第五話 三年前の遅い雨
第五話です。
蛍の一言に思うことがあって黙ってしまっためぐり。
家に帰ったあと、思い返すのは過去の出来事。
第五話 三年前の遅い雨
蛍が帰った後、めぐりは何事もなかった顔で、玄関をくぐった。フォーチュンを籠に戻し、祖母と夕ご飯を食べ、一日の疲れを風呂場で流し、自分の部屋のベッドにばふんと倒れこんだ。濡れた髪を乾かさないと寝られないと分かっていたが、ごろんと寝返りを打つ。枕がじっとり湿る前に起き上がる。目の前に・・・色あせた写真立て。そこに映るのは、めぐりと・・・。
「お父さん・・・。お母さん・・・。」
☆ ☆ ☆
(回想)
私の両親は私が7歳の時に喧嘩をして別々に別れてしまった。幼いあの頃は分からなかったけれど、離婚したのだ。私はお父さんにもお母さんにも「一緒においで」と言われず、仕事に行くと思っていたお父さんを見送り、学校に向かう私をお母さんが見送ってくれた。帰ってきたら家には誰もいなくて、買い物に行ったのかと思っていた。お菓子の袋を開けて食べていた。夜になっても帰ってこない。夜の8時頃にはもう眠くて眠くて、座布団を並べてそこに寝転んだ。まだかなぁ、遅いなぁと思いながら私はあっさりと眠ってしまった。
起きていたことのない夜の1時。ゆさゆさと揺れる夢の中。お父さんとお母さんが違う方向に歩いていく。はっと目を覚ました時には二人ともいなくて、おばあちゃんがぎゅっと抱き締めてくれていた。おかげで暖かかったけれど、お父さんとお母さんが喧嘩して、仲直りできなくて、バラバラになってしまったことを聞かされた。
「それって、ずっと?」
「そんなことないよ。今はどっちも素直になれないだけだよ。仲直りできるよ。そうしたらめぐちゃんとまた過ごせるよ」
おばあちゃんはそう言って、「起こしてごめんね。明日学校だよね。おやすみ」と歌を歌ってくれたけど、私はお父さんとお母さんが心配ですぐには眠れなかった。
以来、私はおばあちゃんの家に迎えられた。大きな大きな家に。参観日や運動会など、おばあちゃんが来てくれた。友達のりっちゃんや貴臣と遊んでいたし、学校も楽しかったから、両親のいない寂しさは周りにあまり伝わらなかった。伝えたいことでもなかった。お父さんとお母さんは優しいんだよ!は自慢になるけど、お父さんとお母さんは今喧嘩中で家にいないんだ!は自慢でもなんでもない。知っているのは、りっちゃんの家の人と貴臣の家の人、それぐらいだった。
3年後、私は小学四年生になった。クラブ活動が始まり、ウォーキングクラブに入った。先生についていきながら、町を色んな道を通って知るのが楽しかった。学校から離れた所に雀や鳩もいた。鳥が好きな私は写真も撮りたくて、先生の携帯電話で撮ってもらって眺めたが、自分のものには出来なくて少し悔しかった思い出もある。家に帰って、おばあちゃんにクラブのこと、学校のことを話すのが当たり前の日々。フォーチュンにはクラブの時に出会った鳥たちのことを話した。
ある日、学校から帰ってきたら、居間でおばあちゃんが誰かと電話をしていた。お隣の和田さんかな?それとも向かいの井上さん?おばあちゃんは鼻をすすりながら、少し震えてお話をしていた。リン、と電話を切る音。「誰と話していたの?」と私が興味津々で、あと少し心配しながら聞いた。おばあちゃんは机の上のティッシュを掴んで、鼻水をビィーッとかんでから答えてくれた。
「めぐちゃん。とってもいいことがあるよ」
「何?冷蔵庫にケーキがあるの?それともうちにうぐいすが来たの?」
「もっともっといいことだよ。めぐちゃんのお父さんとお母さんがね、仲直りしたんだって!」
私は、今まで七夕の短冊やサンタクロースにお願いしていたことがぶわっと思い出せて、ケーキよりうぐいすよりずっと嬉しかった。お父さんとお母さんが!仲直りしたんだって!じゃあ私、またお父さんとお母さんと一緒に暮らせるんだね!私はぴょんぴょん跳ねた。ランドセルを背負ったままだったから、肩に食い込んで痛かったけど全然気にしなかった。ランドセルを下ろして再び跳ねる。
「ねえねえ、今度はおばあちゃんも一緒におうちで暮らそうよ!」
「ふふ、そうだねぇ。今、お父さんとお母さんが会ってお話ししているんだよ。仲直りして、これからのことを話すために」
