第五話 獣人の少女
林道を馬の規則的な足音が地を太鼓で叩くような音を奏でている。
「おーい、もうすぐ村に着く頃だぞい。そろそろ支度を始めてくれ」
手綱握って馬車を引いている、行商人が荷積みに声をかけると、中に居たアルがゆっくりと目を覚ます。
荷積みの中は薄暗く、戦闘の後だったこともありアルとシルヴィは知らずのうちに眠ってしまったのである。
アルは荷積みの布をかき上げ、ふと空を見上げてみると、すっかり朱色に染まっていた。あのあとから結構な時間が経ったことがうかがえる。
やっと長い林道をこえるとそこには、草原の丘が広がり、畑がちらほら存在している。ここの地域では緑豊かな土地なため、澄んだ空気が漂っている。時折、風が吹くごとに草の香りに交じり、かすかな果実の香りが鼻をくすぐる。
スルーズ村は人口がル・ロンド村よりもやや少ないが、農業が盛んなことで有名であり、ここで収穫された野菜や果物は市場でも多く流通しており、新鮮さと素材本来の質が高いことで有名である。
アルは隣で静かに寝息を立てているシルヴィの肩を叩いて起こす。シルヴィは人よりも感覚が鋭いためか、すぐに起き上がる。
「アル、どうかしたのですか……。ああもうすぐ村に着くのですね。すみませんうっかり寝てしまいました……」
と謝罪を述べるシルヴィをアルはなだめ、身支度を整える。必要なお金と装備を装備し、二人は馬車を降りる。
そして、馬車で村まで連れて行った、行商人と少女にお礼を言うと
「それでは、あっしらはここらで。では、また会えたときはよそしくお願いたしやす」
「おねえちゃんたち、またねー」
馬車から二人は降ろしてもらい徒歩で村へと歩き出す。
村の門を開け、中に入るとそこはのどかで平穏な雰囲気な村であった。
人々が話し合っていたり、市場で野菜を売っていたり、中には農業を営んでいるであろう人もちらほら存在していた。
ただ普通の村と唯一違う点は獣人が多いことである。
獣人というのは動物などのの頭部と人間の身体を持つ、いわば半獣半人のことであり、遙か昔には差別されるような時期もあったのだが、英雄の活躍により今は他種族と同じ地位を確立させている
元々獣人というのは、普通の人間よりも筋肉や嗅覚に優れており、農作業というのは重労働のため人間に代わり獣人が担っているというわけである。嗅覚の点については、嗅ぎ分ける能力が高く、素材の善し悪しを判断しているのであった。
アルはこのことをシルヴィに伝えると、彼女はなるほどといった顔でうなずく
「とりあえず、村に着いたら宿を探すことにしよう。寝泊まりできる場所とあとはそうだな……せっかくここまで来たんだしおいしいものを食べたいな」
「確かに、そうですね。ここの地域でとれる果物や野菜は絶品と評判です。
話していると、
「ねえねえ。おにーさん達、この村にくるのはじめてなの?」
不意に少女が二人に対し話しかけてくる。
少女の姿は頭に犬の耳のようなものが生えており、肌はシルヴィのようなエルフの肌と違いやや小麦色をしている。お尻には尻尾も生えており、手入れがされているのかふさふさとしていて見ていて触りたい衝動に襲われる。
シルヴィは他人に慣れていないためか警戒した様子で居たが、アルは手をかざし
「恥ずかしながらそうなんだ。俺たちは王都に向かう予定なんだが、良かったらここでおいしい宿屋か酒場とかあると嬉しいんだが」
「王都に……。」
少女は少し沈黙する。何か不可解な点でもあったのだろうか、アルは聞き出そうとするも少女はハッとした顔を浮かべ
「あーごめんごめん。たしか、ご飯がおいしい店だったよね。だったらうちに来なよ。割引価格でお招きするよー」
と快活な声で誘われる。
「あたしの名はエレノア、宿屋カンパネラの看板娘をやってるよ。おにーさん方は?商人さんの馬車から出てきた風に見えたけど」
「ああ、そこまで見えていたのか。俺の名前はアル、後ろの彼女はシルヴィという。よろしくな」
アルは彼女と軽い握手を交わす。彼女の手は体温が少し高いためか、じんわりとした暖かみを帯びていた。
そして、先導を歩く彼女につられ、二人は宿屋カンパネラへと目指す。
宿屋の前まで来ると、そこは少し古ぼけた様子の店であった。木の板で補強した後やペンキが少し剥がれており、素人目から見てもあまり繁盛している店ではないことがうかがえる
まさかと思い、アルはエレノアに対し問いかけてみる。
「……。まさかと思うけど、もしかしてここが君の店……なのか?」
「そうだよ。まあ店の外見はあれだけど、うちの料理は絶品なんだから。ちょっとまっててね」
エレノアは店の前に二人を残し店の中へと消えていく。アルは驚きを隠せずに呆然としていたがシルヴィの方はお腹がすいているのだろうか、少し待ち遠しい様子でそわそわとしていた。
数分後、バタバタと元気な足取りでエレノアが二人の前まで走ってきて
「準備できたよー。さあお二方、入って入って。いらっしゃいませー」
