《1章》今日もいつも通りにいくはず…‼︎
1章 《今日もいつも通りにいくはず…‼》
「いやーん、たっくん♡」
「もーゆりかはかわいいなぁ♡」
端的に言おう、恋愛はクソだ。高校生の間にできた恋人と将来結婚する人はどれくらいいるのだろうか。目の前のバカップルも例外でなく、ほぼ100%に近い確率で別れるだろう。つまり今付き合う、交際する意味なんて皆無だ。しかも三次元の女子と。登校時にバカップルがイチャつくクソな光景を見てしまうなんて気分が悪い。
そんなことを考えているのは不知火想太今日から高校2年生である。ごく普通の男子生徒で、あえて特徴を挙げるとするならばバッグに付いた大量のアニメの缶バッジ。そう、不知火想太はオタクだ。しかも重度の。
想太は通学路をラノベ、ライトノベルを読みながら歩いていた。
「ソーウタ!おはよう。」
「あ、裕也か、おはよう。」
男子生徒が想太に肩を組んできた。この男は北崎裕也。想太と同じ大木簿高校の2年生で想太のクラスメート。身長は想太より少し高く、見た目は金髪で、制服を少し着崩した今風のイケメン男子生徒。
大木簿高校には大木簿中学校の生徒がみんな入学してくる。だから裕也ももちろん大木簿中学校出身なのだが、中学時代はあまり話さなかった。仲良くなったのは高一のとき同じクラスになり、裕也が「そのラノベ面白いよね」と声をかけてくれたおかげだった。今では数少ない俺の親友だ。
「今日から二年生かー。また同じクラスになれるといいな!」
裕也はイケメンスマイルで話す。
この男はイケメンでモテモテなのだが、オタクである。しかも想太と話ができるほどの。でもモテる。そしていいやつだ。
「そうだな、俺もオタク話の相手がいないと困る。」
想太も笑いながら話す。
「ところで思い出したのか?卒業式の日のこと。」
「いや、全く。」
「もう一生思い出さないんじゃないかってすら思ってる。」
想太は大木簿中学校の卒業式の日、強いストレスにより心因性記憶障害を発症しておりその日の記憶がない。そして未だ記憶を取り戻してはいない。その事は知り合いならば当然知っている。
「お、彼女からメールだ。」
「けっ、オタクのくせして彼女なんていやがって。」
「三次元の女はダメだ、ルイちゃんのような二次元の女の子が最高だ!」
「三次元はクソだ。」
ルイちゃんというのはアニメ「アイドライブ」のキャラクターの八代ルイで、想太の最愛の天使である。
「想太は厳しいね。もし、想太を好きな女の子がいたらどうするんだ?」
「俺のこと好きになるやつなんてそもそもいねーから大丈夫だ。」
「それ自分で言っててなんでそんな誇らしげなの。」
裕也はそんなことを胸を張って言っている想太を見て呆れる。
「想太は意外といいとこあるから想太を好きな人くらいいると思うけどなー。」
そんな男子高校生の他愛もない会話をしながら学校への道を歩く。
しばらく話しながら歩いていると大きな学校が見えてきた。ここが想太たちが通う県立大木簿高等学校である。この学校はこの地域でたった一つの高校だ、それゆえ非常に大きい学校となっている。
学校の近くまで来ると、校門の中から下駄箱までの道に大量の生徒が固まっている。
「うえ、すげー人だ。」
「そうだね、今日はクラスが貼り付けられてるもんね。」
想太はその学校の校門の生徒の群衆に驚き、裕也は冷静に判断する。
今日は学年が変わった最初の登校日。つまりクラス替えの発表があるのだ。あの群衆を見るに、校門の近くの大きな掲示板にクラスと名前が貼り付けられているらしい。近くまで行くとあの子と同じクラスになりたい、アイツとは違うクラスがいいなどと生徒の様々な声が聞こえる。多くの生徒がそんなことで一喜一憂している。
これが青春を謳歌するというのかもしれない。想太がそんなことを考えながら、校門をくぐると1人の同級生に話しかけられた。
「不知火くん、おはよう。」
「結城か、おはよう。」
声をかけてくれたのは結城風花。想太と同じ二年生で髪は黒く全体的に肩に付くくらいで短いが、一部長く伸ばした所をサイドテールにしている清楚なイメージの美少女。色白の美人で学校でもかわいいと評判の女の子だ。
