第四話 隔離街(前編)
第四話(前編)です。
トメドナについて真剣に向き合うことにしたものの、まず何をしたらいいのか分からないめぐり。中学生活がスタートする中で、夕焼けを眺めて思い出すのは・・・。
第四話 隔離街(前編)
モンゴルの奇跡、と呼ばれるようになったあの日。めぐりが家に帰ってきて、祖母と話をし、宿題を終えて眠りについた。自分に生まれた不思議な力、納得するにも会得するにもかなり時間をかけなければならないと思った。
スポーツテストが大方終了し、授業が始まり中学生らしい生活が始まった。先生に叱られたり、クラスで係を決めたり、席をつなげて給食を食べたり・・・楽しい日々が続く。璃乃たちと帰って家に着く。夕焼けの向こうに人の気配を感じた。振り返るが誰もいない。最近会ってもいないし、姿を見かけたりもしていない。私用や事件がなければ、蛍と会うことは当然激減する。それが普通だと分かっていた。
「蛍はどこに住んでるんだろう。聞けばよかったな」
あの日、ニュースを見て駆けつけてくれたのだから、絹浦市内に住んでいる可能性が高いものの、実際どこで暮らしているのか知らなかった。それ以前に、蛍の出生や家族についても何も知らない。改めて聞くことでもないが、トメドナについてはたくさん聞きたいことがあった。
「ただいまー」
「おかえりめぐちゃん。お友達が来てるよ」
「え、誰?りっちゃん?」
「ほら、この前一緒に帰って来た人」
居間に通された客人は、なんとさっきまで脳裏に浮かんでいた蛍だった。この前と同じ服を着て、姿勢良く座っている。めぐりと視線が合い、小さく会釈する。めぐりは制服のまま彼の前に座った。スカートがシワにならないように気をつけながら。
「ひ、ひさしぶり」
「ああ。えっと・・・さっそくなんだけど」
「ちょ、ちょっと待って。おばあちゃん、お茶うけ出した?」
「いや長居するつもりはないからお構いなく」
違う違う、とめぐりが必至に目配せする。おばあちゃんはその真意に気づいて、和やかな笑顔で自ら席を外した。めぐりが蛍に向き直る。
「おばあちゃんにはなんにも言ってないの」
「そうか、すまない。本部への集合がかかったんで知らせにきた。この間のモンゴル豪雨の件についてだから、俺とめぐりしか呼ばれていない」
「なんで、蛍も?」
「・・・強制的にトメドナを解除したのは俺だから。解除の強引さについて話があると思う」
「そっか。 集合はいつ?」
「今度の日曜日。本部の場所まだ覚えてないだろう」
「うん。あれから行ってないし」
「午前中に迎えに来る」
一旦静かになった。二人とも思う節があるのか黙りこくる。おばあちゃんが和菓子と煎茶を運んできた頃には、おいとまします、と蛍が席を外していた。めぐりとおばあちゃんは玄関先で挨拶をして、蛍の背中を見送った。外はもう闇のように暗く、彼の背中はすぐに見えなくなった。空は曇り。
☆ ☆ ☆
「行ってきます」 「いってらっしゃい、気をつけてね」
「蛍もいるから大丈夫だよ」 「それでも気をつけてね」 「はーい」
日曜日に似合う穏やかな快晴。散歩日和で、行き交う住人の顔は優しい表情ばかりだ。家の門前で寄りかかっていた蛍を見つけ「おはよう」と交わす。二人は並んで本部へと足を向けた。
めぐりの家から本部までは割りと単調な道筋だった。まっすぐ進んで曲がり角を左に、信号を一つ越えて市庁の前を通ると、前方に古びた三階建てのビル。目立った看板や装飾はなく、町に溶け込んでいて違和感はない。一階はガラス張りで見る限り喫茶店のようで、明かりがほんのり点いているそこは、最初に案内された時に見たビルと全く同じだった。
