第三話 休息そして旅立ち
「ただいまー師匠いる?」
アルが家の扉を開けると、奥の方から
「遅いぞアル。どこほっつき歩いてたんだよ……んで今朝頼んだ酒と干し肉は?」
「あっ……やべぇ、忘れてた」
「なにぃ!ろくに買い物もできんのか。お前は」
アルに近寄りいつものように頭を叩こうと近寄るが
「あーまた魔獣退治しに行ったなお前。血生臭いぞ。後で風呂入っとけ」
といい戸棚からタオルを取り出し、アルの方へと投げ渡す。アルが魔獣の血を拭いてると、後ろからシルヴィが扉の前で隠れるように覗き込んでいる。
「んでその後ろにいる子は何だ?見たところこの村の住人じゃ無さそうだが......」
「ああ、彼女はエルフ族の旅人で、魔獣退治に協力してくれたんだよ」
「ふぅん……エルフねぇ……」
エルザは少し怪訝な表情でシルヴィを探るような目つきで眺める。
「まあいい。おいそこの……えーと、名前は何だ?」
「あ……はい……シルヴィです。」
「シルヴィな、了解した。私の名はエルザ=ゲネディクト。こいつの鍛冶の師匠をやっている。この部屋の奥に風呂があるから少しゆっくりしていけ」
「えっ……でもそんな悪いですし……」
「きにすんな。あとそんなボロボロの服のままじゃろくに外歩けんだろ。あたしのお下がりの服があるからそれ着てみてくれ」
「師匠のおさがりって……えぇ……」
いつもだらしない様子をみているアルにとって、可愛らしい服を想像してしまい、困惑とした表情を浮かべる。それに気づいたエルザは
「おい……今、何を想像した?内容次第じゃ半殺し決定だぞ?」
エルザは拳を固く握りしめ、戦闘の構えを取る。彼女はドワーフなので筋力が尋常じゃないため、ただのげんこつでも威力が尋常でないのである。
「すみませんでした」
すぐさま降参のポーズをとると、エルザも拳をおろし
「わかればよろしい。剣も修理してやるから見せてみろ」
といいシルヴィから細剣を受け取る。
「あっ師匠、それなんだけど。魔石の修理ってできる?」
アルは林道でシルヴィが使っていた赤い魔石の破片らをエルザに渡す。だがエルザは首を横に振り。
「剣の修理はできるが、彼女の魔石、あれは無理だ」
「えっ師匠でも無理なの?」
「あのなぁ、魔石っていうのは純鉱石が長い時間を掛けて、結晶化したものなんだ。そう簡単に作れるものじゃないんだよ。加工することは出来ても、ここまで粉砕されちゃどうしようもないね」
「代わりの魔石って無いの?」
「多分、王都かエルフの里ぐらいしか滅多に手に入らんだろうな。確か、一つくらい蔵の奥にあったかな……あたしらがお風呂に入ってる間に細剣の柄の細工済ませたらその後、探しといてくれ」
「うへぇ……雑用多いな。人使いが荒いんだよな……」
「つべこべ言うんじゃない。シルヴィちょっと来てくれ」
エルザとシルヴィは一旦外へと出て、家の少し離れに入りする風呂小屋まで歩いた。
「うわぁー。すごいです。」
見るとそこには、石づくりで囲われた大きめな浴場があり、周りは水蒸気で包まれていた。
「シルヴィはお風呂に入るのは初めてか?」
「はい。いつもは森か水辺で髪や体を洗っていたので、こんなのがあるなんて」
つかつかと湯船の近くまで寄り、おそるおそる湯船に浸かろうとするも、エルザに肩を掴まれ
「おいおい。まずは髪や体を洗ってから湯船に浸かるんだよ」
といわれ、洗面台の前に移動させられる。そこには銀の鏡が設置してあり、水面のときよりも鮮明に自分の顔や体を目視することが出来た。
「せっかく綺麗な金髪なんだ、ちゃんと手入れしなきゃな」
といいエルザは手慣れた様子で石鹸を泡立たせ、シルヴィの髪を洗っていく。シルヴィの髪は長髪なため、念入りに毛先までしっかり洗っていく。
「あのー、ここまでしてくれるのはありがたいのですが、なぜそこまで親切にしてくれるのですか?こんな何処から来たかもわからないような、よそ者である私なんかに……」
「アルからの話を聞いた限りじゃ、悪いやつには見えないからかな。困っているときはお互い様だろ?」