「北崎くんもおはよう。」
「ああ、おはよう。」
裕也にも朝の挨拶をする。
想太と風花は中学生の頃からの仲であり、風花もまた想太の数少ない友人である。
「不知火くん何組だった??」
「まだ見てないだけど、ここからじゃちょっと見えねぇな、前まで行って見てくるわ。」
「うん、いってらしゃい。」
「グッズの販売で群衆を抜けるのはなれている!!」
「おりやぁぁぁあ」
「僕のもついでに見てきてー。頼んだよー。」
裕也は想太に自分の名前を探すように託した。
多くの生徒を押し除けて想太はぐいぐい前へと進んでいく。正直そこまで興味もなかったが早く教室に入りたかったので仕方なく見に行く。
二年生はA組からG組までの7クラスがある。だから親しい友達と同じクラスになる確率なんてあまりないのだ。
しかし前述の通り想太はあまり友達がいない。中学の時には仲がいい友達が多くいたのだが、想太が卒業式の日を機に変わってしまったことで離れていってしまった。だから想太でも友達と呼べるような人たちとはクラスが同じがいいに決まっている。ボッチになるから。
想太はA組から順に、適当にA、B、C、Dとクラス表を見ていく。不知火なんて名字は稀で、見つけるのは簡単だから見逃す心配などせず、スラスラと見ていく。するとE組のクラスの表に北崎裕也の名前があった。そのあとに不知火想太の名前もあった。
想太はE組であった。裕也も。
もう用が済みこんな人混みの中にいる必要はないので、想太はまたぐいぐいと群衆をかき分け裕也たちの元に戻る。
「見てきたぜ。」
「何組だった?」
風花が聞いてくる。
「E組だった、俺も裕也も。」
想太は自分が見たことをそのまま伝える。
「本当⁉︎私もE組なんだ。また同じクラスだね!」
風花は嬉しそうな笑顔を見せる。
やはり、仲の良い友達と同じクラスになれるのはうれしいことなんだろう。
「おお、また同じクラスなれたんだ。よかった。」
裕也も当たり前に喜ぶ。
このクラス発表の紙が貼り付けられてる掲示板の周りには多くの学生がいる。だからこの学校では生徒同士がぶつかって怪我をしてしまうことも多い。だから自分のクラスが分かれば直ぐに教室に行くべきだ。
「よし、さっさと教室行くぞ。」
想太は裕也、風花を置いて昇降口の方へ歩き出し、すぐにこの場から離れた。しかし時すでに遅し。
ドンッ!
「あ、ごめん。大丈夫?」
ぶつかってしまった。想太はその接触してしまった相手にすぐさま謝罪をする。
「こちらこそ、ごめ、、、不知火じゃん。」
「なんだ、絵羽かよ。」
想太は謝って損したと言わんばかりの態度を取る。
「なによ、あたしじゃなんか不満?」
その想太の態度にムスッとした表情をした絵羽と呼ばれる女の子は絵羽彩。想太と同じ二年で、想太とは幼稚園から同じという腐れ縁。黒髪を長く伸ばしたこれまた美少女だ。背はあまり高くないが、その胸部にある二つの大きな丘が目に余る。
「なにしてんだ?」
想太は掲示板の方向を向いてピョンピョン跳ねている彩をみて疑問に思う。
「いや、あのクラスが見たくて頑張ってる。」
「なるほど、絵羽は背が低いから見えないと、、」
想太が背の低い彩をいじるようにニヤニヤとして話していると目の前に彩の拳があった。
「あーあ、サヤちゃんの背のこと言ったんだね。」
少し離れた想太を追ってきた裕也が呆れたように、ボコボコになった想太を見て言う。それに風花もついてきた。
彩は幼稚園の頃から空手を習っており、県表彰までされたことのある実力者だ。この学校でも一番強く、ヤンキーですら手を出せない。だから彩の背の低さ、ナイスバディのことをいじると今の想太みたいになるのである。
「すみませんは?」
「あい、ずびばぜんでじだ。」
ボコボコの顔で倒れる想太は素直に謝る。こんな光景は日常茶飯事だ。
「彩ちゃんおはよ。」
「彩ちゃん去年は違うクラスだったもんね、今年は一緒になれたらいいね。」
「風花、おはよう。」
「うん、同じクラスがいい!」
風花と彩、美少女同士の会話は周りの生徒の注目を集めるほどで、イケメンの裕也も混ざってキラキラした空気感が漂っていた。まるで一つの芸術のよう。ただ一つ、ボコボコ顔で倒れ込んでいる想太を除いて。
