先輩、可愛すぎて我慢できません
「ふぇっ……!?」
涙を目にいっぱい貯めたルナが、驚いたように後ろを向く。
「ふぇえ……!?」
ばっちりルナと目があったカレンは、すると調子を合わせて声を上げた。
「ふぇええ!?」
「ふぇええええ!?」
「ふぇ、ふぇ」
「ふぇえええ……」
「――カレン、やめなさい」
奇声を上げる大会を二人で始めてしまったので、嗜める。
「えへへ、怒られちゃいました」
と、にこにこ笑顔のカレンが、こちらに駆け寄ってきた。
「なぜ嬉しそうなんだ?」
「ええ、私怒っているんですよう? 私たち、シュウ先輩が帰ってくるのを待っていたのに、先輩ったら女の子といちゃいちゃしているんですもん」
「なっ……!」
反論しようとシュウが口を開く前に、頬をリンゴのように真っ赤に染めたルナが、
「い、いちゃいちゃなんて……! それに私なんかとじゃ、シュウさんも迷惑だろうし」
――ね、私なんかじゃお嫌ですよね……?
不安そうな顔でそう同意を求められてしまえば、肯定できるはずがない。シュウは思わず「そんなことはない」と力強く答えた。
「ふぇっ!?」
ルナは顔を真っ赤にして、あたふたと両手を動かす。
「えとえと、私も、シュウさんとなら……!」
否定してもいけない質問だったことに気づき、さらにいえば、過剰反応したルナに驚き、シュウもまた慌ててしまう。なにか言わなければと焦った末、ついつい助けを求めてカレンを見た。
「ふーん……?」
しかし、こういう時の頼みの綱のカレンは、冷たい視線をこちらに向けていた。けれど、しばらくすると、いつもの綺麗な微笑みを口に浮かべて、ルナに向き直り、
「ところで、私はカレンって言います。この学園の副生徒会長を務めている者です」
「あぅ、私はルナです! はわわ、副生徒会長さんって可愛い方なんですねぇ」
「よく言われますし、自分でもそう思います。シュウ先輩ほどじゃないですけどね」
謙遜しないのか? そして、最後の一言は余計だ――と呆れると同時に、シュウはふと違和感を感じた。
人前ではいつも通り振る舞うと宣言していた割に、ルナの前では演技する素ぶりを見せないカレン。
――なにか、理由があるのか?
考え込むシュウをよそに、いつの間にかカレンは話を進めていたらしい。
「では、ちょっとシュウ先輩とふたりでお話ししてきますね」
「はい、わかりましたぁ」
「え……!?」
カレンは強引にシュウを引っ張ると、近くの空き部屋に入っていく。
ソファや茶器が揃えられた小さな部屋は、どうやら生徒たち用の談話室のようだ。
かちりと音がしたので振り向くと、カレンが後ろ手に鍵を閉めていた。
「カレン、なんのつもりだ?」
「えー? ちょっとムカッときたので、先輩にいじわるしちゃおうかと思いまして」
相変わらずわけのわからないことをいうカレンに、はあ、と深いため息をついたシュウは、
「すまないが、いまは君の遊びに付き合っている暇はない。しかし、二人きりになれたのは好都合だ」
「と、言いますと?」
「ひとつ質問がある」
「ご自由にどうぞ」
問いかけるようにこちらを見据えるカレンを、シュウはまっすぐと見つめ返す。
「――三人の居場所を、知っているか」
目は口ほどにものを語るというけれど、カレンの瞳はいっさい動かない。動揺の一つも見せず、ただこの状況を面白がっているかのようだ。
「私、これでも先輩には嘘をつきたくないんですよね。ですから、答えたくない質問には黙秘権を行使します」
「それは、肯定ととっていいのか? 三人がどこにいるのか知りながら、助ける気がないと」
「お好きなように解釈していただいて構いません」
「理由を、聞かせてくれ」
カレンは、なんの感情も映さない瞳のまま、黙り込んだ。
「……そうか」
誰かが傷ついていると知りながら、そして、その誰かを救うだけの力を持っていながら――心を一切傷めず、理由もなく、他者を見捨てることができる人間。
そんな人間がいたとしたら、少なくともその人間はカレンではない。
シュウはいつになく厳しい口調で、
「では、君をカレンと認めることはできない」
――瞬間、カレンの瞳が傷ついたように揺らいだ。
「知ってますよ、そんなこと」
悲しみと自嘲がない交ぜになった声が、静謐な部屋のなかに響いた。
