第三話 黄色のトメドナ(前編)
第三話です。
雨を降らせる能力を持っているという自分を、未だ実感できないめぐり。トメドナのこと、蛍のことで心がざわついたまま、次の日を迎えて…。
第三話 黄色のトメドナ(前編)
今朝の空は青かった。
同じクラスの友達や先生、学校関係の人しかあの豪雨を知らないなんて信じられなかった。
だが昨日、蛍という青年と不思議な話をしたのは事実で実感もある。
あの雨は人工的な力から生まれたものなんだと。
「めぐちゃん」
「ん?」
「元気ないみたいだけど…昨日、なんかあったんじゃないの?」
登校するのに靴を履いていると、玄関まで見送りに来た祖母が心配そうに聞いてきた。昨日、家まで無言で一緒だった蛍と帰ってきて、遅くなった理由を聞かれた。この町に越してきたばかりの人を道案内していたら、自分も知らない所に迷い込んでしまい、迷惑をかけたお詫びに家まで送ってくれた、と筋の通らない苦しい言い訳をしてみた。やっぱり不可解に思われたが、空も暗くなっていたのですぐに別れた。耳元で「今週また集合がかかる。場所、まだ覚えてないだろ」とささやかれた。何も言わずに頷くと「わかった」とだけ言われ、何度目かの「ごめんなさい」を唱えようとしたが、もう蛍はいなかった。何かしらの言葉で彼を傷つけてしまった、後味の悪い気持ちを抱えたまま、めぐりは昨日という日を終えた。
なにかあったのは事実でも、詳しく話すにはまだ自分の理解も足りなかった。身内にさえ打ち明けられない秘密の類、まずは自分自身でちゃんと理解したい。それからでも遅くないと思った。
「なんにもないよ。むしろ、まだ私の知らない場所があるんだって、ちょっと感動した」
「そう…。学校、気を付けてね」
「うん。いってきます」
あまり軽やかじゃないにせよ、いつも通りの時間に家を出た。風は強い。
☆ ☆ ☆
「ニュース!?」
「見てないのか?かなり大事になってるんだぞ」
絹浦中学校周辺のみに降った謎の雨、異常気象すぎる、災いの前触れか・・・などと、勝手な推測ばかり飛び交う教室。無自覚なものの降らせた張本人のめぐりは、後ろめたい思いを胸に話に参加。クラスの中だけでなく、同級生や先輩、後輩の間でもビッグニュースのようだ。校門を見ると、何人かの先生と討論している。ネタは当然、昨日の雨のことだろう。大々的に報道されるのも時間の問題か。
めぐりと璃乃、貴臣が教室で話していると、有海が疲れた顔で登校してきた。
「おーはよー」
「有海ちゃん、今日は遅いね」
「ん、校門のトコで変な人たちに絡まれてさー」
「マスコミ記者だな。何か聞かれた?」
「昨日の雨を体験しましたかー?ってそればっかり。一人に聞いたら十分でしょ全く」
「他にも誰か聞かれてたの?」
「この学校の生徒か分かんないけど、高校生くらいの背の高い男の人とか、着物姿の女の子とか」
「それ、絶対ここの生徒じゃないよ・・・」
あまり変な噂にならないといいな、とめぐりは思った。一刻も早く、自分の意思で制御できなければ、上塗りの出来事はまた起こるだろう。しかし、どうすればいいのか分からなかった。それに、この時はまだ、他人に迷惑がかかることなんてないと思っていた。
☆ ☆ ☆
「じゃあ地図帳の35ページ開いて」
4時間目の地理の時間。世界各地の農作についての勉強。日本の事を深く知るのも大切だが、広い世界に目を向けて、新たな発見をするのも勉強のひとつ。地図帳を忘れた男子が、悪びれもなく隣の女子から見せてもらう。貴臣はその類には入らないしっかり者だが、隣の璃乃が忘れており二人で共有している。先生の忘れ物チェックをかいくぐり、飄々とめぐりの地図帳を見入る有海も相変わらずだ。
「名簿11番、右の赤いところ読んで」
きびきびしているクラスの委員長が、起立して淡々と読んでいく。モロッコの干ばつ状況についての記述。全土の半分以上の小麦畑が全滅していること。さらに畑の破壊が進んでいること。モロッコの国王が、国民に対して「雨が降るように祈りなさい」と呼びかける事態に発展していること。
「この国民が祈ったせいで、こっちに降ってきたとかねえよな?」
お調子者の男子が呟いた。周りの生徒はクスクス笑い、ヒソヒソ話す。先生に私語を注意され、しばらくして静かになる。めぐりは背中に誰かの視線を感じて振り向いた。後ろの席で貴臣と璃乃が喋っている。口パクで「そんなわけないよね」「ありえるんじゃないか」って分かる。二人の視線じゃないにしろ、見えない何かに後ろ指差されている感覚。責められている気がしてならなかった。
給食を食べ終わって自由な昼休み。めぐりは有海に宿題を教えながら過ごしていた。教室の窓から見える空はいたって快晴。でもグラウンドの湿った茶色は、目を擦って見てもおんなじだった。
「どうせなら、困ってる人のところに降ればいいのに・・・」
「ん?何の話?」
