《2章》遊園地に行くことなんてないはず
《2章》遊園地に行くことなんてないはず
ジリリリリリ
目覚まし時計が想太の頭を夢の世界から現実へと引き戻す。今日は日曜日。二年生になってからの怒涛の一週間を終えて訪れた最初の日曜日。
不知火想太は自室のベッドで目を覚ました。休日の家にしてはえらく静かで、想太以外誰かが居る気配はない。
それもそのはず、想太の父親は有名企業の社長で滅多に家に帰ってこず、母親はジャーナリストとして世界中を飛び回っているため家には帰ってこない。この話をすると家族の仲が良くないのではないかと心配されることもあるのだが、たびたび両親は電話をくれる。「元気にしてるか?」「1人で寂しくないか」と言う内容だ。
家族の仲自体は良いといって差し支えないとは思う。
「うるせ。」
そう言って想太はうるさく音を鳴らす目覚まし時計を止める。
「今日は日曜日だぜ?もうちょっと寝かせてくれよ。」
高校生にしてはだらしない休日を送っているように見えるが、想太が今眠たいのは昨日夜更かししてアニメを見ていたからである。普段の彼は時間通りに起きる。
想太がもう少し夢の世界を堪能しようとした時スマホが鳴った。
プルルルルル‥
プルルルルル‥
プルルルルル‥
その鳴っている電話は紛れもなく想太のスマホからなのだが一向に想太は電話に出ようとしない。
想太はオタクの自分に電話がかかってくることなどないと考えている。想太にかかってくる電話といえばほとんどが間違い電話である。たまに両親からかかってくることもあるが、親は連絡をくれた後、電話をかけてくる。
だから経験上こんな朝になんの脈絡もなしに電話がかかってくるということは間違い電話一択である。
こういった間違い電話は出なければ、相手側が番号を確認して、間違っていたことに気づく。だから普段から間違い電話には出ない。
プルルルルル‥
プルルルルル‥
しかし鳴り止まない。
想太はずっと鳴り止まないことに少し苛立ちを感じスマホの画面を見た。
そこには「絵羽彩」の文字があった。
「げっ! なんで?」
想太の顔がみるみる真っ青になる。彩の電話を無視したなんてバレたらどうなるかわからない。
急いで電話を繋げる。
「もしもし‥?」
「あー、やっと繋がった!!」
「全然出ないから無視してんのかと思ったよ。」
「やだなー。」
「そんなことないよ?」
電話の先は当然彩だ。想太は図星を突かれて某有名ネズミのキャラクターのような高い声で答えてしまう。
「なにその声??」
「いや、気にすんな。」
「朝は声の調子が良すぎてな。」
「ふーん。」
想太は感づかれまいと誤魔化した。うまく誤魔化せたかはわからないが。
「で、何の用だよ、電話なんかしてきて。」
想太はとっさに会話を本題に戻す。
「今ね、風花と流唯とUSNに来てるんだ。」
USNとは universal studio Nippon の略で、定番ジェットコースターからバンジージャンプといったアクティビティ、メリーゴーランドといった大人から子供まで楽しめる日本有数の大型遊園地である。想太たちのいる大木簿市からは少し離れたところに位置している。
今そこに結城風花と相沢流唯と3人で行っているらしい。
「そこで不知火も誘おうって話になってさ。」
「行かねーよ?」
「ん?不知火も誘おうって話になってさ。」
「いや、行かねーって。」
USNに行っている3人は話をしているうちに想太を呼んで遊ぼうって話になったらしいのだ。
彩のお誘いを想太は考える間も無く断る。
まず遊園地なんて滅多に行かない。なぜか、それは単純に高いからだ。USNなんて入場するだけで8000円も取られる。お金は八代ルイちゃんのグッズに使うので無駄遣いはできない。もちろん奢ってくれるなら行かないでもないが、普通にめんどくさい。
そんなことを考えていると彩は声を少し高くして言った。
「宇宙って見たことある?」
「え?ないけど。」
想太はその意味がわからなかった。
「明日見せてあげよっか?」
「‥‥っ!?」
想太はその意味不明な話の意味にやっと気づいた。これは「あたしが不知火ぶっ飛ばして宇宙見せてあげよっか?」ってことである。
普通ならありえない話だが彩の漫画みたいなパワーではありえない話ではない。
「じゃ、まってるね?」
すごくかわいらしい声で彩は言う。その中には脅しのような声も確かに聞こえた。
〔怖すぎんだろ、でもそんな脅しになんて負けてたまるか!〕
