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3.アブドミナル・アンド・サイ



 くくく……。

 来たか……。

 貴様が『世界にこにこ毎日情報通信』の記者だな……。

 我を畏れず、この場を訪れし胆力、素直に賞賛しよう……。

 しかし、愚かな……。

 我が前に立って、生きて帰れるなどとゆめ、思うな。

 我こそがこの世界のモンスターの中のモンスター。モンスターの王である魔王也……!

 アジーン砦の砦主、魔王城門番、四天王マッスル・フォルテ、マッスル・フォルティッシモ、マッスル・フォルテフォルティシモ、マッスル・フォルティシシシモ、その全てを超え、我の下へと来た人間は、貴様で二人目よ……。

 くくく……。

 先達のようになるか、それとも……。

 ……ム? 魔王流挨拶は大丈夫です、だと? そうか……いや、すまぬ。この方が雰囲気がでるかと思ってな。

 ……何? いただいたお時間が一時間なので、さくさく行きましょうだと?

 むぅ……。貴様、随分な態度だな。我が怖いとは思わぬのか?

 人間の敵だぞ?

 モンスターの王だぞ?

 貴様なんぞ小指一本でちょちょいだぞ?

 ……何? ティーセットにケーキに素敵な花かごまでセットして、おもてなしの準備完璧な状態でどう怖がれと、だと?

 くくく……。

 そのとおりだ!

 我は貴様の来訪を待っておったのだ。

 『あの男』について聞きたいのだろう? 我も『あの男』について大いに語りたいからな!

 それにしてもお主、フォルティシシシモと随分盛り上がっておったな。

 扉の向こうから楽しげな声が何度も聞こえて、ちょっと覗いてしまったではないか。

 フォルティシシシモはなかなか良いマッスルなのだが、何故か我とはあまり会話をしてくれなくてな。

 あやつ、近頃は随分と我を脅かすようになり、このままではいかんと思い、日々精進しておるほどなのだ。そんなあやつと、偶には手合せや、マッスル道ついて楽しく語り合ってみたいのだが、あやつは何故か我が話しかけると畏まり、とてもではないがそのような事を言い出せる雰囲気ではない。

 ……ふむ。部下と上司の関係ではなかなか難しい、か。そうだな。あくまで我はあやつの上司。確かに我から声をかけたところで、接待がまっているだけだろうな。

 寂しいものだ。

 そう、それでいえば『あの男』は久しぶりに何も考えず、ただ競い合える素晴らしき相手だった。

 五十年ほど前、エルフの男が来た時も少しばかり期待しておったが、残念ながら当時のフォルテフォルティシモに敗れた。その後魔王軍傘下に入り、マッスル・フォルティッシモを名乗り、現在はフォルテフォルティシモを破り、その名を名乗っておるな。

 ……それは名前ではなかったのか、だと? ああ、アレは四天王たちの名前ではない。役職名だ。四天王、四天王、と呼ぶと四人全員がやってくるからな。一人一人呼ぶためにも役職名は役に立つ。

 ……何? 名前で呼べばいいじゃないか、だと? くくく……。愚か者め……。我らモンスターに個別名などあるわけがなかろうか! 全員まとめてななしの権兵衛よ。おかげでマッスル大会の時、主催者側は選手コールは毎度苦労する。現在選手を番号で呼ぶのは、全て我々モンスターのせいだな。

 くくく。凄いだろう? マッスル大会も、我々モンスターに征服されておるのだよ。

 しかし、我々モンスターの世界征服状況などどうでも良い。貴様は『あの男』について聞きに来たのだろう?

 くくく……話してやろう。

 我と『あの男』の決戦のことを。

 わざわざ人の身でモンスターの巣窟までやってきた、愚かな人間よ……魔王である我直々に語る慈悲に、噎び泣き、感謝を示しながら聞くが良い……!!




