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第三話  黄色のトメドナ(後編)

第三話(後編)です。

自分の制御できない雨の力が他国にまで及んでしまっためぐり。

トメドナの基本を蛍から教えてもらうため、校門から移動した二人ですが・・・。

第三話  黄色のトメドナ(後編)



 「めぐり、提出物取りに来い。――ん?」

 「あっ、先生、めぐりはなんか、昼休みにちょっと」

 「お、おなか痛くなったらしくて・・・」

 「・・・お前たち、先に言えよな。ほれ、代わりに誰か取りに来いー」


 とっくに五時限目が始まっている。昨日提出した数学のプリントとノートが配られる中、めぐりはトイレに行ったっきり。チャイムが聞こえているのか不安になりつつ、彼女のノートを受け取りに立ち上がる璃乃。有海も貴臣も心配げに顔を見合わせて、それから校門に目を落とす。先ほどまで立っていた二人の姿が忽然と消えて、そよ風が花壇の花を揺らす風景しか見えなかった。


 ☆  ☆  ☆


 「こ、ここなら誰にも見つからないよ。今の時間は隣の組がマラソンだけど、ここはコース外だし。窓が小さくて少ないし、校舎が陰になってるから」

 「まぁここならいいか。事は急を要するからな」


 昨日の今日でトメドナの解除方法が全く分からないめぐりに、蛍が教えるということで、人目につかない場所まで移動した。内履きのまま出てきてしまった為あまり汚したくはなかったが、玄関に戻れば違う教員や生徒に見つかってしまうかもしれない。それは避けたかった。付け焼刃でも基礎から知らないと解除も発動もない、と言われて、とにかくすがるしかない。今めぐりが頼れるのは、目の前にいる蛍だけだ。


 「時間がないからさっと説明するぞ」

 「うん」

 「背中に表れてるトメドナの紋様は、発動時のみだ。だから、解除すれば消えて見えなくなる」

 「まだ、出てる?」

 「今はニュース見たほうが早いな」


 蛍が中継画面を見せてくれるが、怖くて目をそらしてしまった。現状をしっかり確認しないといけないのに。少し音量を上げて、めぐりにちゃんと聞こえるようにする。耳をふさぎたい衝動をなんとか我慢して、悲壮の叫びや豪雨を聞き取る。心臓の鼓動が嫌に響いてきた。


 「・・・ぅぅ」

 「焦る気持ちも分かる。落ち着け、めぐりなら出来る」

 「・・・ど、どうすればこの雨収まるの?」


 若干涙目になりながら、蛍の目を見て問いかける。潤んだ瞳でじっと見られた彼は、淡々とその問いに答えてくれた。彼の短髪が、風か何かにかすかにざわめく。


 「めぐりの発動条件はおそらく、「雨を降らせたい」という思いだ。解除条件は、これまでに発見されたトメドナを調べた統計によると「発動した願いが叶うこと」。つまり、君は降らせたことで何かが叶えば、それが解除条件なんだ」

 「あたしの・・・解除条件・・・」

 「モンゴルに雨を降らせたいって思ったんだろう?」

 「ふ、降らせたいっていうか・・・どうせなら、困ってる人のために降ればいいのにって・・・」


 発動も解除も、不安定でめぐりにはその意識がない。仮に「何か」が叶っていれば、中継映像はパニックから安堵に変わるはずだ。一向に雨は止みそうもなく、川も増水してきた。焦る気持ちに拍車がかかり、手足が震えだす。力を理解したばかりの彼女には制御できない、その名のとおりのトメドナなのだと、蛍は確信した。


 「どうして・・・? 止んで、もういい、もういいよ、もう大丈夫だからっ!」

 「めぐり、落ち着け」

 「だって、このままじゃ、あたしのせいで」

 「落ち着いて。ゆっくりでいいから」


 思えば思うほど、叫びたくなる。心の中で願うだけでは足りずに、幾度も言葉に出してしまう。胸の前で両手を組み祈りたくなる。めぐりには見えない背中の紋様が一層濃くなりだした。両肩にそっと手を添えて励ましていた蛍が、ふと何かに気付いた。


 「めぐり。両手開いて」

 「なんで」


 それどころじゃないめぐりはぎゅっと手を組んでいたが、蛍の涼しくて淡い瞳に意思を感じて、ゆっくりと開いてみた。どこかに存在する国章のような紋様が、宙に浮いて表れる。