「‥はい、今すぐ向かいます。」
♢
「あ!不知火くん来た!」
「ソータ来た。」
風花と流唯は想太の到着を笑顔で喜ぶ。
俺が来たのがそんなに嬉しいのだろうか。
「おはよう、不知火くん。」
「ソータおはよう。」
「んあ、おはよう。」
風花、流唯の朝の挨拶に答えながら想太は大きな欠伸をする。
「裕也は今日来ないのか?」
想太が遊びに誘われる時いつも裕也も一緒に誘われているのだが今日は裕也の姿が見えない。
「北崎なら今日テニス部の試合って言ってたじゃん。」
「そーいや、一昨日言ってたな。」
北崎裕也はテニス部のエースだ。だから結果を出すために時間を割いて一生懸命練習していたことを想太は知っていた。
「それより不知火、女の子と休日会うってのに、なにその服。」
彩は想太の服を見て悪態をつける。想太の服は胸に「we are superman!!」と書いてある赤色の大きめのパーカーとダボっとした黒色のズボンで、肩から小さな茶色のバッグを掛けている。一言で言っておしゃれではない。
世の中の男子誰でも、休日にクラスの女子と遊ぶとなれば、普段おしゃれしない人でも少しは服装を考える。
しかし想太はその辺全く気にしない。
「なんか変か?」
「変だよ!?なにそのwe are supermanって、不知火1人だし、スーパーマンでもないし!」
彩の怒涛のツッコミが入る。
「俺のお気に入りのパーカーをバカにすんな。」
「この英語カッコいんだよ。」
「we areなら複数形のsupermenにすべきだよね。」
想太がお気に入りのパーカーをバカにされたことに拗ねる。風花が英語も間違っていることを苦笑いで優しく指摘する。
「早く入ろうよ。」
そのどうでもいい会話を聞くことに飽きた流唯が早くUSNに入ろうと催促する。
「じゃあさっそく入るか!!」
「入ろうーー。」
想太は元気そうに笑顔で、声を上げる。それに流唯も賛成する。
「行かないって言ってたわりに元気じゃん。」
「せっかくお金使ってんだ。楽しまなきゃ損だろ。」
彩の指摘に想太は答える。
USNには日本中からたくさんの人が来る。もちろん外国からもわざわざ足を運ぶ人もいるくらい日本を代表する遊園地。アトラクション一つ乗るにも長い順番を並ばないといけないが、皆んな乗るために大人しく並ぶ。そこを我慢してでもここのアトラクションは乗る価値があると言うことだ。
想太は柄にもなく久しぶりに来た遊園地にテンションが上がっていた。
4人はチケット売り場にやってきたのだが、USNのチケット売り場では正直帰りたくなるほどの行列ができている。この人の量では入場チケットを買うことでさえ時間がかかりそうだ。
「うげ、すげー行列‥。」
「ソータ買ってきて。」
想太がその行列に今から並ぶのかとげっそりしていると、流唯が想太のパーカーの裾を掴んで結構ハードなことを言ってきた。
「嫌だよ!!」
「不知火男なんだから行ってきてよ。」
「あれ?これ俺が行く雰囲気!?」
「結城も2人になんとか言ってくれ。」
彩にも流唯の提案に同調され、逃げ場の無くなってきた想太はそのやりとりを笑って見ていた風花に助けを求める。
「もーしょうがないな。」
「2人ともそんなこと言わずにみんなで並ぼう?」
「まあ、風花がそう言うなら。」
「ん。」
風花の提案に素直に従う彩と流唯。こうみるとこの3人の中では結城はダントツでお姉さん属性なのだと想太は思う。
「貸し、一つね?」
風花は唇に人差し指を当てながら小声で想太に言う。
その風花の姿を見て想太は少しドキッとした。やはり風花も紛れもなく美少女であると実感するのだった。
下らない話をしながら長いチケットの行列を並び終え、やっと入場することができた。
入場すると、大きな音の音楽と遊園地の雰囲気が日常と自分たちとを解離させるような、特別な感覚を来場者に与えている。
「じゃあ最初はなにから乗るんだ?」
想太は3人にまず乗りたいアトラクションを聞く。
「やっぱり定番、ハリウッドジェットコースターでしょ!」
「賛成!」
「ん!」
彩はUSNで一番の目玉アトラクション、ハリウッドジェットコースターに乗りたいらしい。それに彩だけでなく風花、流唯も乗りたかったようだ。
ハリウッドジェットコースターとは日本最長のジェットコースターで、上がったテッペンから落ちる角度はほぼ90度。紛れもなく絶叫マシーンだ。ついでに何故かシートの耳元にスピーカーがあって音楽が流れるというのも特徴だ。必要か?