◆◇◆◇◆◇◆◇




 魔王の間。

 ここを訪れるのは選ばれし者のみ。

 魔王の前に立つほどの実力を持った者のみが許された部屋。

 通常幹部である四天王以外に、そこを訪れる者はいない。四天王たちでさえ、魔王自ら召びださない限り、おいそれと近づくことはない。

 その直前の部屋を守る、フォルティシシシモに内容を伝え、彼が魔王と直答して返事を返すのみ。

 それほど訪れる者のいないその部屋に人間が訪れるとしたら、それは勇者――勇気ある者だけだろう。

 そして、その勇者が訪れようとしていた。


 フォルティシシシモが守る部屋から扉をくぐると、薄暗い場所へと出る。少し先にはカーテンがあり、誘うように一部分だけ間を開けた二枚のカーテンが垂れていた。カーテンの向こう側から光がさしている。

 勇者ならば臆することなくカーテンの向こうへと進まねばならない。

 カーテンの向こう、光の中に、魔王は立っている。

 己へと挑戦する勇者を待ち構えて。

 この日、この時ばかりは、禁断の魔王の間へと、数多のモンスターが押し掛けていた。魔王の立つ場所よりも右手側に、少し空間を空けて、残った部屋の空間全てにぎっしりと。空けられた空間は、これからの死闘による被害を防ぎつつ、かつ、最も迫力ある近さで観戦できる場所であるように考慮された空間。

 既に熱気に包まれた魔王の間では、怒号のような声援が飛び交っていた。

 完全なアウェイ。

 けれど勇者とは勇気ある者。臆することなく、ゆったりと、しっかりと、力強く、歩を進めていく。

 光の先に立つ魔王が、低い笑い声を漏らした。そこでようやく勇者は一度歩を止める。

「くっくっく……よくぞここまで辿り着いたな、勇者よ……」

 威圧をかけ、語りかける魔王。

 恐ろしいほど眩しい照明に、筋肉の陰影が浮かび上がる。

 頭部を見るに、本来なら青銅色の肌をしているのだろうが、首から下は今日この日の為に丹念に塗りこんだタンニングローションの効果で、健康的な日焼けをした肌のように褐色色をしていた。

 選び抜かれたブーメランパンツは、黒一色の勇者の者とは対照的で、鮮やかなブルー。そこに黒で繊細な模様の描かれた、遊び心のあるもの。

 圧倒的な気配。

 並の者ならばこの時点で戦意を無くし、その場にひれ伏すだろう。けれども、勇者は不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐに魔王を見返した。

「我はモンスターの王にして、マッスルチャンピオン……!」

 レジェンドとまで呼ばれる貫禄は、けして生易しくない。ただフロント・リラックスで立っているだけで、二倍以上の大きさにさえ感じる。

「四天王最終砦マッスル・フォルティシシシモさえ倒し、我に挑む者が現れたこと、心から嬉しく思うぞ……! ここよりは言葉は不要! あるのは仕上げられた己が肉体での会話のみ! かかってくるがよいっ」

 圧倒的上から目線。

 チャンピオンに相応しい態度。

 けれども、その目は期待に満ち溢れていた。

 勇者は、しっかりと頷き、一歩踏み出す。

 ゆっくりと、しっかりと、力強く、優雅に、歩を進め、魔王の正面で立ち止まる。

 舞台上にて今一度、互いにしっかりと視線を合わせ、一つ頷くなり、観客たちへと振り返った。

 当たり前のようにとられるフロント・リラックス。

 ワァアアアと歓声が上がる。

 明るい照明に唯一照らされる舞台上。

 一通りのお披露目に、しかし、今回はフォルティシシシモ戦のように勇者に対して声援が飛ばない。

 チャンピオンとは、それほどの魅力を持っているのだ。

 圧倒的アウェイ空間において、それでも勇者は一部の陰りもなく、指定のポーズを魅せる。魔王の隣であっても、一切の乱れはない。

 フロント・ダブルバイセップス。フロント・ラットスプレッド。

 際立たせるためオーバーに止めたりする割には流れるように美しく。

 サイドチェスト。

 力強く。

 バック・ダブルバイセップス。バック・ラットスプレッド。

 (おとこ)を魅せる。

 サイド・トライセップス。

 少しずつ会場に異変が起きる。

 魔王の隣に立ってなお、引けを取らない勇者の姿に。

 死闘は一人で造るものではない。

 対峙する相手がいて初めて成り立つ。

 死闘は必ず語り継がれるもの。

 何故なら、どんな時でもそれを見ている者がいるから。

 そして、それを見ている者は次第に引き込まれていく。二人の間に言葉なく語られる歓喜に、一種の仲間意識に。包まれ、いつの間にか、口が勝手に動き出す。

 アブドミナル・アンド・サイ。

 魅せる方――自信のある方の足を前へ出し、つま先、またはかかとで立つ。後方に引いた足は、つま先が外へ向くように。膝は少し外側に。両手は後頭部に当て、腹筋にしっかりと力を入れる。