パシャっパシャっ。
その神がかった光景を写真に収めようと数人の生徒が写真を撮る。
〔やめて、俺は撮らないで恥ずかしい、ボコボコだもん。〕
想太は倒れたままそう思うのであった。
♢
「あ、そういや、絵羽E組だったぞ。」
復活した想太が話す。クラス発表の紙には生徒の名前があいうえお順で並んでいる。だから想太はE組のクラスで「不知火想太」という名前を見つける途中で「絵羽彩」の名前を見ていたのである。
「え?本当?やった!!」
「ここにいる全員が同じクラスじゃん。」
彩が言う通り想太、裕也、風花、彩の4人は2年E組で同じクラスらしい。やはり仲の良い友達と同じクラスで勉強できるというのは誰でも嬉しい。
「彩ちゃんと同じクラスなんて嬉しいよ!」
「僕もサヤちゃんと勉強できるのは嬉しいな。」
風花、裕也は素直に彩と同じクラスであったことを喜んでいた。彩が想太の目の前まで寄ってきた。
「不知火もあたしと同じクラスになれて嬉しい?」
彩はそう言って想太を下から覗き込むようにして聞いてくる。少し童顔なのに整った顔が想太の顔に近づけられる。
こうしてみるとやっぱり彩はかわいいのだと実感する。
〔現実味のないパワーを除けばね。〕
想太はこう思う。
「ああ、俺も絵羽と同じクラスで嬉しいよ。」
想太は面倒くさそうに彩の質問に答える。
ここでまた変なことを言えば一瞬でボコボコにされるんだろうな。もうそれはごめんだ。暴力はほんと良くないよー。
こんな事を考えながら想太は返事したのにも関わらず彩はすごく明るい笑顔で
「うん!あたしも嬉しい!」
と言うのだった。三次元の女の子というのは本当にわからない。
「そろそろ教室行こうぜ。」
そう言う想太に同意し4人はE組の教室に向かう。
二年E組は北校舎の2階に位置しており、黒板に向かって左側には広い運動場が見える窓、右側には廊下が見える窓がある。そんな教室。
下駄箱でそれぞれ外履きから上履きに履き替え、新しい教室に向かう。ガラガラと音がする年期の入った建付けの悪そうな少し重めの教室のドアを開ける。
教室の机には番号のシールが貼り付けられていた。
「はーい、おはようございます。」
「この箱の中にあるクジに書いてある番号と同じ番号が貼ってある机に座ってね。」
「その席が君の一学期の席だ!」
そう笑顔で元気よく話すのはこのE組の女性担任教師、道千恵。茶髪でポニーテールが揺れる、元気が取り柄の25歳の若い教師だ。
「そうだった、席はクジなんだったな。」
「そうなんだよ!そして俺には絶対に引きたい席がある!あそこだ、8番!」
裕也が言うようにこの学校では新学期から早速クジで席が決まる。なぜかって?それはこの学校の校長先生の遊び心らしい。
そして想太が気合いを入れて指差す席は教室で一番左の列の一番後ろの席、オタク語で言えば「主人公席」という席だ。一年の時も願ったが一度もその席に座れたことはなかった。
「来い、来い、俺の元に来い8番!」
そう念じながら箱の中から一つの紙を取り出す。想太は気合いを入れて引いたクジを開く。裕也、風花、彩も覗き込む。
想太が引いたのは……
想太は机に突っ伏して元気を失っている。なぜか、それは「主人公席」が取れなかったからである。結果は16番を引き、その右隣の席に座ることになった。
「今年も主人公になれなかった。」
「いいじゃん、あたしら4人近い席になったんだし。」
落ち込む想太を彩は軽く励ます。
彩が言うように想太、彩、裕也、風花はとても近い席になれた。想太の前の席が彩、右の席は風花、左は主人公席、そしてその主人公席の前の席が裕也の席である。
「ま、お前らがいたら楽しいし、結果オーライか。」
仲良しが同じクラスであったことに加えて、席まで近い。これは友達が少ない想太には嬉しいことではあった。
チャイムが鳴りしばらくしてから担任、道千が教室に入ってきた。さっそく慣れた手つきで出席をとっていく。今日は欠席者はいないらしい。