4人はハリウッドジェットコースターの場所まで歩き、長い列を並ぶことにした。
さすがUSNの目玉アトラクション、とてつもない量の人が長蛇の列を作っている。
人がゴミのようだ、とでも言ってしまいそうなほどに。
並び始めた時、風花が話した。
「そういえば‥、」
「このジェットコースターって横2人だよね?」
「どうやって別れる?」
風花がいうようにこのジェットコースターは一つのシートに2人までしか並べない。そこで問題になるのが、、
「誰が不知火の隣か、ってことね。」
彩は風花が言おうとしていたことを言う。
「不知火くんは誰かの隣がいいとか希望ある?」
風花は想太に誰と隣で乗りたいか、と聞いてくる。
「えーっと‥」
想太は頭を掻きながら考える。その姿を充血している目で彩と風花は見ている。
〔なにこれ怖いんですけど。〕
「誰でもいーぞ。」
当然の返答をする。想太にとっては誰が横であろうが気にしないし、関係ない。
「じゃあ彩ちゃんは女の子好きだし、流唯ちゃんと隣がいいよね?」
「いやいや、風花こそ、あたしが想太引き受けるから流唯と楽しんでおいで?」
風花と彩の間に見えない火花が散っているようだった。
〔ちょっと待て、なんか絵羽の言い方ひどくない?〕
♢
「2人ずつシートにお乗りください。」
USNの係員の人がコースターのシートに誘導してくれる。
そして4人はハリウッドジェットコースターのシートに2人ずつ並んで座る。
彩はと流唯ペア、そして想太と風花ペア。
並んでいる間、彩と風花は話し合ったが結局折り合いがつかず、ジャンケンになった。
そして風花がジャンケンに勝ったのだ。
〔結城があんな意地になるなんて珍しいな。〕
想太はそんなことを思った。
「ハリウッドジェットコースター出発!!」
係員さんの雰囲気のある声でコースターはカタカタと動き出す。カチカチカチと音を鳴らしながら上へ上へと登っていく。ジェットコースターが苦手な人ならここの時点で地獄だろう。いつまで、どこまで上がるんだ。そう思うくらい上がる。
「なんかドキドキするな。」
「そうだね。」
想太は隣に座る風花に話しかける。耳元のスピーカーからなっている音楽がうるさい。
〔私は違う意味でもドキドキだよー。〕
風花は想太の横顔をチラッと見てそんなことを思う。
「なんかこうやって乗ってると、恋人みたいだな。」
想太がラブコメ主人公のテンプレ台詞みたいなのを何も考えずに言う。それを聞いた風花は顔を真っ赤にして、
「何言ってるの、し、し、し、不知火くんんん!」
「冗談、冗談。」
想太は慌てる風花を見て笑いながら話す。
「俺が三次元で好きな人ができるわけねーもん。」
「恋人とこんなシチュエーションなんてありえねーな。」
そういいながらガハハと笑う。
風花の胸がチクリとした。その理由には思い当たる節があった。
〔なんか今なら言えそう。〕
ジェットコースターが登っていくのと同時に風花の鼓動も早くなっていく。あと少しで訪れるアトラクションの楽しみなのか、それともまた別のことが原因か。
「私は不知火くんのことーーーーーーー。」
「んん、きゃーーーーー!!」
風花がある言葉を言おうとした瞬間、とてつもない重力が体にかかる。足が地につかないような不思議な浮力を感じる。ジェットコースターが落ち始めたのだ。
思わず風花は悲鳴をあげてしまう。
「きゃーーーーー!!!!」
彩、流唯もすごく楽しそうな悲鳴をあげている。
体に感じる重力、スピード、浮力、この3つが人に楽しさを与える。ジェットコースターを作った人は天才だ。
右へ左へ、上へ下へとジェットコースターはものすごいスピードで走る。時には回転したり、ねじれた道を通ったり、ジェットコースター特有の重力を感じる。
日本最長のジェットコースターは乗っている人たちの、まだ終わらないでくれ、という思いを無視して終わりへと走る。
一瞬で終わってしまった。誰もが楽しい時間は一瞬に感じ、楽しくない時間はとても退屈で、長く感じるものだ。
