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1.ダブル・バイセップス

 ああ、貴方がご連絡いただいた『世界にこにこ毎日情報通信』の記者さんですか?

 どうもこんにちは!

 私が『彼』のお話をさせていただく、村人Aです。宜しくお願いします!

 いやぁ、どこから話せばいいのか……。

 とにかく彼は凄かったんですよ! いや、本当に!

 これは僕の黒歴史にもなるような恥ずかしい話なんですが、そんなことより『彼』の凄さを伝える方が大事ですからね!

 僕は所謂都会に憧れた田舎者だったんですよ。

 あの頃の僕は尖ってたなぁ……。親の後を継いで、何の娯楽もないこの村でちまちまと畑を耕し、家畜の世話をして、見知った、村の誰かと結婚。そんなのが嫌で嫌で、とにかく嫌で……僕、村を飛び出したんですよ。止める親も無視して、短剣一本で。都会に行って、冒険者になって、いずれ竜をも倒すようなすごいのになるんだーって。

 今思えば、本当に無謀だったなぁ……。

 ……ははは。ですよね。若い頃ってどうしてもそういう地味な事に興味が持てないんですよね! 今じゃぁこれしか考えられないってくらい、村人に馴染んじゃってるんですけどねぇ。

 ……え? そうは見えない?

 嫌だなぁ! そんなことはないですよ!

 どこからどうみたって、僕は村人以外の何者でもないですよ!

 毎日毎日畑を弄り、家畜の世話をするのが楽しくって仕方がない。もう天職だったんですね!

 あっと、僕の話より『彼』の話をしましょう。

 そう、『彼』と出会ったのは、僕が無謀にも冒険者登録を済ませた後の事でした。

 僕は冒険者登録をし、道中で出会い意気投合した、同じように都会に、冒険者に、憧れた村出身の少年たちと一緒にチームを組んだんです。

 チームって不思議ですね。

 一人だったら、僕はきっと冒険者登録をしたところで、討伐依頼なんてビビッて受ける事ができなかったと思います。でも、僕たちは五人だった。

 剣も振るったことのない田舎の新人がたった五人。けれども数がいるっていうのは感覚を麻痺させる。『自分だけじゃない』それだけで気が大きくなり、何でもできる気になっていたんです。

 ギルドは基本的に新人には、街中での配達、土木作業等の力作業等を推奨しています。そしてある程度依頼を受注することに慣れてきた頃、受注回数と完遂率の実績に合わせ、隣接する森や草原での採取依頼を勧めます。しかし、それでも街中での依頼で得たお金を使い、戦闘訓練を受けるよう忠告をします。

 でも、僕たちは初めから討伐依頼を受けてしまった……。

 基本、駆け出しだろうとランク内の仕事なら受注可能です。初めから戦闘の経験がある、訓練を受けたことがある方もいますしね。

 僕たちは一度も戦闘経験も、訓練をしたこともなかった。村から飛び出して、街までの旅の間も、モンスター除けの粉を混ぜて作られた街道を歩いてきたから、モンスターに出会ったこともなかった。

 本当に、馬鹿ですよね。

 勿論、世の中にはビギナーズラックを引き寄せる人だっています。

 たまたま、上手く行くんですよ。

 でも、僕たちはその幸運に恵まれなかった……。

 意気揚々と入り込んだ巣穴。

 その中には50匹くらいのゴブリンが居ました。

 僕たちは戦闘以前だった。恐怖に負け、散り散りに逃げ出したんです。そして、『彼』と出会った……え? なんです? そのゴブリンの恐怖をもっと細かく?