「それにあんたがいなければあいつが魔獣に殺されてたんだから、こっちがお礼を言いたいところだよ。本当にありがとう」
エルザはゆっくりと上からお湯をかけ、泡とともに髪の毛についた汚れなどを落としていく。シルヴィは首を左右に振り犬のように水気を払う様子を見て、エルザは笑った。
やがて二人は十分に体や髪を洗ったので湯船の中に入り、湯を堪能していた。
「ふぅ……この湯に浸かると、体がポカポカして、すごく気持ちがいいです」
「そいつは良かった。風呂に入れさせた甲斐があったもんだよ」
「あの……少し聞きにくいことを聞いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。かまわないよ」
「アルは村の人達からドワーフの出来損ないと言われていたのをお聞きしたのですが、エルザさんはアルさんのお母様でいらっしゃるのですか?」
「……いや違う、昔のあいつにも話したんだが。私はあいつの実の母親ではない。あいつはな、森で捨てられたところをあたしが見つけ、弟子として育てているのだがな」
「……そう、だったんですね」
それを聞き、シルヴィはアルに対し既視感のような感情が芽生えだしていた。ただアルの方にはエルザという存在がいたからこそ孤独ではないのだと悟った。
「あいつが村でそう言われてるのは全部、私の責任だ。だからあたしがあいつにしてやれるのは、私が今まで培ってきたドワーフの技術、知識、鍛冶などを余すことなく教える。それしかあたしにはないからな……」
「あいつの母親代わりに慣れてたら良いんだけどな」
「いえ。きっとアルもわかってくれていますよ」
「だといいんだがな。よし、そろそろ上がるか」
風呂から上がり、エルザは自分の部屋へシルヴィを連れ出すと、着替えをし始めた。
アルはとりあえずお茶でも飲みながらゆっくりしていると二人がやってきた。
「じゃーん。どうだカッコいいだろ」
シルヴィの服は軽装であるが、胸元には甲冑が備えられていた。見るからに冒険者という服装になっていた。
「お、おう......すっげぇ冒険者っぽいな。可愛いと思う......ぜ?」
アルは内心、シルヴィの服に心を打たれたのだが、それを悟られまいと強がり混じりにそう答える。
「おいおい女性の服に対しての感想があれなのは我が弟子ながら失望するが。まあ、あながち大外れでもない感想だな」
エルザがシルヴィに着せた服の解説を喋りだす。
「前の服はただの布生地だったし急所を狙われたらひとたまりもないだろ?一応この服は防具としての機能も備わっているから打撃や斬撃も若干なら耐えられる仕組みになっている」
といいシルヴィの胸のあたりを叩くとゴンと鈍い音が鳴るが身体に痛みは無いため強度はそこそこあるようであった。
「細剣を使うってことで機動力重視にするため余分な鎧や布生地を減らしてみたんだが違ったか?」
「いえ、そんなことないです。武器を見ただけでそんなことまで分かるんですか?」
「まあ、ある程度ならな。あたしって天才だし」
と大きい胸を背中を反り。見せびらかす。シルヴィは自分の胸を眺めつつひとりでに落胆する。
「それと細剣の方だが、だいぶ使い込んでいたためか結構刃がぼろぼろだったな。研いでおいたから前よりもだいぶ使いやすくなっていると思うぞ」
「ありがとうございます」
「今。アルが細剣の柄の方の細工をやっている。見ていくか?」
「あっはい。ぜひ見てみたいです」
工房に着くとアルは集中して柄の細工を行っていた。あれはおそらく鍛冶スキルの一端なのだろうか、長い棒状の銀が彼の手によって変形し、まるで生きているかのように形を生み出していた。そして彼は形だけではなく、今度はノミや彫刻刀を工具から取り出し、丁寧に彫っていく。
ただ室内は金属を乾燥させるため、高温であり、ちりちりとした熱さが肌にちらつき、額からは汗が顎を伝う。あの状況下で集中を途切れずに作業するのは容易でないことを身体が証明している。
そしてしばらくすると。
「よし、出来た。こんな感じかな」
アルが珍しく上澄ませながら声を上げる。
「おお、こりゃいいね。銀の扱いに関してはもはや言うことなしだね、これは」
