先輩、約束は守ってください
新入生歓迎セレモニーに出席していた生徒たちは、感嘆の声を漏らした。
大ホールの舞台で、赤色の幕の前に立つ生徒会のメンバーたちが、見事な芸当を披露しているからだ。
虹色に光る魔力の糸が、するすると空に編まれていく。
光の糸は刺繍のように繊細に束ねられ、そうして生まれたたくさんの蕾が、豪奢なシャンデリアの周りをくるくると回った。
やがて眩しいほどに輝いていた糸が柔らかな色へと変化すると、ふっくらとした蕾が花開く。現れた色とりどりの花は、観客席のうえを華麗に舞いながら、ひらひらとその花弁を落としていく。
赤と金の優美なオペラホールに、割れるような拍手が鳴り響いた。
そして、非凡なる魔術の才を持つ生徒会の役員たち――特にその中心となる生徒会長に、羨望の視線が自然と集まる。
オーケストラの指揮者のように滑らかに手を動かしながら、美貌の青年は、汗ひとつ流さずに高等魔術を使いこなしているのだ。
誰もが見惚れていたそのとき、つんざくような悲鳴が会場で上がる。
尋常ではない悲鳴に、拍手の音は途切れ、驚いた生徒たちがそちらに目を向ける。
ひとりの女子生徒から、魔力の炎が流れ出ていた。
紅蓮の魔力は、ホールの華麗な内装を切り裂き、蔦のように広がっていく。
あっという間に広がっていく暴虐の炎に、我を忘れた生徒たちは互いを押しのけ合いながら逃げていく。
「ほら、先輩、私の言った通りでしょう?」
そんな光景を前に、カレンだけは、褒めて褒めてとねだる子どものように瞳を輝かせながら、シュウに耳打ちする。
「まさか……!」
――しかし、本当にカレンの言った通りなのだとしたら、手立てはある。
シュウは咄嗟に呪文を詠唱し、その女子生徒のもとへと転移すると、彼女の肩を掴んで抱き寄せた。
身を切り刻まれるような痛みが腕から伝わるが、ぐっとこらえ、彼女に自らの安定した魔力を流す。と、次第に暴発していた魔力は収まり、女子生徒はシュウの腕の中にぐったりと倒れてきた。
*
「幸い、怪我人はひとりも出なかった。あの魔力の暴発は、私たちの<魔力花>に呼応したものだったから、性質としては同じ幻覚でしかなかったというわけだ」
シュウが神妙な面持ちでそう伝えると、生徒会のメンバーたちは愁眉を開いた。
「<魔術師の憩い>では、<地界>よりも魔術を使うことがずっと簡単ですからね。慣れていなかったのでしょう」
「けれど、魔力の安定については初めに習うものだと思っていたわ」
疑問を口にする役員たちに、シュウはさきほど教員たちから聞いたことを教える。
くだんの女子生徒――ルナは、出自が不明瞭なのだ。
かなりの魔力を有していることから、どこかの魔術師の家の出であることは確かなのだが、幼少の時に天涯孤独となっており、以来平民と変わらない暮らしをしていた。
そして最近、研究のために旅をしていた魔術学者が<地界>で彼女の才能を見出し、ここに連れて来たのだという。
ゆえに、シュウたちと違って、彼女は魔力はあってもそれを実際に使ったことがない。
「そのようなものが、学園に迎え入れられたのか……」
あからさまに眉をひそめた役員たちをたしなめるように、シュウは真摯にひとりひとりと目を合わせた。
「今回のことで、彼女に対する生徒たちの風当たりは、残念ながら辛いものとなるだろう。私たち生徒会が、目を配っておく他ない。生徒みなが快い学園生活を送ることができるように、尽力してほしい」
いつも通り公明正大な会長の言葉に、役員たちは力強く頷いた。
生徒会の会議を終え、役員たちが去っていく。
最後のひとりがドアを閉めたとき、シュウは会長椅子に腰かけたまま、柱時計に視線を滑らせた。
――六時九分五十九秒。
これで最後の予言もまた、当たったこととなる。
ちょうどシュウが時間を確認しようと時計に目を向けた瞬間、それが秒数刻みで正しくカレンの予言の時間なのだ。
「えへへ、どうです? これで私のことを信じてくれると嬉しいんですけど」
もじもじと両手を組みながら、カレンは微笑む。
「カレン、君は確か魔術師だけでなく、占術師としても卓越した才能を持っていたな。もし……」
「――自分の未来を見たりなんて、してませんよ。<八大禁忌>のどれも、破ったことはないと誓いましょう」
カレンはほっそりとした白い指を、折っていく。
「ぜーんぶ言えますよ。