 ……。

 そうですね、僕のような無謀な新人冒険者が今後一人でも減るよう、モンスターの脅威について語るのは重要ですね。ええ、その時のこと、詳しく語りましょう。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 眼前に広がる光景。それを地獄だ、と少年は思った。

 ゴブリンはスライムに次ぐ最弱種。

 それは、誰も疑う事のない世界の常識。

 少年はただの村人だったが、今までに幾度となく村の大人たちが、村に入り込もうとするゴブリンを追い払うのを見てきた。だからかもしれない。まだ一度もそれをしたことがなかったのに、無意識に思ってしまった。ゴブリン(アレ)は弱い。自分でも倒せる。

 たったの一度も、モンスターと相対したことがない者が、そんな慢心をしてしまった。

 更に残念なことに少年は、モンスターどころか害獣の命さえ奪ったことがない。

 少年が今までに手にしたことのある獲物と言えば、クワやカマ。要するに、農具だけ。それなのに、十三の誕生日に贈られた短剣を手にしたとき、冒険の始まりだと思った。

 この国は十五で成人。

 成人すれば否応なしに村の、子を産める状態の娘、もしくは、もうすぐそうなる年頃の娘のいずれかと結婚しなければならない。過疎化が深刻な、小さな村では当然のこと。だが、少年はそれが嫌だった。

 この世界にはもっと楽しい事があるに違いない。そう、小さな村にさえその名を響かせる冒険者たち。魔王を相手に戦う勇者たち。海千山千の財宝。美しい姫との身分を超えた恋愛。

 この世界には、自分に相応しい、自分が在るべき世界がある。そう、本気で思っていた。

 それは思春期によく見られる一過性の病気だったかもしれないし、何かそう思えるような兆しがあったのか、啓示があったのかもしれない。

 あったとしても、実際のところ、残念ながら少年には何の力もなかった。

 同じような人間が何人増えようとも、それは戦力にはならない。そのことに少年は気づくことなく、ただ現実を見ないまま、仲間と共に死地へと足を踏み込んだ。


 依頼はありきたりな内容。

 村にゴブリンが現れた。その数が一匹二匹程度なら、村人だって自分たちで対応するだろう。けれども、徒党を組み、囮を出し、警戒する村人たちをあざ笑うかのように家畜を盗み、揚句民家に入り込んで隠れていた子供を殺した。

 この様子だとおそらく近くに巣がある。

 巣ほどの規模は村人では手に負えない。村人が対応できるのは、あくまでも村にやってくるような一匹二匹。それ以上は無理だと、少年たちは知らなかった。

 たかがゴブリン。村人に倒せるようなザコ。それ相手に依頼を出すなんて、よっぽど余裕のある村なんだな、その程度にしか思わなかった。

 訓練を受けたこともなく、戦闘経験もないという新人五人。当然、ギルドの受付けはそれらを理由に彼らを止めた。しかし、若さか。誰一人、聞く耳を持たない。メンバーの中で最年少の十一歳の少年ですら、心配する受付の言葉を笑い飛ばした。

 ゴブリンなんてザコだ、と。

 冒険者には規約がある。

 自分のランクより上の依頼は受けられないし、下すぎるものも、長期放置依頼以外は受けられない。代わりに、自ランクのものなら制限なく受ける事が可能。

 受付けが引き留めるのはあくまでも善意。それ以上でも以下でもない。それらを振り払ってなお受けるというのならば、それを断ることはできない。

 受付は速やかに受注処理を行う。そして、注意事項を告げた。

 依頼の村までここから片道一日半。巣の場所は、村在住の狩人が探し出していて、村から徒歩三十分程度の場所にあるという。そこまでの地図も渡している事を考え、依頼達成まで必要日数は、最短なら三日、最長でも五日。この五日を過ぎた場合、ギルドでは死んだものとして扱う。この場合、どこかで生きていたとして、二度とギルド登録はできない。

 勿論、重大な怪我を負い、依頼を達成したとしても報告ができないこともあるだろうが、その場合は、生きて戻ることができた場合に限り、死亡届が破棄され、報酬の支払いが行われる。