ギギィとブレーキが音を立ててジェットコースターは止まる。
「もう終わりか、楽しかった。」
想太には並んでいる間も、ジェットコースターに乗っていた時間も一瞬に感じていたため、思わずそんな言葉が出た。
「楽しかったー!!」
「また乗りたい。」
コースターから降りた彩と流唯が楽しそうにしていた。楽しそうにしている姿を見ると想太も自然と頬が緩む。
「ソータも楽しめた?」
「ああ、久しぶりに乗ると悪くねぇな。」
流唯に感想を求められた想太は素直に楽しかったことを認める。
「風花どうかした?」
「いや、楽しかったなぁって思ってて。」
顔が真っ赤になっていた風花は彩の質問を誤魔化すように答えた。
〔私なんてこと言おうとしたんだろう。〕
そんなことを考えながら未だ心臓がドキドキしていることを感じるのだった。
♢
彩と風花はお手洗いに行っているので今は流唯と想太は2人だけであった。
「次あれ乗りたい。」
流唯が想太の袖を引っ張って一つのアトラクションを指差す。
「コーヒーカップだぁ?」
「えらくお子様なアトラクション選ぶな。」
想太はもっと激しいアトラクションに乗りたかった。せっかく8000円も払ってるんだから。
「乗ったことないから。」
「結城とか絵羽とかについて来てもらえよ。」
「ソータがいい。」
流唯は想太を眠たげな表情だが強い意志を感じる瞳で見てくる。
「えー、おもしろいか?あれ。」
「もー、じゃあ奥の手。」
「想太くん、ルイと一緒にコーヒーカップ乗ってくれない?」
ハキハキとした口調でいつもの流唯とは違う感じで想太にお願いする、流唯は八代ルイの声で想太にお願いしたのだ。
「喜んで。」
それはずるい、その声で言われたら答えはイエス以外に存在しない。
今まで渋っていた想太はイケボでそのお願いを即承諾するのだった。
しばらくして、、
「ただいま、ついでに缶ジュース買ってきたよ。」
「次何乗る??」
お手洗いのついでにジュースを買ってくれたみたいで、風花が流唯と風花自身のジュース、彩が想太と彩の分のジュースを持って歩いてきた。
「ジュースありがとな。」
「俺今から相沢とコーヒーカップ乗ってくるから、休憩してるか、結城と絵羽でなんかアトラクション乗ってくるかで時間潰してきてくれ。」
想太は風花と彩にお礼を言ったあと、流唯と先ほど決定したことを2人に伝える。
「ええ!?流唯ちゃんと2人で?」
〔不知火くん、流唯ちゃんのこと好きだったのかな‥。〕
「どうしたの不知火‥。」
〔そんな、いつのまに!?〕
彩は驚いて持っていた缶ジュースを落とす。
「おい、それ俺の缶ジュース。」
普段全く三次元の女子に興味を示さない想太が突然流唯と2人でアトラクションに乗ると言えば誰でも動揺するのだ。
「私が想太に乗りたいってお願いした。」
流唯がこの変な空気を気にせず事のあらましを話す。
「な、なーんだ、うん、待ってるから行ってきていいよ!」
〔焦ったよー‥。不知火くんに限ってそんな事ないもんね。〕
「そ、そうなんだ、あたしも風花と待ってるから行ってきて。」
〔焦った、、、後であたしも不知火となんか乗ろう。〕
風花と彩はその心配が杞憂であったことに安心して胸を撫で下ろす気持ちであった。
コーヒーカップは先ほどのアトラクションと違い、全く人は並んでおらず、直ぐに乗ることができた。
「子供ばっかじゃねーか、恥ずかしい。」
「いいのっ。」
想太が言う通りこのアトラクションには小さな子供を連れた家族が多い。小さな子供はジェットコースターなど、身長制限があるものには乗れないので、こういったアトラクションを置いているUSNはよく考えていると思う。
ビーーーーーー、
スタートのブザーみたいなものが鳴って、コーヒーカップがグルグルと動き出す。床自体も回っており、コーヒーカップに付いているハンドルを回すことでカップ自体も回すことができる。
「ママ〜、カップルだ!!」
