2.バック・ラット・スプレッド
……来おったか……。
お主が『世界にこにこ毎日情報通信』の記者とやらか。
そう、儂こそが四天王が一人、四天王最終砦、マッスル・フォルティシシシモ!!
他の四天王……マッスル・フォルテ、マッスル・フォルティッシモ、マッスル・フォルテフォルティシモよりも、魔王陛下の御傍に在る存在よ!!
むしろ儂を超えねば魔王様への挑戦など、愚の骨頂!!
程度を知るが良い!
……ム……? そうであったな。お主はあくまでも『アヤツ』に関する証言を求め、取材に来ただけであったな。
『アヤツ』の事を思い出し、つい熱くなってしまった。すまぬな。
……そんなに印象深かったのか、だと? 当たり前よ。常に冷静たれ、と謳う己の精神さえ、うっかりとり乱すほどに『アヤツ』は儂の心に深く根付いておる。
儂は、長く続くこのマッスル人生において、生涯二度の敗北を喫した。
一度目は言わずもがな。魔王陛下であらっしゃられる。
魔王陛下は本当に素晴らしかった。
当時、儂は儂に敵うマッスルなどいない。そう慢心しておった。しかし、その天狗のように伸びた鼻っ柱、魔王様によってバッキバキにへし折られたものよ。
くくく。懐かしいな。儂もあの頃は若かった。
……。
…………。
………………。
……!!
おお、すまない。つい、あの頃へと思いを馳せておったわ。
つまりな、それ以来、儂は常に向上心を持ち、よりマッスル道を究めるため、どんな時でも努力をしておったのだよ。
そう、魔王陛下以外の誰にも負けぬように、とな。
他の四天王は何度か順位を入れ替えたが、儂だけはけしてこの最終砦という順位を譲ったことはなかった。
ふんっそれにしてもマッスル・フォルテめ……ッ!
お主、知っておるか? あの愚か者は、なんとリラックスポーズで負けていたのだ!
何と言う恥さらしか!
確かにリラックスポーズは一度だけのポーズ!!
しかし、だからと言って疎かにしてよいと言うものではない!
あの者は、それを理解しておらなんだ!!
一度しかないから、と鍛錬を怠った結果が早期敗北よ! なんと情けない話か!
そもそもだなぁ、リラックスポーズと言うのは、まず間違いなく一番初めにとる! つまり! 誰もが一番初めに採点するポイントよ!
……ム……? その話は長くなるか、だと? そうか。すまなんだ。そう言えばお主は他の四天王たちの話も聞いてきているのだったな。
すまぬ。ついつい最近の若者の舐めた態度が腹に据えかねておってな。いやしかし、あの者もこれで心を入れ替え、全てのポーズを満遍なく練習するであろう。
マッスル道に要らぬポーズなど何一つない! そのことを身に染みたであろう。
さて、儂の話だったな。
うぅむ、どこから話すべきか……。
そう、儂と『アヤツ』は随分と熱い対戦をしたのだ。
魔王陛下以来、久しく忘れておった、強者との闘いだった――。
◆◇◆◇◆◇◆◇
魔王に迫る者がいる。
その知らせに魔王軍は震撼した。
数々の者を屠り、浄化し、果てはその素晴らしき技の数々で改心させた男。
四天王さえ、既に三人倒された。
残る強敵は、魔王と、魔王城にて、魔王の間へと続く扉を守る四天王最終砦フォルティシシシモのみ。その他の魔王城に住まうモンスター達では、男の足元にも及ぶまい。
たった一人に、瓦解した魔王軍。
たった一人に、改心させられた魔王軍に属さぬ野良モンスター共。
フォルティシシシモは男の噂を聞いてから、ずっと心待ちにしていた。
男の話を聞いた時から感じていた、強者の予感。
血沸き心躍る闘いを、待っていた。
今のところフォルティシシシモを降したのは、魔王ただ一人。それも百年は過去の話。そしてあれから百年。フォルティシシシモを楽しませる挑戦者はいなかった。ただの一人も。
四天王とひとまとめにして数えられる者たちでさえ、フォルティシシシモには遠く及ばない。
主であり、自分が心酔する魔王に気安く手合せをねだることもできず、フォルティシシシモは燻り続けた。
絶望的に敵わなくとも、諦める事も出来ず、屈辱よりも憧憬のような想いを抱え、ただ、相手に近づきたい、その一心で技を魅せる。
相手がそれに応え、魅せてくる楽しさ。
そう、マッスル道は、一人では成り立たない……!
