第一話 青の覚醒(前編)
中学生1年生の鶸めぐりは、割とポジティブで明るい性格。今日は苦手な持久走があるけれど、天気はめぐりにとって生憎の晴天。雨が降ればいいのに…と祈りつつ、今日も一日が始まる。
そう、今日はめぐりにとって、不思議な何かが開花する日―。
第一話 青の覚醒(前編)
今朝も空が青かった。届いた朝刊を広げて天気予報をチェック。降水確率は午前中は30%、午後は20%らしい。最近晴れの日が続いているから、今日も折り畳み傘を持っていけば大丈夫だろう。今日は4時限目に体育がある。昨日から始まったスポーツテストのひとつ、持久走をやるはずだ。内心、全然やる気は起きないから雨でも降ってくれればいいのに…。
「めぐちゃん、朝ごはんできてるよ」
「はーい」
おばあちゃんに呼ばれて、めぐりは新聞を綺麗に畳んで持ち居間へと向かった。廊下で空をちらりと見たが、やはり空は青かった。縁側にぶら下がっているてるてる坊主が今日ばかりは恨めしい。
「おばあちゃん、おはよう」
「おはよう。時間大丈夫?」
「ん…。ちょっと寝坊かな?走っていくよ」
「転ばないようにね。めぐちゃん、中学生になってから怪我ばっかりなんだから」
「今日の体育でまた怪我するかも」と言いかけたがぐっとこらえる。余計な心配はかけたくない。「いただきます」と二人で声をそろえて、昨日のおかずの残りをもくもくと食べる。あったかいご飯とお味噌汁、昨日の焼き鮭とかぼちゃの煮物、きゅうりの漬物など、めぐりは自分のお皿に乗せられた分をきちんと完食した。食べて眠くなった目をこすりながら、「ごちそうさま」と部屋に戻る。戻る途中で空を見上げたら、雨なんて降る様子はない。白い雲がひつじのようにちぎれちぎれに広がっていながら、青い空が大きく見えてしまう。降ればいいのに…。
ジャージと教科書、筆記用具その他もろもろを学校指定のバッグに詰めて、制服に着替える。入学当初は着慣れなかったが毎日着るものなのですぐに慣れた。ときどき忘れるリボンもちゃんとする。部屋をぐるりと見渡して忘れ物がないか指差し確認。すると、勉強机の上に折り畳み傘を忘れていたことに気づく。
「…降るのかな」
自分でも疑問に思ってしまう今日の晴れっぷり。持っていくに越したことはないさ、とバッグにぎゅっと押し込んだ。身支度を整えたら、時計も確認。寝坊した割にそれ以外の行動が早かったので遅刻にはならなそうだ。
「じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
☆ ☆ ☆
「めぐり、おはよ」
「おはよう、りっちゃん」
「めぐり~、宿題見せてくれない?ジュースおごるからさぁ」
「昨日も同じこと言ってた気がするよ、有海ちゃん」
「気のせい気のせい」
「気のせいじゃないだろ。俺聞いたぞ」
「おはよう貴臣。今日の体育って外だと思う?」
「え?そうだろ。だって雨降らないだろこれ」
「…だよね」
「めぐり、体育嫌なの?…あっ、今日って持久走?それはやだな」
登校して教室に入ってさっそく友達としゃべり合う。りっちゃん、もとい璃乃は小学校から一緒で特に仲の良い女の子。ちょっと天然だが明るくて友達思い。宿題をせがんできたのは有海。めぐりのクラスメイトでさっぱりした性格且つ気が強く、少し面倒臭がりだが同じく友達思い。貴臣はめぐりの幼馴染。幼稚園からの付き合いでお互いの長所短所を知っている仲。めぐりは3人と話せるこの時間がとても好きだ。自分が一人ではないことを教えてくれるような気がして。バッグから教材を取り出し、ついでに宿題も有海に見せてあげる。ジュースの約束を念押しして。
あっという間に4時限目が訪れた。男子は教室で着替えなので、めぐりたちは女子更衣室に向かう。明らかに嫌そうな顔をしているのはめぐりだけではなく、半分くらいの女子は同じ表情をしている。もっとも理由は様々で、日焼けしたくない女子と持久走が嫌な女子と別れている。前者にあたる有海はさっさと着替えて、日焼け止めをそこかしこに塗りたくっていた。まだ着替え中の璃乃がその様子に気づいた。
「有海ちゃん…塗りすぎじゃないかな?」
「そんなことないよ、今日の日差しやばいから!二人はいいの?塗らないの?」
「私は気にしな――あれ?」
「どうしたの、りっちゃん」
「グラウンドに水たまり出来てる」
「えぇ?まさかぁ。どれどれ…ってマジで!?」
有海のビックリ仰天な叫び声につられて、多くの女子が窓辺に集まる。外を見ると、璃乃の言うとおりグラウンド全体に水たまりが出来ていて、上空も灰色の雲が大きく広がっている。聞こえない程度の霧雨でも降っていたのだろうか。耳を澄ませばしとしと、と小さな雨音が聞き取れた。と、更衣室の扉がバンと開かれ、息切れしている女子が入ってくる。クラスの体育係だ。
「今日の体育っ、外っ、雨降ってるからっ、先生がっ、ね」
「「「中止だって!?」」」
「ううん、体育館で、シャトルランだって」
「「「ええええぇぇ…」」」
希望から絶望の声を女子が揃えているのと同時に、教室の方からも同じ嘆息が聞こえてきた。
それと同時に、ドカンと大きな音が鳴り響き、突然更衣室が暗くなった。着替え中だった女子達はざわめきだす。めぐりがポーチから夜道用ライトを取り出して点けてみると、どうやら電気が消えたらしい。近くにいた子がスイッチを点けてみるが、当然もともと点いた状態のままだ。何度もカチカチ押してみるが現状は変わらない。不安がる女子の声が漏れた頃、校内放送―と思ったら体育教師のメガホン―が響き渡った。
『全校生徒及び職員に連絡します。たった今、校内が停電になりました。原因は先程からの雨に加えての落雷だと思われます。復旧までかなり時間がかかると思われますので、全校生徒は4時限目の前に速やかに下校するように。職員は帰りの会を簡単に済ませたあと、会議室に集まってください』
『繰り返します』ともう一度同じ通達がメガホンで響く中、男女ともに急いでジャージに着替えてしまい、教室にダッシュで戻り準備をさくっと済ませる。担任が到着して帰りの会が始まるとすぐに懇願の目線を向けた。担任はやれやれとした表情でジャージでの帰宅を許した。クラスがワッとなる中、制服に着直しためぐりはグラウンドの上空を見つめていた。同じく制服に着替え直した璃乃と、ジャージで帰る気満々の有海と貴臣も、同じように見つめていた。
「折り畳み、持ってきてよかった…。りっちゃん、ある?」
「あるよー。一応持ってきてたの」
「有海ちゃんは?」
「先月置いてっちゃったビニール傘が…あったあった、これこれ」
「ほ、ほこりだらけじゃん!」
「雨で洗うから大丈夫だ」
「そういう問題なの?…まあいいや、みんな帰ろ」
「めぐり」
「なに?貴臣」
「傘、ない?」
「貸さない」
(後編に続く)
まさかの後編できてしまった…。本当はひとつにまとめる予定でした。あしからず。
今回初めて一から創作するストーリーです。連載物に手を出してしまいました、この三日坊主。
マイペースで頑張ります。どうかご愛読ください。
めぐりはなんとなく作者似です。