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第七話 蛍と新

第七話です。


お気楽でトメドナについて真剣でない新と、そんな彼に苛立ちを感じる蛍。

一方で、同じ仲間なんだから二人にはどうにか友好的な関係になってほしい、と考えるめぐりだが…。

第七話 蛍と新



 新が絹浦市に来て数日が経った。勝手な行動を止められている彼は本部から出ることはなく、そのおかげで不自然な大地のニュースはおさまりつつあった。そして平穏な日々が続いていたのだが…。


「なー万さん」

「何かな?」

「俺、めぐりや蛍に会いたい。あれからずっと会えてないじゃん。集合っていつ?」

「ああ、君が自分の力に真剣に向き合ったら、と思っていたけれど…」


 緑のトメドナの解除条件が自分の能力に疑問を持つことである以上、深く考えることで二次災害に発展するかもしれないと考えていた万有院は、制御の特訓より先に常識を教えようと思っていた。だが新の集中力はかなり短く、窓の外で虫や鳥が飛んでいるだけで興味がそちらにうつってしまう。もちろんカーテンを閉めて部屋の明かりをつけるなどの対策はするが、新は元々じっとしているのが苦手らしい。飽きて寝てしまうか話を聞かなくなってしまう。このままでは、いつまで経っても集合はかけられない。


「そうだな、君は一人で特訓するより、誰かと一緒の方がいいのかもしれない。明日、隔離街に行くといい。そこで色々教えてもらいなさい」

「かくりがい?楽しそうな所だな!分かった!」


 同じ立場の仲間がいれば、新も真剣に向きあうかもしれないと思った。確かに心当たりのある不安はある。初対面であの空気、蛍と新の相性は決して良いとは言えないものだったが、これも人間関係。若い者同士ぶつかるのもいい、と万有院は一人頷いた。


  ☆ 


 翌日、隔離街にて。何度か特訓で訪れて、めぐりは一人でここまで来られるようになった。蛍は隔離街で待っていることが多く、二人が合流して漸く特訓が始まる。可視化のみの雫が指導できることはあまりないのだが、話し相手が欲しいのか首を突っ込んでくる。


「やあ、めぐりちゃん。今日も特訓?」

「こんにちは雫さん。今日も頑張ります」

「まあそんな力入れないで、リラックスリラックス。美味しいお菓子あるけど食べる?」

「雫さん、今から始めるところなんですけど」

「蛍も食べるか?美味いぞ~」

「ちょっと静かにしてもらえます?」


 それで蛍に叱られるのが一連の流れだ。いちいち丁寧に接していても疲れるだけと分かっている蛍は、冷めた様子であしらっている。

 めぐりは、隔離街に来るとは特訓である、と気持ちに切り替えて集中するようになった。雫から声を掛けられると反応してしまうが、背中にトメドナの紋様が表れた時、自分が発動している感覚がなんとなく分かるようになってきた。

 局地的とはいえ、中学校やモンゴルの上空を覆うほどの雨雲を発動する青のトメドナの次の特訓は、範囲の縮小を意識すること。まずは花壇に水をあげるように、「花壇の花」に「水をあげたい」から「雨を降らせる」ことを意識して発動する特訓を行う。


「一つ一つ意識して、発動条件を満たせば必ず出来る。それが出来るようになるだけでも、めぐりの言ってた「誰かの助け」になるんだからな」

「よーし…!」

「んあ?誰かこっちに来るぞ」


 頂き物の饅頭を頬張りながら雫が言った。


「誰かって?」

「政府の人でもなさそうだし…めぐりちゃんの友達か?」

「え、私の?」

「蛍のじゃないだろう」


 砦の所で仁王立ちしていたのは、


「おー!ここが隔離街!面白そうな所だな!あ、めぐりー!蛍ー!久しぶりー!!」

「し、新!?」

「お、やっぱりめぐりちゃんの友達?」

「あ、いえ、新はこの間やって来たトメドナの子で…蛍…?」

「あの子も?…蛍?顔怖いぞ?」


 両手というか両腕を大きくぶんぶんと振り回し、街全体に響き渡る大きな声で呼ぶ新だった。めぐりは雫と顔を見合わせてから、蛍の顔を見やった。蛍は険しい表情のまま、


「そうですね。俺の友達ではないです」


 と、はっきり言った。


  ☆


 ニュースの時に着ていた服じゃないとか、見ないうちに少し髪が伸びたとか、市場で初めて見た果実の話とか、他愛のない話が弾む。尤も、弾んでいるのは新と雫の妙なコンビで、めぐりは引き続き特訓に集中、蛍はめぐりの指導。


