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第ニ話  トメドナの子どもたち

第二話です。

途中下校の帰り道、知らない老人と青年に出会っためぐり。あの雨について教えてくれるそうですが…。

第ニ話  トメドナの子どもたち



 水たまり一つない道を、ただ歩いていく。歩き出した時は見覚えのある風景だったのに、無心でついてきたら見知らぬ地区に入っていたようだ。めぐりは内心不安でいっぱいだったが、拒否権がない以上、大人しく従うしかないようだ。というのもさっき…


 「どうしても君に、伝えなくちゃいけないことがあるんだ」

 「あ…あとでじゃダメでしょうか…?」

 「今」

 「今…」

 「安心しなさい。帰りは彼に送らせる。遅くまで付き合わせはせん」

 「信じていいのかな…」

 「信じてくれ」


と、年上に見える青年からは深々とお辞儀されるわ、「万さん」と呼ばれたおじさんからは嫌とは言わせない強い視線を感じるわで、めぐりはついていくことになった。今日の宿題なんだっけ、有海ちゃん自分でやっててほしいな…と考えながら、彼らの背中をついていった。


 辿り着いたのは三階建てのビル。絹浦の中では高層な方だが目立った看板や装飾はなく、町に溶け込んでいて違和感はない。一階はガラス張りで見る限り喫茶店のようで、明かりがほんのり点いている。そっと覗いてみたが人の気配はなかった。店内には親世代が知っていそうな映画の告知ポスター、すでに逮捕済みの手配書、重ねられた脚の朽ちたイスなど、放っとかれて大分年月が経っているらしい。そもそも明かりは必要なんだろうか?


 「めぐり、見てて」

 「はいっ」


 青年に急に名前を呼ばれ条件反射で返事をしてしまう。見ててと言われた店内の照明が、突然バチッと音がしたと思うと消えていた。ひっそりと暗がりにあり続けてきたように。


 「…どうしてだと思う?」

 「…電球の寿命…?」


 青年から物腰柔らかく聞かれ、めぐりはぽつりと呟いた。すると「そうか…」と青年も呟き、再び店内は明るくなった。消えたと思った照明はなんだかさっきより綺麗に明るい。ぼんやりでなくハッキリとカウンターを照らしている。青年は同じ質問をしてきたが、めぐりは素直に「分からない…」と答えた。

 二人に連れられビル入り口の階段を上る。ちらっと振り返ると、喫茶店の中は暗がりに戻っていた。どうして、だなんて、こっちが聞きたい。


  ☆ ☆ ☆


 案内されたのは二階の応接間。一階のさびれた様子とは違う、新しめの家具が揃っている。高級でもなく割安でもなく、シンプルイズベストな空間。


 「座ってくれ」

 「は、はい…」


 万さんが重たい声で言ったが、めぐりは萎縮してぎこちなく席につく。出されたコーヒーは飲める気にならなかった。見かねた青年が「ココアにするか?」と言ってきたが、飲み物の問題ではない。気になるのはただ一つだった。


 「あの…私、何かしましたか?」


 めぐりは二人の顔を見上げて呟いた。青年は彼女を真っ直ぐ見ているが、万さんはサングラスのせいで目が合っているのか分からない。


 「自覚なし…か。順を追って説明しよう、(ほたる)

 「分かりました」


 青年=蛍ははっきりと返事をし、背を向けた万さんに代わって話し出した。


 「俺の名前は照下(てらした) (ほたる)。この本部に通っている。理由はめぐりと同じだよ」

 「え、え、あの、なんであたしの名前…」

 「…ごめん、さっき見たんだ。傘」

 「傘?」


 めぐりは折り畳んでいた傘を確認した。小学校の時から使っているため、持ち物には名前をと先生に言われて縫い付けた名前ワッペンがある。さっき転んで落とした時に見えたのだろう。って目が良い!!


