先輩、あんまり他の子と仲良くしていると拗ねちゃいますよ
朝に開かれた臨時の生徒会会議では、役員たちはみな沈痛な面持ちだった。
前代未聞の不可解な事件に、さしもの生徒会も打つ手なしなのである。どうして三人が消えたのか――裏付けのない憶測を誰かが口にしては、反論されて口をつぐむことを繰り返していた。
「この<魔術師の憩い>の中から消えるなどということが、そもそも可能なのでしょうか?」
そんななか、今年入ったばかりの役員の一人がおずおずと手を挙げて、率直な疑問を口にした。
すると自然と、この場のなかでの最高責任者――カレンに視線が集まる。
「まず、学園の預り知らないところで校舎の外に出るということは、みなさんがご存知の通り不可能です。この校舎のなかで誰の目にもつかない場所となると、西塔の<迷宮>しかありませんが、そこも入学式からひと月の間は、厳重に閉じられています。一夜にして破るのは困難でしょう。まして三人とも新入生、入学初日にそんな行動に出るとは考えられません」
カレンはいたって真剣な表情で答えると、空席の会長席に視線を向けた。
「いまは、先生がたと協議を終えた会長が戻ってくるのを待つしかありません。私たち生徒会役員の務めは、混乱を招くような無責任な噂が生徒たちの間に流れることを阻止し、開示が許される範囲での正しい情報を伝えていくこと。なにより、私たち自身が、他の生徒の指針となる態度を心がけなければなりません。生徒会役員の言葉の持つ権威を考えれば、軽々しい発言は控えるべきです」
無闇に口を滑らせるなという副会長の言葉に、役員たちは不安そうにしながらも頷いた。
失踪した三人を探すため、いまや学園中の教員が駆り出されている。その間、生徒たちは一時的に教室に振り分けられ、生徒会役員からの説明を待っているという状況だ。
そのときに当の生徒会役員が取り乱していては、生徒たちに落ち着けというほうが無理な話になる。
「結局のところ、どれだけ一生徒が頭を悩ませたとしても憶測は憶測でしかない。下手に考えて不安を募らせるよりも、いま確認できている事実に意識を向けるべきです。もちろんこうして口にするよりもずっと難しいことだけれど、一緒に頑張ってみましょう。ね?」
安心させるようにふわりと微笑んでみせた副会長の姿に、役員たちは幾分か冷静さを取り戻すことができた。
「やっぱり、副会長は格が違う」
「ええ、まさしく女性としての理想だわ」
毅然とした彼女の立ち姿を見ながら、役員たちは囁いた。
淑やかで美しく、一輪の白薔薇のような気品にあふれている副生徒会長。
可憐で儚げな容姿を持ちながら、それでいて凜とした強さを兼ね備えている彼女に、憧れないものなどこの学園にはいないのだ。
「ふぅ……」
羨望の視線を受けるカレンは、しかし、あらぬ方向を見ながら熱っぽい息をついていた。
その様子を見ていた役員のひとりが不思議そうに、
「副会長、いかがなさいましたか?」
「ああ、いえ、少し会長のことを考えていたんです」
なるほど、と納得がいったように頷いた役員は、「心配ですよね。今朝も酷くお疲れのご様子でしたし」と相槌を打つ。
他の役員たちも、それに続いて、
「それにしても、ずいぶんと時間がかかっていますね」
「さきほどから先生たちの足音も聞こえますし、もう協議は終わったように思えるのですが……」
「確かに、遅いですね」
同意を口にして、視線を壁掛け時計に走らせたカレンは、表情を強張らせた。
「遅すぎる……もしかして、あの女が?」
あまりに小さな呟きは、他の役員たちの話し声によってかき消された。
シュウは、足早に廊下を歩いていた。
朝、部屋に勝手に侵入していたカレンとろくに話す暇もないまま、すぐに教員の緊急協議に呼び出されたのだ。
教員たちからもたらされた情報によると、残念ながら失踪した三人の生徒の捜索は上手くいってないらしい。
分かっているのは、夜の間にいなくなったということだけだ。三人にはこれといった共通性もなく、名家の出身であるエヴェリン嬢以外には狙われるような理由もない。
そんななか生徒会に任された仕事は、生徒たちへの状況説明と、再発の防止だ。
原因が解明されるまで、生徒たちには三人一組での行動を基本としてもらう。就寝時間もともに過ごして、互いの安全を保証させるのだ。
さらに、もうひとつ重大な仕事がシュウにはあった。
エヴェリン嬢の婚約者であるアシュリー・エリントンと、兄であるディーデリッヒ・サヴィレに、彼女が行方不明であることを伝えるという役目だ。
それは、同格の家柄――七名家に連なる者であるシュウにしかできないことだ。
そもそも生徒会長という責務自体が、教員側からは口出しできない家柄のものに、代わりに意見させるために作られた。そのために家柄、実力、人望といった観点で、申し分のないものが選ばれる。
よって、名家の出の者に、こういった恨みを買うような報告をするのも、これまで生徒会長が担ってきた役割なのだ。