完璧に管理された食事、トレーニング、そして、それらを超えた先で贈られる声援、嫉妬と羨望を覚える存在、全てが混ざり合い、初めてマッスル道は成るのだ!
人生で初めて敗れたあの時、フォルティシシシモはそのことを思い知った。
フォルティシシシモは、あの日、あの時、初めて『生きて』いた。
あの楽しみを今一度。
その願いが、叶う予感。
待っていた。
ずっと待っていた。
毎日毎日。
お気に入りのバニラ味のプロテインを飲みながら。(筋肉早めにつけたい初心者は、とりあえずタンパク質含有率の高いプロテインを選んでみよう。但し、体に合わない時は直ぐにやめよう)
鳥のささみを食べながら。(減量中でなければ多種の肉を食べよう。良質な筋肉は、良質な肉から作られる。それと、野菜もちゃんと摂ろう。バランスはどんなときだって大切だ)
スーパーセットをこなしながら。(二種目をインターバルなしで連続して行うトレーニング方法。筋肉が動くときのメインと補助の筋肉をターゲットにした練習を選んで、効率的に行おう。但し、筋トレは毎日とか、長時間とかしないように。超回復も大事だ)
日課の、寝る前の鏡の前でのポージングをキメながら。(ポージングのチェックは大事だ! チェックすることで、自分の筋肉の強い部分、弱い部分がわかってくるし、魅せ方も選べるようになるぞ)
待っていた……!!
うっかり待ちすぎてキレそうになっていた。
はよこんかい!! と。
それはもう、ウッキウキ、ワックワクしすぎて、部下たちが遠巻きにしてしまうほど。
せっせと対戦会場をつくり、照明の位置を細かく調節しながら。
そして、掃除のしすぎで会場の床が鏡のように磨かれた頃、ようやく男は現れた。
神々しいまでの光を背負い、行く手を阻まんと立ちふさがるモンスター達を退けながら。
流石に魔王城のモンスター達は、その辺りにいる野良モンスターたちとは格が違う。男のマッスル光を浴びてなお浄化されることはなかったが、代わりに敵わぬ強者へと、大人しく道を譲った。
マッスルは礼儀も重んじるのだ。
対戦した相手をきちんと称え合う。
勝者を賞賛する。
いかに敵同士であろうとも、対戦を終えればただのマッスル同士。肩を組み、笑いあうのだ。
フォルティシシシモは扉を開け、戦いの場に現れた男を前に、マントを脱ぎ捨てた。
「よくぞ参った。儂こそが四天王が一人、四天王最終砦、マッスル・フォルティシシシモ!」
投げ捨てられた分厚いマントが、空中で広がり、音もなく床に落ちる。
晒される肉体美。
不必要に筋肉を隠さないために選び抜かれたブーメランパンツ。
フォルティシシシモの仕上げられた肉体を前に、男は楽しそうに笑った。
ゆっくりとフォルティシシシモの手が突き出される。体を半分だけずらし、横を向いた。空を横切り、後方に在る扉をゆっくりと手で示す。
鍛え上げられた筋肉は、ゆっくりと動いてなお、重く、深く、ぶぉんと空を切るような錯覚を覚えた。
「この扉の先に、魔王陛下はおられる」
「ふむ。彼の有名なマッスルチャンピオン・魔王はこの先か。よい、よいぞ! 仕上げてきた私の筋肉が、高揚している!」
男の大胸筋が跳ねるようにぴくぴくと動く。
わかるぞ、その気持ち、とフォルティシシシモは口角があがりそうになった。
男の高揚は痛いほど理解ができる。
マッスル道を究めん者は、誰もが目指す。マッスルチャンピオンを。そして、その称号を持つものこそが魔王なのだ。
世界中から集まったマッスルの中のマッスルを決める大会で決める、神聖なる称号。
彼の大会が始まったのは、今から百年前。
そう、フォルティシシシモの鼻っ柱をべっきべきに折った、魔王との出会いの場だった。
そしてその初代チャンピオンこそ魔王。そしてこの百年、一度たりともその座を譲っていない。マッスル界のカリスマレジェンドである。
世界中のマッスルの羨望の先には、必ずいる存在。
毎年大会に現れる度に去年の自身を超える、マッスル界において誰よりも先を歩く、漢の中の漢。