当然かもしれない、高校生というのはすぐに友達のグループを作り、そのグループで行動を共にする。だからそのどこにも属せなかった生徒は寂しい思いをして一年を過ごすことになるだろう。つまり初日こそ休めない。もし休んで、出遅れてしまったらグループに属せなくなる。そんな学生の非情な現実は誰でも避けたいものだ。
「よーし、最初のホームルーム始めるぞ。」
道千先生が流れるようにホームルームを始めようとした時、想太は手を挙げて発言した。
「先生、俺の隣の席空いてるんですけど。」
確かに想太の左隣の席、想太のいう主人公席が空いているのだ。生徒の数しか机はないはずなので欠席者のいない今日は空いている席などあるはずないのだ。
「うん、転校生来てるからな、その子の席だよ。」
先生は驚きの事実をさも誰もが知っている常識のように話す。
教室の温度が少し上がった気がした。転校生が来るとなれば自然と話は盛り上がり、テンションも上がるだろう。たちまち教室中がザワザワする。
「静かにね、じゃあ早速、転校生に自己紹介してもらうから聞いてあげてね。」
「入っていいよー。」
先生はすっかり騒がしくなってしまった生徒に静かにするように指示しつつ教室の外で待っている転校生を呼び込む。
建て付けの悪そうなドアを開け、教室に入って来たのは銀髪ショートカットで髪に星形の髪飾りをつけた眠たげな表情の女の子。その子はさながら美少女という言葉には収まりきらないくらいかわいい。
「めちゃくちゃかわいいじゃん!!!」
彩が立ち上がって興奮した表情をしている。彩は女の子が大好きだ。彩が女の子と絡むと百合百合しい雰囲気が漂ってしまう。過去には彩のお気に入りの女の子がヤンキーに目をつけられてしまって、ブチ切れた彩はヤンキー共を一掃したとか、してないとか。そんな逸話もある。
彩だけでなく、クラスの男子は当然その転校生を見て雄叫びをあげる如く喜んでいた。一目惚れをした人もいそうである。クラスの全員がその美少女の転校生に目を奪われていた。
ただ1人を除いて。
想太は全く転校生には興味はなく、窓の外を眺めていた。外では春の暖かい風が木々を優しく揺らしているのが見える。
その銀髪転校生は黒板に自分の名前を書く。そして自己紹介を始める。
「相沢流唯。仲良くしてくれると嬉しい。よろしくお願いします。」
その声を聞きた瞬間、想太は驚いてその流唯という美少女を見た。三次元の女の子に興味を示さない想太が。その流唯の透き通るような、傷を癒してくれるような、体にスッと染み込んでくるような、綺麗な声には聞き覚えしかなかった。
そう、八代ルイと同じ声なのだ。
自己紹介を聞いた時、想太の心臓はなぜか普段より速い鼓動を刻んでいた。
それは運命の出会いだったのか。
♢
♫〜
チャイムが鳴って、ホームルームが終わる。想太は相沢流唯と話してみたかったが、転校生に興味があるのは想太だけではない。相沢流唯はホームルームが終わってからずっと多くの生徒に囲まれており、ちゃっかり彩と裕也もその中にいる。
「相沢さん、どこから転校してきたの??」
「相沢さん、なんでこんな髪の色なの?」
相沢さん、相沢さん、と転校生への興味が彼女へ怒涛の質問を送る。これも転校生の性である。彼女は困った顔をしていた。
想太は相沢流唯の声が八代ルイの声と似ている、想太には全く同じ声に聞こえた。その真意が知りたかった。
しかし、今クラスメートを押し除けて、相沢流唯に「相沢の声ってアイドライブの八代ルイちゃんなんだけど、声優とかだったりする??」とか聞いて「なにそれ、気持ち悪っ!」なんて言われたら人生終わりである。
いくら想太でもそこまでの勇気はなかった。
相沢流唯に話しかけることは後回しにして席を立つ。
「あー、スッキリスッキリ。」
想太はトイレを済ませ、自分の席に戻ろうとした。すると相沢流唯の右にあるはずの席が相沢流唯を囲む女子たちの椅子にされている。机も。
「なに!?俺の席がないだ、と。」
こうなってはおしまいだ。休み時間が終わるまで自分の領土は占拠され続ける。
「ま、休み時間が終わればいなくなるしいいか。」
「机の上に座るのはよくないけどね。」
そこまでこだわりのなかった想太はそんな独り言を言いながら残りの休み時間を潰すために校舎の外にあるベンチへ向かった。
