先輩、私はちょっとおしゃべりになりました
先輩、ご存知でしょうか?
私、もう今日という日を何度も過ごしたのです。いえ、今日一日だけではありません。この一年、十七ヶ月間を、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……ごほっ、けほっ、ああ、大丈夫です、ごめんなさい。――そう、一息ではとても言い表せないほどの回数、繰り返してきたのです。
一周目は、もちろん、私も時が戻るなんてことカケラも考えていませんでしたし、すべてが新しい一年でした。といっても、幸福とはいえませんでした。先輩はまだご存知ないことでしょうけど、この後様々な災いがこの学園にはもたされます。私や先輩や他の方々の尽力もむなしく、歯車は狂い、運命の神が私のことを見放したのだと思いました。
けれど、もうすべてがダメだと私が悟ったとき、なんと私は今日この日に戻ってきていたのです。そう、二周目です。お亡くなりになられた方もそこにいらして、私以外のみなさまには記憶がありませんでした。これは、神様から賜った奇跡なのだと確信した私は、みなが幸福になれる結末を求め、同じ轍を踏まないように進みました。しかし無情にもなぜか未来は大きく変わっており、私の力及ばず、再び悲劇は繰り返されました。
三周目、私はこの繰り返される輪は、きっと正しい運命にみなを導くことで終わるのだと私は考えました。なにが災いの根源なのか見極めるためにも、私はあえて傍観者としてすべての運命を見届けました。そして、四周目、五周目、六周目……二十三周目で、私は、変化する未来はあるひとりの少女によって選択されているものだと気がつきました。彼女の行動によって、その後の運命が大きく変わるのです。
二十四周目、私はそのある少女に細心の注意を払っていました。と、そのとき、私と同じように彼女の行動に注目している人物と出会いました。大貴族の令嬢です。私は思い切って、彼女にこの廻り続ける世界のことを打ち明けました。いままで誰も信じてくれなかった私の話を、彼女だけは心から信じてくれました。そして、彼女が転生者であるということを教えてくれました。にわかには信じがたい話ですが、彼女には前世の記憶があり、その記憶から未来予知ができるというのです。彼女いわく、この世界の主人公がそのとある少女であり、シュウ先輩を含む九人の殿方が主要な『キャラクター』で、私と彼女はいわゆる悪役なのだそうです。彼女のヒントをもとに、私たちは未来を改変することを目指しました。結局、彼女が途中で死に絶え、私もまた絶望の中力尽きました。
二十五周目、そのご令嬢は私のことを覚えてはいませんでした。少し哀しかったですが、また仲間になり、私たちは戦いました。
そして百二十一周目、ついに私たちは最高の結末にたどり着きました。愛するひとびとを失わない、すべてが幸福に包まれた結末です。そして――また時は戻りました。そう、思えばなぜ私はハッピーエンドにたどり着けばこの『ループ』――ああ、その「転生者」のご令嬢の前世の言葉です――から解放されると考えたのでしょう。
二百周目、私はあの幸福な結末を再現することをやめ、このループを終わらせる手段を模索し始めました。
二千七周目、私は初めて人を殺めました。
一万一千五十八周目、私は学園中の人間を殺しました。
三万五十三周目まで、私は入学式で叫び回ることに夢中になりました。そのほかにも、学園中の池に飛び込んだり、窓ガラスを割ったり、くだらない遊びに勤しみました。みなさんの驚いた顔が面白いのです。もう飽きましたが。
二十一万九千六十周目まで、私は様々な料理を自分で編み出し、食を楽しむことに専念しました。まあ、もう食べるという行為に喜びを見出すことはなくなったんですけどね。
それから四十四万三千九百一周目までは、幻覚魔法を自分にかけることを続けました。
それから七十万周目まで、私は今日起きた瞬間に死ぬことを繰り返しました。
そして……
「待ってくれ」
シュウはこめかみに手を当てながら、カレンの言葉を制止した。
「はい、なんでしょう?」
いつも通りのほほんと微笑む彼女を見ていると、まるで自分が間違っているかのように思えてくる。
「すまないが、俺はいまなにも理解できていない」
いくら遠縁の親戚の前といえど、「私」ではなく「俺」と言ってしまうほどに、シュウは疲れていた。
なんだいまのは。新手の呪文か? それとも自分に対する精神的攻撃か?