「あの時電気が点いたり消えたりしたのって」
「うん。俺の能力。あの時気づいたのなら、めぐりもトメドナのこと分かってる人なんだなって思ったけど、知らなかったみたいだから」
「知らないよ、今まで気にしたこともなかったし」
「それが普通だよな。 万さんが待ってる、行こう」
「元気にしていたかな、めぐりさん」
「はい。お久しぶりです」
「今日集まってもらったのは他でもない。モンゴルの奇跡と呼ばれてはいるが、あれは君の人工的な雨の力、つまりトメドナであった」
「はい」
めぐりの言葉が少し詰まった。責められてる気持ちになるのも無理はない。
「器量不足もあり、解除が出来なかったため、蛍により強制的に解除した」
「そうです」
蛍が答えたその返事は、自分のしたことに責任を持つ強い意志の表れだった。
めぐりが横目で申し訳なさそうに見るが、視線に気づかれると慌てて顔をそらした。
「よって、今後特訓の時間を設けてもらう。せめて自分の意思で発動・解除ができるようにならんと、無責任なトメドナは人を傷つけてしまう可能性があるから。何度も言うが、私のようにならないためにも、ぜひ練習を怠らないでほしい」
反省会は以上だった。思っていたよりもすぐに終わり、後は帰宅するだけ。今日一日潰れると思っていためぐりはこの時間を有効的に使えないか考えていると、ふと思い当たることがあった。帰り道にも一応付き添う気で待っていた蛍に声を掛ける。
「ねえ蛍」 「なんだ?」
「蛍ってどこに住んでるの?ここから近い?」
「どうした急に」
「知りたくなったの。それに、トメドナの練習をするなら蛍のいるところで練習したいの。近かったら行きたいなあと思って。いいかな?」
蛍は少しだけ悩んでから「今からか?」と聞いてきた。めぐりは首を縦に振った。
☆ ☆ ☆
「いつ来てもいいから道を教える。覚える気あるか?」
「うん大丈夫。暗記は得意だから」 「本当か?」 「た、多分」
道筋は以下の通りだ。本部を左に出てそのまままっすぐ、T字路が見えてきたら右でも左でもなく真ん中に立っている看板の後ろの道を通る。この道は獣道のようで人間が通れるようには整備されていないので、一般人が通ることはないらしい。進んでいくと滝と橋が見える。滝は八重滝というらしいが、橋の真下に流れる川のせせらぎが美しく響き、ちゃんと聞いていなかった。聞いてるのかと言われ、慌てて聞き返す。橋は古くから建設されていたのか緑色の苔がまばらに生きている。しかし壊れそうな様子はなかった。しっかりと踏みしめることの出来る硬さが健在していた。
「自然がたくさんなんだね」
「むしろ自然のみだ。着いたぞ」
目の前に見えたのは小さな街だった。入り口と思われる壊れた砦には「隔離街」と記されてある。
コンビニやスーパーなどは見当たらず、小さな家が数軒建っているくらいの、見晴らしのいい景色が広がっていた。子どもが数人駆け回っていたり、老夫婦が井戸から水を汲んでいたり、生活を感じる姿が見えて安堵した。この人たちは一般の人達なのかな?
蛍に聞こうとした時だった。平屋建ての家から青年が出てきた。こちらに気づいたかと思うと、驚いた様子で走ってきた。急にじろじろ見られて、めぐりは思わず後ずさりした。
「蛍・・・お前・・・」
「ただいま」
「おま、え、なあ!」
青年は蛍の両肩をガシィッと掴んだ思うと、いきなり蛍の頭を叩いた。
「え!?」
(後編へ続く)
次回予告:
めぐりの急な訪問に伴って、現れた謎の青年。動じていない蛍を見る限り、知り合いであることは確かなようですが・・・?
進捗が叱りたいくらいのマイペース。言い訳はしません。頑張ります。