 「この本部って…ここは何処なんですか?」

 「それは後程説明する」

 「あたしと同じ理由って」

 「それも。そしてこの人は万有院(ばんゆういん)さん。ここの管理者で俺たちは「万さん」って呼んでる。めぐりは万さんのこと、盲目だと思って接していただろうけど違うんだ。訳は同じく後に説明する」


 ここぞと思ってした質問は、ほとんど後に回された。めぐりは話すためではなく聞くために連れてこられたのだと理解したが、ちょっと気になったら聞かずにはいられない性格だった。


 「み、見てたんですか!?」

 「ああ」

 「何処から!?」

 「接触した時から」

 「いやいやそうじゃなくて、場所」

 「蛍。そういう話は後にしなさい。今は急を要する時事のみで良い」

 「すみません…了解です」


 何故かびしっと話を遮られ、注意を受けた蛍は心を切り替えて本題に入る。めぐり自身、強張った足の緊張は解けないまま。両手は組んでは解すを繰り返す。何かしちゃったんだろうかという、自覚のない罪悪感が心臓を握っているようで。


 「まず、今日めぐりが体験した雨っていうのは、絹浦中学校の上空でしか観測されていないんだ」

 「え?だってあんな大雨で、グラウンドもぐちゃぐちゃになるぐらいの」

 「学校の周りと敷地内に降っただけなんだよ」

 「雷だって鳴りましたよ!」

 「その雷は…またあとで説明するけど。とにかく、あの雨は世間の人は全く知らないんだ」

 「私はずっとここにいたが、少なくとも今日は晴天だった」


 蛍と万有院が何を言っているのか、めぐりにはすぐに理解できなかった。あの大雨がいくら局地的だったと言われても、同じ市内にいて知ってる人と知らない人がいるのは変な話だ。だが振り返れば、雨があがったと思った時、万有院に出会い会話をした。万有院が濡れていないことを不思議に思った。ここに来るまで水たまりを一つも見なかった。蛍の言動は嘘をついているようには聞こえない。


 「でもなんでそれが、私がつれてこられた理由になるんですか?」


 めぐりの発した声はまだ細かく震えている。不安と困惑が喉に張り付いて上手く言葉にできない。


 「あの雨は天災じゃない。誰かが引き起こした人工的超常現象だ」

 「そしてその力は、めぐりの力なんだ」


 この空間に名のつけがたい空気が充満した。彼女の頭からは知恵熱のごとく湯気が出ている。理解できない今に畳み掛けられた、訳の分からない「私の力」って。順を追って説明されたって、アニメや漫画じゃないんだから、人工的超常現象だなんて想像もつかない。もう、誰に何を補足説明されても、本筋が理解できていないから、


 「すみません、最初から詳しく簡潔に教えてください」

 「まだ序盤の方だぞ…」

 「無理もない。急に理解できる者は少ないからな」


 手を額にあて真顔で言うめぐりに対し、蛍が呆れたように息を吐き出した。その隣で万有院が無表情を崩さないまま淡々と喋る。もう頭の中は抜け出せない迷路で言葉に追いかけられていた。


 「悪い。ちゃんと理解して聞いてほしくて…。焦ってた。分からないことがあったら、話の途中でもいいから質問してくれないか?」

 「今日起きた雷とか、蛍さんがここにいる理由とか、この本部は一体どこなのか、つれてきた理由ってなんなんですか?」

 「…順を追ってあとで」

 「全部それ!!もう分かった、順番じゃなくていいから、分からなかったら聞くから!」


 めぐりは人当たりはいいのだが、イライラしてきたり興奮してきたりすると敬語が崩れてしまうタチだった。彼女は変に委縮するより、自分のままでいった方が話についていけると判断した。


 「まず、人工的超常現象ってなんですか?」

 「地震や雷鳴、津波、嵐は天候的災害、つまり天災なのは分かるかい?」

 「分かります」

 「人工的超常現象っていうのは、その天災に似た力を人工的、能力者の意志によって引き起こせる現象のことを言うんだ」

 「ストップ。能力者っていうのは?」

 「信じられないかもしれないけど、世の中には多くの能力者が存在している。大半は差別を恐れて身分や能力値を隠しているけど。政府の調べによれば、絹浦市内には少なくとも五人はいるらしい」


 本当に能力者なんているのかと聞き出すのをぐっとこらえ、次の質問を投げかけた。前傾姿勢じゃないと、また出口のない迷路に突き落とされる。


 「じゃあこの本部っていうのは、その能力者が集まっている場所?」

 「半分合ってる」

 「半分?」

 「確かに能力者が集う場所。でも、めぐりはそうじゃない」

 「っていうと?」

 「自己抑制が効かない能力者。俺達は『トメドナ』って呼んでいる」


 トメ…ドナ……? 聞いたことのない俗称に思わず首をかしげる。いやいや、そもそもの問題!