 少年たちは笑った。

 ゴブリン程度、最短の三日で戻ってきますよ、と。

 ああ、馬鹿だった。そう、少年は思う。目の前に迫った死に。

 少年たちは順当に歩を進め、一日半で村へと到着。依頼受注書を手に、派遣されてきた冒険者であることを依頼人に確認してもらい、その足で巣穴へと向かった。

 一日でも早い解決を期待していた村人たちだったが、やってきた冒険者の年若さに不安を覚え、幾度となく考え直すように説得を試みたが、少年たちはそれら全てを跳ねのける。笑いながら、村を出て行ってしまった。

 ごつごつとした硬い、茶色の肌。

 ぎらぎらと光る、黄色の目。長い耳と耳元まで裂けた口。

 歯は全て尖り、人間のモノよりも丈夫。

 成体の身長は人間の子供程度。

 手先が器用で、動物の毛皮を縫い合わせて作った自作の衣服を身にまとっている。

 爪は黒く、鋭く尖り、それさえも武器として襲いかかってくる、非常に好戦的なモンスター。それが、ゴブリン。

 一般的な肉食獣と同様に、生肉を好むくせに、野菜なども平気で食べる。ようするに、雑食性。

 そして、人間だろうが肉は肉。彼らが人を襲うのは、食糧だと認識しているからだ。

 殺された子供は、死体がなかった。襲われた際に抵抗したのだろう。その痕と、夥しい血。そして、どれだけ探しても見つからなかったことから、ゴブリンに襲われ、殺され、巣穴へと持ち帰られたのだ、と大人たちが結論付けた。

 子供以外、すべての人間が知っている。墓の下に、死んだ子供がいないことを。

 彼らは子供だった。大人に、恐怖の全てを隠され、少しずつ学習していく予定だったはずの。


 深い洞穴。

 慎重に、慎重に潜り込み、そこで見たモノに、彼らは初めて現実を知ることとなる。

 凄惨な食事風景。彼らの人生では見ることがなかったそれ。

 突然突きつけられた現実に、思わず胃の中のものがせり上がってきた。少年は耐えたが、最年少の仲間は耐えきれず、その場で嘔吐した。

 その声は、ゴブリン達の耳に届く。

 一斉に黄色い目が、隠れていた少年たちへと向けられた。

 その時の恐怖をなんと表現すればいいのか。

 村で平穏に暮らしていた彼等。注目するのはせいぜい親兄弟くらい。壇上に立って、沢山の者の視線にさらされるような経験は誰もしたことがない。

 見られている。

 ただそれだけで恐怖だった。しかもそれが、明らかに捕食者からのモノならば。

 少年たちはその時初めて理解した。

 自分たちは弱い。何人集まろうとも、この程度で震え上がるザコでしかない。

 血を見る覚悟もなければ、ましてや、生き物に向かって得物を振るう覚悟などあるはずがない。

 何故、思い上がったのだろうか。自分たちは強い、などと。

 何故、過信してしまったのだろうか。自分たちは違う、などと。

 ただの村人と、何も変わらない。変わるわけがなかった。

 自分たちは弱い。そんな当たり前のことを、何故認められなかったのか。

 村人は、所詮村人でしかないのだ。

 その事実を、目の当たりにし、理解し、少年たちは逃げ出した。

 来た道を真っ直ぐに。

 仲間を気遣うなどできない。

 ただただ、自分のことだけを考えた。

 がむしゃらに、転んだ仲間を振り返りもせず。

 待って、と伸ばされた手を、気づかないふりして。

 走った。

 走った。

 どこまでも。

 ただただ走った。

 けれど、走っても、走っても、どこまで走っても、追ってくる気配が消えない。あの茶色の肌がいつまでも後ろから追ってくる。

 新人冒険者。それも、配達土木と言った、肉体労働による下積みもない、ただの村人程度の体力なんてたかが知れている。

 あっという間に息が切れ、足がもつれる。

 それでも必死に走った。

 一歩でも立ち止まれれば追いつかれる。その恐怖から、走るのを止める、という選択肢はない。

 本当は、ゴブリン達が既に少年たちが新人で、村人程度の力量であることを理解していて、狩りを楽しみつつ、生け捕りにしようと、つかず離れずの位置を走っていると、少年は知らない。