想太は北校舎の一階にあるベンチに寝転がって空を見ていた。こんなところにベンチがあることはあまり知られていない。それゆえ想太の落ち着きの場なのだ。
ぽかぽかとした太陽の光が想太を夢の世界へと誘ってくる。そこに吹く涼しげな風が想太を夢の世界から引き戻す。そんな綱引きのような状態を感じながら想太は空を見ていた。
すると急に頭の上が暗くなった。誰か来たのか、そんなことを考えているとすぐ話しかけられた。
「不知火くん、起きてる?」
「結城か、なんか用か?」
「別に用があるってわけじゃないんだけど、いつものベンチに向かってる姿が見えたから。」
「かわいい転校生が来たね、話した?」
そういいながら風花は優しい笑顔をする。
「いや、まだ話してねぇな。」
「そっか。」
他愛もない話を続ける。結城とするこんな他愛もない話をするのが意外と心地良かったりする。
「あんなかわいい子が同い年にいるなんてすごいね。」
「そうだな。」
興味がないような返事を返す。
「結城だって十分かわいいと思うけどな。」
俺は三次元の女子には興味はないが、親しい友達には自然と本音が出る。それが事実だから。
「…っ。」
「ありがと、じゃあそろそろいくね。」
「寝ちゃダメだよ!」
「了解。」
結城は素早く校舎に戻っていった。結城の顔が赤くなっているように見えた。そんなことはどうでもいい。
〔眠たいな。寝ちゃいそうだぜ。〕
校舎の中。
「かわいいなんて言われちゃったよぉ。」
校舎の中に素早く入っていった結城風花は真っ赤になった顔を押さえている。さっきある同級生に言われた言葉が頭の中で繰り返されている。誰にも見られないように風花は崩れてしまった自分の表情を元に戻して教室に戻るのだった。
♢
♫〜
またチャイムが鳴り、教室に静けさが戻る。想太は眠たかったが、頑張ってベンチからここまで戻ってきた。
教壇に立つ道千先生が話す。
「じゃあ今日はこれで終わりなんだがー、誰かに相沢に学校の案内をしてもらいたい。」
「誰にお願いしようかな〜。」
そう言って教室を見渡す。
「じゃあ、不知火!お前にお願いするわ。」
「はぁ!?なんで俺が?」
まさか俺が指名されるとは思っておらず驚きを隠せなかった。
「眠そうにしてたから意地悪したくなった。」
「てへぺろ♡」
この先生はこういう子供じみたところがある。生徒は振り回されっぱなしだ。しかしそれがこの先生が人気がある理由かもしれない。
「じゃあ、ホームルーム終わり、気をつけて帰れよー。」
そう言ってスキップしながら職員室へ戻っていった。
ホームルームが終わり、クラスのみんながぞろぞろと教室を出ていく。部活に向かう人がいれば、家に帰って自室というプライベートな空間で疲れを癒すために早足で学校を出る人もいる。
そんな中、
「裕也!代わってくれ!!!」
想太は裕也に懇願するように抱きつく。
「ごめんよ、今日は試合前の大切な練習があるんだ。」
「くっ、それなら、仕方ないか。」
北崎裕也はテニス部のエースだ。エースはみんなに期待され、結果を出す必要がある。結果が出なければエースとは呼べない、だから練習しないわけにはいかないのだ。
裕也は想太のお願いを断って部活へ行ってしまった。
結城は朝から今日は家の手伝いがあると言っていたのを聞いているので、それを知っている以上、結城に代わってくれとは頼めない。
なら残されたのは、
「絵羽!俺にはお前が必要だ!」
想太は彩の両肩を掴んで目を見て言う。
「うぇ!?」
「不知火がそう言ってくれるのは嬉しいんだけど…」
「今日は空手の練習があるから…」
顔を赤くして、発する言葉は尻すぼみになっている。
「空手の練習なら無理か。」
「じゃあいいや。」
想太は代わってもらえないとなるとすぐさま素っ気ない態度を取る。
カチンッ。
それを見た彩は想太の腹にパンチを入れた。
彩のパンチはパンダも熊をもぶっ飛ばすくらいの威力を持つ。
〔ほんとどうなってんだ。〕
「どぅ!!」
どうすれば出るのか分からないような声を出して彩のパンチを食らった想太は回転しながらぶっ飛ぶ。
バリーンッ!!!!
