第二話 襲撃
アルはハンスが襲われた場所である、街の出口の林道に出ると、地面にはおびただしい程の血痕と兵士の装備の破片らしきものが散らばっており、思わず吐気が出てしまう。
口に手を当てながら死臭漂う中を探していると木にもたれかかっているハンスを見かけた。
「ハンスさんっ!無事ですか!」
ハンスの様子は防具の破損が激しく、頭部からは血を流しており、足は骨折しているのかまともに歩けそうにない状態だ。
「っ!? ……ア、ル……助けに来てくれた……のか?」
アルはハンスを避難させようと試みるが、気配を感じ、そこへ目を向けると魔獣が次々に草むらから姿を現す。魔物の姿は狼に近い個体であり、牙をむき出しながら鋭い眼光をアルに向ける。
「ちっ......クソっ」
アルは朝に作りたてである自作の護身用の剣を取り出し、身構える。
後ろにはハンスがいるため、逃げることが出来ない。まさに絶体絶命というやつである。
「師匠には実戦向きではないと言われてたけどこの状況じゃあこれしかないしな...」
アルの周りを囲みながら徐々に詰め寄り、攻撃の機を伺っている。
始まりを告げたのはアルの踏んだ木々の枝がバキッという音であった。同時に前方にいる二体の魔獣が飛びかかろうとする。
アルは飛びかかる魔獣を剣で切り伏せる。キャイン、と悲鳴を上げ、鮮血を散らしながら地面に投げ出される。
群れの一体である魔獣は突然吠えだす。
すると、新たな魔獣が2、3体が姿を現す。おそらく吠えることにより増援を呼んだのであろう。
「……数が多い。これじゃあハンスさんを助けられない!」
続けて牙を剥き出しながら襲いかかる魔獣に対し、足や腹部を狙い行動を阻害するも、新たに遠吠えにより増援を呼ばれてしまう。
立て続けに斬っているため、アルの剣は徐々に刃が溢れ始めてきていた。
そして魔獣の歯によってついに剣の刃が砕けちってしまう。
「っつ!?しまった……」
剣が折れた一瞬の隙きが生まれたアルに襲いかかろうとした魔獣が噛み付こうとした瞬間、一閃の残光がアルの目に映る――
少女は先刻、市場で出会ったフードの被った少女であった。
「無事ですか?ここは危険です。直ちに退避を――」
少女が言い終える途中で次々と襲いかかってくる魔獣に対し
「……しつこいですね……少しおとなしくしてもらえますか!」
そう言い、何かを小さくつぶやくと少女の細剣から炎を纏い、周囲に炎を放ち魔獣を焼き払う。そして火が消えるとともに魔獣達は焼き焦げた死体となっていった。
「すげぇ……魔獣が一瞬で……」
先ほどの彼女が行使したのは魔術と呼ばれるものであり、アル自身、魔術というものが詳しいわけではないが魔石と呼ばれる宝石を媒体として、自身の魔力を消費し発動できるという代物だ。聞いた話によればエルフ族にしか扱えないというのだが。
辺りは静寂に包まれ、魔獣が居なくなったことを確認すると少女は細剣を鞘に戻し一息つくと、アルの方を向き。
「自己紹介が遅れました。私の名前はシルヴィ=オズワルドと申します」
と軽く会釈し、手を差し出し握手を求める。
「……ああ俺はアル=ゲネディクト。アルでいいぜ」
突然の握手に戸惑いながらも少し遅れて握手を交わす。
「では。アルと呼ばせていただきますね」
少女は少し安心した眼差しで握手する。
「さっきのは魔術だろう。とすると君はひょっとしてエルフなのか?」
「いえ...私は__」
と少し表情を曇らせ、やや言葉を濁し始める。とアルが何かに気づき始め。
「危ない__」
突然の死角からの攻撃でありシルヴィはかわしきれずにいた為、庇うようにアルは飛び込むと血を流し草むらに吹っ飛ばされる。
草むらから出てきたのは熊型の魔獣であった。
魔獣を倒した隙きを狙うため草陰に潜んでおり、絶好のタイミングで奇襲を仕掛けてきたのであった。
「まだ、敵が残っていたのですか!?」
魔獣は2種類いたのである。ハンスや兵士たちが苦戦していたのはこちらの熊型の魔獣であり、先程の狼の魔獣はこいつによって殺された死体の匂いを嗅ぎつけて来ただけであり、本当に危険であるのはこの魔獣であった。
「でも.......これならっ!」
シルヴィは再び細剣を構え、詠唱を唱え火の魔術を行使する。
獣であれば火は有効との考えであったためである。
