《プロローグ》
《プロローグ》
「告白」というものは知っているだろうか。恋愛感情を持っている異性に交際を申し込むことである。人生で多くは訪れない、そんな体験だ。
「好きです、付き合ってください」
俺はその時そんなレアな体験をした。
「じゃあな、想太!」
「おう、また春休みあけな。」
今はまだ少し寒く感じるが、確かに春の訪れを感じさせてくれるような風が吹く三月の季節。今日は中学校の卒業式であった。
想太と呼ばれる髪がボサボサの男子生徒、不知火想太は大木簿中学校を卒業した。彼と友達との間には卒業式後にあるような別れの挨拶はない。この地域には都市開発の影響で学校自体が少ない。なので今日卒業した3年生たちはみんな県立大木簿高校にエレベーター式で入学するのだ。つまり、高校生になっても今と変わらないのだ。だから多くの卒業生は友達との別れに寂しさを感じ、今日という時間を過ごすことなくいつも通り家へ帰る。
ただしこの不知火想太という男だけは違っていた。
「今日は俺の人生をかけた勝負の日だ。」
そう小さな声で力強く意気込む。ずばりこの後好きな子に告白をするつもりなのだ。成功すれば長年の思いが幸せという形を創り、失敗すれば自分一人では抱えきれないほどの虚無感と絶望感が襲ってくる。失敗はできない。人生で一番勇気がいる、今日は一番の正念場だ。想太はそんなことを考えながらその子を呼び出した場所までにある桜の並木道を歩いていく。すると、突然後ろから声を掛けられ引き留められた。
「不知火、ちょっと待ってくれる?話があるんだけど。」
「あ、なんか用か?〇〇〇〇。」
「急なんだけど驚かないで聞いてくれる?」
その制服の顔見知りの同級生の美少女は顔を赤くしながら話す。
「あ、ああの、その……」
「卒業を機に言おうと思ってたんだ…」
彼女は寒さのせいか、それとはまた別の理由でなのか、出ない声を絞り出すように声を出す。
「なんだよ、早く言えよ。なんかあんだろ?」
その美少女は潤んだ眼で想太の目を見ながら伝えた。それと同時に春を知らせるような強い風が吹き、桜並木の桜の花弁が空に舞う。
「好きです、付き合ってください」
ここで冒頭に戻る。想太にとって人生で初めての告白であった。告白されるというのは特別な体験で、普段意識していなかった女の子でも自分のことを好きだと知ったとたん、すごく可愛く見えてしまう。勇気を出して伝えてくれた姿勢、恥ずかしくて赤らめた顔、すべてがいとおしく見えてしまう。普通なら嬉しくて即決でお付き合いしていると思う。それは想太も例外ではなくものすごく嬉しかった。しかし想太は好きな人がいる、いくら初めて告白を受けたからと言って他の子を好きなまま付き合うことはできない。そう感じた。
だから想太は少し驚いたあとしっかりとその返事を返した。
「ありがとう。すごくうれしい、でも…」
「その気持ちには答えられない。好きな子がいるんだ。ごめん。」
初めての告白を断ってしまった、俺の告白が成功する確証もないのに。なんて贅沢なんだろう。でも、この子は勇気を出して伝えてくれた。だから、俺もこの子に甘えずに勇気を出して思いを伝えようと思ったんだ。
「そっか、だめか…」
「聞いてくれてありがと、じゃあね。」
その子は寂し気な笑顔で駆けていった。その目元には水晶のような涙が見えた。きっとこのまま話しているとその水晶が落ちてしまうから。今日この子が勇気を出して告白してくれたことを忘れないでおこうと、そう思った。
「振るくらいなら、振られた方がましだ。」
そう茶化した後、初めての異性からの告白とこれからの自分の告白との両方のドキドキを感じながら想太は思い人を呼び出した大きな公園のベンチに向かうのだった。
♢