教室の後ろのドアに付いている窓を割り、想太の上半身が教室から出ている。もう戦闘不能だ。
教室の外を歩いていた生徒は急にE組の後ろのドアの窓から人の上半身が飛び出してきて驚いている。
「なにしてるの。」
流唯の発言だけが教室に響いた。
♢
「じゃあ、順に学校の中を回っていくか。」
包帯でグルグル巻きになった想太が流唯をエスコートする。もうほとんどの生徒が教室からいなくなっていた。もちろん風花も彩も。
校舎の中の各教室を巡っていくので、2人は教室から出て廊下を歩く。
「君、大丈夫なの?」
「ああ、こんなのは日常茶飯事だ。」
「それはどうかと思うけど。」
そう流唯は異常な現状を指摘する。
「俺は不知火想太、よろしく。」
「包帯のソータ、覚えとく。」
「いや、いつも包帯グルグルの奴みたいな名前になってるから。」
流唯にかっこ悪い真名を付けられた想太はツッコむ。
「俺は想太ね。」
「ん、ソータ。」
こう話すと実感する。やはり相沢流唯の声は八代ルイと同じだと。なぜか俺の心臓は普段より速い鼓動を刻んでいる。多分、ルイちゃんに俺の名前を呼んでもらったように感じているからだろう。
「ソータは八代ルイ好きなの?」
流唯は首を傾げながらそんなことを聞いてくる。
「え、なんでそう思うんだよ。」
素直に好きといえばいいのになぜか聞き返してしまった。自分がわからなくなる。それより、相沢流唯がアニメキャラの八代ルイを知っているということに一番驚いた。
「だってそれ。」
流唯は想太のバッグについている大量の八代ルイの缶バッジを指差す。
こんなにも大量に同じキャラクターの缶バッジがついていれば想太がそのキャラクターを好きであることは一目瞭然である。
「…。」
想太は黙って頷く。
「ん。」
それに合わせて流唯も頷く。
謎に濁すような返答をして、それが全く濁せてもおらず、むしろ綺麗なくらいわかりやすい答えを身につけていた。
それがとても恥ずかしく、想太は何も言わず頷くことしかできなかった。
その変な空気を変えるために想太は流唯に質問をした。
「相沢は、八代ルイちゃん好きなのか?」
「知ってるだけ、好きかと言われるとあまり好きじゃない。」
流唯は答える。
その時の彼女の顔は眠たげながら少し辛そうな、嫌なことを思い出すような顔をした。
2人は少し話をしながら校舎の各教室を見た後、体育館、部室棟などを回っていった。
部活中の体育館で。
「うぶぇぶえ!!」
部活を見ていた想太の顔面にバスケットボールが当たる。
「ソータ大丈夫?」
流唯が笑いを堪えながら心配する。
部活中の弓道場で。
「ソータあそこ行ってみてよ。」
流唯は弓道場の的が置いてある安土の前を指差す。
「いや矢がバンバン飛んでるから、俺穴だらけなっちゃうよ!?」
「ソータなら全部交わせる。」
「謎に絶対的信頼置かれてる!」
部室棟で。
「ソータは部活しないの?」
「俺の時間は八代ルイちゃんに費やすと決めた。」
想太は決め顔で言う。
「ソータって変だね。」
「相沢も十分変だぜ。」
2人でクスリと笑う。
想太には流唯と話してみて分かったことがある。
相沢流唯はいつも眠たげな表情をしているが、その中にも確かに表情豊かな面影が見えること。
相沢流唯の声は八代ルイの声であること。
しかし相沢流唯の話し方はゆっくり淡々としている、それが八代ルイのハキハキとしていて元気な話し方とはかけ離れていること。
そして学校をぐるっと回ってまた二年E組の教室に戻ってきていた。バッグを置いて少し休む。
ホームルームが終わった時にはまだ昼間だったのに、もう空は夕暮れのオレンジ色に染まっている。
外のオレンジ色が教室の中を照らす。外では部活動をしていていた生徒も片づけを始めていた。
相沢流唯がその夕日に照らされている。
教室の中の銀髪ショートカットの美少女はあまりにも美しかった。想太でもそう思えた。教室、夕暮れ、銀髪美少女、この全てが一つの芸術を創っている。
普通の男子なら思わず見惚れてしまうだろう。しかし、そこは想太クオリティ。見惚れてしまうわけもなく、その芸術を壊してしまうことなど考えずに話しかける。
「ずっと気になってることがあんだけど、聞いてもいいか?」
想太が相沢流唯の声を聴いた時からずっと聞きたかった質問。
流唯はコクっと頷く。
「相沢の声って八代ルイちゃんの声と似てる。いや、俺には全く同じ声に聞こえるんだ。」