家族でUSNを訪れているのだろう。コーヒーカップに乗っている小さな女の子が想太と流唯を指差して叫ぶ。
「ソータ、カップルだって。」
「子供の言うことなんざ、なんとも思わねーよ。」
コーヒーカップがグルグルと回る。
「相沢は好きな人とかいるのか?」
「ソータ私のこと好きなの?」
「ちげーよ、普通の話題だ。」
流唯の予想外の返答に少し焦る想太。
「私恋したことない、ずっとレッスン頑張ってきたから。」
相沢流唯は実は声優をしているが、このことはまだ想太しか気付いていない。小さい頃から親の指導の元、声優として頑張ってきたため、まだ恋をしたことがなかった。
「そうだよな。」
「私恋してみたい。」
「相沢は美人だし、初恋なんてすぐに訪れるよ。」
想太はニカッと笑いながら言う。流唯は少し顔を朱く染める。誰だって褒められると照れる。
「ありがと、ソータは恋、しないの?」
心にある変な感情を振り払うように想太に質問をした。
「何度も言ってるが、俺は三次元には興味ないよ。」
「ソータにも変化が訪れるといいね。」
「訪れるかね。」
この時の流唯の言葉は想太にとって何でもなかった。今はまだ。
そして、コーヒーカップはゆっくりと回転を止めた。
「楽しかった。」
「俺は微妙だったけどな。」
想太は感想を言いながらコーヒーカップから降りてきた。まだコーヒーカップの回転が体に影響し、少しフラフラする。それは想太だけでなく流唯もだった。
「んん。」
カップから降りた流唯はフラついて倒れそうになる。そんな流唯を見て想太はすぐさま体を支えた。
「大丈夫か?初めてって言ってたからこうなるのはなんとなく予想できてた。」
「ありがとう。」
流唯は想太に感謝しながら、心の中に何んなのかわからない感情を感じていた。
「おかえり、どうだった?」
風花は流唯に初めてコーヒーカップに乗った感想を聞いた。
「楽しかった。」
「まだ少しフラフラする。」
流唯はまだコーヒーカップの洗礼を受けているのだった。
「絵羽たちはなんかしてたのか?」
「風花とジュース飲みながらガールズトークしてたよ。」
「暇してたわけじゃないならよかった。」
「次はなんか乗りたいのあるか?」
想太は3人に希望を聞く。
「あたし、あれ入りたい!」
そう言って彩はいかにもって感じのお化け屋敷を指差す。
「いいね、楽しそう!」
「ん、行こう。」
風花、流唯も即賛成する。しかし想太はあることが気になった。
「ちょっと待てよ、絵羽、お前お化け嫌いじゃなかったか?」
想太に痛いところを突かれた彩はビクッと背中を震わす。想太と彩は幼稚園からの腐れ縁なので彩がお化けが苦手なことを知っていた。
「べ、べ、別に苦手なんかじゃないんだから!」
「何ツンデレのテンプレセリフみたいなの言ってんだよ。」
「なんでわざわざ苦手なとこ行きたがるんだ?」
「苦手じゃないって!」
「行くったら行くの!」
「はいよ。」
想太にはなぜ彩が嫌いなお化け屋敷に行きたがるのかこれっぽっちも理解できなかった。
彩は顔を赤くしながら意見をゴリ押しし、想太の背中を押して風花、流唯とお化け屋敷に向かった。
〔今度はあたしの番なんだから。〕
♢
4人はお化け屋敷の前までやってきた。ジェットコースターのように長蛇の列ができているわけでもないが、コーヒーカップのようにすぐ乗れるというわけでもないような人の量だった。
ここは「地獄病棟」と言うお化け屋敷だ。なんて怖い名前だ。このお化け屋敷の怖さは有名で、よく番組の肝試し企画などでも舞台にされている。
少し並ぶだけですぐに順番が来た。お化け屋敷みたいなアトラクションはジェットコースターなどと違って一つのサイクルが早いのだろう。
「じゃ、入ろっか。」
「ん!」
「ふ、風花と流唯は怖くないの?」
彩は早く入ろうとする風花と流唯に聞いた。
「怖いのが楽しいんだよ?」
「ん!」
風花はお化け屋敷のプロのような答えを返す。流唯も同じなようだ。
