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第一話  青の覚醒(後編)

第一話の後編です。

急な雨は、唐突な出会いを招いたようです。

第一話  青の覚醒(後編)



 「うわー。すごい雨。外に出るとまた違うね」

 「勢いが強いっていうか…音がやばくない?」

 「…いいよ貴臣、あたしりっちゃんの傘に入るから」

 「ご、ごめんな」


 玄関に出てみると改めて雨の勢いに圧倒される。霧雨のしとしと音はどこへやら、今は豪雨とも呼べる激しい雨が降っていた。ジャージ姿の生徒たちがちらほら帰り、傘のない人は鞄や上着を上に水溜まりを蹴って走っている。


 「それにしても、降水確率なんて当てにならないな」

 「そうだね。今日の新聞の天気予報では低かったのに」

 「めぐり、肩濡れてない?大丈夫?」

 「うん大丈夫。ありがと」


 めぐりたちは二人二列の形で歩道を歩いている。近い距離で話しているのに、降り続ける雨の音に遮られ、何度か尋ね合ってしまう。学校内まで迎えに来る親御の車が坂を上ってきて、歩いている生徒に水しぶきをかける。濡れないことを諦めて吹っ切れている男子たちは笑い合い、女子たちは少しでもかかると悲痛の声を上げ合う。空はまだ曇っていたが、雷鳴はもう聞こえなかった。傘の滴を弾かせながら、めぐりたちの談笑は続く。


 「そういえば有海ちゃん、三時限目の数学で寝てなかった?」

 「それ私も見た。頭ぐらぐらしてたよ?」

 「あーうん。ちょっと寝不足でさ、うとうとはしてたかもね」

 「どうせ夜中過ぎまでゲームしてたんだろう」

 「どうせって、貴臣もゲーム好きなくせに」

 「俺は明日のこと考えてセーブしてるから」

 「それを言うならあたしだって、セーブポイントがなかったんですぅー」


 つい意地を張った有海が、貴臣の方を向いて頬を膨らませる。ひとつの傘に二人寄り合い、並んで歩くめぐりと璃乃がその様子を見てクスクス笑う。四人の空間と空はより明るくなってきて、雨の勢いもやや弱まってきた。学校を出て最初の交差点が分岐点。


 「じゃまた明日なー」

 「うん、バイバーイ」

 「宿題やる時間、出来て良かったじゃんか」

 「…ああぁ忘れてたっ!」

 「ちょっと…、明日は見せないからね?」

 「そ、そんなこと言わないでよ めぐりさぁん!」

 「有海ちゃん!信号赤になるよ!」

 「あっ、えっ、うぅ、また明日!見せて!」

 「ええっ!?」


 最後にさりげなく宿題の助けを求め、有海は小走りに横断歩道を渡っていった。青い光がチカチカと点滅する。ふと空を見やると、灰色の景色は散り散りとなり水色と太陽が覗き始めていた。

 引き続き他愛のない話をしていると、曲がると貴臣の家、まっすぐ進むとめぐりと璃乃の家のある別れ道に差し掛かった。雨はもう小雨の状態だ。


 「めぐり、傘ありがとな」

 「今?明日でいいのに」


 小雨の粒を黒髪に受けながら、めぐりから一時的に借りていた折り畳み傘を返そうとする。めぐりはこの別れ道から貴臣の家までの距離を知っているため、最後まで貸すつもりだった。しかし、遠慮した手に無理矢理握らされ、顔を見やると厳しい表情をしているのに少し怯む。


 「今返さないでいつ返すんだよ。小雨になってきてるけど、また風邪引くから差して帰れよ」


 めぐりが何かを言う前に、「じゃあ」と呟いて足早に去っていく貴臣の背を、あまり納得のいかない表情で見送る。璃乃は「また」が気になって聞いてみた。


 「あたしが小さかった時、こんな感じで雨が降ってて。小雨だから平気!とか言って外で遊んでたら次の日熱出しちゃって。それを貴臣が知っちゃったから、今でも言われるんだよね…風邪引くからって」

 「そうだよめぐり。雨を侮ってたら」

 「侮ってたら…?」

 「雨の神様が怒って、どしゃ降りにしちゃうかもよ」

 「そんな迷惑な…ん?雨やんだ?」


 耳にとらえていた小さな雨音は消えていた。今や空は青く広がり、雲の色も灰ではなく真っ白である。二人は顔を見合わせ、なんとも言えない表情で苦笑する。


 「もう少し待ってたら、風邪引くからなんて言われなかったね」

 「ほんとだよ」


 その後二人は傘を畳んで、しりとりをしながら帰り道を歩んだ。めぐりが三回目の「る」始まりを喰らった時、璃乃の家の前に着いた。しりとりは「類人猿」という固い言葉で終わり、めぐりと璃乃は今日を別れた。

