豆腐の中と外と老人と
宿舎の部屋で少年は大の字で寝ていた。
今回の職業体験は一週間の泊まり掛けで行うもので少年はあと6日間をこの豆腐の中で過ごすのである。
「疲れたなぁ。」
少年は天井の蛍光灯を見つめながら今日の出来事をというよりは老人について思い出していた。
老人と二人きりの部屋はとても静かだった。
老人はからだのほとんどの機能を機械に頼っており、正直に言うと少年の仕事は老人とお話しをするだけだった。
最初のうちは少年が老人に話しかけてはいたがどんな質問にも老人は答えずただ外を見つめているだけだった。最終的にはピッ、ピッという機械音だけが残っていた。少年は窓を眺める老人の顔をずっと見つめていた。何かを待っている、老人の横顔からそう感じられた。しかし、何を待っているのだろうか。やがて迎える死なのか、それとも会いに来るであろう誰かなのか。前者はない、というよりは少年には考えれなかった。それほどに老人の放つ雰囲気は死というものからかけ離れていた。
「あそこの部屋に入ってる人、もう150歳を過ぎてて、世界最長齡なんですって。なんでも若いウチからこの施設に入ってから今までずっとあの部屋にいて一回も部屋からでて来ないらしわ。だから私も詳しくは知らないんだけどね、噂だと生きていること自体が奇跡に近い状況らしいわ。」
お昼休憩。話しかけてくれた老婆の話は老人ホーム内の噂話ばかりであった。老婆にとっての世界とはこの建物の中だけであるからそれも仕方ないがつまらない。少年がそんなことを考えていると、今度はテレビを見ながら、
「あれ、あの歌手さん、あんな若い子と浮気してたの。いい年になってみっともないわね。」
テレビの画面には有名演歌歌手が若い一般女性と浮気関係にあることが報じられていた。
なにを思ったところでどうしようもない世界の外側のことを話す老婆の姿が少年には少し面白かった。
「だいたい老人について今日あったことはこんなところだろう。」
少年は明日こそは老人とお話しをするためどんな話題を用意しようかと考えながらその日は床についた。