過去、幾度となくその称号を求め、数々のマッスルが魔王城に挑みに来た。けれど、魔王どころか、フォルティシシシモの下にさえ訪れた者は皆無。
百年ぶりの対戦相手に、フォルティシシシモは、ついに笑いを堪えきれなくなった。
オーガ特有のいかつい顔が歪む。
裂けるように広がった口から、巨大な牙が覗く。
醜悪で、獰猛な化け物の顔。しかし、挑戦者の男は正しく理解した。目の前の存在は己と言う挑戦者に、高揚しているのだ、と。
「挑戦者よ! 魔王陛下に会いたくば……!」
「またれい! 皆まで言うな、マッスル準チャンピオン!!」
ずずいっと突き出される男の手。
無駄な物が一つもない、丸い頭部がきらりと煌めいた。
顔を隠すように真っ直ぐに突き出された手が、ゆっくりと右へズレ、少しずつ男の顔が、再びフォルティシシシモの眼前に現れる。
爽やかな笑みが浮かんでいた。
楽しいという感情を隠しもしない、爽やかな笑みだ。別名暑っ苦しい筋肉の微笑みともいう。
「その前に、お主と競え、そう、言いたいのだろう?」
「……無論」
満足げに吐き出される溜息。
低く唸るように絞り出された肯定。
「マッスルパワー!!!」
男が吠えた。
いや、それは男だったかもしれないし、フォルティシシシモだったかもしれない。
フロント・リラックスを保ちながら二人は、マッスル道を究めた者のみが出せる光を背負う。
野次馬根性で、柱の陰から覗き見ようとしていた雑魚モンスターは、一瞬で消し飛んだ。魔王城に常駐するモンスター達でさえ、その神々しいまでの光に、思わず目を細め、目元に影ができるよう手をかざす。中には、目を押さえ、のたうつ者もいた。
究めし者たちの対戦を観戦するには、適切な距離があるのに、彼らは迫力を求め、うっかり近場の観戦を選んでしまったが故の、悲劇だった。
「くくく……挑戦者よ、舞台に上がれ」
「いざっ!」
筋肉を意識し、姿勢を維持したまま、フォルティシシシモの隣に並び立つ挑戦者。
舞台は、整った。
フロント・リラックスを保つフォルティシシシモの隣で、挑戦者が、動く。
足を拳一つ分ほど開き、つま先は少し外側へ向ける。そして膝を軽く曲げ、力を込める。腹部に力を籠め、思いっきり凹ませる。ぐぐ、と張り出す胸。広背筋――背面、アバラ付近の筋肉――が広がった。
もしも素人が見れば、ただ肩をいからせ、太ももの筋肉に沿って僅かに足を開いて立っているように見えるだろう。けれども、この立ち姿はそんな単純なものではない。
フロント・リラックス。見ている者に己の正面の筋肉をアピールする、れっきとしたマッスルポーズである。
極めつけはさわやかな笑顔。
思わず観戦していたモンスター達からおお、と感嘆の声が漏れた。
「ターンライト!」
誰が言ったのかはわからない。おそらく観客の誰かだろう。
その声に従うように、フォルティシシシモと挑戦者が動いた。
ス、と二人揃って回れ右をする。
足を揃え、つま先を開く。胸部が正面を向くように体を捻れば、正面から見て、上半身は丁度V字のように開いた。首は巡らせず、胸部だけ正面に向ける。
腕はフロント時のようにしっかりと手首を横向きのまま維持し、拳が下を向くようにしておく。
左のサイド・リラックスが終われば、今度は背面を魅せるリア・リラックス。そして、右のサイド・リラックスを魅せ、最後に正面へと戻る。
これで一通りの筋肉のお披露目は終了だ。
現時点ではどちらも甲乙つけがたい。
仕上げられた体が、そこにはあった。
感嘆の声の他に、ありがたや、ありがたや、と拝み始める者までいる。
魔王城。モンスター達の巣窟。その中で、人間でありながら、既に声援を受け始めた挑戦者。
まだ最初のフロント・リラックスの時は、フォルティシシシモに向けてしかなかった。けれど今はどうだろうか。まだお披露目をしただけ。それだけなのに、あからさまに挑戦者へ向けて声援を送るものが出てきている。
素晴らしい……!
フォルティシシシモは内心、喜びに打ち震えた。
これほどの相手と競える幸運に、マッスルの神への感謝が尽きない。
もっと、もっとだ。
湧き上がる欲望。
もっと、この筋肉とぶつかり合いたい……!