一に、錬金術師はホムンクルスを造ってはならない。
二に、呪術師は<蠱毒>を用いてはならない。
三に、薬学師は<不老の薬>を生み出してはならない。
四に、魔術師は時を操ってはならない。
五に、音楽師はひとの心を操ってはならない。
六に、召喚師は<異界への扉>を召喚してはならない。
七に、占術師は自らの未来を見てはならない。
そして八に、<神の継承者>に通じるものは、血を濃くしてはならない。
私はどれも破ったことがないです」
「わかった。疑うような発言をしてすまない」
シュウが頭をさげると、カレンは「気にしてませんよ」と天使の微笑みを浮かべる。
もし自分が、最初からカレンの言葉を信じていれば、あのような騒ぎが起きることはなかったのだろう。あのとき、冗談だと一蹴してしまったことが悔やまれる。
さらに言うのならば、カレンの言う災いや"ループ"にも、対策を練らなくてはならない。
カレンは、本当に永久の時、この一年を過ごしているというのか。あるいは、誰かがそのような記憶をカレンに植え付けたのか。
いくら考えても、結論を出すには判断材料があまりにも少なすぎた。
いずれにせよ、この妹のような少女を、そしてこの学園の生徒を、シュウは守らなければならない。
「先輩?」
銀色に輝く大きな瞳と、ばっちり目があう。
「うわっ」
自責の念にかられながら考えこむシュウをよそに、カレンはいつのまにか鼻がくっつきそうになるほどに顔を近づけてきたいてのだ。
思わず椅子ごと後退すると、カレンは不満げに口を尖らせた。
「立ってくださらないと、触れないじゃないですか」
「え?」
「お尻、触らせてくださいよ〜」
駄々っ子のように手をぶらぶらさせるカレン。
シュウは呆れた声で、「君、この期に及んでそんなことを言うのか」と漏らし、頭を抑える。
「この期に? 私にとってはずっと『この期に』ですが。なんですか先輩、カマトトぶっちゃって。女の子と手を繋ぐのも恥ずかしい年頃なんですか。けちけちしないでちょっとくらい触らせてくれたっていいじゃないですか」
文句を垂れるカレンに、シュウは返事をしかねる。
いままで彼女はこの世でもっとも気の許せる存在であり、彼女との空間が気詰まりに感じることなどなかった。だからこそ、ほとんど初対面のような気にさえなる目の前のカレンに、どう応答するものか困ってしまう。
「ひどい……! 約束したのに。私、先輩に弄ばれたんですね」
「君にそんな約束をした覚えはない」
いっこうに承諾しないシュウに業をにやしてか、カレンはじわりと目の端に涙をためた。そして、微かに震える声で、
「でも、いいんです。わかっています。シュウ先輩にとって、いまの私なんて所詮他人ですものね。おとなしくて、淑女な私じゃないと先輩はいらないんだから」
白い綺麗な手で口元をおさえ、陶人形のように整った小さな顔に、憂いの表情を浮かべる。
飼い主に捨てられた猫のようにふるふると震える彼女の姿に、すっかり動転したシュウは立ち上がった。
「カレン、そんなつもりじゃ」
「うわーん!」
シュウにひしっと抱きついてきたカレンは、えぐえぐ泣いている。その姿を見て、はっとする。
――なぜ気がついてあげられなかったんだ。
カレンの記憶の真偽はどうであれ、少なくとも"ループ"などという奇妙な現象に囚われていると感じている彼女は、きっと不安で不安で仕方がないはずだ。それで、あのようなことを口にしながらも、本当はシュウに助けを求めていたのだろう。
「カレン……」
白銀に輝くさらさらの髪を撫でようと手を伸ばして、シュウはぴしりとその手を止めた。
――獣のように荒く熱い息が、肩にかかっている。
「はぁ、はぁ、はぁ、シュウ先輩ちょろいよぅ、いい匂いがするよぅ」
カレンのほっそりとした腕が、そろりと動く。どこに触ろうとしているか気がついたシュウは、べったりと引っ付いてくるカレンを引き剥がした。
「やだー! なんでお尻触らせてくれないんですか」
カレンは必死に手を伸ばしてくるが、シュウの方が腕が長いため、肩を押し返していれば届くことはない。
「カレン、そんなことよりも、君の言っていたこれから学園に訪れる災いについて教えてくれ。教員の先生たちともしっかり協議し、対策を練る必要がある」
カレンはきょとんとこちらを眺め、やがて晴れ晴れとした顔で笑った。
「あ、それは無理ですね!」




