね? そうよね? 早く二人きりになりましょう。血濡れた夜を楽しみましょう。そうしましょう」


 よだれを飲み込む音が聞こえてくる。

 ダメだ。

 今の俺は殺戮マシーンと珍獣、そしてイカれた女に囲まれたか弱い赤子。

 弄ばれて死ぬ未来しか見えない。

 さらば人生、神よ、来世で会おうぜ。


 「メロ、ダンクが困ってる」


 え? 殺戮マシーンさん、今なんと?


 「そ、そうだだだよ。ダンクっくさんが、こまってるてるてるよ」


 ち、珍獣さんまで……。


 二人とも一体どうしちまったんだよ。


 「うふふ。あらあら、良いことがあった二人はとっても優しいのね?」


 ちょ、力、強すぎ―――

 バキン!

 ……あれ? 左腕が動かなくなったんだけど? もう寝ちゃいましたかね?

 というか左肩が滅茶苦茶痛いんですけどメロさん。

 あの、メロさん……?


 「うん。とっても良かった」


 「ぼ、ぼぼ僕も、ちょちょっと苦しかっだけど、ううう嬉しかったな」


 何だ、何の話をしてるんだコイツらは。

 良かっただとか嬉しかっただとか。

 そんな絶対に俺が関係なさそうな話は他所でやってくれ、頼む。

 俺はただ左腕を起こしてお酒を飲みたいだけなんだ。

 頼むから俺を囲んで訳のわからない話をしないでくれ!


 「ねえ、ダンク? どうして私には何もしてくれないのかしら? もしかして仲間だと思ってないの? ねえ、そうなの? 違うわよね? 私に触れるのが緊張しちゃうだけよね? ね?」


 何もしてくれないって何のことだよ!?

 俺はそっちの二人にも何か喜ばれるようなことなんてしてねーよ!

 あああ! 見るな、そのイカれたような暗い目で俺のことを見るなぁ!


 「ね、ダンク、おつまみもう無いの?」


 「だっだだ、だだだタンクさん!」


 「ねえ、ダンク? どうなの?」


 やめろ、やめろやめろー!!

 俺の綺麗な世界を返してくれ!

 あと、タンクって誰だ! 珍獣!

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