 「自己抑制?」

 「能力を使える人は、しっかりと自分の意志で力を操れるんだ。使いたいときに発動し、止めたければ止める。ごく普通の力の管理ができないのが、自己抑制の効かないトメドナなんだ」

 「自分の意志では発動できない…?そんな無責任な」

 「人のこと言えないからな?今回の雨だって、君が降らせている」

 ・・・はい?

 「今日伝えたかった本筋がそれだよ」

 「蛍。ここからは私が説明しよう」

 ・・・あたしが、降らせた?さっきの、雨を?

 「混乱しているようだが、これで分かっただろう。君の無自覚の能力の影響で、現に君の学校は途中下校を免れなかった。いや、我々が少し関与したが、それがなければ大洪水になった可能性もある」

 「でも私、そんな力が自分にあるなんて」

 「誰もがそう思っている、特にトメドナはね。だから、自分の力をちゃんと理解して管理できるようにするため、この本部に集められるんだ」


 本当に無意識で発動してしまったのだろう。魔法の言葉も唱えてないし、雨乞いの儀式みたいなのもしていない。そりゃあ、雨が降ればいいのにって今日は何度も思ったけど、心の中で思うだけで発動するのなら学校だって休みになるし、苦手な社会のテストもなくなるかもしれない。めぐりの脳内はぐるぐるしていて、でも一つ一つ理解しようと丁寧に思い出した。ふと気づく。


 「ここに通ってるってことは、蛍さんもトメドナってこと?」

 「ああ」

 「万…さんも?」

 「ああ」

 「で、でも二人とも、自分で分かってるんでしょう?どういう力を持っているのか。そうしたらトメドナじゃないのでは?」

 「理解してるだけじゃダメなんだ。自分の意思でコントロール出来るようにならなければめぐりの言ったように無責任すぎるから、克服するために俺は十歳からここに通ってる」

 「努力と信念の甲斐あって、現在蛍はトメドナの子供たちの中で、一番解放に近い存在だ」

 「解放できるとその人はどうなるんですか?」

 「トメドナではなく、「能力者」のカテゴリに分類される。そこからは自分の好きにすればいい。人のためにこっそり使う人もいれば、八つ当たりで悪に使う奴もいる。良い方向に発動してもらえるように指導するのもここの役目だ」

 

 トメドナの歴史資料とか説明書とか欲しいくらい、大容量の情報が礫となって降り注いでくる。生返事ではなくとも機械的に相槌を打ち続けるめぐりに対して、万有院は話し続ける。


 「主に子どもに発症し、気付かぬまま大人になると解放は困難になる。だからこそトメドナの早期発見と解放に向けての訓練が必要なのだ」

 「大人になるまで気づかないと、訓練したとしても難しいんですか?」

 「そういうことだ。私のようにならないでほしい」


 万有院の言葉が急に湿っぽくなり、見えない目が潤んだような気がした。彼もまたトメドナに人生を振り回されているのだという。とても気になったが詳しい経緯は教えてもらわなかった。軽い気持ちで聞く方が失礼だと思ったのであえて聞かなかった。まずは自分の理解が最優先。

 しかし、窓の外から夕焼け色した光が差し込み、午後五時を告げる鐘が鳴る。万有院が落ち着いた声に戻り、今日はここまでにしようと話を切り上げた。めぐり自身、他にもたくさん聞きたい事があったが、連絡なしにここへついてきてしまったのだ。帰りが遅くなっていることに、祖母が心配しているかもしれない。荷物を確認して椅子から立ち上がる。宿題・・・なんだっけ。