 ゴブリン達だって好みがある。

 どうせ食べる肉なら、できるだけ新鮮な方がいい。生かして捕えられるなら、生かして捕える。そのことを。

 人間だってそうなのだから、ゴブリン達だってそう思うのだと知らない。

 だから走った。

 生き延びるために。

 やがて、少年の必死の逃走劇は終わりを告げる。

 石に躓き、派手に転がった少年は、止まってしまった足を、もう動かせない。

 ざり、と聞こえた足音に振り返り、ニタニタと笑いながら近づいてくる、醜悪なモンスターたちの姿を見た。

 悲鳴を上げる事が出来なかった。喉がひきつり、ひきゅ、と奇妙な音をたてる。

 尻もちついたまま往生際悪く、ずりずりと後ずさり、少しでも距離をとろうとする少年に、余裕たっぷりに笑うゴブリンたち。

 怯える得物に、更に恐怖を与えようというのか、ゲラゲラと歪な笑い声をたてながら、一歩一歩、見せつけるように近づく。

 その様子が、必要以上にゆっくりと感じられた。まるで、誰かが時間に干渉でもしたかのように。

 少年は強く確信する。

 ああ、俺、死ぬんだな、と。

 そして直後脳裏をよぎったのは、田舎の両親だった。

 十三歳の誕生日。少年が手にして飛び出した短剣が贈られた日の事。

 短剣、という初めての『武器』に、少年は大いに喜んだ。それは、その村では一人前の証。これから、大人として対応していく、という無言の宣言。

 それを手にした成人前の少年少女たちは、村にゴブリンやスライム、モンスターたちがやってきた時、大人に混ざって行動することを求められる。また、村の中での作業だけでなく、近くの森への猟、川への漁へと連れ出される。