元気な声でお呼ばれされ、店の中に入り部屋へと案内されると、内装は木造建築ながらも棚やベットは綺麗に整頓されており、外の様子よりも過ごしやすい作りになっていた。
「一泊二人でおよそ銀貨6枚だね。本当は10枚くらいが妥当だけど、初回割引ってことですこしおやすくしといたよ」
「結構安いな、二日間あたりここに滞在したいから、12枚払うよ。」
といいアルはエレノアに12枚の銀貨を渡す。
「まいどありー。おにいさん、結構なお金持ちだね。代わりと言っちゃあれだけど、料理は腕によりをかけるよ。そこのおねえさんも、もう待ちきれないみたいだからさ」
不意にお腹の音が鳴り、シルヴィは赤面していた。(たしか、初めてアルの家に来た日も彼女は食いしん坊だったようなとアルは思い返す。
二人が一階のテーブルに着き料理を待っていると、シルヴィは不意にアルに問いただす。
「アル、この店おかしくはないですか?」
「ん、おかしいとはどういった意味だ。確かに店の外観はあれだったが、部屋や内装は十分だとは思うんだけど」
「いえ、そうではなくて。足音が彼女一人なんですよ。つまり、今この場にいるのは私たちと彼女だけなんですよ」
アルは周りを見渡すと、従業員の姿は見当たらない。
そもそも、部屋案内や料理の支度などは別々の人間がやるべきことであって、彼女一人が請け負う仕事量ではない。
「たしかに、何か込み入った事情でもあるのだろうか……」
考え込む二人だったが、むやみな詮索は良くないだろうと考え、考えを放棄する。
するとそこへ、料理を運んできた彼女がやってくる。
「はい、おまちどうさま。野菜スープとビーフシチューの二人前。ライ麦パンがあるからそれに付けて食べるといいかな」
料理が出され、二人は目を輝かせずには居られなかった。村を出てからは携帯食料と山菜などを食べ続けてきたため、こういった料理を食べるのは久々であったためだ。
両手を合わせ「いただきます」といったあと、一目散に、料理を食べる。舌と奥歯で食材の味を味わい、エレノアの料理の腕は確かに高いことを二人は知ったのである。
「エレノア、君はすごいな。素材の味が引き立ててあり、調味料によって味に深みが出てる。あとライ麦パンは手作りなのか、あつあつでふっくらしている」
「私はこの野菜スープがすごく好きです。いい腕ですね、エレノア」
アルとシルヴィは少し大げさに褒め称えている。
「いやー、そんなに褒められると、むずがゆいね。あんまり慣れてないからね。ゆっくり食べてていいからね」
運び終えたエレノアはカウンター席に腰を下ろし、頬杖をつきながら二人の様子を見ている。
二人が料理に夢中になっていると、店のドアからドンドンとした重い音が響く。その音を聞いたエレノアは少し暗い顔をしはじめ、
「あー二人はここで待ってて。食べ終えたら、そのままにしといて。後で片付けるから」
といい、店の前まで歩き出す。
さきほどまで元気に振る舞っていた彼女が、なぜ暗い顔をしはじめたのか気になっている様子であったがその理由を知るのは彼女が出てすぐ後のことであった。
――……!
なにやら荒々しい声がドアを伝い、部屋にかすかな音として伝わってくる。アルには何かあったのかわからず、窓に掛かっているカーテンを少し開け、外の様子を覗く。
エレノアの目の前には二人の男の姿が映っていた。
一人目は人間の男であり、なにやら高そうな格好に身を包んでいた。もう一人は大柄な獣人であり、体つきを見て多分用心棒なのだろうか、背中には大剣を背負っている。
「うーん、何かあったんだろうけど。会話がわからないんじゃ、どうしようもないな」
「アル、会話の内容を聞きたいんですか?私の魔法でなら聞くことは可能です。やってみましょう」
彼女は麻袋から青い魔石を取り出し、呪文のようなものを唱える。すると指先から淡い光が輝き、それを自分自身の耳にあてた。
「ヒアリングという魔法です。聴力を一時的にですが増幅することができて、遠くの音や会話などを聞き入れることが出来ます」
魔法の使えないアルに対し、説明を続けながら、シルヴィは片手で耳を押さえながら、目を閉じ静かに聞いている。アルはすごいなと感心しながら、無言で食事を食べていた
しばらくすると、
「……大体把握いたしました。なるほど、そういうことだったのですね」
シルヴィはゆっくりとまぶたを開いた。
「元々、この店は両親と従業員と繁盛していたそうです。ですが3ヶ月前に両親が病死してしまい、この店が存続危機に陥りかけている状況になっているのです。そして、彼らは資金の取り立てに来たそうです」
「ああ、店の相続権のことか。そうか、つまり彼女は商会ギルドの申請をしてないのか」
商会ギルドというのは、その名の通り商売人には欠かせない業者でありそれに属さなければ店舗経営は出来ないという国全体の法律で定まっている。
これは、エレノア側が分が悪い
「彼女の両親も不治の病で……ですか。まさか――」
とシルヴィは考え込む表情を浮かべる。そして、アルは両手を合わしごちそうさまと伝え、金貨袋に入っている金額を確認し、アルは席を立った。