〔相沢の口癖は「ん。」だな。〕
そんなどうでもいいことを考えながら想太は3人の話を聞いている。
このお化け屋敷は2人1組でペアを組んで進んでいくタイプだ。だからお化け屋敷が苦手な人2人でペアなんて組むと進めなくなってしまうことも多いらしい。
想太はお化け屋敷は怖くなかった。お化けなんて信じてないし、これは遊園地のアトラクション、そう割り切っていた。
「早く入りたい!」
「風花と流唯で先行ってきていいよ。」
「ほんと?、じゃあ行ってきます。」
「ん!」
風花と流唯はワクワクした表情で、足早にアトラクションに入っていった。
彩は早く入りたいという風花と流唯を先にペアで行かせ、後ろに立っていた想太の方に向き直って言った。
「不知火、あたしさっきあんなこと言ったけどお化け怖いんだ。」
その表情は弱い女の子のようで、子犬のようにしおらしい、そんな表情だった。
「うん、知ってた。」
想太はそんなことでは心を乱すことなく白目を向いて答える。
〔コイツは何をしたいんだよ。〕
その単純かつ明確な答えは想太には全くわからなかった。
「あたしのことお化けから守ってくれる?」
「絵羽のバカみたいなパワーがあれば大丈夫だと思うぞ。」
想太がなんも考えず、ありのままの事実を言うと彩に睨まれた。
〔その睨み顔でお化け成仏しちゃうよ。〕
そして係員さんの誘導に従い彩と想太のペアは地獄病棟に入っていく。
そして中の病院のエントランスでお化け屋敷のストーリーが示される。よくありがちなやつだ。死んだ患者の霊が成仏していないとかそんなん。怖いと言われるお化け屋敷ではこのように進む前に怖がらせ、お化け屋敷の雰囲気に取り込む。
それが終わったあと、少しの諸注意を聞いて彩、想太は進み出した。
「よく出来てんなぁ。」
想太が言う通り、雰囲気が抜群に出るようなボロボロの病院内が再現されている。
「‥‥。」
「ちょっとここ寒くね?」
「‥‥。」
「あのー、絵羽さん??」
想太は腕にしがみつきながら涙目で何も言わない彩見る。さっき、エントランスでのストーリーを聞いてからずっとこの調子なのだ。
〔泣いてんじゃん。〕
「大丈夫か?」
「‥大丈夫‥。」
全然大丈夫じゃないような小さな声で溢すように彩は答える。今想太の腕に彩の大きな胸が押しつけられており、想太といえども長く冷静を保つのは難しいため、普通に歩いてくれるに越したことはない。
ぎゃぁあーーーー!!
前に出発している他の人の悲鳴が響いてくる。想太、彩よりひとつ前に入った風花と流唯の悲鳴では無さそうだ。
その悲鳴を聞いた彩はビクッと体を震わせる。2人は入ってから一歩も動いていない。彩の足が止まっているのだ。
「どうしたら進めそうだ?」
「こうする。」
彩は想太の腕を離し、想太の体にギュッと抱きつく形で掴まる。その普段の彩がしないような行動に少し想太はドキッとした。
「おま、俺が恥ずかしいわ。」
「これじゃないと進めないかも。」
彩は想太の体に顔を埋めながら言う。
「はぁ、わかったよ、さっさと進むぞ。」
後ろの順番の人も前の人が進まないと進み出せないので、想太は諦めて、この状態で進むことにした。
結局、彩の大きな胸は想太の体に押し付けられる結果となり、状況は悪化しているのだが。
巨乳美少女に抱きつかれるという男子の夢を体現しながら想太は歩いていく。
その抱きついている本人は怖がりながらも幸せそうな顔をしているのだった。
♢
「おい、絵羽、ゴールに着いたぞ。」
「ほんと?」
想太の声に彩はずっと想太の体に埋めていた頭を上げ、想太から離れた。
実際はゴール目前のまだアトラクションの中で、目の前には白装束で特殊メイクをした、蒼白な顔の女の人が立っていた。
「ぎゃあーーーーーーー!!!」
彩は女の子からは出ないような本気の叫び声をあげて、隣に立っていた想太の顔面を殴る。
「ふぶぅううう!!!」
殴られた想太は転がりながらアトラクションのゴールの外に殴り飛ばされた。そして想太は動かなくなった。