 鶸家まであと五分くらいの時、めぐりは道の真ん中で立ちすくんでる男性と鉢合わせした。真っ黒のサングラスをしてスーツをやや着崩した五十代くらいのおじさんだ。近所では見たことのない風貌である。結構怪しく思えたが、通行人に怯えているような所を見ると、もしかしたら盲目の人かもしれない。片手にチラシのような紙を持っているため、直感的に地図だと確信しためぐりは彼に歩み寄ってみた。進まなきゃ家にたどり着けなかったのもあるが。


 「あのー……」


 男性はいきなりの声にびくっとしたが、人の気配を感じたのかすぐに落ち着いた。顔はめぐりのいる方向を向いているが、黒いサングラスが妙な威圧感を醸し出す。めぐりは負けずに話し掛けた。


 「何してるんですか?どこか探してるんですか?」

 「お嬢さん、この近辺には詳しいですかな」

 「はい、まぁ」

 「絹浦きぬうら中学校は何処にあるのですかな?」


 絹浦中学校とはめぐりたちの通う中学校のことである。地図だと思っていたものはやはりそうだったが、範囲が広すぎて分からなかったようだ。めぐりは今来た道筋を目印を交えて説明した。男性は時おり相づちを打っては道の先と地図を見比べた。


 「そして坂を上れば見えてきますよ。…あっすみません、ありますよ」

 「ありがとう。でも何故言い直したのですかな」

 「あの、目が見えないと思いまして…違いましたか?」


 先ほどから語尾に特徴があるような喋り方である。うつりそうになるのを堪えてめぐりは答えた。男性はフフと笑い、彼女の質問には答えなかった。


 「良ければ案内しましょうか?」

 「そこまでは大丈夫です。ですが、日差しが強くて敵いませんな」

 「晴れて良かったですよ。今日の雨はひどかったですもん」


 めぐりがぽつんと雨のことを話題にあげた。事実だったから、男性もそうですねと返してくるんだと思ったから。しかし予想は大きく上回り、思ってもいなかった事態に繋がる。


 「雨が…降っていたと?」

 「はい。あれ?知らないんですか?ざーざー降ってましたよ?」


 そこまで言ってハッとした。男性がいつ外に出たのかは考えていなかったが、よく見れば水滴ひとつ付いていない。めぐりたちだって傘やら上着やらで守っていたが、全く濡れていないわけなかった。鞄は少々濡れているし、靴だってスニーカーが泥を踏んで汚くなっている。しかし男性は上から下までピカピカだ。雨なんて降ってませんでしたよ、ずっと晴れてましたよ、と訴えるような目線を、黒のレンズから流してくるように感じた。何かがおかしい。


 「え、だって、さっきまで雨が…」


 独り言のつもりで呟いたが、


 「私はその用事で絹浦中学校を目指していたのですよ」


 男性は急に低い声でめぐりに答えた。


 「これから私についてきてくれ。いくつか聞きたいこと、話したいことがある」


 唐突も唐突。さっき会ったばかりの少し怪しい人にそんなことを言われて、ついていく人はまずいない!一気に恐怖を感じためぐりは、家とは逆方向の道に踵を返し走り出そうとした。すると、


 「待ってくれ」

 「っ…!?」


 逃げようとした道の先に一人の青年が立ちふさがった。危うくぶつかりそうになり、体勢が崩れてうっかり尻餅をついた。打った腰を痛がるめぐりの持つ、畳まれつつ濡れている傘を見つけた青年は、彼女を挟んで立つ男性に声を掛ける。


 「万さん、恐らく彼女がそうです」

 「見えるのか」

 「はい。ご自身の目で確認した方が良いかと」

 「今、目が合うのは危険だ」


 状況が全く飲み込めていないめぐりは、理解しようとしても何を理解すればいいのか分からなかった。万さん、と呼ばれた男性と青年が話し合う内容はさておき、とりあえず逃げ場はもうなく、家にすぐ帰れないことだけは分かった。



  (続く)


次回予告:

あの雨の裏には、めぐりとどんな関係があったのか教えてくれるみたいですよ?



マイペース[〔和製〕my+pace]:

物事を自分に適した速度や方法で行うこと。・・・適してるのかな?

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