「めぐりは何してんの?」

「トメドナの特訓だよ」

「楽しい?」

「た、楽しい?」

「楽しいなら俺も混ぜて!」

「新、あのね」

「めぐり、集中しろ」

「蛍は?何してんの?」

「…」

「万さんにな、隔離街に行ってめぐりと蛍に色々教えてもらえって言われたんだけど」

「万さんに…?」


 ため息が漏れる蛍。一体どうして新を隔離街に来させたのだろう。まだ発動が不安定なめぐりが、特訓のために隔離街に通っていることを知っているはずなのに。万有院の思惑は、なかなか蛍には伝わらないようだ。めぐりは発動を意識しながら「きっと万さんも、蛍と新にもう少し仲良くなって欲しいんだろうな」と思っていた。ふと、集中力が撓んで紋様が薄くなる。


「めぐり。」

「はっ。ご、ごめんなさい」

「え?何?どうした?」

「雫さん、そいつちょっとここから離してもらえますか?」

「いいけど…いいのか?」

「なんでだよー!蛍、俺にもトメドナってやつ教えてくれよ!」

「真面目に考えようとしない奴に教えることなんてない」


 だんだんと新も苛ついてきたのか語気が強くなる反面、今日より前から頭にきている蛍は冷えた言い方をする。温度差のあるこの二人が、もう少し距離を縮めることが出来ればいいのに。

 蛍に言われたように、新を少しだけ遠ざけた。しかし、納得がいかない彼はすぐに寄ってきて、蛍に何度も問い掛ける。蛍は無視するかばっさり切り捨てるかで、一向に会話は弾まない。そんな二人から距離をおいて、雫はめぐりに話しかけた。めぐりも、今日はもう特訓どころではないと諦めていた。


「めぐりちゃん」

「はい」

「あの子と蛍、仲悪いのか?」

「はい…見ての通りといいますか…」

「蛍が気難しいからな」

「新も新で呑気なところがあって、悪い子じゃないんですけど」

「なんで万有院さんは、あの子をこっちにやったんだろうな」

「新は一人じゃ特訓に身が入らないんじゃないでしょうか。それに、蛍と新の相性が悪そうなのは、万さんも見ていましたから…」


 だからこそ、新を向かわせたのだと思う。仲が悪くても立場は同じ、トメドナの子どもなのだから。

 仕方ない。めぐりが特訓を切り上げて、口論の仲裁に回ろうかと思ったその時だった。花壇の上に小さな雨雲が現れて、ぽつり、ぽつりと雨を降らせた。


「…で、きた…」

「あっ、めぐりちゃん…!」

「は、はい!できました!」

「蛍蛍、見ろ見ろ、めぐりちゃんできたぞ!」


 雫は蛍にも見せようと声を掛けた。だが彼はこちらを向かず、「じゃあ次は制御してみろ。雨を止めるんだ」と返事だけする。矛先が新に向いたままで、めぐりの特訓のことを忘れているのは蛍の方だ。彼の背中を見て、めぐりの心に悲しみと苛立ちが沸々とこみ上げてきた。


「本当に…本当にもう…!」


 めぐりは願った。雨を降らせたい、と。

 「喧嘩をしている二人」の「地を固めるため」に。



「お前、ここに来ても自分の力について考えたことないのか」

「だから力ってなんだよ!?」

「お前の道を作る力のことだ!」

「あれが何!?持ってちゃダメなのか!?」

「人に迷惑をかけないように制御できなきゃダメだって言ってるんだよ!」

「かけてねーもん!!」


パラッ


「二人ともいい加減にしてーー!!」


 互いに胸ぐらを掴みかかった寸前、めぐりの思いが爆発したかのように、蛍と新の上空に出現した厚く黒い雲から、バケツの水をひっくり返したような勢いで雨が降り注いだ。雨雲は二人の上空から動かず広がらず、見事に局地的な範囲で発動することができた。花壇の上の雨は止んでいる、というか全ての力の流れがこちらに注がれているようだった。