日も暮れはじめ西の空が赤く夕焼けに染まり始めたころ、想太は大木簿公園のベンチに座っていた。呼び出す場所に選んだこの大木簿公園は都市開発が進むこの町で昔からある大きな運動公園である。昼間に訪れると、小さな子が両親と楽しそうに遊んでいたり、学生が備え付けのバスケットゴールを使ってバスケをしていたり、お年寄りたちが集まって談笑したりと、年に関係なくいろんな人がこの場所を憩いの場としている。そんな風景が広がる、民衆から愛されている公園だ。しかし今は日も暮れはじめていることもあり、あまり人気はない。
「はあ、、もう緊張してる。」
「やべーな。時間まで30分もあるぜ。」
日が暮れてきたので昼間よりはずっと寒く感じる。体が震える。寒いからか?確かに寒いがそれだけではない。振られるという可能性に怯えているのも震える要因かもしれない。
告白というのはこの年の男女にとってはギャンブルも同然だ。成功すれば2人の関係は昇華され、失敗すれば今まで通りに友達として話すことも気まずくなってしまう。今のままの関係が心地よいのも確かだ。でもこのままじゃいられない、自分が独り占めしたい、そんな思いが胸を占める。だから人は勇気を出して告白する。想太もその1人である。
彼女が来るまで時間があるので、想太は不知火想太という人物を客観的に分析する。成績はクラストップであり、小さな頃からサッカーをずっとしていたため、人から運動神経も抜群と言われる。その二点に関しては不安の余地はない。しかし、一番の問題は顔である。どんなに馬鹿で、運動音痴でもイケメンなら問答無用でモテる。問答無用で告白をOKされる。結局顔なのだ。想太の顔はというと、自分で見てもお世辞にもイケメンとは言えない。かと言ってブサイクというわけでもないのだ。つまり、とても普通だ。だから不安である。でもやると決めたからにはやるしかない!
そう公園のベンチに座って覚悟を決めていると、足音が聞こえてきた。想太はその方を見る。
「お待たせ、待ったかな?不知火くん。」
本日の告白の相手がやってきた。
「いや、今来たところだよ。」
そんな意味のない嘘をつきながら話す。
「話って何かな?」
「えっと、、あの、」
いざとなると言葉が出てこない。自分はこんなにも勇気がなかったのかと思う。
彼女との出会いは中1の時だった。可憐な彼女を見たとき初めて一目惚れをした。それからずっとだ。彼女を見つけると自然と目で追ってしまう。彼女の笑顔を見ればどんなに嫌なことがあったとしても癒されてしまう。二年で同じクラスになったときは胸が躍った。勇気を出して話しかけて仲良くなれた。三年も同じクラスで、彼女との些細な会話が想太にとっては幸せだった。
三年間ずっと育て続けてきた思いを今伝えよう。
昼間に思いを伝えてくれたあの子のように、あの子に負けないように。相手に聞こえてそうなくらい爆音で心臓が鼓動を繰り返す。そして想太は口を開いた。
「○○○○、俺は君が好きだ。」
「一年の時からずっと好きだった、付き合ってほしい。」
言えた、言ってしまった。もう後には引けない。もう寒さなんて気にならないくらい熱い。想太が彼女の顔を見ると自分に負けないくらい真っ赤だ。
彼女は顔を赤くしてゆっくりと口を開く。その赤らめた彼女の顔で想太はなんとなくその返事を予測することはできた。勇気を出して伝えてよかった、そう思った時、予想とは裏腹に地獄の言葉が彼女の口から発せられた。
「ごめんなさい、不知火くんとは付き合えない。」
想太はその言葉の意味がすぐに理解できなかった。理解するより先に想太が思い描いていた最高の未来のイメージが根底の支えを失ったようにバラバラ、ガラガラと崩れていく。心の中では「なんでダメなんだ?」という思いが無数に溢れてきた。想太は自分が今どんな顔をしているのかわからなかった。
「じゃあ私もういくね。」
そう言って彼女は気まずい空気から逃げるように足早に帰っていった。
想太は動けなかった。彼女に「なんでダメなんだ?」と聞く勇気はなかった。怖った、自分の好意が拒絶されるのが。誰かが言ってた、「1人の人に固執し続けるとそれを失ったとき壊れてしまう」と。三年間育て続けた思いはその分想太にとてつもない絶望感を与えた。心に大きな穴ができてその穴に彼女との楽しかった思い出が吸い込まれて消えていく。不意に涙がポロポロと落ちる。自分の意思では止められない。これが失恋。