 「蛍」

 「はい」

 「遅いから送ってやりなさい」

 「えっ?大丈夫ですよ。放課後の暗さと一緒ですし」

 「だがこんな時間になるまで引き止めていたのは、うむ、私も焦っていたのだろう。見知らぬ地区だろうし、何があるか分からん。家まで確実に送るんだ」


 確かに本部に来るまでは彼らの背中を追いかけるのに夢中で、実際ここがどこなのか分からなかった。それなのに率先して帰ろうとしていた自分は、どうやって帰るつもりでいたのだろう。知っている場所で知人と話していたら時間が経った、と感じていたのだろうか。不思議すぎてもう気にならない。トメドナなんて意識しようとしても出来ない不思議な力を、改めて強く、怖く、頼りなく思った。


 「じゃ、行こうか」


  ☆ ☆ ☆


 カラスの鳴き声が響き渡る。どこからか川のせせらぎが聞こえる。近くに渓流でもあるのだろうか。あまり店のない商店街をくぐり抜けても、まだここが別の世界に思えてならない。蛍がめぐりに歩幅を合わせて歩きながら、二人は会話を交わしていた。すでに敬語なんて引っかかりは外れ、お互い緊張せずに話せている。そういえば蛍のトメドナを聞いていなかったことに気づき、明るいトーンで尋ねてみた。


 「蛍のトメドナはどういう力なの?」

 「簡潔に言うと、めぐりが「雨を降らせ続ける力」、俺は「電流を流し続ける力」」

 「電流?」

 「理科でやったことないか?直列つなぎとか、並列つなぎとか」

 「小学生のときに授業でやった気がする」

 「やってるはずなんだけどな…?」


 呆れたような苦笑いだったが、初めて蛍の笑った顔を見た。やはり、どこかで会った様な懐かしい面影を感じてしまう。安心する笑顔にちょっと見とれためぐりは、慌てて首を横に振り気を保つ。


 「電線とか電池が無くても、俺は電気を発動して流し続ける事ができるんだ」

 「少し怖そうだね…」

 「電気って一概に言えば、生活するにあたって必要不可欠なものだ。だからこそ、使い方を間違えると自分だけじゃなく、周りの人にも多大な迷惑がかかる。そういう事態が起きないように今も訓練している。感情さえ暴走しなければ、ある程度は自分の意思で発動できるようになった」

 「すごいね。これからあたしも訓練しなくちゃいけないのか…。でもあたしの力で迷惑がかかると思う?ほら、今回みたいに局地的大雨ってことで済まないかな?いつかは止むのが雨なんだし」


 冗談交じりに明るく言った。でも蛍の足がぴたりと止まって、先に一歩が出ためぐりは振り向いた。蛍は厳しい表情で前方を見つめている。めぐりは急いで駆け寄るが、すぐに耳につんざいた音にびくついた。学校で聞いたあの落雷の音。蛍の見つめる先をたどると、小さい建物が見える。いや、小さく見えるだけで、あれは絹浦中学校だ。上空には夜の雲とは違う、黒々しい煙の様な雲が漂い続け、目視できる稲光が紫がかって弾けている。異様な天候を遠めに感じて、不安になり蛍に目線を戻すと表情は変わっていない厳かなまま。握り締めた拳が震えている。状況が理解できなかったが、無意識に蛍に頭を下げていた。


 「ごめんなさい…」

 「何が」


 その後に続けるべき言葉が浮かばなくて、黙って頭を下げていた。不穏な空気がたちこめて居たたまれずに思い切って顔を上げると、同じタイミングで彼が横をスッと通りすがる。訳の分からない涙を秘めながら、二人は最後まで顔を合わせず、めぐりの家に着くまで言葉をひとつも交わさなかった。



 (続く)

次回予告:トメドナという自己抑制のきかない力を持つという事を、まだ自覚できないめぐり。翌日学校に行くと、あの雨の話題でいっぱいのようですよ?



更新がものすごい後回しになりました。低速のせいにしたくなります。違います、一度止まると次考える時にストーリーにズレが生まれるので、なかなか取り掛かれませんでした。定期的に更新できるよう、頑張ります。

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