先輩、私と同じ悪役令嬢だそうですよ
「お嬢様、いい加減になさってください! アシュリー様もお迎えにいらしているというのに!!」
数千年に渡り召喚師界を牽引してきたといっても過言ではないサヴィレ家。
名門一家の長女エヴェリン嬢は、輝く黄金の巻き髪に、強気な印象を与える翠の瞳を持つ絶世の美女だ。そこにただ立っているだけで、女帝のような圧倒的なオーラを放つ彼女は、社交界の華であり誰もが羨む貴族令嬢である。
「いーやーでーすー!! 絶対に絶対に、私は学園に入学しません!!!」
――そんな彼女は、ただいま、絶賛引きこもり中であった。
なぜか、と問われればエヴェリンは即答する――死にたくないから、と。
エヴェリンには、俗っぽくいえば前世の記憶がある。
そしてここは、かつて彼女がプレイした大人向け乙女ゲーム、禁忌の世界。
だから知っていた。
自分が、その九人の攻略者のうちのふたり、赤髪の俺様男アシュリー・エリントンの婚約者であり、召喚術研究家のエリオットの妹……そして、かませ犬の悪役であると。
「お嬢様!」
「いやなものはいやなんです!」
この扉を死守しなくては、とエヴェリンは余分に魔力を護符に込めた。それが破られれば、強制的に学園に連行されることとなるからだ。
――もし、あのゲームをやったうえで、<魔術師の憩い>に入学しようとする人間がいたら、確実に正気じゃない。
学園に一歩でも入るということは、容赦なく人が死んでいくブラックファンタジーの世界に飛び込むということ。
さらにいえば、彼女は悪役令嬢。
例えヒロインがどんなルートに進もうと、エヴェリンにハッピーエンドが訪れることはない。
平民育ちのヒロインを執拗にいびり、挙げ句の果てにこの学園にもたらされる<七つの災い>のどれかで、無残な被害者となる。それは決定事項なのである。
婚約者であるアシュリールートだけでなく、全キャラのルートで主人公に嫌がらせをし惨めに死んでいくという、涙ぐましくも働き者な悪役令嬢――それが自分、エヴェリン・サヴィレに与えられた役所なのだ。
しかも、スチルは一枚もないというのに、死に方のパターンは多い。
選んだ攻略対象によって、話の軸となる災いの内容も変わるからだ。
狼に喉笛を食い殺されたり、変死体となって塔につるされたり、いろいろな方法でエヴェリンは葬られる。
「ほんと、最後までやってればなぁ……」
思わずぼやいてしまう。
せめてすべてのルートをやっていれば対策の仕様もあったかもしれないが、エヴェリンは前世、このゲームを途中で投げ出した。
漢字のうえに横文字を振ってあるのが覚えづらいうえに面倒で、プレイするたびにイライラしたのだ。
それに加え、生徒会長であるシュウルートの攻略難易度が高すぎるのが決め手となり、飽きて押入れのなかにしまってしまった。それ以来、禁忌のゲームディスクが陽の目を見ることはなかった。
つまるところ、どのような未来へ進もうと自分が死ぬことはわかっている。なのに、対策のしようがない。
目に見えた地雷に、誰が飛び込もうと思うのか。
当然エヴェリンは、<魔術師の憩い>に入学したくないと、記憶を取り戻した六歳のときから主張し続けた。
しかしそう口にするたびに、親は泣く、兄には窘められる、婚約者には怒られる。
もちろん、学園に入学しないだなんて、言語道断な選択であることは承知の上だ。
なにせエヴェリンは、七名家の生まれ。
異能の力を持つ<神の継承者>の者のなかでも、極めて優れた功績を持つサヴィレ家の、長女だ。
――錬金術師のロイヒテンビルク家、呪術の九神道家、煉丹術の楚家、魔術のエリントン家、音楽師のラス家、召喚師のサヴィレ家、占術師のアーロン家。
それぞれの家から一人ずつ<魔術師の憩い>に送り出し、親睦を深めさせる。それは親世代に為された決定事項であり、破ることは許されない。
幼少のときから、耳にたこができるほど両親から言い聞かされてきた。
ならば仕方ないかと――エヴェリンは今の今まで、そう諦めたふりをしてきた。
昨日まで入学の支度を着々と進めることによって、家族や婚約者を出し抜いたのだ。
