28910176周目の結末
蒼天に浮かぶ、豊潤な魔力に満たされた水に覆われた大地。
<地界>から、一年に一度しか道を開かない神聖なる天の領域。
透明な水の球が、陽の光を受けて、金を砕いて散らしたかのように輝いていた。
その水の膜の中にぽっかりと浮かぶ大地には、箱庭のように豊かで美しい緑が生い茂っている。陸地の下では大地の断面がむき出しになっており、脈のように張り巡らされた樹木の根が覗く。
まるで地上からもっとも優れた景色を持つ地を切り取り、そのまま空に浮かべたかのようである。
石造りの荘厳な城が、堂々とそのうえに建ち、俗世を見下ろしていた。
この世でもっとも尊く美しいとされる、下界から隔絶された魔術師の世界。
<魔術師の憩い>――人々は憧憬を込めて、その星を名付けた。
*
「シュウ先輩、これが<魔術師の憩い>の正体なんですよ!」
ヒステリックな甲高い声をあげながら、カレンは笑う。
か細い指で天を指差し、「これが、こんなものが!」と叫んでいる。
「……地獄だな」
低く感情を抑えるかのような声で、シュウは呻いた。
澄み渡っていた水は、いまや血だまりのように赤黒く変色し、空に覆いかぶさっている。
大地は乾燥し、ひび割れ、不意に激しく揺れた。
天を覆う、この世全ての穢れを凝縮したかのようなどろりとした液体は、断続的に大地へと垂れてきた。ジュウと音を立てて地を溶かすと、異臭とともに灰色の煙となって立ち昇っていく。
血のような粘液は、地面のうえにぐったりと横たわる人間のうえにも、無慈悲に降りかかった。骨も残さずに哀れな被害者は溶けていく。大きく抉れた地面だけが、そこに残った。
「先輩、助けなくていいんですか?」
カレンは、感情のない瞳で地獄絵図を眺めている。
「どうやって?」
シュウとカレン以外の人間は、もういない。
みな無残に体が張り裂けて、死んでしまった。ちょうど心臓のあたりが破裂し、糸の切れたマリオネットのようにあっけなく倒れた。赤い花弁の大輪の花が胸元に咲いたかのような死体が、そこらじゅうに倒れていた。
「繰り返し、繰り返し……でも、シュウ先輩はこの結末を忘却してしまう」
カレンは、感情のない瞳で、残虐な光景を見ている。
「すまない」と、ほとんど痛みに呻くように言い、シュウは、カレンの折れてしまいそうなほどにか細い体をそっと抱き込んだ。
「すまないって、先輩はいつもそればっかり」
愛おしげにカレンはシュウの背に手を這わせ、酷く穏やかな声で囁く。
「そうだな。こんな言葉じゃ、君の救いにはならない」
「シュウ先輩……」
震える桜色のくちびるで、なにかカレンは言葉を形作ろうとしたが、やがて口を閉ざした。
代わりに「さようなら」と告げ、袖口から鋭く輝くナイフを取り出すと、シュウの背中に一思いに突き刺す。
そして、静かに崩れ落ちてくる体にしがみつくと、その耳にもう届くことはないと知りながら、ついぞ言えなかった言葉をそっと紡いだ。
しばらくそのままシュウを抱き寄せていたカレンは、自らの制服を染める鮮血から暖かさが失われたときに、その手を離した。
「私が、この”ループ”を終わらせないと……」
自らを奮い立たせるためにそう呟くと、カレンは胸元から小さな宝石のついた首飾りを取り出した。
きっと自分は、もう狂ってしまったのだろう。
――けれど、それでも、やっとこの輪から抜け出せる。すべてを終わらせることができる。