切れ長の美しい目にまぶたを下ろすと、シュウは自らの軽率な発言を悔やんだ。
「……すまない。いまの発言は、撤回させてくれ」
床のうえに正座すると、目を丸くしてこちらを見ているカレンを見上げる。
「だが、今回の失踪事件に手を貸してほしい。頼む」
「ちょ、ちょっと先輩……!?」
額を床につけたシュウを止めようと、カレンがしゃがんで腕を伸ばす。しかし、シュウが本気で拒もうと思えば、カレンの細い腕の力などないに等しい。
「この学園の生徒会長として、九神道家の跡取りとして、今回の件を見過ごすわけにはいかない」
頑ななシュウの態度に、はあ、と根負けしたようにカレンが嘆息した。
「もう、先輩ったら、いっつもそうやって小難しい理由をつけて。結局、困っている人を見捨てられないだけでしょう? ほら、頭上げてくださいよ」
シュウは恐る恐る顔を上げる。
と、人形のように整った小さなカレンの顔に、愛おしげな笑みが乗せられていた。
「でも、私にだって難しいんです。三人の居場所を教えるのは」
ふう、と息をついたカレンは、デジャビュって知ってます? とシュウに問いかける。
「ああ、既視感のことだろう?」
「では話は早いですね。私って、二千周辺りから狂った精神のときと平常の精神の状態が交互に続くようになっちゃったんですよね。しかも、こういう風に平常の時の方が、周を重ねるごとに少なくなっていったんです。いまの状態って、はっきり言って奇跡ですよ、奇跡」
「……それが、デジャビュによるものだと?」
シュウは真剣にカレンの言葉について考え、そして心を痛めた。
まだカレンの話を鵜呑みにしたわけではないが、それでも彼女にループの記憶があるということは真実だと考えていたのだ。
「さすがは先輩、そのとおりです。デジャビュが溜まっていくと、正気じゃなくなっちゃうみたいなんです。だから私、なるべく同じような行動を取らないようにしているんですよね。新鮮な記憶は、逆に狂気を減らすので。こう見えても、自分でも、狂った状態は嫌なんですよ」
つまり、カレンはこれまで何度も『三人の居場所を説明する』という行為をやってきたのだろう。だから、それを拒んでいる。狂いたくないからだ。
シュウはどうしたら少しでもカレンの救いになれるかどうか、逡巡した。
三人のためもあるけれど、なにより、カレンの心にかかる負担を減らしてあげたかった。
――けれどどんなに考えても、答えはひとつしかなかった。
「……カレン」
「はい?」
「君は、俺の……」
頰が熱くなり、言葉に詰まる。けれど、カレンのためだと自分に言い聞かせ、もう一度くちびるを開く。
「――俺の尻を触るというのは、新鮮な記憶だろうか?」
カレンは元からぱっちりとした目をさらに大きくさせ、そしてまじまじとシュウを観察した。
だんだんと自分の言ったことを理解して、しかもカレンに反応がないものだから、気恥ずかしさに負けてシュウは目をそらしてしまう。
いつもは清廉潔白を体現したかのように隙のない美貌が、いまは恥じらうように上気していた。形のいい耳まで、すっかり赤くなっている。
ふーんと、からかうような声をカレンは出す。
「そっかぁ。先輩、触らせてくれるつもりなんですね」
にやにやと笑うカレンに、むっとしたシュウが返事をする。
「……俺は本気だ」
「ええ、本当の本当によろしいんですか? 確かに私、先輩を縛り上げてお触りしたことはありますけど、合意の時はなかったなぁ」
――聞き捨てならない発言があった気がするけれど、それよりも、伝えたい大切なことがあった。
どうか分かってほしいと願いながら、カレンの小さな手を握ると、シュウは意を決して、
「構わない。いままで君に、俺がどれだけ助けられてきたと思っているんだ? 俺はカレンのためなら、どのような辱めにも、どのような屈辱にも、耐えてみせる。どうか俺を頼ってくれ」
カレンは銀色の瞳を見開いてシュウを見つめた後、ふわりとした微笑みを浮かべた。
「シュウ先輩……」
よく知る優しげな表情になったカレンに、シュウもまた、微笑み返す。
暖かな雰囲気になりかけたとき、
「ぐふっ……!」
「えへへ、言質は頂きましたからね!」
と、とつぜん悪魔のような笑い声をあげたカレンが、シュウを押し倒すと上に乗り上げてきた。
生徒会役員「会長も副会長も帰ってこないな……」