とエルザは、つぶやき混じりに言葉を溢す。
「柄ってこんなふうに作られているんですね……知らなかった」
アルは柄を補修した細剣をシルヴィに手渡す。前見たときは若干曇りや細かい傷跡などがあったが、今ではもう新品同然の輝きを取り戻している。
「よし。最後は……肝心の魔石だな。あるといいが……」
といい三人は工房を後にし、外れの倉庫へと向かった。
蔵の中は普段あまり使い込まれていないのか、埃にまみれており、シルヴィは思わず咳き込んでしまう。エルザがはしごを取り出し、エルザが下で支え、アルが登ってしばらくすると。
「おーい、師匠。それっぽいの見つけたけど。これか?」
「そうそう、これだよこれ。あーでも赤の魔石じゃないな……」
アルが持ってきたのは、シルヴィがかつて魔獣と戦っていたときに細剣に付けていた赤い魔石ではなく、ほのかに青色に輝いている青い魔石であった。
「あー赤い魔石じゃないのか......まあ仕方ないか……」
とエルザはボリボリと頭を掻きながら苦悶の表情を浮かべる。
「シルヴィ、青の魔石扱えるか?」
「あ……はい。応急処置や水分補給のための魔術ぐらいなら既に会得しております」
魔石というのは便利な魔術が扱えるがゆえに様々な制約があり、その一つは色と魔術が一致していないと扱えないという点だ。シルヴィは火の魔術を扱っていたがそれは剣にはめられていた魔石が赤であるため、火系の魔術が扱えていたのだ。それぞれ色別に赤、青、黃、緑とあり、火、水、地、風という区分けがなされている。これらを四大元素と称している。
原則的に二色あたりなら習得は可能ではあるものの、すべての色を習得したものはいまだおらず、高位のエルフでさえ三色が限界とされている。
「なら、いい。ほれ、原石がラピスラズリ鉱石だからそんなに良いものではないが」
エルザは青い魔石をシルヴィへ手渡す。
ラピスラズリは宝石の中でも半貴石という位置づけにされており、希少価値がそれほどでもなく、硬度も低くく、価格も宝石の中ではあまり高くないものというのが一般的である。
「え……そんな。お風呂や修理までして頂いたのに、魔石まで……」
「いいんだよ。私らにはめったに使うものじゃないし、頻繁に使ってくれる人のほうが魔石にだって本望だろうよ。そろそろご飯にするか」
というと腕をくるくると回し始め、調理場へと立つエルザ。調理に準備運動は必要なのかと疑問が湧くのだがそれは調理後に知ることとなる。
「ほい。いっちょ上がりぃ。イノシシのから揚げだよ」
出る料理が尋常じゃなく多いのであった。そしてその大半を食べるのがエルザ本人のため、ものすごい食欲である。ドワーフ達は筋力が高いがその分一日で消費するカロリーも高く。人より多く食べて人より多く仕事する体質なのである。アルは一般男性が食べる量に対し、エルザはその約二倍は軽々と平らげてしまう。
その光景を初めて見るシルヴィは目をまん丸くさせ唖然としていた。
「ほらシルヴィも食べな。あんたもいっぱい食べて大きくなるんだよ」
盛り分ける量も多く、見た目は豪快であったがひとくち食べてみると、意外と美味しく。箸が止まらない美味しさであった。シルヴィは山菜や薬草などを主に食べていたため、このような食事をとる事自体、稀なことであった。
そして皆が食べ終わり、エルザが酒を飲み始めたため、アルとシルヴィは皿洗いをしていた。
「ごめんな、シルヴィ。逃げやかでうるさかったろ?」
とアルはシルヴィをやや心配した様子で尋ねるが、シルヴィは首を横に振り
「いいえ。エルザさんにはとても良くしてもらいました。感謝してもしきれないくらいです。
「おーいアル?師匠を何だと思ってる?こっちで叩かれたいのかい?」
といい睨みつけられる。シルヴィはくすくすと笑い、アルもまたこの空間が好きになっていった。
洗い物が一段落つくと、エルザは二人をテーブルへと座らせ今後のことについて話しだした。
「んで、シルヴィはこれからどうするんだい……行くあてはあるのかい」
「……とりあえず。この村を出ようと思います。王都へ行き私には為すべきことがあるので……」