「それに相沢流唯って名前の声優がいた気がするんだよ。」
「間違ってたらごめん。」
なぜオタクの想太が推しのキャラクターの声優の名前をしっかりと覚えていないのか。その答えは実に簡単である。
不知火想太は三次元の女の子には興味を示さないからである。
それは声優もしかり。
流唯は驚いた表情をした。
「すごいね、ソータは本当に八代ルイのファンなんだね。」
「正解、私八代ルイの声優。」
少し間を置いて流唯は答える。
「やっぱりそうか。」
想太は驚かなかった。想太は相沢流唯と学校を巡りながら言葉を交わした。それほど多くの会話をしたわけではないが、それは想太にとって相沢流唯と八代ルイの声が同じであるという結論に至るには十分過ぎた。
だから想太は確信を持って流唯に聞いていたため驚かなかった。
「私の普段の話し方と、私が声を当てるキャラクターの話し方が全然違うから、みんな気づかないんだけどな。」
「初めてバレた。」
そう言いながら微笑む。
想太は八代ルイのファンとして声を見極められたという事実に誇らしさを感じていた。それと同時に先ほど学校を回る前に廊下で流唯が言っていた言葉が想太に違和感を与えた。
「さっきなんで八代ルイちゃんのこと好きじゃないって言ったんだ?」
「自分のキャラなら愛着があったりするもんじゃないのか?」
陶芸家は自分の作品を絶対に一番だといい、アイドルは私が一番かわいいという。そんな風に努力して創ったものには誰でも愛着が湧くものだ。しかし流唯は八代ルイのことを好きじゃないといった。それが想太には違和感であった。
「ソータは八代ルイがアイドライブの人気投票でいつも何位か知ってる?」
八代ルイが登場するアニメ「アイドライブ」は100人の女の子がアイドル界で一番を目指し、切磋琢磨していくアニメ。そのためもちろん「アイドライブ」ではキャラクターの人気投票がよく行われ、人気を競っている。投票で上位のキャラにはグッズコラボやCDを出すことなど様々な特権があったりする。ファンは推しのキャラのグッズを買うことで投票を行うことができるため、推しキャラのグッズを買って応援するのだ。
当然想太も八代ルイに投票をしている。
「知ってるよ、97位だろ。」
「それが関係してんのか?」
「うん。」
流唯はいつも通りの眠たげな表情で頷く。
「私ね、最年少で声優のたくさんの賞を受賞しているの。」
「だからそれなりに誇りもあったし、自信もあった。」
「アイドライブっていう人気コンテンツでもうまくいくと思ってた。」
気がつけば、いつもの眠たげな表情のなかには嫌なことを思い出すような苦い色を含んでいた。想太は目の前にいる彼女の声優としてのすごさに驚きを感じつつも、そんな彼女の話を黙って聞くことにした。
「でも、私の八代ルイは人気が出なかった。」
「ざまあみろ、へたくそ、調子に乗るからだ、たくさん悪口を言われた。」
「今まで私をねたんでいた同業者たちの嫌がらせもたくさん受けた。」
流唯は苦い思い出を想太に話す。
「小さい頃から学校も休んで、昔声優をやってたお母さんにレッスンしてもらってた。」
「そのせいで友達も全然出来なかった。自由に遊べる時間もなかった。」
「そうやって多くのものを捨ててまでずっと頑張ってきたのに、それ一つで私の努力の全てを他人に否定された気がした。」
「だから八代ルイは好きじゃない。」
流唯は八代ルイが好きじゃないと少し強く言った。
「そっか、そんなことがあったのか。」
「嫌なこと、、聞いちまった、悪い。」
想太は軽率な質問をしてしまったと後悔する。
「ううん、大丈夫。」
「気にしないで。」
その苦い思い出を思い出すことは慣れていることのようで、流唯の表情に見えていた苦い色はすぐに見えなくなった。
気が付けば部活動をしていた生徒もぞろぞろと帰っていく。最終の下校時刻が近づいているためだろう。想太と流唯も帰宅するために、教室に帰ってきてから一度置いたバッグを持って下駄箱に向かうことにした。
二人は下駄箱で上靴を外靴に履き替え、学校から校門までゆっくりと並んで歩く。
「そういえば、ソータは人気ないのになんで八代ルイが好きなの?」
流唯は想太に単純に疑問に思ったことを聞く。人気がないキャラクターを応援し続けるというのはなかなか大変だ。
「よくわかんねえけど、八代ルイに救われたような気がしてんだよ。」