 「これが、トメドナの、紋様?」

 「そうだ。男性は、指を鳴らすことで片手に。女性はまだ少人数の調べだから不確定だけど、両手を胸の前で組むことによって、開いた両手に表れる。背中は自分じゃ見られないからな」

 「蛍も?」

 「俺は背中には出ない。訓練次第で表さないことも可能だ。手には出せる」


 手のひらの上で透けて輝く紋様は、焦る心とは裏腹に穏やかに浮かんでいる。気を落ち着かせるために見せたほうがいいと判断した蛍だが、逆効果だった。どうにもできない無力な思いが、頭の中を埋め尽くす。かすかに、二人以外の声が聞こえてきた。多数人の地を蹴る音と息づかい。


 「! 隣の組の人たちだ・・・ここはコース外だと思ってたのに・・・」

 「(時間がない・・・か)めぐり」

 「はいっ」

 「両手を出してくれ」

 「え?」

 「力を抜いて。俺の手の上に重ねろ」


 めぐりは祈っていた両手をほどき、おそるおそる彼の手に手を重ねる。たくましい大きな手の上に、弱弱しい小さな自分の手が重なる。怒られるかと思ってびくついていためぐりは、蛍の顔を見ようとはしない。風が一閃、二人の隙間を吹きぬけた。


 「ごめん」「え・・・」


 蛍が呟いた三音を、聞き返そうとした瞬間だった。

 静電気に触れたようにバチッと弾かれた感覚が、彼の手に置いた手から全身に伝わった。骨の髄まで雷を浴びているような、体験したことのない痛みが全身に響き、あっという間に目の前が暗くなった。


 ☆ ☆ ☆


 「痛っ・・・」

 「めぐり!! 気がついた!?」

 「・・・りっちゃん、有海ちゃん・・・?」

 「はーよかった! 先生、目が覚めたみたい!」


 ここはどこ、と璃乃に聞こうとしたが、全身が麻痺したように動かない。枕の上でぎぎぎと首をまわ・・・枕?ぼやけた視界がだんだんと鮮やかになり、薬棚や消毒液が見える。ツンとするけど落ち着ける、生徒の憩い場。白い物が多く設置してある部屋。保健室だ。


 「鶸さん、調子はどう?」

 「先生、私・・・?」

 「動いちゃだめよ。あなた、校庭に倒れていたらしいから」

 「校庭?」


 璃乃と有海の手を借りてなんとか起き上がる。包帯とか湿布とかは一切処方されていない。目に見えない内側の傷がジンジンと痛む。


 「二人から聞いたけど、昼休み中に誰かに呼ばれて、それきり教室に戻ってこなかったって本当?」

 「あ、いや、それは・・・」

 「正直に話してくれない?不審者が校内に潜んでいるかもしれないんだから」


 不審者はともかく、危険なのは自分だと思った。力に振り回され他人や他国に迷惑をかける自分のことかと思ってしまう。何も答えることが出来なかった。だって彼は不審者じゃ・・・。


 「りっちゃん」

 「なに?」

 「りっちゃんがあたしを見つけてくれたの?」

 「ううん、先生に呼ばれて来たの」

 「じゃあ、先生が私を?」


 まだ視点が定まらず、有海の方を見て聞いている。先生がこっちよ、と後ろから呼んだ。


 「いいえ。偶然通りかかったっていう、高校生くらいの男性が」

 「!」


 (蛍のことだ・・・・・・)


 「すごく心配そうな表情だったから、鶸さんのお兄さん?って聞いたんだけど、知り合いですとも言わないで、ただずーっと鶸さんのこと見てたわよ」

 「怪しすぎる・・・」

 「有海ちゃん、そういうこと言わないの。めぐりを保健室までつれてきてくれたんだから良い人だよ。悪い人だったらそのままにしてると思うな~」

 「おおぅ、言うねえ璃乃」


 (蛍が、あたしを・・・・・・)


 そういえばなんとなく、誰かに運ばれていたような記憶がある。その前に、何かに痺れたようなあの痛みが。


 「先生、その人は今どこに?不審者だったら、あたしがぶっ飛ばす!」

 「有海ちゃん!!」

 「だって、めぐりが全然しっかりしないんだもん!」

 「そううるさくしないの。 鞄持ってこようか?」


 保健室のドアが開いた。男性が立っているのが分かる。一瞬、無意識に身構えた。


 「ほた」「鞄なら俺が持って来たぞ。掃除もみんなが済ませてくれた」

 「さすが貴臣」「私たちのも持ってきてくれたの?力持ちだね~」

 「・・・めぐり、平気なのか?」

 

