第四話 隔離街(後編)
第四話(後編)です。
自分のトメドナの特訓場所を、蛍のいる場所で頑張ろうと決めためぐり。
突然現れた謎の青年に詰め寄られたと思えば、急に蛍が叩かれてしまって・・・。
第四話 隔離街(後編)
いきなり現れた青年は、蛍の頭を思いっきり叩いた。突然のことで驚くめぐりに対し、蛍は彼の腕をすっと避けて叩き返す。チョップのように手刀で、鈍い音が響いた。
「いててて・・・な、なにすんだよ、蛍」
「それはこっちの台詞ですよ」
蛍よりも痛がっている青年は、瞳にうっすら涙を浮かべた。しかし、再びめぐりの存在に気がつくとその目を輝かせてぐいと迫ってくる。思わず「ひえ」と声が出た。
「な、なんですか?」
「蛍・・・。外に出たきりなかなか帰ってこないから心配してたのに、やっと帰って来たと思ったら彼女つくってきたのか!!」
「雫さん」
「いや~、外界デビューも早ければ、友達を作るのも早くて?」
「雫さん」
「おまけにデートの帰りに、彼女連れてここに来るとか、成長したな」
「聞けよ」 またしても手刀が振り下ろされた。
この人は誰なのだろうか・・・?
「さっきは驚かせてごめんな。俺は雫。蛍と同じで、ここに住んでいる者だ」
「わ、私、鶸 めぐり です」
「めぐりちゃんか、よろしくね」
「は、はい」
陽気で話し上手らしく、初対面なのに次々と話題が出てくる。どこの学校に通っているだとか、動物は飼っているかだとか、好きな人はいないのかとか。全部の質問にはとても答えきれない。
「雫さん。ちょっと黙ってて」
「蛍。この子、すごい良い子じゃないか」
「急になんですか」
「ここに連れてきたのって、デートの帰りじゃないんだろ?」
「違います」
冗談めいて言ったつもりが、そのテンションは蛍には通じない。またもや叩かれそうになり、笑いつつ身構えた。年は離れていそうだけれど、仲の良い兄弟に見えるのは気のせいだろうか。そして、自分が蛍の彼女に見えるのかと、めぐりは人知れず頬を赤らめた。
「めぐりはトメドナの子なんです」
「え?い、言っちゃっていいの?」
「大丈夫。雫さんもだから」
「ええ!?」
「正確には可視化」と、手をひらひらとさせながら言う雫。蛍ははぁと小さく息をついた。トメドナの可視化・・・?
「俺とめぐりは、トメドナの力を発動させる者だろ?」
「うん」
「雫さんは、それが目に見える人なんだ。自分の能力は持っていない」
「てことは、普通の人には見えない力が見えてるってこと?」
「そういうこと。現に今、蛍が何してるか分かる」
「え?」
雫が指差した方向には、携帯電話を握る蛍がいる。めぐりにはただ画面を見ているようにしか見えない。蛍が手招きしたので、近づいて画面を見せてもらう。表示されているのは電池の残数。みるみるうちにバッテリーが下がっている。
「え、ど、どうして?」
「蛍の力は電気の流れを止める力、だっけか?」
「ああ。だから、電力を奪ったり流したりも出来る」
「今までは、流し続けることしかできなかったもんなぁ」
「特訓・・・?」
「特訓すれば、めぐりも、自由に降らせることが出来るようになる」
めぐりは、自分の頼りない小さな両手を見た。少し熱を持って、指先が赤い。
「えっと、雫さんには今何が見えてるんですか?」
「特訓その一。力の流れを見えるようにしよう」
「え?え?」
「俺にも自分の力は見えてる。あの時見せただろう?」
指を鳴らすと現れた、紋章。その紋章の光をたどることで、今、どこにどんな力が流れているのか目に見えるという。修行すれば、他人のトメドナの流れも見えるようになる、と雫は言った。
「雫さんも修行したんですか?」
「いや、俺は生まれつきって言うか、ここに案内された時からそうだった」
「そもそも、ここ「隔離街」が、トメドナの可視化及び使用者が住まうための、政府に隔離された街なんだ。今は整備されてて、食料や生活に必要な家電はそろっているけど、何年か前まで、ほったらかしにされていたんだ」
「危ないし、自分じゃ止められない力を持っている奴らが集まるもんだから、政府も危険視するみたいだな」
真剣な雰囲気になったと思えば、雫は笑顔を絶やさない。少し困った表情ではあるが、ちっとも悲しそうには言わない。めぐりはなんだか心が痛んだ。蛍も目を落として言う。
「俺みたいにトメドナを使う人たちが世間から外されるのは分かりますが、見えるだけでここに送られるなんて・・・」
「お前、まだそんなこと言ってるのかー?お前が気に病むことじゃないだろ」
「そうかもしれませんが、俺は・・・」
「ここに案内されなきゃ、蛍とも会えなかったんだからいいじゃんか」