 こうして、成人までの間に、大人としてすべきことを学ぶのだ。

 それを知らない少年は両親に宣言した。

 俺は冒険者になる、と。冒険者になり、やがて竜をも対峙する凄腕になり、二人に楽をさせてやる。

 まるで夢物語。

 そんな夢物語を堂々と語る少年に、両親は怒った。現実を見るべきだと、何度も、何度も。言葉を変え、尽くし、説得を試みた。

 それを振り払ったのは少年。

 自分の夢を頭から否定された少年は、大いなる不満を覚えた。

 お前たちにできて、自分にできないことはない。

 お前たちがゴブリンを殺せるのなら、俺にだってできる。

 いつまでも、子ども扱いをするな。

 怒鳴り合い、殴り合い、最後には、贈られた短剣を握りしめ、飛び出した。

 絶対に、成功してやる。

 自分を否定した両親を見返してやる。

 そう、心に決めて。

 馬鹿だった。そう、少年は心から思った。

 両親が言っていることが正しかった。言葉も説明の仕方も最悪だったが、経験からくる事実は、紛れもない正論だった。

 ごめん、そう心の中で謝罪する。

 両親は自分たちがただの村人だと知っていた。そして、子もまたただの村人だった、と。わかっていなかったのは自分だけだった。

 先頭のゴブリンの手が、諦め、目を閉じて震える少年へと、伸ばされた――。












「マッスルゥ……ッ!!」

 突然響き渡る声。

「パァゥゥワァーーーッ!!!」














 カァアアアアアッと眩い光。

 もしも目を開けていたのなら、咄嗟に閉じただろう。けれども少年は死を覚悟し、硬く目を閉じていた。瞼の裏に感じた光に、思わず僅か、目を開く。

 薄らと開かれた目。その目で見た。

 ギ、と僅かな鳴き声を上げ、眩しさに目元に手をかざし、光の方を見るゴブリン達。そのゴブリン達の向こう、歩いてくる男の姿。

 フロント・ダブル・バイセップスを決めながら歩いてくる、男の姿。

 男は一度立ち止まり、ゆったりと腕を下ろすと、かかとを拳一つ分空け、つま先を僅かに外に向ける。

 腹部はしっかりと凹ませ、胸を張る。

 両腕を肩に対して水平に保ち、上へ向かって九十度ひじを曲げる。そして手首を後ろ側に回して力こぶをつくり出し、上腕二頭筋を強調した。

 完璧なフロント・ダブル・バイセップス。

 ナイスカットと叫びたくなるほどの筋肉の筋。いや、キレていると言うべきか。いやいや、その前にバルク――筋肉の大きさ――を褒めるべきか。

 まるでチョモランマのような上腕二頭筋に、なんと呼びかけるのが正解か。うっかり少年の中で激しい議論が投じられた。一瞬、三角チ○コパイ……と謎の言葉脳裏をよぎる。

 あまりに太いその腕は、少年の腕を二本まとめたところで、おそらく楽にはみ出すだろう。あれは、肩から生えた足だったのかもしれない。いや、違う。光の中、見えるその褐色の腕はそう、少年の腹部よりもありそう、そう言われても納得できそうな太さ。

 もうどこから褒めればいいのかわからない。圧倒的な塊。それはまるでチョコマウンテンなのか、肉マウンテンなのか……。

 ああ、筋肉って、あんなに大きくなるんだな、と一蹴回って普通の結論に至る。

 酒場で見たことのある、冒険者が己の筋肉を誇る姿。その時みた腕は丸太のようだ、と言われていた気がする。だが、今、少年は声を大にして訴えたい。お前ら、丸太に謝れ。あれこそ、丸太だ。いや、あれはもう、丸太も裸足で逃げ出す。

 男から溢れる光が、増した。場合によっては「目が、目がァアア」と叫びださないとならないほどである。

 そこまできっちりこなした後、再び男の歩が進む。

 茶褐色の肌。

 体の筋肉を魅せるため、余分な布地はいらないとばかりに大事な箇所しか隠さない、清々しいまでに面積の少ない、ぴっちりとした黒のブーメランパンツ。

 きらりと煌めく頭部。

 本来静止した状態でとるポージングを上半身だけは綺麗に保ったまま歩きながらも、足の筋肉を強調することは忘れないこだわり。

 不自然な笑顔、と言われる、実際はさわやかな表情を意識しながらも、力を込める事によって浮かぶ表情。

 完璧なポージングをキメながら、大股で近づいてくる男。

 正直あそこまで仕上がった体で、あれほど容易くツトツト歩いてくるのは本来不可能だとしか言えない。不可能を可能にするあの男こそ、化け物中の化け物だと言われても、誰もが納得するだろう。

 マッスルに対抗できるのはマッスルのみ。それは覆すことのできない、この世の真理。

 ゴブリン達は反射的にフロント・ダブル・バイセップスを返そうと、足をキメ、両腕を上げるも、男の完璧な肉体の前に、貧相なその体では相手にならない。

 なるわけが、ない。

 男から溢れるマッスルを極めた者にだけ発することができるという光に浄化され、灰となり、風に飛ばされ消え去った。

「ぬるい、ぬるい、ぬるぅい! 貴様たち、筋肉への愛はあるのか!? 美しい筋肉とは、一日にして成らず!! その程度で私と同じ土俵に立とうなど、ぬるすぎぃるっ! 今一度生まれ変わり、鍛え上げた肉体となって出直してこい!」