よほど怖かったのか彩は泣き出している。
先にアトラクションの外に出ていた風花と流唯が彩の悲鳴と想太の変な声を聞いて戻ってきた。
「な、何この状況!?」
彩は座り込んで泣いており、少し離れた所で想太が伸びている。それを見た風花が驚く。
しばらくして落ち着いた彩が話す。
「なんであんなことすんの!!」
「お化け屋敷入ったのに、何も見ないなんて面白くないじゃん。」
顔を腫らした想太がそれに答える。
想太は彩に抱きつかれながらお化け屋敷を進んだ。彩は顔を上げなかったが、音などでも怖がり、怖がるたび想太に抱きつく腕にも力が入り、想太の背骨はミシミシと悲鳴を上げていた。
死ぬかと思った。
さっきの出来事は本当はその仕返しであった。
「まあ、悪かったよ。」
「不知火のバカ!」
不知火想太と絵羽彩は昔からこんな関係だ。それはずっと変わっていない。
「ちょっとトイレ行ってくるわ、待っててくれ。」
「うん、ここのベンチで待ってるね。」
トイレに向かう途中、想太はさっきのは少し意地悪だったかなと1人で反省していたのだった。
想太がトイレから戻ってくるとめんどくさいことになっていた。
ベンチに座っている彩、風花、流唯を3人の男の人が囲んでいたのだ。
「いいじゃん、俺らと一緒に遊ぼうよー。」
「や、やめてください。」
金髪の男が風花の腕を引っ張る。
「君たち本当に可愛いねー。」
流唯の顔をまじまじと見る銀髪の男。
それにブチ切れそうな彩が拳を震わせている。このままではあの男たちのほうが危ない。
「あ、ソータ!!」
想太がトイレから帰ってきたことを見つけた流唯が少し大きな声を出す。
「すいません、コイツら俺の連れなんで。」
そう言って想太は男たちを押し除けて、3人を連れて歩き出す。
「ちっ!男持ちかよ。」
「つまんね。」
「冴えない男にはもったいねーな。」
こんな声が後ろで聴こえてくる。その声を無視して想太は3人の手を引いて歩く。
しばらく歩いて、さっきの場所から少し離れた所で止まった。
「悪りぃな、お前ら美人だからこういう可能性も考えとくべきだった。」
「怖い思いさせて悪かった。」
想太は自分の行動が軽率であったと反省する。あのような場面は女の子なら怖かっただろう。一緒にいる男としてやってはいけないことをしてしまった。
「ありがとう、不知火くんかっこよかった。」
〔美人だって、きゃーー。嬉しいな!!〕
「ソータ、ありがとう。」
〔コーヒーカップもう一回乗りたい。〕
「あたしはあんなのぶっ飛ばせたけどね。」
「まあ、ありがと。」
〔さっき抱きついた不知火の感触忘れられないー!〕
想太は3人ともあまり怖がっていないようで安心した。予想を遥かに超えて、3人とも平気なようだった。
♢
それから日が暮れるまで沢山アトラクションに乗り、今はお土産屋さんにいた。
ちなみにUSNのメインのキャラクターはモルモットモチーフのモルモだ。赤い毛でクリクリの目をしている可愛らしいキャラクターだ。
ぬいぐるみコーナーでは。
「不知火くん見て見て、モルモの大きいぬいぐるみがある!」
風花は想太の袖を引っ張って、指差した大きなぬいぐるみに想太の注意を向けた。
「うわ、でっけぇな。」
「あれって売り物なのか?」
「えーっと、一十百、、30万みたい。」
予想外の値段に風花も苦笑いする。
「そんなの誰が買うんだ!?」
そんな想太のツッコミを聞いて風花は笑う。美しく誰もが惚れてしまいそうな笑顔で。
〔楽しそうだな。〕
想太はそう思った。
お土産屋のお菓子コーナーでは。
「相沢は何見てんだ?」
「ソータ、これ、クッキー美味しそう。」
「買えばいいじゃん。」
「これと迷ってる。」
そう言って流唯は持っていたチョコレートの箱を想太に見せる。
「うーん、決められない。」
そう言って流唯は二つのお菓子を見比べる。
「両方買えば良くね?」
クッキーとチョコレートを見比べていた流唯は想太を見た。