心から、望んだ。
ダブル・バイセップ、フロント・ラット・スプレッド、サイド・チェスト……次々ポーズを決めては、湧き上がる声援。
挑戦者を待って、毎日毎日試行錯誤しながらフォルティシシシモの造った会場は、覗き見に来ただけの観客しかいないというのに、ありえない熱気に包まれていた。
声援。
声援。
また声援。
現在観戦しているのはフォルティシシシモの部下のみ。だというのに、互角に飛び交う声援。
筋肉を褒め称える声。
これだ、とフォルティシシシモは思う。
魔王以来、感じたことのない筋肉の高揚。
今、フォルティシシシモは百年ぶりに『生きて』いる、と感じた。
今日、この日、この時、全てを賭けるために仕上げた筋肉。それを以てなお、羨望を覚える挑戦者の姿。
自然、喉の奥から笑いが零れる。
まるで百年前の再来。
負けるな、そう、はっきりと感じた。
けれど、妙に清々しい気持ちだった。
己の全力は出し切った。
あの時のように、慢心したりしていない。その上で、負ける、そう感じたのだから。
筋肉はけして裏切らない。努力すればしただけを確実に返す。それで負けるのならば、相手の努力が自分の努力を上回っていたという事。
ならばその事実を認めるしかない。
勝敗は、バック・ラット・スプレッドだった。
観客たちに背を向け、肩幅以上に足を開く。この時筋肉を魅せつけたい、つまり自分が自信のある方の足を後ろに引いてかかとを上げる。
膝は軽く外側に向け、腰は真っ直ぐ正面に。
手は拳を握りながらくびれの辺りに当て、広背筋を広げる。
アピールするように、少しばかり後ろへ背を逸らす。
筋肉に覆われた、広い背をアピールするポーズ。
広い背は、漢の証。
黙って背中で語ると言われる程に重要なポイント。
そして、その漢を負けた。
本来、世界には数多の種族が存在し、種族特有の体格と言うものがある。そうなると、どうしても対戦できる種族同士、というものが限られてくる。
当然だが、マッスルの大会は階級制である。カテゴリーごとに色々とあるのだが、無差別級と呼ばれるオーバーオールでさえ、はっきりと体重別の階級がある。基準に満たせられなければ、その階級には挑戦できない。
しかし、魔王と相対するには、大型種でなければならない。人間どころか、モンスターでさえ、殆どが門前払いとなってしまう。
それでは不公平だろう。誰だって、レジェンドとまで呼ばれるチャンピオンと相対したい。
どうか、自分達にもチャンピオンとの対戦を!
そのマッスルたちの純粋かつ切実な願いを叶えるため、魔王は新しい基準を設けた。
種族別の身長体重の割合から、他種族にとってどの階級に当たるのかを割出し、公式に発表。それを基準として採点者は採点を行う、というものだった。
数多のマッスルたちがわいた。それはもう、本当に。興奮のし過ぎで、万年雪に閉ざされていた北方の国で、一部雪解けを起こしてしまうほどの熱気をもって、わいた。
溶けた雪に、世界中の気象学者たちが異常気象か天変地かと驚き、現地調査に赴いた――そこでわきあがるマッスルたちを発見し、何だマッスルか、と帰ったが。
その規定さえ満たせば、誰でもチャンピオンに挑戦できる。
多くの種族の者たちが、その基準を満たすために努力し、限界を超え、魔王城までやってきた。
そのもっともな例と言えば、エルフだろう。
長身細身。体重もさほど増えない。筋肉とは縁遠い、優美な種族。それでもマッスルに憧れる者はいる。
絶望的だとまで言われたにもかかわらず、プロテインを飲み、トレーニングを重ね、あの美しい顔の下、首から先だけ見事基準をクリアした者がいた。エルフ特有の長い髪を角刈りに整え、なんと四天王三人目にまで挑んだ記録がある。
逆に、エルフのマッスルと対抗したい、とドワーフが名乗りを上げたこともある。
ザ・豆タンク型、豆タンクは最早代名詞、の種族なのに、減量に減量を重ね、体重を落としきり、見事すらりとしたスリムなマッスルボディに変身した。
筋肉を隠す髭や髪を短く整え、濃い全身の無駄毛をつるっつるになるまで丁寧に処理し、最早ドワーフのアイデンティティとは一体、という状態まで自分を追い込み、細マッチョ部では上位独占状態のエルフたちへと殴り込みをかけ、見事優勝を勝ち取ったのは、まだ記憶に新しい。
