星座は星の集まり、あるいは芸術
この世には、たった二つだけ、たった二つだけではあるけれど、知性を持つ生物がいるのです。生命体が、ただ日常を生きているのです。
二つの生物群は、《星系》という集まりに位置しています。二つの星系は二、三の星系を挟んで隣り合っているので、とても近い位置にあると言えます。
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宇宙空間を漂う、不可思議な物体が一つ。見るからに人工物という感じです。
その輝かしい人工物は、コミュニケーションツールとして、一方の星から、《八十年》くらい前に打ち出されたものです。
生物の基準からは、途轍もなく長く感じられるような時間を経て、それは目標地点に到達しました。
ついに、というのでしょうか。もしかしたら、やっとの事で、というのかもしれません。それは念願の望みを叶えました。
しかし——現実は甘くないのです。人工物の打ち上げ主は、少しだけ、いや大幅な誤解をしていました。
『得体の知れない物体が浮いているのを発見致しました。人工物だと思われます。透過探知によると、危険度は2.6です。回収しますか』
『ああ、回収しろ。我々の技術力向上に繋がるかもしれん』
『はっ、承知致しました』
彼らは十分に発達した科学力を持っています。それはもう、神ですら驚嘆の笑みを浮かべるほど。
彼らの発展は、限界がありません。新たな航法を発見し、複数の銀河を越える方法を開発しました。
『おう、お前ら、進捗はどうだ?』
『あ、だいたい解析できました。見ますよね。これです、ご覧ください』
彼らは、人工物に込められた多くの情報を読み取ることに成功しました。ほんの数日でです。優秀な生物たちなんですね。
空中から、まるでそこにスピーカーが置いてあるかのように、音が流れ出しました。
『むう? なんだ、これは。音の集合?』
綿密に噛み合わさった音の歯車。 それは美しい音楽でした。高名な作曲家が作ったものなのでしょう。数学的な、完成された美とも言えるものです。
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いつか、こんなことがありました。もう何年も、何十年も、下手したら何万年も前のことです。
ある賢者が学者に尋ねました。
『それならば、あなたは星座についてどうお考えなのですか? 私の意見を否定するということは、しっかりとしたお考えがあるのでしょう?』
『ふむ。考えとな。あるともあるとも。まだ学会では認められていないが、わたしは、「宇宙の星々はなんらかの爆発的エネルギーによって配置された」と考えておりましてな。星々の配置はその時に決まったもので、配置には意味など無いと思っているのだよ。無論そこに因果関係というものも無い。で、賢者さん、今一度あんたのご意見を教えて欲しいのだが、よろしいかね』
今度は、賢者が答える番です。
『なあに、私は単に、意思を持つ何かが動かしたのだろうと思っているだけですよ 』
『それがよく分からない。そんなことが出来るわけないし、出来るとしても何の為なんだ』
『それが分かったら苦労しませんよ』
『そろそろ観念したまえ。目的が分からんのに、立証できるわけなかろう』
結局、賢者は学者をけむにまき、はっきりとした返事は出しませんでした。が、実は彼は正しかったのです。
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音の集合は、彼らには何ら不必要なものでした。彼らの聴力は、もう一方の生物に比べ、劣ったものでした。音の聞き分けに関しては、もう一方の生物の二十分の一程度だったのです。さらに、彼らの感性は、音楽に気を惹かれませんでした。
故に、彼らが音楽を愛する文明を訪ねることはありませんでした。会っていれば、この世をより理解する結果になったかもしれないのにです。彼らは、会いに行ける技術を有していたにも関わらず、自分たちより科学力が低く、違う感性を持つ生物に関心を抱かなかったのです。
と言っても、彼らが芸術に無頓着だったのではありません。むしろ、感性豊かな生物だと言えるでしょう。
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宇宙船が、遙か彼方の恒星にくっつきました。宇宙船は、その燃え盛る星に特殊な操作を施して、数万キロどころか数光年の距離を移動させることができます。今回は、横に二千キロという、調整作業だったようです。作業はすぐに終わりました。
宇宙船は帰っていきます。自らの故郷に。
『どうだ? なかなかの出来じゃないか?』
『ああ、勿論だとも。それは、今回の個展でも目立った。高い評価を得たぞ。これで当分は暮らしていける筈だ』
『おう。そりゃありがてえ。モチベーションも上がるってもんだ』
彼らの芸術は、皆が見るものです。皆が見て、その芸術に目を奪われます。それは癒しとなり、人々の生活を彩っています。多くの人が見るものですから、芸術家に対する報酬は、国や世界が払います。今日、彼らの収入は支出を上回ると決まったそうで、めでたい限りです。
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『政府が、謎の人工物を生み出した文明の発展レベル
の推測を発表しました。文明は、まだ核技術の発展していない段階にあり、我々を大きく下回っています。人工物の中身には、複数の言語による挨拶、科学技術についての記述、音の連なり、が保存されていました』
ニュースが流れ、視聴者達がざわつきます。
『他のは分かるけど音の連なりってなんだ?』
『音の連なりは音の連なりだろ』
『いやさ、それは分かるよ。そういうことじゃなくて、音の連なりってどういうことだ? なんのためにそんなものを送ったんだ?』
『んなの分かるかよ。送った奴らに聞け』
またニュースから情報が流れます。
『ゑウグレ、リヰンらの共同制作が、90%の支持率を得て、保護星座に登録されました。保護星座が登録されるのは実に二年ぶりであり、星座界に新風を吹き込むことになるでしょう。我々は取材を行うことに成功しました。ではご覧下さい。……』
★★★
広大な世界に住む、二つしか存在しない知的生命体は、それぞれの芸術を知っています。
一方の生物は、音の羅列を《音楽》として愛しています。科学力こそ発展途上ですが、異星人を探す意欲があります。
もう一方は、星の羅列を《星座という芸術》として愛しています。科学力こそ発展していますが、異星人に興味がなく、自分たちの綴じた世界に引きこもっています。
かくして、彼らが出会うことは、文明の誕生から、数万年後に起こる終局まで、一度たりともありませんでした。
非常に残念なことに。
出会わなかったことと同じくらいには、兇変による破局が起こってしまったのも残念ですが。