 男はポーズをとるのを止めると、腰に手を当て高笑いをあげた。

「私は筋肉を愛する者の挑戦を、いつでも受け入れるぞ!」

 既に浄化され、この世から消えたゴブリン達には聞こえないというのに、高らかに宣言した。

 うっかり一緒に浄化されそうになっていた少年は、ハッとしたように男に縋り付く。

「あ、あのっ助けてくれてありがとうございますっあのっじ、実は、他にも仲間がいてっ」

「皆まで言うな、少年よっ!」

 広げられた右手。

 ずびしぃっと音が立ちそうなオーバーアクション。

「奥にあったゴブリンの巣は既に殲滅済みだ! 私に敵う筋肉愛はいなかった!」

 腰に両手を当て、大きく頷く男。

 少年はゆっくりと瞬いた。

「君の仲間は他に四名。皆似たような年頃の若い新人冒険者。相違ないな?」

「あ……はい……」

 ブーメランパンツの中から取り出した紙を手に問いかけられ、戸惑いながら頷く。

 少年の意識は、あの、ぴっちりとした、面積が少なく、大事な箇所しか隠れていないようなブーメランパンツのどこから、あのサイズの紙――わかりやすく言うとA4サイズ――が、しかも丸めた筒状の状態で出て来たのか、ただそれだけに集中していた。

「では問題ない。全員保護済みだ。精神的な疲労が大きいため向こうで休憩している。依頼内容のゴブリンの巣を殲滅する、だが、私が行った為、申し訳ないが君たちは依頼失敗となる。まぁ、生きていれば次がある。これを経験に、もっと筋肉を鍛えたほうが良いぞ!」

 ずびしぃっとサムズアップを決める男は、先ほどまでの不自然な笑顔ではなく、自然な笑みを浮かべていた。

 茶褐色の肌に、輝く白い歯が眩しい。

「い、いえ……俺、あの……村に帰ります。俺は、冒険者に向いていません」

「ふむ、そうか。それもまた、一つの選択だろう。実は、君の仲間たちも村に帰るそうだ。冒険者登録解除の依頼を受けた」

 ブーメランパンツの中から、更に四枚の紙が取り出される。

 男の言うとおり、仲間となった少年たちの署名付き依頼書。既に支払い済み、となっている。

 少年はその金額を確認し、腰に下げていた布から銅貨を三枚、取り出した。

 少年の全財産。これを支払えば、少年は短剣以外、本当に身一つで故郷の村まで帰らねばならない。それでも、迷うことなく男へと差し出した。

「僕も、お願いします」

 男はそれを受け取り、しっかりと頷いた。

 先に取り出していた紙五枚、綺麗に筒状に丸め、ブーメランパンツへと収納すると、丸めてもいない、皺ひとつない、綺麗な用紙を一枚。それと、木炭をペン状に削った物を少年に向かって差し出す。

「では、契約書を書いてもらう」

「あ、すみません。俺、字が書けないんです。なんとか読めはするんですけど……」

 そのブーメランパンツの収納はいったいどうなっているのだろう。その疑問をごくりと飲み込み、弱弱しい笑顔を貼り付ける。

 男は少年の様子にさして気にした様子もなく、さらさらと紙に契約内容を書き、確認のために少年へと差し出した。

 少年にもわかるように簡単な言葉だけで書かれた契約書。先程見た四人のものと同じ。他の四人も同じように男に頼んだのだろうな、とどこか遠くで思う。

 最後に少年の名前を記入してもらい、契約は完了した。

 契約書は、ブーメランパンツの中へ。

 色々と取出し、収納される割には何一つ変化のない真っ黒いブーメランパンツを凝視し、少年は悟った。

 ああ、俺、冒険者に向いてないわ――。




◆◇◆◇◆◇◆◇




 あれから僕は故郷に帰りました。

 勿論、僕も、僕と一緒にチームを組んだ面々も、お金なんてありません。『彼』はきっとそれに気づいていたのでしょう。ついで、と言いながら全員をそれぞれの村まで送り届けてくれたので……。