このように、魔王は全ての種族に、全ての種族と競い合えるようにしてくれた。まさに王の名にも、チャンピオンの名にも、レジェンドの名にも相応しい功績だろう。
そして、この魔王のつくった基準と比較して、フォルティシシシモと挑戦者では、挑戦者の方が僅差ではあったが、広く、美しい背をアピールしたのだ。
その背に宿る鬼に、観戦者たちは畏怖し、美しく整ったモミの木に、誰もが魅了された。そしてその背に広がる翼に、これが天の御使いか、と手を合わせ涙する。
完全な敗北だった。
それでもフォルティシシシモは精一杯やった。
きちんと基本のポーズ全てをやりきり、アピールタイムではモスト・マスキュラーで会場を大いにわかせた。
他の四天王の誰一人、成し得なかったことだ。
やった。
やりきった。
だから、全てが終わると同時に、無言で挑戦者へと右手を差し出した。そして挑戦者もまた、何も言わずにその手をとった。
今まで、一番フォルティシシシモの造った会場の熱が上がった瞬間だった。
「良い勝負だった。行くがいい、魔王陛下は……否! マッスルチャンピオンは、この扉の先でお主が来るのを、今か今かと待っておられる!」
左手が、奥の扉を示す。
挑戦者は、口元に爽やかな笑みを浮かべた。
茶褐色の肌に、白い歯が眩しい。
力強く頷き、手を解くと、ゆっくりと扉へと向かって歩き出す。
扉の向こう、魔王の間という名の会場の声援が、近づいてきた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして儂たちの死闘は『アヤツ』の勝利で終わったのだ。
儂をここまで楽しませたのは、魔王陛下以外では『アヤツ』ただ一人。
長い魔物生であるが、未だ発見の喜びがあったことに、儂は歓喜しておるよ。そして、その発見をさせてくれた『アヤツ』を、儂は認めておる。
素晴らしきマッスルとの出会いは、やはり良い。
儂は『アヤツ』に敗れ、新たな目標を得た。
……うん? その目標はなんだ、だと?
何を言っているのだ、お主は。
決まっているだろう? 次こそは、儂がマッスルチャンピオンになる、だ!
儂は魔王陛下に敗れて以来、魔王陛下に心酔し、けしてチャンピオンに挑戦せなんだ。しかし、それは大きな誤りだった。
遠くを憧れるだけでは何も始まらぬ。
遠くを求めてこそ、初めて一歩先へと進めるのだ。
目標は高く、大きく。
筋肉がけして裏切らぬのならば、後は己が努力あるのみ。
儂は、いつかきっと魔王陛下も、『アヤツ』も、超えて見せる。
何? 人間の寿命はモンスターに比べて短い、大丈夫なのか、だと?
ばっかもん!
大丈夫か、じゃない! 大丈夫にする、のだ!
未来を引き寄せるのは己の努力!
良いか、記者よ!
筋肉は、けして裏切らぬ!
マッスル道は、一日して成らず。独りでは究められぬ!
『アヤツ』も儂も、魔王陛下も、マッスル道を目指す全ての者が、未来を引き寄せるために、ただひたすらに己が筋肉と共に駆けるのだ!
――以上が四天王最終砦、マッスル・フォルティシシシモ氏からの証言である。
フォルティシシシモ氏はプロテイン(ブルーベリー味)片手に、フロント・リラックスをキメながら三時間に及ぶ取材に応じてくれた。
魔王軍幹部という大変忙しい身ながらも、長時間に渡る取材協力に感謝の念が尽きない。
フォルティシシシモ氏が語る『彼』は、まさに人類の希望。
今まで誰一人、フォルティシシシモ氏の下に辿り着くような強者はいなかった。
人間は、モンスターに敗北する道しかなかった。しかし、『彼』は初めて到達し、そして、超えて行って魅せてくれたのだ。
その強さを、フォルティシシシモ氏も認め、尊敬している。
マッスルとは奥深い。
知るたびに、胸に湧き上がってくるのは、これを世界へ伝えるという偉業への興奮だ。
そして同時に筆者に恐怖を与えた。
彼らが語るマッスルの魅力を、筆者はこの記事を読む読者に伝えきれるか。
勿論、私の長いライター人生、取材したことを読者へ伝える事への恐怖は幾度となく感じてきた。しかし、今回はその比ではない。
もしかしたら、私の長いライター人生は『彼』の全てを伝える事ができずに終えてしまうかもしれない。だがしかし、それでも私は筆を執るだろう。
フォルティシシシモ氏がそうであるように、私もまた、『彼』に魅せられた一人なのだから――。
著・ライターA 『世界にこにこ毎日情報通信』