裏ではボイコットする気満々で、簡単には破れない複雑な結界の準備も同時にしていたのだ。
「ふふ、私って天才かも……」
エヴェリンは厳重に魔術を重ねがけしたドアを見ながら、思う。
そう。よくよく考えれば、いまから一時間ここを死守するだけで、学園に入学することを避けられるのだ。
――この世界には、<神々の箱庭>と呼ばれる七つの小さな浮遊大陸がある。
いまエヴェリンがいる、<地界>と呼ばれる、地球のような大きな星。その空に浮かぶ雲のなかに潜んでいるのだ。
陸地から仰ぎ見れば、まるで空中に浮かぶ水の球のように見えるそこは、この世界には七つしか存在していない特異空間であり、永らく<神の継承者>たちが争ってきた場所でもある。
豊かな魔の水に包まれたそこでは、魔力の循環が緩やかで正常なのだ。
<地界>ではかき乱されて使いにくい魔法や呪術もここでは発動させやすい。
<神の継承者>ならば喉から手が出るほどに欲しいその空間は、争いの種になることが多かった。そこで七名家が、それぞれ<神々の箱庭>を管理することとなった。
七名家は、それぞれの領地である大陸に、<魔術師の憩い>だとか、<音楽師の演劇場>だとか、長ったらしい名前をつけた。
そうして<神の継承者>ならば誰でも入れる研究機関兼学園として、その門を開いたのだ。
以来、<神の継承者>の子どもは、自分が学びたい技を教えている<神々の箱庭>で、青年期の間は寮生活をするようになった。
しかし、ここでひとつ問題がある。
<神々の箱庭>は、一年に一度、それもごく短時間しか空に現れない。
普段は魔力の水が空の色と同化して、目視はおろか魔術でも見ることが叶わないのだ。
そしてそのわずかな瞬間に、召喚術で<地界>から<神々の箱庭>へ通じる扉を召喚する。
それが<神々の箱庭>へと、たどり着く方法だ。
つまるところ、それさえ逃せば、次の一年までエヴェリンは入学できない。一年間、そこできっかりゲームは終わる。
「あと三十分くらいかな?」
それで生存戦略は成功する。
「ア、アシュリー様!」
と、扉の向こうから、侍女の困惑した声が聞こえてきた。
次の瞬間、盗んだ父の護符を張っていなければすぐに破れたであろうほどに激しい力で、部屋の扉が叩かれ始めた。
「エヴェリン! なに馬鹿なこといってんだ! 婚約者が来なけりゃ俺の体面も傷つくんだよ、出てこい!!」
燃え盛る炎のような赤髪の青年が、精悍な顔立ちに怒りをにじませる姿が、目に浮かぶ。
「ああ、アシュリー? 私のことはいいから、勝手にひとりで学園に向かってくださいな」
「できるか! お前の兄さんにも頼まれてんだよ!」
「そんなこといって、ひとりで知らないひとに会うのが嫌なんじゃないの? 顔に似合わず人見知りさんだもんね、アシュリーは」
「なっ……!」
「それとも、アシュリーだなんて女の名前みたいってからかわれるのが怖いのかしら? 大丈夫よ、心配しなくても」
「くっ、勝手にしろ! 俺は行くからな!」
案の定、簡単に挑発に乗ったアシュリーの足音が遠のく。これで一安心。
どのような魔術や呪術でも、この扉を開けることはできない。
「ふぅ、よかった……って、えっ!?」
床に座り込んだところで、足元に召喚陣が展開される。
「ちょ、まっ、なんで?!」
あれよあれよという間に引きずられ、目を開けると、
「召喚師のくせに、こうなることを予想できないだなんてな」
呆れた顔のアシュリーが、エヴェリンの首根っこを掴んでいた。
召喚術で喚び出されたのだ。契約獣や精霊ではなく、人間を喚び出すのに召喚術を使うだなんて、邪道である。逆に由緒正しいサヴィレ家の娘であるエヴェリンには、予想できなかった。
「くぅ、召喚術を使わないでよ。あんたは魔術師の家の人間のくせにー!」
ドヤ顔のアシュリーを罵倒しているうちに、気がつく。
視界に広がるのは、ブリックゴシック建築の大きな城に、広大な自然。空には、きらきらと輝く水の膜が張っている。
「え、もしかしてもう<魔術師の憩い>に……?」
「ほら、行くぞ!」
「いーやー!!」
かくして、エヴェリンは引きずられながら学園に入ることとなった。