 おかげで今こうして自分の村で村人をやっていられます。

 そうでなければ今頃きっと、浮浪者や野盗に身を落としていたかもしれませんね。

 『彼』には感謝しかありません。

 一度現実を見た僕は、両親に土下座して謝罪し、自分が学んだんだということを伝えました。

 両親は僕を泣きながら抱きしめ、無事に戻ってきてくれたことに、ありがとう、と言ってくれたんですよ。

 こんな馬鹿な息子なのに、無事に戻ってきてくれて良かったって。

 ああして両親の想いを知れたのも『彼』のおかげです。

 僕は心を入れ替え、自分の在るべき場所で、できることを精一杯することを誓いました。その甲斐あって、今では立派な村人をやっています!

 僕は今の自分に誇りを持ち、胸を張れますよ。

 毎日畑を耕し、家畜の世話をし、季節ごとに森や川の恵みを得に行く。そうして村の皆で分け合い、協力して暮らす日々です。

 そうそう、少し年は離れていますが、妻も貰いました。

 年下で、気が強いですけど、とても素敵な人です。昨年産まれた娘の面倒をしっかり見てくれます。出産や、夜泣きの時期なんかのことを思い出すと、とくに頭が上がらないですよ。

 本当に、あの頃の僕はいったい、村の何を見ていたんでしょうね?

 適度に平和。

 無理せず助け合えば、食う物にも、着る物にも、住む場所にも困らない。

 安定した生活。

 可愛い嫁に子供。

 その全てを得られる場所なのに。

 でもこうしてこの生活に感謝できるようになったのも、本当に『彼』のおかげです。

 『彼』には感謝しかありません。

 いつか『彼』に会えたら、あの時の、そして今までの、感謝を伝えられたらと思います。

 ……僕の話は以上です。

 どうでしょうか? お役に立てましたか?

 ……。それは良かった。

 いい記事を期待しています。

 ……はい、それでは。








――以上が村人A氏からの証言である。

 A氏はフロント・リラックスのまま、五時間にも及ぶ取材に応えてくれた。

 A氏が語る『彼』はまさに冒険者の鏡のような姿だ。けれども、注意してほしい。A氏はたまたま幸運だっただけ。A氏のように九死に一生を得る新人冒険者は、全体の1%にも満たない。幸運に恵まれなかった者にあるのは、死、のみだ。

 『彼』に憧れた新人冒険者諸君、これから冒険者を目指そうという諸君。貴方方全員に伝えたい。

 冒険者、とは命の危険と隣り合わせの、非常に危険な職業だ。安易に選んではならない。それに、冒険者になったからと言って、何の根拠もない自信を胸に、無茶な依頼を受けてはいけない。

 『彼』だって初めは駆け出しだったはずだ。『彼』は既に十年以上もの経験を積み、今があるのだ。

 重ねて言う。A氏は本当に幸運だった。そしてその幸運はけして簡単に手に入る奇跡ではない。

 冒険者になるのならば、必ずギルドの案内に従ってほしい。『彼』に憧れるのならなおさら。

 下積みで土台を作り、繰り返すことで経験を得る。これは、とても大切な事なのだ。

 筆者は願う。

 『彼』に憧れるあまり、安易に、短絡的に、身の丈に合わない行動を行い、命を落とす若者が減ることを。


著・ライターA  『世界にこにこ毎日情報通信』

すみません。

筋肉が好きなんです。

それだけは本当です。

魅せる筋肉も、実用用の筋肉も、どちらも好きなんです。

ついでに言うと、掛け声も好きです。


なお、この作品を読まれた方にお願いです。

魅せる方の筋肉は、非常に燃費の悪い筋肉です。

作中のようなことはできません。

リラックスと名がついていても、実際には一切リラックスしてません。全身に力を入れているポーズです。

魅せる筋肉で五時間もキープできないと思います。

うっかり、筋トレして魅せる筋肉つけたから、と試さないでください><;

お願いします!!



2019/11/23 加筆修正

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