「だからずっと応援してんだ。」
想太は中学校の卒業式の日の記憶を失っていて、その日に八代ルイと出会っている。だから自分にもなぜこんなに八代ルイが好きで、彼女に感謝しているのかわからないということを流唯に伝えた。
「そうなんだ。」
流唯はそれを聞いて驚いた表情をしてただそれだけ言った。相変わらず眠たそうだが。
「八代ルイちゃんの声には辛い時とか、しんどいときとか癒されてんだぜ。」
「ありがとな。」
想太は八代ルイに感謝していた。だから相沢流唯に感謝を伝えた。それを聞いた流唯は少し顔を朱く染めて言った。
「どういたしまして。」
努力してきたことが少しでも報われるのは嬉しい。自然と顔が熱くなる。八代ルイへの感謝は流唯にとっての最高の救いだから。
お互いに少し他人には言いたくないような話を知り、今日一日で不知火想太と相沢流唯の中は確かに縮まった。これを友と言わずになんというだろうか。
そして二人は校門まで歩いてきた。
「じゃあまた明日な、相沢。」
想太は左手を挙げて流唯に別れの挨拶をする。
「ソータ、ばいばい。」
流唯はにっこりと微笑み手を振った。その流唯のかわいらしい姿に想太はなぜか鼓動が速くなるのを感じた。
想太と流唯は帰る方向が違う。校門を出て、右左に想太、流唯は背中合わせに別々に歩いていく。
帰る方向は違うが2人とも同じことを思いながら帰る。
また明日学校で。
♢
次の日。
「やべ、昨日夜アニメ見てたら寝坊した。」
「やっぱり八代ルイちゃんはかわいいぜ。」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇ!」
想太は通学路を走っている、自分で自分にツッコミを入れながら。1時間の寝坊だ。普段想太は家を出る時間の40分前に起きて、通学路を30分歩く。そんな毎日を送っているが昨日はアニメ「アイドライブ」を夜更かしして見ていたため大寝坊をしたのだった。
つまり今日は普通歩いて30分かかる通学路を10分でクリアしなくてはホームルームに間に合わないのだ。
♫〜
「出席取るよー。」
クラスの生徒が全員着席した後、二年E組の担任の道千が出席を取り始める。
「不知火くん休みかな?」
「流唯ちゃん昨日なんか聞いた?」
「うんん、昨日はまた明日って言ってた。」
順に名前が呼ばれ始めた中、小声で一つ席を挟んだ風花が流唯に質問し、流唯はその質問に答えた。
「じゃあ不知火は遅刻か。」
「みたいだね。」
彩が想太の情けない現状に呆れた表情をする。それに裕也も同調する。
流唯とこの風花、彩、裕也の3人はもうすでに相沢流唯と友達と呼べる間柄になっていた。席が近い3人は朝登校してきた後、ホームルームまてま相沢流唯とたくさん話しをした。主に不知火想太のことについて。「あいつのツッコミは地味に面白い。」や「意外と優しい所がある。」などたくさん話をして距離を縮めた。
「ソータいつ来るかな。」
流唯がそんなことを呟くと、
ガラガラと建て付けの悪そうな教室の前のドアが開き、クラスにいた先生を含めた全員がその方向を見た。
「すんません、遅刻しました。」
想太はいかにも走ってきましたと言わんばかりに汗だくで息も切れていた。
「はい、不知火遅刻と。」
道千先生はクラスの名簿に想太が遅刻したと言う旨を書き記していた。
「じゃあ席座って。」
道千先生にそう促され、想太は自分の席へと歩く。
「おはよう、不知火くん、大丈夫?」
俺の友達の結城風花が優しく声をかけてくれる。
「おはよう、あんた昨日アニメでも見て夜更かししてたんでしょ。」
俺の友達、絵羽彩が呆れたように声をかけてくれる。
「想太おはよう、今日は重役出勤だね。」
俺の友達、北崎裕也が笑顔で声をかけてくれる。
そして、
「ソータおはよう。」
俺の新しい友達、相沢流唯が眠たげな表情で声をかけてくれる。
想太はその4人に向けて朝の挨拶を交わす。
「ああ、おはよう。」
「三次元はクソだが悪くねぇ。〕
想太は少しにやけてそう思いながら今日もいつも通りに過ごすのだった。
この作品を読んでもらいありがとうございます。
ついに相沢流唯ちゃんが転校してきました。この子の眠たげな表情で銀髪ショートカットっていうのは完全に作者の好みです(笑)
さあ不知火想太くんはこの子との出会いで何か変わっていくのでしょうか。
どんどん続き書いていきますので応援の程引き継ぎお願いします。