ちょこんと、可愛らしく首をかしげたカレンは、「しかし、本当にすべてを説明しようとすると永遠の時を有するので」と困った顔をした。
そんなことを言われても、困っているのはこっちの方なのである。
「仮に今の話が事実として、いったい君はなにを伝えたいんだ? どうしていまの話が俺の尻につながる?」
「シュウ先輩、私は悠久のときを過ごすうちに、自分の感情というものが薄れていくのを感じました。なにを食べても飽き、どんな演劇を見ても面白くなくなり、ひとが目の前で無残に死んでもなにも感じなくなりました。けれど、すべての感情と欲が消えたとき、私の中にひとつだけ残っていたものがあったのです。わかりますか?」
哀しげにカレンは微笑んだ。
「愛、か……?」
「性欲です」力強くカレンは断言した。「性欲なんですよ」
「二度いわなくていい! というか二度と口に出さないでくれ」
「ところで先輩、愛って……ふっ、小説の読みすぎじゃないですか」
「その言葉、いまの君にそのままそっくり返させてもらおう」
「あのね、先輩、愛というのはね、人間が性的衝動を文明的な言葉に訳したものに過ぎないんですよ」
生暖かい目のカレンは、まるで子どもを諭すかのような口調でそう言う。
「そういう意味では、いま私は先輩に対してこの世界を覆えるだけの限りない愛を感じているともいえます」
「いや、というか、親子愛や親愛など、愛にも色々あるだろう。それらもすべて……その、性欲で片付けるつもりか?」
「さあ。全部性欲でいいんじゃないですか?」
「君、適当だな」
ロマンチストで悲劇の舞台を見るたびに頰を涙で濡らしていた昨日までの彼女はどこへ行ったというのだ。これが悪夢だというのならいま覚めてほしい。頼む。
「まあそんなことどうだっていいんですよ。大事なのはいま私がシュウ先輩に動物じみた激しい性的衝動を抱いているということなんです。さっき性欲を言い淀んだどころにもムラっときました。お尻揉ませてください」
雪のように白くか細い指を不穏に動かしながら、カレンが迫ってくる。
「さあさあ、さあ、さあ!」
鬼気迫るその表情には、正直、恐怖しか感じない。
「ま、待て、カレン」
カレンを優しい力で自分から遠ざけると、シュウは一番気になっていることに突っ込む。
「というか、だな。その、ループというものが、悪いが俺には信じがたい。仮にそんな高次元の魔法が完成していたのならば、学園側が感知できないはずがない。だいいち、もしそれが時間に干渉する魔法なら、<八大禁忌>をなにものかが破ったということになる」
<八大禁忌>を破れば、災厄が人類に降りかかる。
<神の継承者>の道を志したものならば誰でもすぐに暗唱することができる八つの禁則だ。例えば魔術師ならば、時に干渉してはならない。占術士ならば、自らの未来を見てはならない。錬金術師ならば、ホムンクルスを創造してはならない。
そういった風に、その道を極めた頂点にある技を、禁ずるものだ。
はあ、とカレンは息をついた。
「魔法、ですかぁ。たぶんこれ、そんな次元の話じゃないんですけどねぇ。もう何千何万何億としてきた証明ですが、まあ私の話を信じて頂けないのならご覧いただくしかないですね。先輩、いまから私は未来予知をします」
胡乱な目のシュウは頷く。
正直、この性格の突然の変貌、カレンがなんらかの呪いを受けていて操られているという仮説が、一番辻褄が合う。だがさきほど肌に触れたときに、魔力の乱れが一切ないことは感知してしまった。
きっと、カレンは疲れているのだろう。
知らず知らずのうちに、シュウが彼女を追い詰めてしまっていたのかもしれない。
それをはっきりといえずに、こんな形でしか表せない不器用さは、確かにカレンらしいのかもしれない。おそらく、たぶん、きっと。
ならば、彼女のささやかな仕返しを受けたあとに、誠心誠意謝ろう。そうしたら、いつものカレンが戻ってきてくれるはずだ。
「そうですねぇ」
繊細な彫刻の施された柱時計にカレンは目を向ける。
金色の秒針が、せわしなく時を刻み付けているのを、しばらくカレンはただ見つめていた。
「……カレン?」
「ああ、ごめんなさい。そうですね、まずあの時計が十二時二十三分三十七秒の時を迎えると同時に、理事長が生徒会室へ入ってきます。今年の新入生にはなにかと訳ありな方が多いので、そのことについて、ですね。その後、入学式でシュウ先輩はスピーチを成功させ、新入生の羨望の視線を集めます。ここの辺りは時間に変動が多いので、申し訳ないですが正確なお時間はお伝えできません。そして、私たち生徒会が予定したとおり、歓迎の印に<魔力花>を空に打ち上げるのですが、その途中であるひとりの少女の魔力が呼応し、暴走。辺りは混乱に陥りますが、シュウ先輩がみなをなだめ、少女を抱えて病棟に連れて行きます。そこからは共通して、四時五十四分二秒きっかりに、理事長がこちらにおいでになります。先輩と二十七分十秒ほどお話をされ、退出されます。その後生徒会役員会議がいつものように五時に始まり、その事件のことのほかには、定期連絡だけで終わります。六時九分五十九秒に、みなさんが寮に帰って、この場に残るのは私と先輩だけになります。そして、シュウ先輩は私をお疑いになったことを大変後悔なさり、頰を少し上気させ恥じらいながらも、お詫びに私にお尻を差し出してくださいます。私が無遠慮に先輩のお尻に手を這わせている間、先輩は屈辱を感じながらも段々と倒錯的な気分になり」
「――ちょっと待て」
「ああ、最後のは私の願望です。それはともかく、私の予言は絶対に当たりますよ」
天使のように美しい笑みを浮かべ、カレンは余裕たっぷりにそう言った。