「一人で行くのかい?王都はここからだと相当な距離だし、魔獣などもいるから危険が多い。あまり勧めたくはないね……」
「でも……どうしても行かなければいけないのです。」
「一つ私からの提案なんだが。アル、お前もシルヴィに同行して王都へ行ってこい」
「……ええっ!?なんで」
「こんな女の子一人で行かせられるわけないだろ。お前は魔獣退治だけは得意なんだから、シルヴィを守れるだろ」
「そうだけど……」
「あとお前、ギルドカード申請まだだよな。確か自分の工房持ちたかったんだろ?王都へ行って、鍛冶ギルドへ入会すればお前の夢も近づくだろうよ。向こうには優秀な鍛冶師もいるし色々学んでこい」
「なあにお前もそろそろ十八歳だ。可愛い子には旅をさせよともいう言葉もあるしな。店のことは心配するな。お前にはこれからの未来があるんだ。」
「師匠……」
師匠の真剣な眼差しに根負けし、アルはこの村から旅に出ることを承諾した。
「よし、そうと決まれば寝る準備だな。シルヴィ、ベットはアルのを使え。アルお前は座って寝ろ」
「……へいへい。了解いたしました」
「今日は早めに寝ろよ―。明日は早朝だからな」
ソファで酒瓶を持ってるエルザをよそにアルとシルヴィは二階へと上がり、アルの部屋へと案内した。
アルの部屋はそこそこ綺麗にまとめてあり、シルバーアクセや銀細工の商品が飾られていた。
「アルは銀細工が得意なんですか?そういえば戦闘時や細剣の柄も作っていましたよね」
「ああ。鍛冶はあまりうまくないが、銀細工だけは得意かな。師匠にも褒められたこともある。工房を持つことにしたらそれ専門の店にしようかと考えている」
「ベットは朝方に洗った後に天日干ししてあるから、ふかふかだと思うけど嫌だったら言ってくれ」
シルヴィはベットを見つめるとダイブするように飛び乗った。するとふかふかの感触が肌で感じることが出来、日光と森林の心地よい香りがほのかにしていて気持ちが良い。
ベットがお気に召したことを確認したアルは部屋のランプの光を消し、寝る準備をする
シルヴィは毛布を被りながらアルの方へ向き、やや心配そうに話しかける。
「私と王都へ行く話……本当に良かったのですか?……無理してませんか」
「ん……ああいいんだよ。師匠も言ってたろ?王都に行くのに俺にも理由ができたんだから何も気を追う必要はないよ。タイミングが良かったのかもしれない」
「あの時、魔獣に襲われたとき、俺は死んだかと思った。あの感覚を多分忘れられないと思う」
「それは私も同じです……なんか似た者同士ですね私達」
「そろそろ寝るか。明日は早いだろうし、長旅になるだろうしさ」
「ええ。じゃあおやすみなさい。アル」
「ああ、おやすみ、シルヴィ」
こうして波乱の一日が終えたのである――
翌朝の早朝、日がまだ少ししか出ていないため少し肌寒い風が吹くが天気は快晴。
薄暗い部屋の中でアルは旅で必要になるものや、食料などの荷造りをし始める。
だいたい必要なものを揃えつつ、鍛冶道具も忘れずに詰め込んでおく。鍛冶職人にとっては誇りそのものであるからだ。
部屋を出て、玄関を抜けるとそこには旅の支度を終えていたシルヴィの姿と大きな布袋を持っているエルザがそこにいた。
「あとこれ。持っていきな」
エルザから渡された布袋を開けるとそれは本物の剣であった。今までの自分が作ってきた試作品などとは比べ物にならないくらいの逸品であった。
「いつまでも壊れやすい剣ばっか使ってて死なれちゃ困るからね。それに今のお前ならこいつだってうまく使えるだろうよ。あたしの期待を裏切るんじゃないよ」
「ありがとう師匠。おれ、頑張っていつか自分の工房を持てるようになってみせるよ」
「おう。期待してるぞ。愛弟子よ」
といいアルはエルザに頭を髪がくしゃくしゃになるまで撫でられる。少し乱暴だが、それ以上の愛情をアルは感じていた。
「行ってくる。師匠」「行ってきます。エルザさん」
「おう。帰って来る頃にはいい男になるんだよ。シルヴィも元気でな」
そしてアルはシルヴィと共に王都を目指し旅立ったのである。
――いざ王都へ。