 荒療治だが、めぐりの「助けたい」気持ちが、トメドナの大きな一歩を踏み出した瞬間だった─。


  ☆


 頭からつま先までびしょ濡れになった蛍と新は、雫の家のシャワーと着替えを借りた。大きな雨雲はあの後、めぐりの気が済むまで降り続いたらしく、彼女の体力の消耗に伴い解除された。

 二人の服が乾いて、めぐりも歩けるくらい体力が回復した頃、話は開かれた。


「蛍。さっきはごめんね」

「いや…いい…。」

「でもなんであたしがそうしたか分かる?」

「…。」

「蛍が言ってくれたことが嬉しかったからだよ。「一つ一つ意識して、発動条件を満たせば必ず出来る」って。だから、新にも同じ事が言えるはずなのに、どうして初めから諦めたように放るの?同じ立場の仲間でしょ?カッとなるのも分かるけど、まだ分からないことばっかりなんだから、もう少し穏やかになってもいいじゃない」

「…そうだな…。」


 めぐりの覇気が強すぎて正座で話を聞く蛍。普段とは逆に思える光景を、雫は嬉しそうに見ていた。

 唖然としている新に、めぐりが目を向ける。


「新も。さっきはごめんね。」

「いや…大丈夫…。」

「こっちに来てから初めて見るものでいっぱいかもしれない。あっちこっちに興味があるかもしれない。でも、今のあなたのやるべきことはトメドナの制御の特訓なの。ニュースになったの知ってるでしょ?みんなを不安な気持ちにさせたの分かるでしょ?これはあたしが言えた立場じゃないんだけど、みんなに迷惑をかけないように、自分の力に責任を持つことはとても大事なことなの」

「う、うん…」

「新が一人で考えても分からないなら、あたし達が一緒に考えるから。ね、蛍」

「あ、あぁ…」


 話がまとまったところで、雫が手を叩いた。空気を破る、気持ちのいい音を上げた。


「じゃあ今日は解散!夕暮れも過ぎたし、蛍はめぐりちゃんを送れ!新君は一人で本部まで帰れるのか?」

「多分帰れる…」

「多分は心配だな、蛍とめぐりちゃんで送ってけ!」


 つまり三人で帰りなさいということだ。雫は本当に嬉しそうな表情で、弟妹たちの肩をバシバシ叩いて送り出した。


  ☆


 八重滝を見て、「あれぐらいの勢いだったな、さっきの」と笑い合う。差し掛かる橋を渡って、看板に続く獣道を進む。看板が見えてきたらそのまままっすぐ進む。歩きながらトメドナについてかなり簡単に説明していたら、あっという間に本部に着いた。もう空は暗い。


「じゃあまたな!めぐり、蛍!」

「またね、新」

「蛍!」

「…じゃあな、地核」


 本部の中に入るまでずっと手を振り続ける新。次会う時には、いくらか落ち着いているだろうか。いや、そうはならないか。あれが彼の性格だ。今回のことで、蛍と新に入っていた亀裂が、めぐりの特訓の成果によって修復されたといえる。相性は悪いままだが、仲間意識を持つことは出来ただろう。これなら今後も仲良くやっていけそうだと、めぐりは嬉しく思った。



 蛍がめぐりを家まで送り届け、二人が別れた頃には、空には星と月が浮かんでいた。



(続く!)

雨降って地固まる、でしたね。

確かに冷静な蛍とお気楽な新はこれからも衝突しそうですが、互いのことを少しずつ知っていけば、心の距離も近づくことでしょう。めぐりは良いお姉さんになりそうですね。雫から見れば可愛い弟妹のようですが。


次回予告:

新が絹浦に来てまだ間もない中、めぐり達に新たな仲間が加わりそうです─。

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