「確かに!!」
名案とばかりに買い物カゴに二つのお菓子を入れてレジに向かうのだった。
〔いろんな表情が見えるようになってきたな。〕
〔相変わらず眠そうだけどな。〕
文房具のコーナーでは。
「不知火!見てよこれ、モルモのボールペン!」
「すっごくかわいい!」
「俺はボールペンとかは見た目じゃなくて機能で選ぶ派。」
「かわいさは大事だよ。」
彩は試し書きの紙に「不知火のバカ」と書いた。
「何書いてんだよ。」
それに対抗して想太は紙に「絵羽のバカ」と書いた。
「誰がバカよ。」
彩は紙に「不知火オタク野郎」と書いた。
「オタクをバカにすんな。」
想太が「絵羽のチビ巨乳」と書いた瞬間、脇腹に一発入れられた。
それにガチで痛がる想太を見て彩は笑う。
〔ガチで痛え‥。〕
彩は書いた落書きをボールペンで黒く塗りつぶした。
復活した想太は風花、流唯のところに歩いていく。
「結城と相沢が待ってるぞ。」
風花と流唯が買い物を終え、外で待っている姿が見える。
「うん、行くよ。」
そう言いながら、彩は持っていたボールペンで、試し書きの紙に小さく「不知火好き」と書いた。
♢
ガタンガタン、、ガタンガタン、、
不規則が規則的に音を鳴らしながら電車は進む。もう外はすっかり暗くなっていた。
今日一日全力でUSNを楽しんだ高校生4人は疲れ果てて帰りの電車で眠っていた。
彩、流唯、風花の順で電車の席に座っている。想太はその向かいの席に座っていた。
想太には、すやすやと眠る3人の姿が見えていた。幸せそうに眠る3人の美少女はどこかの絵画の一枚のような、そんな風に見えた。
想太も結構疲れており、ウトウトとしていた。
〔コイツらといるとやっぱり楽しいぜ。〕
そんな思いで胸がいっぱいだった。もっと贅沢を言うならば、裕也もいれば完璧だ。
USNから想太たちの住む大木簿市までは少し離れているが、急行電車一本で帰れる。帰る頃には23時くらいだろうか。今日は24時半からアニメ「アイドライブ」を見る予定が想太にはあるが、間に合いそうだ。
そんなことを考えていると、
ギィィィイ!!
と電車がブレーキを目一杯かけるような耳に響く音が聞こえた。
流石にウトウトしていた想太も驚いて目を覚ます。それに釣られるように彩、流唯、風花も目を覚ます。
「なんの音?」
「不知火ニヤニヤしながらあたしの寝顔見てたでしょ。」
「いや、とんだ言いがかりだな。」
そんな彩にツッコミを入れつつも3人に今わかることを話す。
「なんか急ブレーキかかったみたいだぞ。」
「なんでだろう?」
想太の話を聞いた風花が不安がる。流唯はまだ眠たそうだ。
「皆様にお知らせします。」
「線路にイノシシがいるため急停止しました。」
「少々お待ち下さい。」
「「「イノシシ!?」」」
想太、風花、彩は声を揃えて驚いた。
「眠たい。」
「相沢は相変わらずだな。」
一ミリも同様せず、眠たがる流唯を見て、想太は呆れるのだった。
「アイドライブ間に合うかな?」
想太はそう呟いた。
結局、帰るのが遅くなって、アイドライブは見れなかった。家に着いたのは1時を回っていた。
イノシシと電車の運転手との戦いが意外と長く続いたからだ。
想太は最寄りの大木簿駅に着いた後、風花、彩、流唯の3人の自宅までのタクシー代を渡して、家まで歩いて帰ってきた。
いくら想太といえども、夜に女の子を歩いて帰すような考え無しではなかった。結果的に帰るのはこんなに遅くなった。
「やっぱり三次元はクソだ。」
「ま、楽しかったから良しとするか。」
そんなことを呟いて、想太はベッドに入るのだった。
2章は如何でしたでしょうか。すっかり流唯も仲間入りしてますね。次回の3章では少し転機を書こうかなぁ、、なんて思ってます。
今回の風花と彩の2人のアプローチも可愛かったですね。これからどうなっていくのかはまだ僕にもわかってません笑
では続きをどんどん執筆していきますので、応援の程よろしくお願いします。