逃走からの絶望と…
一人、また一人と光が人間を消し去っていく。
誰もがこの正体不明の事態から難を逃れるため、光のいない場所を探していたが、状況は最悪であった。身動きの取れない高齢者はもちろん、公共交通機関を利用していた乗客に逃げ場などなく、ものの数秒で全員消されていった。
そして車、電車、飛行機などは操縦者がいない状況でも動き続けており、もはや衝突や墜落が起きるのは時間の問題であった。
だが、そんな危機的状況を理解できず、ただ恐怖のみ感じる幼い子どもたちには、いち早く逃げる術はない。転んでしまい、母親や兄・祐樹と離れ離れになってしまった彩菜のような存在がいることは当然の結果だった。
しかし、それでも彩菜は運良く助けられた。
「大丈夫かい?」
…そう言って彩菜に声をかけたのは御幸の父であった。
御幸の父は消防署職員で、普段の穏やかな表情からは想像できないほど勇敢で、こんな未曾有の大災害の中でも淡々としていた。速やかに彩菜を抱き起こし、一緒に逃げようとしたが、すぐさま一人の女性が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!彩菜!」
逃げる人混みに押され、彩菜と離れ離れになった彩菜・祐樹の母親であった彩菜母「ごめんね。離れちゃって。」
そう言いながら、彩菜を抱きしめた母親だが再会の安堵に浸る時間はない。迅速に御幸の父は尋ねた。
御幸父「無事で何よりでした。…この子のお母さんですか?…いや、ここの店員さんですか?」
彩菜母「はい、そうですが…。」
答えを聞いた御幸の父親は一瞬考え、そして再び尋ねた。
御幸父「店内のどこかに隠れる場所はありませんか?ちょっとした倉庫のような…。」
彩菜母「え?」
こんな時に何を?と言った表情の母親に、御幸の父親は続けた。
御幸父「今は誰もが混乱していて同じ出口に向かっているから、このまま私たちが向かっても逃げ切れないでしょう。それより、今は安全な場所に身を置いて、落ち着いてから離れた方が良いと思います。」
しっかり目を見て話す姿勢、冷静かつ落ち着いた口調は2児の母親を納得させるには申し分なかった。
彩菜母「…分かりました。地下の食材倉庫ならば何とかなるかもしれません…。こっちです。」
香田御幸の家族、彩菜・祐樹、母親は地下を目指した。
光体の襲撃はすでに店の窓ガラスや壁をすり抜けていた。御幸たちが襲撃されないと言う保証はどこにも無く、ましてや時間的な猶予すら介在しない状態だった。
彩菜母「…地下の倉庫です。ここなら大丈夫でしょうか?」
御幸父「そうですね。まずは家族が隠れられるような…」
御幸「!!…パパ!」
御幸は叫んだ。
地下の倉庫の天井から浮かび上がるかのようにいくつもの光体が現れていた。
そして、無情にもそのうちの一つは彩菜たちの母親を一瞬にして消し去ってしまった。
祐樹・彩菜「ママ、ママ~!」
二人は消えゆく母の姿を見て泣き叫んだ。
もう逃げられない。
目の前にある最大の危機。
だが、御幸の父母は最後まで冷静だった。
御幸父「御幸、その子たちを連れて早く逃げろ。」
御幸「えっ?」
御幸母「あなたなら、きっとその子たちを連れていけるわ。…プレゼントありがとう!」
御幸「え、2人ともやめ…」
御幸の声もむなしく、光体は御幸の両親をも包んだ。
御幸「いやぁぁぁっ~!」
悲鳴を上げる御幸と二人の子どもにも容赦なく光体は襲いかかった…。
こうして、地球で栄華を誇った人類は、わずか30分足らずで滅亡した。