通常、獣は火を恐れる習性を持っているのだが中には例外もいるのをシルヴィは知らなかった。
魔術による火を放ったが魔獣は臆することなく、シルヴィの元まで突進を仕掛けてきたのである。
「くっ!」
シルヴィはとっさに体を捻りギリギリで躱したは良いものの、距離を狭められ、一気に戦況が変わり始める。
次々と攻撃されていく中、かわしきれないと判断したシルヴィは細剣の柄で爪を受け止めると、埋め込んだ宝石が砕けてしまう。
「なっ……魔石が!破壊性能持ちですか!」
魔獣は通常の獣とは違い、特性といううものを持っており、先程のアルの倒した狼型の魔獣は遠吠えにより仲間を引き寄せる特性を持っていた。
ハンスが鎧を装備していたにもかかわらず砕けていて傷が出来ていたのはこの魔獣による装備や武器の破壊に特化した特性による攻撃の影響だと思われる。
そのことを知ったシルヴィは一旦後ろに飛び、距離をとった。
魔石は壊されたが、この細剣までも壊されたら敵を倒す手段がなくなるためであるからだ。
だが火の魔術が使えなくなったことにより獰猛さが増した魔獣は積極的にシルヴィを狙い始める。
本能的に雌の方が食べ応えがあるのだと知っているためなのであろう。
大きく腕を振りかぶり攻撃を繰り出さんとする魔獣の腕にシルヴィは細剣を突き刺した。
そして追撃のため魔獣に突き刺した細剣を引き抜こうとするも、魔獣の筋力により、抜けづらくなっていた。魔獣はシルヴィが剣を持っている状態のまま大きく腕を降り、体重の軽いシルヴィは投げ飛ばされてしまい木に激突する。
「っかは!う......ぐぅ」
背中に激痛が走る。飛ばされた際周りの木々を巻き込んだことにより頬や太ももに傷が出来、血が滴る。服も所々が破け、被っていたマントは吹っ飛ばされ、背中から崩れるようにうずくまってしまう。
にじり寄る熊が食らいつこうと牙をむき出し、口からよだれがボトボトと溢れ出し地面を濡らす。
死を直感した。食われてしまう。
目を閉じるが何も起こらない
目を開けるとそこには先ほど魔獣に吹っ飛ばされたアルの姿があった。
手には魔獣に折られた剣ではなく銀色に輝く剣を手にしていた。
「すまない......待たせたな」
といいアルは背中越しにシルヴィの方へ振り向く。
そして驚くことに、細剣で突いた際には怯むことが無かった魔獣は剣の攻撃により、黒いモヤみたいなものが出始め、苦しみだす。
銀の性質は退魔の性質があり、その影響によるものであるのかとシルヴィは推察する。
だが魔獣は暴れ狂うかのごとく、辺りの木々もろとも破壊しつくさんと腕を振り回し、流石のアルでも対処の仕様がなく、回避に専念していた。何かチャンスがあれば......シルヴィはそう思ったその時。
投げナイフが突如飛んでいき魔獣の鼻先に刺さる。
ハンスが投げたのであろう。片目は血によって塞がれていてもなお兵士としての腕は伊達ではなく、正確に敵に向かって放たれた。
「......アル.......いっちょぶちかましてやれ!」
弱点である鼻を狙われ、怯んでいる魔獣に幾多もの斬撃を浴びさせる。雄叫びに近い悲鳴に臆することなく斬っていく。やがで魔獣は大きな音を立てながら崩れ落ちる。
「ふぅ.......終わったな」
魔獣の返り血により汚れた銀剣は徐々に腐食されていき、程なくしてガラス細工のように壊れてしまう。
剣が壊れた事を気にせずアルは魔獣に歩み寄り、腕から細剣を引き抜き、シルヴィに渡した。
「おーい、大丈夫かぁ?」
兵士達が声を上げ始める。
やがて兵士達がアルの元へと駆けつけると、彼らは負傷したハンスの救助や死体などの後処理をし始めた。
アルは経緯や魔獣の情報を兵士らに伝え警備の強化を促した。
そしてシルヴィに対し。
「シルヴィ。もし良ければ俺の家に寄っていかないか?剣も直せるだろうし.......あとその......」
とアルは思わず口ごもってしまい、やや視線をずらす。
なぜなら彼女の服は魔獣との戦闘によりボロボロになってしまった為、肌が露出していた為であった。
シルヴィはその事を指摘され、気づくと白い肌が徐々に赤くなり始め、戦闘の際飛んでいったフード付きマントを拾いそれを羽織ると、表情を隠すためフードを深く被ってしまった。
「とりあえず案内する.......ぞ?」
アルが歩き出すと、シルヴィはアルのは2、3歩離れた距離を保ちながら歩き出した。