「私も会いたい!」
「お話が終わってからね。今夜は雨が降る予報だから、傘を持っていって迎えに行く?」
「行くー!」
私は自分の差す傘と、お父さんとお母さんの分の傘と、おばあちゃんの傘を確認しに玄関に走っていった。ちゃんとある。今日はとっても素敵な日!早く夜にならないかな、今から雨が降っちゃえば、傘を差してお迎えに行けるのに。
雨が降ったのは夜の11時。私がうとうとしながら、二人が「ただいま」と帰って来るのを待っていた11時。テレビをなんとなくつけていた11時。ニュースが流れる。
『ホテル火災 逃げ遅れた夫婦 遺体発見』
10歳の私に、読める漢字は少なかった。目も全然開かなかったし、ぼんやりとそのニュースを聞いてた。おばあちゃんがお茶をこぼしていた。ティッシュを渡しても拭かなかった。
おばあちゃんは電話をかけていた。何度も何度もかけていた。井上さんにも和田さんにもかけていたらしいけど、時間が時間で出てくれなかった。お母さんのお母さんにもかけていた。繋がったらしい。小さな声でぼそぼそと喋るおばあちゃん。でもすぐに静かになった。おばあちゃんは─泣いていた。私はなんで泣いてるのか分からなかった。ニュースは流れている。
『消防隊が駆け付け、消火を進めたが風も強く、高層階までホースの水が届かなかった模様。夫婦の身許が分かる物がなく、現在捜査中。なお、先ほど降ってきた雨もあり、今は沈下しております。もう少しこの雨が早かったら…と現場の方たちは呟いております。ですが、原因は花火の不始末によるものだと・・・・・・』
もう少しこの雨が早かったら・・・?
それは誰なの?誰がどうなったの?
ねぇおばあちゃん、誰がどうなったの?なんで泣いてるの?私に教えて。
「めぐちゃん・・・。」
「うん」
「お父さんとお母さん、迎えに行こうか。雨、降ってきちゃったしね」
「うん!」
迎えに来て、お父さんたちを見つけるためにきょろきょろしていた私は、怖い顔した刑事さんたちが話しているのを聞いてしまった。
「遺体の身許が分かりました。」
「よく分かったな。」
「フロントで預かっていた貴重品に、名前入りのアルバムが残っていたんです。」
「それで、誰なんだ?手を繋いで亡くなっていた、あの夫婦は。」
「名前が・・・
・・・鶸 景一さんと、鶸 宣子さんと見て、間違いないでしょう。あと一人名前があるんですが、ここには来ていないようです。」
「あと一人?」
「鶸 めぐりさん、どうやら娘さんのようです。」
「娘残して二人で逝っちまったのか。自殺じゃないにしろ、後味が悪すぎるなァ・・・。」
「その子にどう説明しましょうか・・・。」
「他に保護者がいるだろう。その人に事情聴取と説明だ。」
「わかりました。」
雨の音が、強く深く、耳に残った。ザァァと強く降り注ぐ雨。・・・もっと。・・・もっと早く降ってよ。そうしたら、もしかしたら・・・。遅いよ、今さらなんて、もっと、もっと・・・!!
最後に覚えているのは、水たまりに座り込んでびしょびしょになって泣いてる私を、おばあちゃんがぎゅっと抱き締めてくれていたこと。刑事さんたちの話ももう忘れてしまった。
遅すぎたあの雨を、あんなに恨んだことはない。もし自分が自由に雨を降らせることが出来たなら。そう思ったことが確かにある。でも悪いのは雨じゃなく、花火の不始末という行為。でも、雨が悪い気がしたんだ。誰かのせいにしたかったんだ。
☆ ☆ ☆
(現在)
「・・・・・・あっ!! 寝てた!?」
髪を乾かさないと寝られない。ドライヤーのゴオオオという温風にさらす。冷たくなった足の先。涙のあとが残ってる頬。目をこすれば赤くなる。
「・・・トメドナ・・・、雨・・・か・・・。」
私がいつか願ったことがこの力の原因ならば。私が次に何をするか。とりあえず、特訓だ。
「おやすみなさい。」
誰に言うでもなく、めぐりは部屋の電気を消して、ぬいぐるみに寄り添い、眠った。
(続く)
次回予告:
誰にも迷惑をかけないよう、誰かの助けになれるよう、トメドナの特訓に密かに励むめぐり。
蛍のサポートや隔離街の雫に助けられ、目には見えなくても少しずつトメドナの力に慣れていく。
そんな中、遠い島からやってきた少年がニュース速報され?
お久しぶりです。次はもっと早めに…です。