「お、俺はそういうことを言ってるんじゃなくて・・・!」
「はいはい。 あ、めぐりちゃん」
急に名前を呼ばれた。すっかり気に入られたようで、ぐっと肩寄せしてくる。スキンシップが過ぎると、背中のほうから手刀が何度も飛んできて、やれやれ大げさだな、と離れる。蛍よりも年上っぽいのに全く落ち着きがない。年齢は物を言わないというか、本当に兄弟に見えてきた。少し、憧れてしまった。
「こいつと仲良くしてくれてありがとうな。こんな性格だから、世渡りは上手なんだけどな、なにぶん不器用なもんだから、気持ち伝えるのへたく」 「余計なこと言い過ぎ」 「へい!」
雫さんはいつも明るく笑っている。太陽のようだ。
「なるほど。特訓をここでね。ここなら人目に絶対つかないし、知ってる人がいる場所の方が安心だもんな。 あ、そうだ」
雫はひとつの家に入っていった。表札に「陽本」と書かれている。
「これは?」
「それぞれの棟に名前がついているんだ。アパート名みたいなものさ」
「蛍の家は?」
「あっち。照下って書いてるところ」
「照下?・・・蛍の苗字じゃないの?」
「ああ。俺、本当の苗字知らないから。住まう人たちは皆、外界に出たときの苗字として活用する」
「じゃあ、雫さんは「陽本 雫」って言うんだね!」
蛍は答えなかった。言ってはいけないことだったのかもしれない。
めぐりが再度話しかけようとした時、丁度雫が家から出てきた。綺麗な花をたくさん抱えている。
「お待たせ。後でも良かったんだけど先に渡しておこうと思って。めぐりちゃん、花好き?」
「え、は、はい」
「これ、俺が編んだブーケ。自然いっぱいなとこだと、こういう女の子めいたスキルばっかり上がっていくんだよねー」
「わぁ・・・ありがとうございます!」
「じゃ、特訓頑張ってな。蛍、俺ちょっと外行って来るから」
「・・・わかった」
色鮮やかなブーケを抱えて呆気にとられながら、楽しそうに去っていく雫を見送る。彼の後ろ姿が見えなくなってから、ようやく蛍が口を開いた。
「雫さん、絶対名乗らないんだ」
「陽本って?」
「ああ。絶対」
「嫌いなのかな」
「わざわざ聞くことでもないと思っていたから俺も知らない。でも、なんでなんだろうな」
彼の気持ちは分からなかったが、素敵な贈り物をもらっためぐり。
今は自分の力の制御が最優先。気持ちを切り替えて、蛍を師に特訓に臨む日が始まった―。
☆
「一人で帰れるか?」 「ま、まだ自信ない」
「記憶力に自信あるって言ったのは誰だよ」 「ごめん・・・」
帰り道も、行きと同じ道筋を逆に辿れば帰れることは分かっていた。しかし、一人で辿るには絶対的な自信がない。それに、前回送ってもらった時に通った商店街にも行ってみたかった。
雫が帰ってくるより先に、めぐりは自分の家に帰った。号棟が違うから、別にいなくても心配されない、と蛍は言うが、雫のあの性格を見るからに確かに心配しなそうである。さっきはやたら心配していたみたいだけど。
「今日で大分慣れてきたな」
「そうかな」
「明日も来るか?」
「明日は・・・ちょっと用事あるの」
「じゃあまた今度で。俺がいなくても、隔離街には雫さんがいるはずだから」
「分かった。ありがとう、結局家まで送ってもらっちゃって」
「流れだ」
家の前の門が見えた。と、ピィーーーと甲高い音が鳴った。続いて、大きな鳥が羽ばたくような重なった音が響いた。めぐりは顔を上げて嬉しそうに笑う。彼女の肩にトンと乗ったのは・・・。
「フォーチュン!お出迎え、ありがとう!!」
「鷹!?」
「うん。紹介するね。鶸家に代々付き従える、十五代目鷹のフォーチュンだよ」
鷹は羽を器用に広げて、紳士のように腰を軽く曲げて挨拶のしぐさをする。
蛍もお辞儀してしまうほどの、礼儀作法がなっている。
「代々付き従えるって・・・めぐりの家ってなんなんだ・・・?」
「普通の家だよ。先祖がずーっと飼ってたみたいで、その習わしが今も続いてるって感じなだけで」
「じゃあ、めぐりの親も飼ってたのか?」
感じた覚えの有る、不穏で居たたまれない雰囲気がたちこめた。あの時は蛍がめぐりに無意識にイラついてしまったが、あの時とは違う、逆の感情がめぐりの心に渦巻いた。
お互い何も言わない時間が、刻一刻と過ぎるだけで、フォーチュンが首をかしげた頃は、もう夕焼けが夜の闇に深まる頃だった。
(続く)
次回予告:
帰り際に、蛍へ飼い鷹のフォーチュンを紹介しためぐり。
何気ない彼の素朴な疑問が、めぐりの心を引っかいたようで、いつぞやの重い空気に。
一体、何が彼女を揺さぶったのか?
何も言うことはございません! 次はめぐりの過去に迫ります!