 腹筋から足、主に下半身をアピールするポーズ。

 鍛えられた筋肉とは、宝石よりも美しい。

 会場の声援が、割れていた。

 レジェンドと謳われる存在相手に引けを取らぬ勇者。

 これこそが、魅せる挑戦者の姿。

 その雄姿に心打たれ、勇者へと声援が送られていた。

 それを受け、勇者の発するマッスル光の輝きが増す。しかし、それに応えるように魔王のマッスル光もまた、輝きを増した。

 一進一退。

 前人未到の闘い。

 誰が想像しただろうか。

 モンスターに奪われた称号。それを求め、数多のマッスルが挑み、散った。その称号に届こうとしているのが、ただ一人の人間の男だと。

 全てのポーズを終えてなお、勝敗はつかず。

 終わりを求めぬ観客に各々のモスト・マスキュラーで応えて、それでなお決まらない。

 混迷を極めていた。

 この日の為に正式に招集された、正規のマッスル大会の審査員たちは頭を抱え、賞賛すべき二人のマッスルを評価する。いや、もしかしたら、彼らも、自分たちの一生で二度と見ることができるかわからぬ死闘に、おかわりを求めたのかもしれない。

 一度全て終えたはずのポーズを、再び繰り返させる異例の依頼を告げた。

 まさかのご褒美に、観客の中には興奮のあまり、倒れる者まで現れる。

 本来なら、これほどの死闘の後に、おかわりなど言語道断。しかし、プロは違った……! 当然の顔で応え、その技を、仕上げられた肉体を、惜しげもなく披露してみせたのだ。

 しかしながら、それでさえ、審査員たちは迷った。

 迷って、迷って、審議が繰り返される。

 舞台上でフロント・リラックスのまま結果を待つ二人の体力は、どう考えても限界を超えている。

 いつ倒れてもおかしくない。

 そんな状態から、審議は五時間も続いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 結果として、我は負けた。

 勝敗は、ティアドロップだったのだ。

 ティアドロップとは、まるで涙型に見える広筋――膝より上、太ももの筋肉。外側広筋、中間広筋、内側広筋の三つがある――の俗称である。

 これの美しさが、『あの男』の方が勝っておったのだ。それはもう、審査員たちでさえ意見が割れに割れるほどの差でしかなかったが、確かに『あの男』の方が、勝っておった。

 いや、正直、説明している審査員も、説明を受けた観客たちも、何を言っているんだかさっぱりわからない、そう言わんばかりの表情を浮かべておった。貴様が今浮かべている表情も、よく理解できる。だが、これはあの場所で、まさに命がけで競い合った我であるからこそ、こうも力強く言えるのだ。

 マッスル大会が執り行われるようになって百年。初めて我を超える猛者が現れた。

 これは歴史に残る、素晴らしき偉業。

 我は素直に『あの男』に賛辞を送る。

 あの時は互いに限界で、表彰が済むと同時に、我も『あの男』もその場に倒れた。あわや生まれたてのチャンピオンが儚くなるところだったぞ。しかしながら我に抜かりなどない。どんなことにも対応できるよう、医療スタッフも、専用の部屋も、しっかりと準備済みであった!

 ニューチャンピオンとなった『あの男』は、医療スタッフの献身的な介護で、しばらくして全快した。

 ……うん? その後の『あの男』の足取りを知っているか、だと?

 いや、知らんな。

 しかし、わかる。

 どこかで挑戦者を求め、今なお、己の筋肉を苛め抜いている事であろう。

 何? どうやったらその場所に辿り着けるか、だと?

 ハッ! 知らんな。我の方が教えてほしいくらいだ。

 まぁ、そう肩を落とすな。良い事を教えてやろう。どうしても『あの男』に会いたいのであるならば挑戦者になるが良い。『あの男』は今やチャンピオン。挑戦する立場から受ける側へと変わったのだ。挑戦者がいるなら、世界中どこにだって現れるだろう。それでこそ、チャンピオンなのだからな。

 何故、そう言い切れるのか、だと?