かくいうシュウもさきほど、すぐにアシュリーとディーデリッヒに今回のことを説明してくれ、と教員たちに泣きつかれたばかりだった。
しかし、シュウが急いでいるのには、別の理由――カレンのためだっだ。
あそこまで正確な予言のできるカレンならば、三人の行方も知っているのではないか、と考えたのだ。
――早く、三人を見つけたい。
そんな思いで、シュウはいっぱいだった。
昨日と今日では状況が違う。被害者が出ているのだ。
きっと生きていると信じている。しかし、三人がいまどれだけ恐ろしい目に合っているかは、わからないのだ。
どうにかカレンに頼まなければならないと、シュウは生徒会室に早足で向かっていた。
「――はうぅっ!?」
瞬間、廊下の曲がり角から走ってきた女子生徒が、シュウに向かって突進してきた。
咄嗟のことに対処できず、突き飛ばされるようにして床に倒れる。と、勢い余った彼女がそのままシュウのうえに乗り上げてしまった。
「ご、ごごご、ごめんなさぁい!」
その生徒は、大きな瞳いっぱいに涙を溜めながら、謝ってくる。
「気にしなくていい。そちらに怪我はないか?」
「あのあのあの! 私、急いでて、起きたら誰もいなくて、それで、それで!」
「いや、こちらも不注意だった。その……」
「えとえと、お怪我はないですか!?」
「ああ、心配してくれてありがとう。それよりも……」
「あう、怒ってますよね! どうしよう……!?」
シュウのうえで、茶髪の少女は慌てふためいている。
自分が指摘するのは可哀想だから、彼女が気づいてくれることを願っていた。
けれど、このままでは埒があかないと、シュウは努めて優しい声で語りかける。
「――頼む。どうか自分の状態を確認してみてほしい」
ぽかんとした表情になった少女は、すっと視線を下に向ける。
そして、シュウの上に跨っている――という態勢を理解するやいなや、「ひゃあっ!?」と短く悲鳴をあげながら、飛び起きた。
「はわわ、どうしよう、ごめんなさい!」
「いや、こちらこそすまなかった」
シュウも彼女も、顔を赤くしながら、しばらく謝り合っていた。
そうしてどうにか収拾がついたころ、女子生徒は濡れた瞳でじっとシュウを見つめると、
「あの、昨日に続き、本当にありがとうございました……!」
そう頭を下げる彼女を見て、シュウはようやく彼女が誰なのか思い当たる。
ルナ――先日、新入生歓迎セレモニーで魔力を放出してしまった少女だ。
「どうか頭を上げてくれ。昨日の一件は、こちらの責任だ。<地界>生まれの生徒の魔力が、特殊な動きをするかもしれないという可能性を考慮しなかったのだから」
――さらにいうのならば、さきほどまで、シュウは彼女のことを失念していた。
医務室のベッドで一晩寝ていたルナは、目が覚めたときには誰もいなくて驚いたことだろう。気にかけてくれるような友人もまだいない彼女は、混乱したまま廊下を走っていたに違いない。
ルナに目を配るよう役員たちに頼んでおきながら、会長という立場にあるシュウが彼女をないがしろにしてしまったのだ。
瞳に涙を浮かべているルナに対して責任を感じ、シュウは自分の迂闊さを悔やんだ。
「ふぇ、そんな……助けてもらったのはこっちなのに。あの、そういえば、お名前は?」
おずおずとそう聞かれて、シュウは柔らかく微笑むと、
「シュウと呼んでくれて構わない。この学園の生徒会長をやらせてもらっている」
「せ、生徒会長さんだったんですか? 偉い人なんですね……」
率直な感想に、シュウは小さく笑ってしまう。
そうすると、端正な美貌が優しそうに綻ぶ。
「あぅ……」
シュウの顔にぼうっと見つめていたルナは、しばらくして、自分の頭をぺちんと叱咤するように叩いた。
「あの、私はルナっていいます。えっと、名字はなくて、ただのルナです!」
「ルナさん、とお呼びしてもいいだろうか」
頰を赤くさせながら、こくこくとルナは頷いた。
シュウは目線を合わせるように屈むと、
「では、ルナさん。先日は言いそびれてしまったけれど、改めて今日歓迎させてほしい。<魔術師の憩い>へようこそ」
感動したというように、うるうると瞳を潤ませたルナ。
また泣かせてしまったのかと焦るシュウをよそに、ルナは喜びを叫ぶ。
「はわわ、ここへ来て初めて言われましたぁ!」
――やはり寂しい思いをさせてしまっていたのか。
ハンカチを差し出そうとしていたシュウは、ルナの肩越し――廊下の曲がり角から覗く影に気づき、戦慄した。
小さな顔が、壁からちょこんと姿を覗かせていた。
その愛らしい容姿とは対照に、不気味なほどに爛爛と輝く銀の瞳は、シュウだけに向けられている。
「カレン……」
表情をすべて失っていたカレンの顔に、いつもの天使のような微笑みが戻った。そして、可愛らしい声で、
「はわわ、シュウ先輩に見つかっちゃいましたぁ! ふぇええ、どうしよう、ドキドキ……」
と両手を口に当てて、おどけて見せた。