 「うん。平気」


 ☆ ☆ ☆


 一般生徒より遅い帰り道だったが、夕暮れにはまだ遠く、青い空が広がっていた。泥だらけの内履きを洗う為に袋に入れ、午後の科目ノートは璃乃のノートを後日借りることに。

 若干痺れる足で歩いていく。有海や璃乃に支えられたり引っ張られたりして、なんとか進む。手に力が入らず、別れるまで鞄は貴臣に持ってもらうことにした。そう重くないから大丈夫、と威張る彼に便乗して、有海たちも荷物を彼に預ける。元気な奴は自分で持てと怒られた。


 「めぐりに兄さんいたっけ?」

 「いないよ」

 「じゃあ誰だったんだろうね。通りすがりの高校生って」

 「不審「有海ちゃん!」不思議だねぇぇぇ・・・」


 めぐりだけが確信している。その男性が、今の自分にとって一番信頼が置ける人だと。

 昨日の今日会ったばかりなのに、こうまで思うのはおかしいのだろうか。


 交差点で有海と別れ、やや心配されながらも曲がり角で貴臣と別れ、家の近くで璃乃と別れた。一人ずつそばから離れていき、家までの距離はそう長くないのに一人きりの時間がひどく心細い。自分はこれからどうなってしまうのか。他人に迷惑をかけつづけてしまうのか。訓練しても制御できなかったらどうすればいいのか。なにより、彼にまた会えるだろうか。


 「はぁ・・・。おばあちゃんの前では、ちゃんとしなきゃ・・・」

 「おかえり」

 「あ、ただい―― え?」


 玄関の門に寄りかかっている誰かが見える。高身長で年上っぽくて、見覚えの有る黒い短髪。

 「今」、めぐりが会いたかった人。蛍が、なにやら申し訳なさそうに立っていた。


 「うそ・・・」

 「めぐり」

 「ご、ごめんなさ「ごめん」―い?」


 慌てて謝ろうとしたら、向こうからの謝罪に阻まれた。蛍が悪いと思っているのは一体何のことなのか。ちんぷんかんぷんのめぐりに対し、蛍は続けて喋りだす。


 「あんなことして、悪かった。相手のトメドナを解除させるには、相殺するトメドナを使用するか、気絶させるかしか方法がなかった。俺に相殺する力はないから、後者の手段をとってしまった。電気ショックで気絶させるなんて、雷に打たれる衝撃と勝るとも劣らない。強行な手段を選んですまない」


 蛍は蛍なりにあの時の選択を悔やんでいたようだ。めぐりはずっと自分のことで手一杯だったが、彼もまた、まだトメドナに悩まされている同志なのだ。両手をぎゅっと握ってみる。ヒリヒリと痛んでいた痺れはすでに消えている。


 「時間がないことに焦りを感じていたのはめぐりの方だったのに」

 「だ、大丈夫だよ! ほら、もうピンピンしてるし!」


 腕をぶんぶん回してみたり、その場で足踏みをして元気な姿を見せる。蛍は笑ってくれなかった。

 背中に重いものを背負うように、まっすぐに立っているのに倒れそうな瞳。

 それでも、めぐりは一つ、彼に伝えたいことがあった。


 「蛍・・・あのね」

 「ん?」

 「あたし、今日のことで決めたことがあるの」

 「なんだ?」

 「雨なんて、いつか止むと思ってた。むしろ、必要な時こそ降らないことが多くて。それが辛かった日もあった。雨を降らせて迷惑なことがあるっていうのも本当は分かってた」

 「ああ」

 「だから」


 決めたんだ。


 「ちゃんと理解しなきゃって思ったの。せっかく手に入れたあたしの力。今は抑えることもできない頼りないものだけど、どうせなら、困ってる人たちを助けるために使いたい」


 しっかりと言い切った。蛍の顔もまっすぐに見て言い切った。震える拳は恐れの表れじゃない。強い意思をまた強くする、決意の表れ。彼女の言葉を聞き終えて、蛍はやっと微笑んだ。


 「そうだな」



(続く)

次回予告:

自分のトメドナに向き合うことを決意しためぐり。

次の本部集合時までに、自分なりの特訓中。一方、蛍もなにやら決めたことがあるようですよ?



なかなか時間を上手く使えない作者。今に始まったことじゃありませんが精進します。

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