想太は負けたのだ。
♢
しばらくしてから想太はふらふらした足並みで街を歩く。糸の操りを失った操り人形のように芯のない体で街を歩く。想太の目に光はない。襲ってくる虚無感と絶望感を抱え切れてはいなかった。このまま記憶が消えてしまえば楽になるのに、そう思えてくる。家に帰れるのかも心配になるような状態であった。もう泣くのは情けないと思い、気を抜けばすぐに壊れてしまいそうなボロボロのダムを必死に維持する。
そんな想太の耳にある音が入ってきた。
「泣いてもいいんだよ。ルイが君の傍にずっといるから」
街で一番大きなアニメグッズショップ「アニーメイ」の前に置いてあるTVの広告の音であった。想太はアニメをあんまり見る方でなく、クラスのオタクを「変な奴ら」くらいで見ていた。だから普段はこの店に興味を示すことはなかった。
しかし今日はそのキャラクターの透き通るような、傷を癒してくれるような、体にスッと染み込んでくるような、綺麗な声に不思議と魅了された。
想太はそのキャラクターの声、言葉を聞いて、そのキャラクターの温かな笑顔を見て、崩壊寸前で自分のプライドだけで維持していたダムが壊れた。
「くそ、、くそ、なんで。」
泣いた。思いっきり泣いた。三年分の涙を全部流すくらい泣いた。
想太はアニメのキャラクターに救われた。
目が赤く腫れるほど泣いた後、想太はすごくスッキリした気持ちになっていた。
泣くとスッキリするというが本当らしい。
想太を救ったのはアニメ「アイドライブ」の八代ルイというキャラクターだった。アニメ「アイドライブ」とは100人の女の子がアイドル界で一番を目指し、成長していくアニメだ。CDもたくさん出ており、その曲のセンターを決めるために毎回某アイドルと同じようにファンの投票で決めるらしい。投票はそのキャラクターのグッズの売り上げで決まる。だからファンのオタクは自分の推しをセンターにするため必死にそのキャラクターを応援する。
想太は自然とアニーメイの店の中に入っていった。
想太はその店で我を忘れたように持っていたお金全てを使って夢中で八代ルイのグッズを買った。貪るように買い漁るように。
「もう恋なんてするか!!」
「こんな思いするくらいなら恋愛感情なんか捨ててやる!」
そう叫びながら、そう誓いながら、心に空いた大きな穴を自分を救ってくれた八代ルイで埋めるように。
♢
「はっ!!俺は家に帰ってたのか」
想太は自室のベッドの上で目を覚ます。
「昨日どうやって帰ってきたっけ?」
昨日の記憶を自分の記憶の棚から探そうとするがどうしても見つからない。そもそも昨日の出来事が思い出せない。
思い出せることといえば昨日中学校を卒業したこと、天使「八代ルイ」と出会ったこと。中学校の卒業証書、大量のグッズが自室に広がっていることがそれを強く裏付ける。そしてもう一つ、どうしてそう思っているのかは思い出せないが心に強く染みついている思いがある。
恋愛感情なんて捨てた、リアルに恋なんてしない
この考えだ。
昨日という真っ白な紙にただ上記の言葉が力強く書いてある。そんな感じ。
病院で俺は心因性記憶障害と診断された。医者の話によると精神的ストレスから発症するものらしく、マイナス的な出来事があったのではないかと言われた。俺には思い出せないが。なにかきっかけがあれば思い出す可能性もあるらしい。
そうして俺は長く濃いプロローグの記憶を失った。
この作品を読んでもらいありがとうございます。初めてこういう小説を書かせてもらったので、日本語のおかしい所など拙い部分もあると思います。そういったところも暖かい目で見ていただけたら幸いです。(笑)
皆様の応援があればもっと頑張っていきたいと思いますので、応援のほどよろしくお願いします。