 くくく。貴様はバカか? そんなもの決まっているだろうが。我もチャンピオンだったからだ。王でさえなければ我とて、いつでも、どこにでも、挑戦者がいる限り、受けに行ったわ。

 挑戦者になる気がないのならば、年に一度のマッスル大会に来れば良い。チャンピオンなら、確実にその日はそこに居る。マッスル大会なら有名だし、常に同じ日、同じ場所で行われる。貴様でも行けるであろう。

 我から言える事は以上だ。

 くくく。

 人間の敵であるモンスターの王であるこの我から話が聞けたこと、ありがたく思え。本来ならば、命がないところであるが、今日は気分が良い。大人しく返してやろう。だから、な? そ、その、あれだ! き、記事を書いたら、我に、お、送ってくれてもいいんだからね!








――以上が魔王……否、初代マッスルチャンピオンからの証言である。

 正直『彼』についての取材をするためとはいえ、人間と敵対する魔王から話を聞く、というのは自殺行為だったと思う。けれども、敢行した甲斐あった。筆者は、そう強く確信する。

 『彼』は、人間でありながら、魔王に勝利した本物の勇者だったのだ。

 残念ながら、モンスターによる世界征服の進行状況については、有力な話を聞き出すことができなかったが、『彼』が魔王に勝利した事実がある以上、今後モンスターによる侵攻は停滞することが予測できる。なぜなら、魔王が勝てない相手が存在するからだ。

 『彼』は人間たちに希望と、そして、安寧をもたらした。

 これは、賞賛すべき偉業に相違ない。

 魔王に勝利した『彼』の足取りはつかめないが、今後、第二、第三の『彼』が現れるのは間違いないだろう。

 筆者は願う。

 既にモンスターに制圧されてしまった部分も、『彼』や、第二第三の『彼』が人間の手に取り戻してくれることを。


 ところで、筆者には一つだけ疑問がある。

 『彼』と関わった者なのか、それとも、マッスル道を進む全てがそうなのか、取材を受ける際の立ち姿が全員フロント・リラックスだったのは、何故なのだろうか?

 彼らは一様に、立っている時はフロント・リラックスになる呪いでも受けているのだろうか?

 誰かに問う事も出来ずここまで来たが、正直、取材中ずっと気になって仕方がなかった。

 誰か答えを知っている者がいれば、是非一報を知らせてほしい。


 ……。

 さて、私はそろそろ旅立たねばならない。

 何故なら、未だ私は『彼』へと到達できていないのだから。

 いつの日か、読者に『彼』の生の声を伝える事ができるよう、私はこれからも『彼』を追い続けるだろう。その日まで、しばしの別れである。

 最後に、『彼』へ向けて声援を贈りたい。

『マッスル・パワー!!』


著・ライターA  『世界にこにこ毎日情報通信』


◆◇おまけ◆◇


 ……お前さぁ、本当にこの記事、まとめて本にして出すの?

 本気?

 頭大丈夫?

 ちょっと休んでからにしたら?

 ……。……ああ、もう、わかったよ。好きにしろ、好きに。

 一応言っておくが、俺は止めたからな?

 後の事は知らないからな?

 ったく。長い付き合いだが、お前のその変な事に人生を賭けたがる性格、理解できねぇぜ。

 ……。

 あ、そうだ。

 俺も一つ疑問があるんだけどよ。

 『彼』に関わった奴って、皆マッスルになるの?

 ……。いやいやいやいや、お前、一度鏡見た方がいいぞ? すっげぇことになってるから。

 って、まぁ、当たり前かぁ。

 モンスターに支配された大陸まで単身で渡って、そこを旅して、数々の砦や遺跡を経て魔王城に到達してりゃぁなぁ。

 お前のそのプロ根性、嫌いじゃぁないけど、四天王や魔王まで到達する記者ってどうなの?

 まっいっか。

 それがプロってやつだよな。

 ……んじゃな。

 またいつかこの町に来たら、なんか面白い記事書いてくれよ!



END

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アレだよね? トドさんは、フロントリラックマ… じゃなかった、フロントリラックスでこの小説を書かれたんだよね? [一言] 気軽に読んだら、飲んでた珈琲噴いて熱かったッス!(笑)
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