なんでもない、独り言。本心を思わず口に出しためぐりは慌てて訂正した。昼休みが終わる10分前頃、ギリギリ宿題を終わらせた。残りの時間何するか、委員会の定例集会から帰ってきた璃乃と一緒に話し合う。すると急に、クラスがざわつきはじめた。教室に一台設置してある教材ビデオを見るためのテレビがいきなり点いたのだ。リモコンをあのお調子者男子が握っている。有海がすぐに気付いて叫ぶ。
「ちょっと武市、先生に見つかったら怒られるよ!」
「クラスの連帯責任になるんだから、やめてくれよ」
「今だけ今だけ!ほら、さっきの授業で出てたモンゴル?のニュース速報が出てる」
「え?」
世界各地のニュースをまとめた昼の情報番組が映る。誰から聞いたのか、武市が言った通りあのモンゴルについてのニュースだ。アナウンサーが驚いた表情で中継映像につなげる。畑の破壊が進み、小麦畑は壊滅状態で、雨が降るように祈っていた国に、ザアアと轟音が鳴り響く。
「うそ・・・」「これって雨じゃない?」「干ばつして長い地方でしょ?いきなりなんで?」
ひそひそと話し出すクラスメイト。伴って、めぐりの表情が冷めていく。タイミングが一致しすぎてる。確かに「降ればいいのに」とは思ったけれど。
「これも昨日と同じ「異常気象」なのかな」
有海が隣で聞いてくる。だが心境はそれどころじゃない。テレビの向こうでは国民たちが「雨乞いが叶った」と大騒ぎ。彼らにとっては嬉しい事だが、もしこれがめぐりのトメドナ効果なのであれば、めぐりが意識して抑制しない限り、この勢いで降り続けてしまう。表情は青くなるばかりだが、その力を知らされたのは昨日の今日。制御の方法も、本当に自分のせいなのかも、何も分からない。
助けを求めるように、俯きながら窓の外を見る。絹浦市は快晴だ。地面だって濡れていない。
「校門に誰かいる」「誰だろう」「武市の兄貴?」「マスコミっぽくはないな」
また教室がざわめいた。少し顔を上げて校門の方に目を凝らすと、誰かが立っている。校舎を見ているのか、生徒の目につくような所に立っているから、マスコミではなさそう。あの背格好、面影がある。
「あ、聞かれてた人だ」
「朝に有海が見た人?」
「うん多分。まだいたんだ。何してんだろ」
「・・・る」
「めぐり?なんか言った?」
「トイレ行って来る」
言うが早いか、めぐりは椅子から立ち上がり教室を飛び出していった。昼休みが終わるチャイムが鳴っても気にしなかった。曲がったのはトイレとは逆方向、校門に向かっていた。
外靴に履き替える余裕なんてなかった。内履きのままぬかるみのない地を蹴って、校門から手招きする彼に駆け寄る。
「蛍!」
「めぐり。いたのか」
「いたよ。えと・・・あのカーテンが半分かかってるのがうちの教室」
振り返って指差しで示そうとしたが、何人かクラスメイトがこちらを見ている。
「大丈夫?結構見られてるよ?」
「別に不審者じゃないだろう?」
「でもあたしの友達が蛍のこと見たって。昨日の雨のこと・・・・・・」
言葉に詰まった。つい昨日喧嘩別れしたため、気まずいことに気付く。でも、それどころではなかったのは蛍の方だった。
「めぐり、背中」
「え?」
「後ろ向いて」
「こ、こう?」
唐突だったが素直に従う。蛍は彼女の背中を見るや否や、くっと小さな息をつく。
「トメドナの紋様が出てる。完全にお前の力が働いている」
「え、紋様が見えるの!?」
「自分じゃ鏡を使っても見えない。それに、一般人には可視できないから大丈夫だ」
「どういう紋様なの?」
「今それはいい。さっき、異常気象の速報が流れてただろ?」
「う、うん・・・」
「国外で起きてる。今日、モンゴルについての何かがあったのか?」
「じゅ、授業で聞いて・・・それで干ばつの国だって知って」
「・・・「降らせたい」って思ったのか?」
「降ればいいのに、とは思ったけど、力を使おうだなんて思ってない!」
「無意識の発動がトメドナの初期症状だ。まず間違いない」
蛍がジャンパーのポケットに手を入れる。携帯電話を取り出して、中継映像を見せてくる。
雨乞いの成功に喜んでいた国民は、一転して大粒の雨にパニックになっていた。めぐりの顔から血の気が引ける。
「このままじゃ一日中、際限知らずじゃ今後もずっと降り続ける。そうしたら、今度は日照りを求めるようになる。二次災害にならないうちに、止めて欲しくて会いに来たんだ」
「止めて欲しいって、あたしまだ何も分からないのに!!」
「トメドナの力は、同じトメドナじゃないと解除がきかない。逆の性質の「日照り」を持つ者も今現在見つかっていない。めぐりだけなんだ」
そんなこと言われても・・・!
(後編に続く)
次回予告:
絹浦市だけでなく外国にまで能力範囲が広がってしまうが、解除方法がまだ分からないめぐり。蛍が教えてくれるみたいですが…?
また前後別れてしまいました。繋げると長すぎる気がしたので。
次の更新は今年中を目指します!